第二部 二年戦争/プラント独立戦争 (C.E.70年-C.E.72年)
02 バレンタイン狂騒曲 2
「先輩、本当にやるんですか?」
「ああ、やるよ」
「……先輩が感じた違和感、ただの気のせいかもしれないっすよ?」
「それだったら、俺が馬鹿なことをしたって、笑われればいいだけのことさ。それよりも、お前らはちゃんと、エルステッドに戻るんだぞ?」
「わかってるっす。ちゃんと大人しく戻るッす」
「レナ、デファンをしっかりとエスコートしろよ?」
「はい、わかりました」
……伝えることは、こんなもんかね。
「よし、レナ、頼む」
「……じゃあ、先輩、行きますよ?」
「ああ、こっちはいつでも行けるぞ!」
「はい、行きますっ!」
レナのジンが肩に俺のジンの足を乗せ、全力加速に入った。
ジンの上にジンが〝立つ〟ような姿は傍から見ていたら間抜けかもしれないが……、制限のある推進剤や限られた時間で速力を稼ぐには、これ位しか思い浮かばなかったのだっと、そろそろか。
「行くぞっ!」
どうか、途中でデブリに当たったりしませんようにっ!
レナの機体を思いっきり蹴っっってぇぇぇぅっ、さらにぃぃ、俺のジンのぉ、全力噴射ぁぁぁぁぁ!!!
「うきゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
……先の怪しいデブリ群を追うためとはいえ、我ながら無茶をしていると、体全体を通常以上のGで押し付けられながら、思った。
ついで、土台担当のレナよ、すまんかった。
訓練校……じゃなかった士官学校で受けた加重耐久訓練以上の加重に耐えながら、通常規定の倍以上の速度で飛んで、例のデブリ群に近づいていく。
わずかな間で、こんな馬鹿なことをしないと追いつけない程に距離が離れたということは、明らかに、そのデブリ群の速度が尋常ではないということだ。
噴射しているスラスターの耐久値と推進剤量、更には機体の廃熱状況を確認しながら、自身の限界に挑戦していると、エルステッドからゴートン艦長が通信を入れてきた。
「……ラインブルグ君、デブリ群に敵の擬態の疑いがあるだって? っていうか、なにやってるの? 何か、君のジンが普通じゃ考えられない勢いでデブリ群を追ってるのがレーダーに映ってるんだけど?」
「ふぅぅぉぅ、かんちょおおおおーーー、すぅんませぇんんんーーー! いまぁはぁぁーーーーー!」
「ああ、うん、もう少し減速したのを確認してから連絡入れるよ」
よしっ、この辺りでいいか。
後は、スラスター噴射をオフにして、姿勢を制御して、足を前にしてぇっ!!
さぁいふんしゃゃぁぁぁーーーーー!
ふんぬぅぅぅぅぅぅぅおぉぉぉぉぉぉぉぉぅうぅぅぅおぉうぅーーーー!!!!
……。
ふ、ふぅ……な、何とか生きてるな、俺。
内心で自分の頑丈さというか日々の日課であるトレーニングに感謝しながら、速度をほぼ同期させたデブリ群にロックオンした後、機体情報を確認する。
あー、俺は大丈夫だったけど、ジンは機体耐久値、特に間接系に幾つかイエローが出てるなぁ。
騙し騙しやるしかないかなぁ、とか、シゲさんに怒られるかなぁ、なんて考えていたら、エルステッドから再び通信がつながった。
「あー、ラインブルグ君、もう、大丈夫かね?」
「えー、はい、かなり消耗してますが、なんとか、大丈夫です」
「……それで、さっきの話なんだけどさぁ、今、君が接近しているデブリ群が、敵の擬態かもしれないって?」
俺に問いかけた艦長の言葉は、軽い調子なのに、自分でも矛盾していると思うのだが、何故か、重みを感じさせる。
「ええ、何となくですが、さっき捕捉した時に異常を感じまして……」
「異常を感じたか……それは君の勘かい?」
「どちらかといえば、違和感の方が合っているかもしれません。まぁ、もしも、俺の予想が外れていたら、俺が笑い者になればいいだけですよ」
「……うん、なら、俺は君が笑い者になるように期待しているよ」
「ええ、期待していてください。……では、攻撃を仕掛けます」
「うん」
そんな訳で、早速、五つあるデブリの一つを目標にして、重突撃機銃を構えて、撃つ!
うおおぁっっ!!
デブリが大爆発したっ!
しかも、爆発と同時に残った四つのデブリから、メビウスが飛び出しやがったっ!
「艦長! デブリが敵の擬態であることを確認したっ! この方向は……やっぱり、プラントのコロニー群に進路を向けているんじゃないかっ!? そちらでの確認を頼むっ! 後、機体下部に対艦ミサイルよりも大きい、大型ミサイルを二つ確認した! 爆装しているぞっ! 繰り返す、目標は爆装をしている! ……うしっ、もう一機落したっ!」
「了解、ラインブルグ君は引き続き、残りを掃討してくれ。俺は艦隊と防衛隊に連絡を入れて、大至急、コロニー周辺に防衛ラインを形成するように頼むよ」
「了解! よし、捉えたっ! ……残り二機!」
メビウスが加速に入れないように、進路に向けて、牽制射撃をして距離を詰める。
だが、残った二機は相当に熟練なのだろう、上手い具合に機体をロールさせて、こちらの弾丸を回避しながら、機体を加速させていく。
手強いな。
……。
よし、ここだっ!
って、くそっ、外された!
