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第二部  二年戦争/プラント独立戦争 (C.E.70年-C.E.72年)
01  バレンタイン狂騒曲 1


 2月14日、聖バレンタインディ。
 前世ならば、世の男達はお義理でチョコレートをもらって、翌月のお返しに頭を悩ませる日だった今日、L5宙域外縁部にて、地球連合軍宇宙艦隊との戦闘が始まる。
 俺達MS部隊も第一種戦闘配置の発令と共に、艦隊の脅威となる敵機動戦力の殲滅を目的に出撃することになった。


 そんな訳で、俺は自機である【ZGMF-1017】ジンに搭乗済みであり、出撃直前である。


 すでにMS格納庫の内扉、外扉は共に開放されており、目前で大きく口を開けた格納庫前面開口部からリニアカタパルトが延び出て、ソラへと続く道をつくり上げている。
 出撃予定時刻も間近に迫っているため、俺も機体情報に異常が出ていないか、素早くチェックして、さらに後輩二人の様子を伺っている。

 ……ヘルメット越しなので詳しくはわからないが、緊張で体の動きが少し鈍いようだ。

 けれども、それは仕方がないことだろう。

 未知の領域に踏み込む時は、誰だってそうなる。

 となると、一度はその領域に足を踏み入れた事がある俺としては、その緊張を解き解すための努力をしなければならないと思うんだ。

「二人とも、緊張し過ぎるなよ? ……まぁ、お前らの尻は、しっかりと、俺が持ってやるから、安心して、思いっきり、やればいいさ」
「それ、何気にセクハラッすよ、先輩」
「そ、そそそ、そうです、私のお尻は高いですよっ!」

 ……ふむ、レナが緊張のあまり混乱しているみたいだから、ちょっと、からかってガス抜きするか。

「お前ら、慣用句って知ってるか? っていうか、レナの尻は金を払えば持てるのか?」
「そ、それはっ! そ、そう、こ、言葉のあやですっ!」
「……いや、わかってるって、今のは冗談だよ」

 露悪的に、ニヤリとバイザー越しでも見えるように、と……。

「……確信犯的な悪質さっすね」
「もうっ、アイン先輩! セクハラで艦長に訴えますよっ!」

 うん、二人とも、馬鹿なことを言っているうちにいつもの調子が戻ってきたようだな。

 ちょっと、レナが興奮気味だが……まぁ、いいだろうさ。

 その時、モニター越しに、ノーマルスーツを着込んだ整備員がハンドシグナルで目視による機体異常なし、出撃準備完了と伝えてきた。それに応えるために軽く重突撃機銃を持った右腕を軽く振ってみせる。
 前方を確認すると、先に出撃するアシム小隊のジンがリニアカタパルトで射出されて、青白いスラスターを吹かしながら、ソラへと飛び出していった。

「アシム小隊の出撃完了しました! ……進路、クリア! 続いて、ラインブルグ小隊、出撃、どうぞっ!」

 ベルナールの出撃管制に従い、ジンをリニアカタパルトへと進ませる。

「了解。ほら、お前ら行くぞ」
「了解っす」
「う~、わかりました」

 リニアカタパルト手前脇の待避所から、カタパルト担当の整備班員が外を指差し、GOサインを送ってくると同時に、艦体下部に付けられている発進シグナルが青になった。

「……ラインブルグ、ジン、1134、出るぞ!」

 音も無く、機体が急加速され、俺はソラに放り出された。


 ◇ ◇ ◇


 小隊がワントップ・ツーバックのトライアングル編隊を組んで戦域に到着した頃には、既に戦端は開かれていた。
 限定された宙域に敵味方が集ったために、過密状態というほどではないが密集しており、早くも乱戦状態になりつつある。
 また、MAとは別に、連合軍艦隊からミサイルや航宙魚雷が飛んできているようだが、ザフト艦隊からのミサイルやビーム砲とMSの射撃で上手く迎撃されているようだ。敵のビーム砲に関しては、まだ射程圏内に到達していないのか、砲撃してきていない。

 ……これなら、なんとかなるか?

