ブックリスト登録機能を使うには ログインユーザー登録が必要です。
第二部  二年戦争/プラント独立戦争 (C.E.70年-C.E.72年)
03  バレンタイン狂騒曲 3


 巨大な光球に飲み込まれた後、構造体中央部から二つに折れて、崩壊していくコロニー。


 ……それはまさに、一つの世界が崩壊する姿だった。


 粉々に分解していく採光窓や外壁、形を保ったままのコロニーの両端部……陸地部分が、擬似重力を発生させるために回転していた力によって、そのままL5宙域から外れるように、回転の名残を残しながら離れていく。

 その失われた大地の後を追うように、大小、様々なものが、プラントへの未練を表すかのように、連なっている。


 ……。


 かつて、俺はこれほどの衝撃を味わったことがあっただろうか?


 ……。


 いや、前世も含めても、絶対に無いだろう。


 ……。


 落ち着け、俺。


 そして、気をしっかり持て、今、自失している暇などない。


 ゴートン艦長が噛み付いて、攻撃を受ける前にコロニー全市に避難命令が下ったはずだから……きっと、生存者が……救難艇に避難した者がいるはずなのだ。

 その可能性があるならば、すぐにでも捜索を開始して、救助の手を差し伸べる必要がある。


 ……そうだ、今は、行動をしなければならない時だ。


 感情は……激しく揺らいでいる感情の波は……凍らせるんだ。


 保安局時代にテロリストのアジトに突入した時と同じように、戦場で相手と対峙する時と同じように、全てを冷徹に、どこまでも冷徹に物事を見据えるように、意識するんだ。


「ユウキ」
「……」
「ユウキっ!」
「……こ、ころにー、が……」

 ……。

「レイ・ユウキッ!!」
「!」
「ボサッとしている暇があるならっ! さっさと防衛隊にコロニー全体を守るように防衛線を再構築するように連絡を入れろっ! それとコロニーには避難命令が出されていたはずだから、必ず、コロニーから脱出できた救難艇があるはずだっ! 大至急に、捜索、救難部隊を組織するように進言するんだっ! 平の俺よりも赤服のお前の方が、話が早くて済む! 慌てず、急げぇぇ!!」
「ッア! ああ、わかった! ……それと、すまない」

 ……世界が一つ崩壊するのを見てしまったら、誰でも、自失するさ。

「…………仕方がないさ。けど、俺達にはできることがある。なら、それをしよう。俺も所属艦に連絡を入れる」
「……」

 サブモニター越しに、小さく頷いたユウキが防衛隊に連絡を入れるのを見て、俺もエルステッドへと通信をつなげた。


 ◇ ◇ ◇


 一度、帰艦しろとのゴートン艦長のお達しに素直に従って、俺はエルステッドに帰ってきた。

 ユウキは崩壊したコロニー周辺に向かい、本格的な救難・救助体制が整うまで、一時的に救難指揮を取るとのことだった。

 ……。

 艦長からエルステッドに帰ってこいと言われた時に、地獄を見ないで済んだと、ほっとしてしまった俺の心は醜いのだろうか?

 ……いや、どうせ、自分を慰めるために、トラジックに酔いたがっているだけだ、よそう。


 エルステッドに着艦後、コロニーの崩壊を知って動揺著しい小隊員二人に軍医の所へと赴くように指示を出してから、艦内を軽く観察しつつ、帰艦報告を入れるために艦橋にあがった。