本当に、さっき戦った奴ら同様に、上手い!
相手の神憑り的な操縦を内心で罵っているうちに、通信機からゴートン艦長の声がまた入ってくる。
「ラインブルグ君……残念ながら、防衛隊はあんまり期待できなさそうだわ」
「ちょっ、なんすかっ、それはっ!」
「いや、なんかね、防衛隊は一部を残して、この会戦に参加しているだってさ。……本来の仕事をほっぽり出して、何を考えてるんだろうねぇ」
その言葉の意味を理解した瞬間に、頭の中が真っ白になってしまった。
「ふ、フザケすぎでしょうっ! それはっ!」
「……ああ、フザケてるよねぇ」
っ! 殺ったっ!
「よしっ! って、なっ……まさか、自分を犠牲にして、仲間を加速させたっていうのかよっ!!」
「……非常に忙しいところ、申し訳ないが、ラインブルグ君は他に擬態している敵がいると思うかい?」
「間違いなく、いますよっ。現に今、迎撃しているのが、俺だけしかいないじゃないですかっ! こちらの行動を読んで、裏をかいた連中に、出し抜かれたんですよ、俺達はっ!」
俺が見事なまでに奇策を成功させた連中への驚嘆を込めて喚いていると、エルステッドでもなにやらやっているようで、つなげっ放しの通信から、微かに艦長の声が聞こえてくる。
「……ああ、そうだ。今すぐに、コロニーの全市庁に直接連絡して、避難命令を出すんだよ。うん? 責任? ああ、責任は取るよぉ。うん、だから、早く全土に避難命令出して、うん、うん、わかった。……へぇ、そうかい」
俄かに艦長の声が大きくなった。
「喜べ、ラインブルグ君。防衛隊の援軍がそちらに行くそうだ」
「なら、早いところ寄こしてください、って言っておいてくださいっ!」
こちとら、もう、機体情報が黄色と赤色とで彩られ始めているんですよっ!
しかも、全力でスラスター噴射をしているから、推進剤の残量も厳しいことになってきてる上、廃熱が追いついていないから、スラスター自体の耐久値が拙いことになりつつある。
加速力は相手の方が上だっていうのに……スラスターに不安があるなんて、無茶苦茶な状況だよっ!
って、…………落ち着け。
クールになって、状況を確認するんだ。
……。
うん、幸いにして、重突撃機銃の残弾には余裕がある。
となれば、相手の進路を予測射撃で塞ぐなりして、援軍が到着するまでの時間を稼ぐのが最良手だ。
「っ! また、避けられたっ! タイミングを読まれてるっていうのかよっ!」
最良手なのだが……この相手には……このメビウスには、そんな甘いことでは絶対に逃げ切られる気がする。
ここは絶対に落とすつもりでいかないと……。
……。
よし、今度は扇状に射線を広げて……回避進路も出来るだけ塞ぐか。
……。
落ちろっ!
……くっ!
こっちは背後の死角から射撃したってのに、射線を読み切って、全弾避けやがった!
「くそったれ! なんて奴だよ! 回避が上手すぎる!」
自然、漏れ出た自分の罵声が自分の耳朶を震わせる。
遠方に見えていたプラントのコロニー群が、徐々に、近づいてくる。
……って、おい。
おいおい、待てよ、コロニー群がいつの間にこんなに近くなってるんだよ。
いくらなんでも、これは拙すぎるだろう。
……だ、だいたい、あそこにはっ。
あそこには、ミーアがいるんだぞっ!
……くっ。
駄目だ、落ち着け、俺。
頭に血が昇りすぎているぞ。
……ッ!
くそっ!
冷静さが取り戻せないっ!
「後、一機、残り一機なんだぞっ!」
……あれから、5分以上は、全力で追い掛け回しているはずなのだが、一向にメビウスを射線に捉えられない。
当然の如く、重突撃機銃の残弾も後、少し。
さらには、機体情報の悉くが警報の赤色で染められている。
しかも、コロニー群は、既に目と鼻の先といえる距離だ。
自棄になった思考がこう主張する。
もう、だめぽ……。
疲労と焦燥とが合わさってしまい、思考がまともに働かない上に、まとまらなくなっている俺の目の前で、メビウスが大型ミサイルを切り離した。
その切り離された二発のミサイルが、目前に迫ったコロニーへと向かって、悠々と加速していく。
せめて、そのミサイルを撃ち落とそうと、俺は条件反射的に機銃を向けて引き金を引くが、機銃からは頼りになる銃弾が出てこない。
自然、表情が自身の迂闊さを嘲るように歪むのが自覚できた。
……弾切れだ。
「ちくしょう! ……もう、無理なのかっ!」
俺が大型ミサイルがコロニーを破壊するという最悪の事態を想像して、絶望の言葉を上げようとした瞬間、メビウスの放ったミサイルが相次いで飛来した銃弾に貫かれたかと思うと、ミサイルを撃ったメビウス自体も爆散した。
そして、銃弾が放たれた方向を見ると、ジンが三機、こちらに向かってくるところだった。
援軍の防衛隊が間に合ったのか等と、朦朧としている頭で考えていたら、そのうちの一機から通信がつながり、サブモニターに見知った顔、ユウキの顔が映し出された。
「よく頑張ったな、ラインブルグ、後の警戒は任せておけ」
「おお、ユウキか。……本当に、助かったよ。後は任せ……」
…………その時…………眩い大きな光が…………コロニーの一つを…………覆った。
11/02/06 サブタイトル表記を変更。
11/11/23 一部描写を改訂。
+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。
この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。