第二部 二年戦争/プラント独立戦争 (C.E.70年-C.E.72年)
04 バレンタイン狂騒曲 4
2月16日。
あのユニウス・セブンへの核攻撃から二日経った今日、エルステッドは母港へと帰港することになっている。
とはいっても、それで警戒を怠る理由にはならず、俺は自身の小隊に所属している二人の新人……初陣を無事に潜り抜けて生き残ったんだから、もう、この言い方は失礼だな……一人前になったレナとデファンを連れて、ユニウス・セブンが崩壊した際に発生したデブリを一つ一つチェックしながら、パトロールを行っている。
「……」
「……」
だが、俺と比べれば遥かに年若い二人である。
いくら核攻撃直後の動揺や衝撃から立ち直りつつあるとはいえ、こうも生々しい大破壊の爪跡を見せ付けられると、沈黙してしまうのも無理はなかった。
それに、このパトロールには敵への警戒の他にも、もう一つ、重要な仕事が含められている。
「……あっ」
「レナ、どうした?」
「……先輩、犠牲者の……方です」
そう、ユニウス・セブンの犠牲者の収容も合わせてやっているのだ。
俺はレナの言葉に応えて、重斬刀の代わりに多数持ってきたシートを一枚広げて、犠牲者の亡骸を覆い包む。そして、デファンに指示を出して、遺体収容用に整備班に頼んで用意してもらった、中を人間大の大きさで仕切りで幾つにも区切られた収容カーゴに収めた。
……核の熱線や爆風にやられ、生身のままで真空に放り出された、凄惨な遺体を直視しなければならない、ひどく、神経を苛む作業だ。
「……先輩、収容完了したっす」
「ああ、確認した。よし、次は、あのデブリ群に行くぞ」
「うっす」
「……はい」
けれど、誰かがこれをしなければ、犠牲者を永遠に遺族の元に還してあげられないのだ。
「レナ、デファン、辛いだろうが、ここは耐えてくれ」
「……わかってるっす」
「はい。……せめて、御遺族の元に還してあげたいです」
二人は沈鬱な面持ちでも、今、俺達が行っている作業の重要性を認識してくれていた。
……本当に、いい子達だと思う。
「さて、ここ……は?」
「先輩、どうしたっすか?」
「あ、……救難艇。デファン、救難艇よ。…………先輩! 救難艇ですよっ!」
救難シグナルが消えているが、デブリに紛れて、確かに救難艇が一隻漂っていた。
俺もそれが意味することを理解して、急いでエルステッドに連絡をとった。
「ベルナール、救難艇を発見した! 救難艇を回収を優先するためにパトロールを中断したいっ!」
「えっ? す、すいません、ラインブルグさん、もう一度お願いします」
……信じられない気持ちはわかるが、事実なのだ。
「……繰り返すぞ、ベルナール。救難艇を発見した。通信は……デファン」
「つながらないっすけど、シグナルが消えていることから、故障の可能性が大きいっす。それにこうやって漂っていることを考えると、推進系も故障していると考えた方がいいっすよ」
「……通信はつながらないし、推進系も故障していると考えられるが、中には生存者がいる可能性は残っている。よって、パトロールを中断し、救難艇を回収して帰艦したい」
「え、エルステッド、了解! 艦長!」
「はいはい、聞いてましたよぉ。……こちらゴートンだ。現状において、プラント市民の皆様の不安を収め、かつ、ザフト全体に燻っている罪悪感を解消するためには、パトロールを中止するという選択は、悪いが存在しない。よって、三機のうち、一機に救難艇を持たせて帰艦させ、残りの二機にはパトロールを続行して欲しい」
うん、妥当な判断だよな。
では、どちらを戻すかだが……現在、レナとデファンの二人のうち、核攻撃とコロニー崩壊を知ってから、精神的に不安定なのはレナだろう。
だったら、レナに救難艇を持って帰らせて、ユニウス・セブンにも生存者が存在するという事実と対面させて、少しでも精神の安定を図るべきなのだが……もしもの場合もある。
もしも、生存者がいなければ?