 艦橋は、唐突に訪れた死が訪れた人を悼む通夜のように、悲しい静けさに包まれていた。

 MS管制官であるベルナールを含めた数人の艦橋スタッフの姿が見えないことから察するに、コロニー崩壊を知って、精神的に打撃を受けた者を任務から外したのだろう。

 そして、その断を下したであろうゴートン艦長は、帽子を目深に被って、キャプテンシートに身を預けていた。

 俺は、艦長の隣に立って、静かに小隊全機が帰艦したことを告げる。

「……艦長、ラインブルグ小隊、全機、帰艦しました」
「ああ、ラインブルグ君か。……ご苦労さんだった」

 帽子を軽く押し上げ、視線を向けてくる。

 帽子の下に隠されていたのは、コロニー崩壊で犠牲になった者達への鎮魂を願うかのように、昏い瞳だった。

「……やられたねぇ」
「……やられました」

 ……おそらく、俺も似たような眼をしていると思う。

 互いの瞳の色を確認した後、長く続いた沈黙を破ったのは、艦長の、淡々とした、乾ききった声だった。

「……被害にあったのは、運用が開始されたばかりの農業用コロニー【ユニウス・セブン】。現在、防衛隊と機動艦隊双方から救難救助隊が組織されて、脱出に成功した救難艇の回収が行われている。……が、避難命令の遅れから、脱出できた救難艇の数は少なく、犠牲者の数は相当数に上ると考えられているよ」
「……地球連合との戦争に突入して、しかも、L5宙域近くでの本格的な衝突なのに、何故、避難命令が出てなかったんですか?」
「戦闘前に避難命令を出し渋ったザフト上層部やプラント防衛隊の詰まらん見栄の結果さ。今頃、上層部の連中や防衛隊の幹部は自分達の甘い予測が生んだ悲劇に、顔を真っ青にさせてるだろうさ」

 いつも韜晦していて、自身の内心を表に出さない艦長が侮蔑の色を隠さず、明け透けに語った。

 そのことが、艦長のより深刻な怒りを感じさせる。

「そういえば、戦闘はどうなったんですか? 連合軍艦隊は?」
「戦域の敵機動戦力はMS隊によって殲滅されたが、敵の攻撃によるコロニー崩壊が起きたことで、ザフト全軍に発生した混乱の影響で追撃は不可能になり、連合の艦隊にはまんまと逃げられたよ。それと、ラインブルグ君からの報告の後、敵艦隊からコロニー群を結ぶ線を中心にして急いで網を張ったら、怪しいデブリ……擬態していた三個小隊規模の敵が発見されて、その全てを殲滅したそうだ」

 やはり、他にもいたのか。

 んっ? 擬態していた敵が殲滅されたのなら、いったい、誰が、どうやって、コロニーへの攻撃を成功させたんだ?

 その疑問を艦長にぶつけると、一つ首を振って、答えてくれた。

「我々に殲滅された、デブリに擬態していた敵は囮だったんだろう。……直線ルートを大きく迂回する形で別方向から、目立たない暗色のデブリに擬態したメビウスが一機、コロニー群近くで飛び出し、ユニウスセブンに突っ込んできていたことが、防衛隊の観測衛星で確認されている」
「えっ? た、たった、一機、ですか?」
「うん、たった一機のメビウスだよ、あのコロニー崩壊をもたらしたのは……。そのメビウスを発見した観測衛星が、大型ミサイルを一発、撃ち出す姿も捉えていた」

 ……大型で、それも一発でコロニーが崩壊が引き起こせる程の破壊力と、俺が見た、あの眩い巨大な光。

「……もしかして、核、ですか?」
「うん。核だったと判断されている」
「そう、ですか」

 前世の影響もあるだろうが、やはり、核兵器には絶対的な拒絶がある。

 ……。

 何故、大量破壊兵器が予告も無く、使われるのだろうか?

 ……。

 いや、こういったものが、普通に使われることこそが……。

「……戦争、なんですね」
「ああ、これが、戦争というもの、なんだろうね」

 でも、それだけでは済ませられないものが、核攻撃にはあると思う。

「それで、核を撃ったメビウスは?」
「爆発の影響で、あれだけ激しくコロニーの破片が散らばったんだから、それらに衝突して、デブリに仲間入りしたんじゃないかな、たぶん」

 詳細は不明だが、高確率で死んでいるだろうってことか。

 ……。

 俺の疑問はこれぐらいだし、後は、今後の予定を聞いておくか。

「では艦長、俺達のこれからの行動は?」
「うん。……1両日はL5宙域外縁を回って警戒線を引いた後、帰港することになっている」
「わかりました。……けれど、皆、大丈夫なんですか?」

 艦内の沈みようは、正直言って、半端ではない。

「そういう君こそ、大丈夫なのかい?」

 ……まだ、大丈夫、かな?

「おそらくは大丈夫じゃないんでしょうけど、俺は、それなりに、感情を凍らせられますから」
「……その感情は後でちゃんと溶かしておいてよ?」
「まぁ、一応、当てはありますから……大丈夫です」

 俺の言葉を聞くと、艦長はちょっと驚いたような顔をした後、ニヤニヤといつものような軽い笑みを見せた。

「ほほぅ、ラインブルグ君は中々にやり手の様だね。何とまぁ、うらやましい……」
「ははっ、その子には散々に弱みを見せてきたから、今回もお願いするだけですよ」
「おうおう、それがうらやましいっていうことだよ。……うん、じゃあ、君も色々と疲れたろうから休んでいいよ。敵の動きはそれこそ、面子が潰れた防衛隊の面々がしっかりと、血走った目を精一杯見開いて、調べてくれるだろうしね。後、今日の報告書は余裕がある時でいいから、まとめておいて頂戴さ」
「アイアイ、艦長」

 できるだけ意識して、軽い敬礼を艦長にして、艦橋を後にした。


 かといって、艦長の好意に甘えて、すぐに休むというわけにはいかなかった。帰艦した時に、格納庫内に、MSがうちの小隊分しかなかったから、少し、気になったのだ。

 ……いくら気に食わない奴等で、冷戦状態にあるとはいえ、仲間は仲間だからな。

 そんなわけで、俺は再びMS格納庫へ降りてきた。

 MS格納庫の内扉が閉められているため、気密が確保されており、庫内は喧騒に満ちている。

 その中から、MS整備班の責任者であるシゲさんを探し出し、周りの騒音に負けないように大声をあげて呼びかけた。

「シゲさんっ!」
「んっ? おお、アインちゃんじゃないの。……さっきは、大変だったなぁ。今、アインちゃんの機体を見ているけど、何とか再出撃可能な状態まで持っていけそうだから、安心していいよ。とはいえ、コンディションレッドが多かったから、ちょっと時間がかかりそうだけどね。だから、次に乗る時は、あんまり機体をいじめないでやってくれよ?」
「ああ、わかってるよ。……でも、今回はどうしようもなかったんだ」
「まぁ、ねぇ。あの状況だと、ああでもしないと、確かに追いつけないねぇ」

 うんうんと頷いてみせるシゲさんに気になることを聞いておく。

「レナとデファンの機体は?」
「レナちゃんの機体は肩の間接部をちょっと弄っただけでいつもどおりだよ。デファンの機体は予備パーツとの交換で対処するけど、違和感が出るだろうから、デファンに余裕が出来たら、慣らすように伝えておいてね」
「ああ、わかったよ。……後、アシム達は?」
「……元気一杯に外を飛び回ってるよ。コロニーを壊した奴はどいつだーってね」
「そう、か」

 ……少し、安心した。

「……艦内の雰囲気はどうだい?」
「いや、俺よりも、シゲさんの方が詳しいでしょうに」
「いやぁ、俺も流石に動揺しちまってねぇ。……MSの整備に逃避しちまったんだよ。それに、整備の連中は皆、似たり寄ったりで、現実を直視したくないから、忙しそうに動いているだけさ」
「……そうか」

 ……なら、ここは、現状を認識してもらうために、一手打つか。

 それに、シゲさんなら、きっと、俺が何を必要としているか、気がつくはずだ。

「シゲさん、エルステッドは後二日、警戒任務に当たっていて、戻れないみたいなんだよ」
「……二次攻撃の警戒かい?」
「その意味合いもあるだろうけど、どちらかというと、市民の不安や動揺を収めるためのパフォーマンス的な面が大きいと思う」
「なるほどねぇ」
「で……その時に恐らく、必要になるモノがあるだろうから、それをつくっておいてもらいたいんだ。……整備班の皆には、とても苦い作業になるだろうけど、ね」

 俺の言葉を聞いて、なんとなく、言いたい事がわかったらしく、シゲさんは一つ頷いた。

「……うん、なんとなく、わかったよ。うん、確かに必要だろうな。……用意、しておくよ」
「頼むよ、シゲさん」
「いや、こちらこそ悪いね、気を使わせてよ、アインちゃん」

 申し訳なさそうなシゲさんに首を振ることで応えた後、俺は小隊員二人の様子を見るために医務室へと足を向けた。


 帰港するまで、艦内のこの陰鬱な雰囲気は晴れることはないだろうな、と思いながら……。
11/02/06 サブタイトル表記を変更。


+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。