もしも、救難艇の故障が生命維持系にまで及んでいて、中の生存者が犠牲者になっていたら?
もしも、生存していたとしても、レナに死に接した恐怖と怒りの感情をぶつけられたら?
……むぅ、リスクが大きいように感じられるな。
沈思していると、機体同士の接触回線……秘匿回線でデファンが小さな声で提案してきた。
「先輩、レナに持って帰らせましょう。あいつ、この二日、碌に飯も食べてないんっすよ。それにベルナールの奴が言ってたんすけど、どうも魘されてゆっくり眠る事もできないようだって……」
……。
これは俺の経験から来る勝手な推測だが、レナが精神的に不安定な原因は、さっきの理由の他にも、コロニーを守りきれなかったことに過度の責任を感じているか、コロニーが簡単に破壊されるという現実に恐怖したか、先の一連の戦闘で自身の生死を賭したストレスか、殺人という禁忌を犯したことへの良心の呵責か、或いは、それらが全て絡み合っているか、といったことが思い浮かぶ。
……とにかく、感受性が強そうなレナなら、こうなってもおかしくはなかった。
はぁ、まったく、自分のことばかりに気を取られすぎて、周囲を疎かにするなんて……大失敗だ。
戦闘後のメンタルケアに関して、軍医からもっとしっかりとレクチャーを受けないと駄目だな。
……。
いや、俺自身の反省や今後の対策を考えるのは後でいいや。
今はこれからどうするかだ。
……。
どのみち、デファンからの情報から考えると、今のままでもレナの状態は悪い方向に流れているし、快方に向かう可能性があるならば、デファンの意見に賭けてみるのも手かな?
「わかった、レナに持って帰らせる」
「うっす」
デファンの意見を取り入れて、俺はエルステッドに再び連絡を入れる。
「艦長、レナに救難艇を持って帰らせます。救難艇の受け入れ準備、よろしくお願いします」
「はいはい、よろしくされましたよ」
「レナ、聞いての通りだ、中に生存者がいると予想されるから、極力、救難艇にGをかけないために、加速をかけずに、それでも急いで戻れ」
「へぅっ! そ、それって無茶苦茶言ってますよ!」
うん、少し、声に張りが出てきたな。
「無茶苦茶でもやれ。是即先輩命令。だから、ほれ、さっさと行け」
「ひどっ! 先輩の私への扱いが初めて会った時よりも杜撰です! 待遇の改善を要求しますっ!」
「あ~~~ん? 聞こえんナぁ~~~~」
「先輩の鬼っ! 悪魔ッ! 甲斐性なしぃぃっ!」
「あーーー、もう、さっさと行けぇぇぇ!!」
未だにブーブー言いながらも、レナは慎重に救難艇を抱えるとエルステッドがいる座標位置に向かって、進み始めた。
……。
ようやく行ったか。
まったく、はしゃいじゃって、まぁ……。
……。
「行ったっすね」
「ああ。……それで、デファン、お前は大丈夫なのか?」
「……俺はハーフっすよ? 他のコーディより、精神はかなり頑強にできてるっすよ。そもそも、これぐらいのことで挫けていたら、プラントでは生きてこられなかったっす」
なんとまぁ、これまた、デファンの苦労してきたであろう生い立ちが透けて見える物言いだよ。
「わかった。その言葉、信じるぞ?」
「うっす」
「さて、俺達はパトロールに戻るぞ」
サブモニターに映る後方には、レナのジンのスラスター光が遥か遠くで輝く星に紛れて瞬いていた。
◇ ◇ ◇
で、後の陰鬱な任務にも我慢して耐え、希望を持って、デファンと一緒に帰ってきましたエルステッドへ。
任務から開放されたことに加え、あらかじめ任務終了報告の際に、救難艇に生存者がいることも聞いているから、自然と口も軽くなるというものだ。
「デファンもハーフってだけで、大概、苦労してきたんだな」
「まぁ、仕方がないっすよ。プラントじゃ、コーディとナチュラルの夫婦なんて、ほとんど異端扱いっすからね。その子どもも異端扱いってわけっすよ」
「……ほんと、狂ってるよな、プラントってさ」
「……俺は、先輩がそう言ってくれるのが嬉しいっすよ」
デファンの言葉を照れ臭く感じながら、レーダーに目を移す。
そろそろ、エルステッドが見えてくるはずだ、って、言ってる傍から見えたよ。
「しかし、救難艇に生存者がいて、良かったよ」
「ほんとっすね。……ところで先輩、救難艇の収容は終わってるっすよね?」
「うん? ……そうだとは思うんだが……一応、聞いておくか」
俺はエルステッドと通信をつなげて、ベルナールに着艦要請を入れてみた。
「ベルナール、直にエルステッドに到着するので、着艦したいんだが、可能か?」
「あ、ラインブルグさん、もう少し待ってください。…………はい、わかりました、そう伝えます」
「あ~、もしかして、まだ、さっきの救難艇の要救助者を受け入れ切れていないのか?」
「はい、救難艇に乗っていた人数が予想以上に多くて、艦内への収容に手間取っています」
……ふむ、収容に手間取るか。
「救難艇にはどれくらい、乗ってたんだ?」
「定員60名のところを無理無理に乗って、100名近くです」
「……なんとまぁ」
それは少し、心配になる情報だ。
救難艇には余裕を持って一週間程度の酸素が備えられているが、規定人数以上に人が乗った場合は、酸欠が発生する恐れがある。
なにせ、宇宙においては、酸素は有限なのだから……。
そのことを指摘すると、ベルナールから答えが返っていた。
「いえ、幸いなことに救難艇内で酸欠は発生しなかったのですが、定数以上に人を押し込んだ影響で救難艇が非常に狭くなった上に、脱出の際に何かに衝突されたようなんです。そのために、通信系や推進系の他にも、空調系の故障で蒸し風呂状態になってしまったようで、体調を崩している人が多いんです。また、衝突の衝撃で怪我をされた人もいます」
「……例え、体調を崩していたり、怪我人が出ていたとしても、酸素供給系が故障しなかったことを、俺は祝福するよ」
「……先輩、不謹慎っすね」
「他にどう言えと?」
嘯いて見せたが、正直に言えば、良かったと安堵している。
これはおそらく、酸素供給系が独立系統か予備電源を備えていたお陰で、助かったんだろうな。
「え、えっと、続けていいですか?」
「ああ、すまん。それで、格納庫は野戦病院さながらな状態になっているんだな?」
「はい。順次、艦内の食堂や会議室、空き倉庫といった場所に収容しているのですが、軍医と衛生班だけでは、どうしても診察が進まなくて……」
「……簡単なことは他の班の連中にやらせてるのか?」
「艦長もそう指示を出しているんですが、やはり、皆、慣れないらしくて……」
なら、仕方がないことだな。
「オーケー、わかった。幸い、エアーやバッテリーの残量には余裕がある。気長に待つことにするよ」
「……すいません」
「いや、ベルナールが謝る必要は無いさ。それよりも、こっちのエアーかバッテリーの残量が危険域になったら、非常手段としてMS格納庫下部にジンを接舷させて固定する。そんで、パイロットだけでも艦内に入るようにするから、艦長の許可をもらっておいてくれ」
「はい、わかりました」
ベルナールの返答と共に通信が切れた。
「聞いたな、デファン」
「しばらくは、待ちぼうけってことっすね」
「まぁ、これくらいは、救難艇に乗っていた要救助者が置かれていた状況に比べれば、どうってことないだろう。……だが、エアーとバッテリー残量のチェックは必ず行っておけよ?」
「そうっすね、わかりました」
デファンの返答に頷き返した後、俺はエルステッドの速度にジンの速度を同期させると、少し緊張を解いた。
ついで、モニターでL5から遠く離れたユニウス・セブンの大地を拡大させる。
……。
あれは、俺達が守れなかった世界だ。
……これから生きていく上で、決して、忘れてはいけないものなんだと、そう、思った。
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