 そんな感触を懐いていると、宇宙に瞬いている命の炎が目に入る。

 その炎の美しさと儚さに、一瞬、自失しかけるが、今は後輩を持つ身である以上は、呆けてはいられない。

「二人とも、常に周囲に目を配れよ。後、流れ弾に気をつけろ」
「うっす」
「はいっ」

 コックピットのサブモニターに映される戦域情報図には、敵味方が入り乱れている様子が映し出されている。
 時折、通信系に紛れ込む、罵声や嘲笑、悲鳴や断末魔が戦場が狂気の場であることを、再認識させてくれる。

「基本、三機で連携して、メビウスと交戦する。……ジンの装甲なら、リニアガン以外は防げるから、落ち着いて動け」
「「了解」」

 そう指示を出している間に、小隊規模の敵がこちらに向かってきているのをレーダーで捉えた。同時に、管制官のベルナールから連絡が入る。

「ラインブルグ小隊、こちらエルステッド。水平一時方向より小隊規模のメビウスが接近しています。至急、迎撃に当たってください」
「了解、エルステッド」
「……ご武運を」
「ありがとよ、ベルナール。……よし、二人とも聞いていたな? 俺が前に出て、囮になる。奴さん達が俺に攻撃を仕掛ける時に、少しでも隙を見せたら、落せ。主攻はデファン、サポートはレナだ。絶対に、連携を忘れるなよ?」
「了解っ」
「はいっ」
「よし、水平一時方向、来るぞっ!」

 だが、俺の声に反応したかの如く、メビウスの小隊は編隊をブレイクし、前に出ていた俺を無視して、水平、垂直方向へと各機ばらけていく。

 ……どうする?

「二人ともまずは狙いを一機に絞る! 水平三時方向の敵をまずは落とせ! 後方は俺がフォローする!」
「りょ、了解」
「う、う、わ、わかりましたっ!」

 まずは、機体上方に向かった二機のメビウスに牽制射撃を加えて、大きく旋回させることで敵の意図する機動を阻止する。
 同時に二人の後ろを取ろうとする、水平九時方向のもう一機にも射線を取らせないように、如何にも狙っているぞというような重突撃機銃を持つ手の動きと機動で牽制を入れる。

 ……。

 よし、回避旋回した!

 後は、潜り込んだ一機だが……って、おおぅ、危ない危ない、危うく俺が射線に入るところだった。

「……あっ」
「や、やった! 落としたっす!」

 デファンの喜びの声が聞こえたと思ったら、二人に狙わせたメビウスだった火球がちょうど消えていく所だった。

「二人とも油断するなっ!」
「う、うわっ」
「きゃっ」

 仰角方向で大きく旋回していた二機のメビウスが二機を射線に入れかけたのだろう、突進しながらリニアガンをぶっ放し、それが二機の至近を通ったのだ。

 ……だが、その突進行動を奴らの命取りにできる。

「二人とも、訓練でやったとおりだ……メビウスの突進をかわして、後を取れ!」
「は、はいっ」
「う、っす」

 その間に、俺は他の二機の動きをって、クロスファイアーかっ!

 牽制って、くっ、回避が上手い!

「あっ、や、やりましたっ!」
「俺も、もう一機!」
「デファン! 左へ回避ぃぃぃっ!!」
「ッ! ああああっつぅああああっっったっ!!!!」
「えっ? で、デファンッ!?」

 くそっ、デファン機の右足をもぎ取られた!

「レナッ! まだ終わってない! 俯角に逃げた敵の進路上に、ぶっ放せッ!」
「……え」
「俯角! 敵! 撃てぇぇっ!」
「は、はいいいいいっっ!」

 デファンの様子が気にかかるが、まずは敵の排除だ!

 一機はレナに任せて……いた、全速旋回中か。

「あっ、当たった!」
「よしっ、よくやった! ……後は俺がやるから、レナはデファン機の被害確認と掩護をしろ」
「は、はいっ!」

 残るは一機だが……あ~、こりゃ、体当たりを仕掛けてきそうな勢いだな。

 しかも、俺が逃げたら、デファンを狙いそうだし…………受けて立たないと駄目か。


 ……来たな。


 ……。




 ッ!




 ……はふぅ。


 最後の一機をすれ違いざまの一連射で落したんだけど……あ~、もう、リニアガンの弾が掠っていく一騎打ちなんて恐ろしい事は二度としないぞ。


 ……それにしても、疲れた。


 完全に気が抜けてしまいそうになるのを我慢して、周辺を確認する。

 ……周囲には少し大きめなデブリが幾つか流れているが、敵影はない。

 遠方でいくつもの爆発光が見えることから考えるに、どうやら、小隊同士でぶつかり合っている間に、主戦場となってる乱戦宙域から流れてしまったようだ。

 けれど、今の状況では逆にありがたい。

 フラフラと覚束ない動きを見せている、右足を失ったデファン機と、その周囲で頻繁に頭を動かして警戒しているレナ機の姿を見ると、そう思わざるを得ない。

 もしも乱戦宙域だったら、落とされていただろうデファン機に近寄って、損傷箇所を軽く観察する。
 損傷箇所で電光が走っているように見えるが、運が良いことに、スラスター推進剤が入った部分は吹き飛んでしまっている。これなら、急に爆発を起こすようなことは無いだろう。

 そのことに安堵しつつ、今度は二人の様子を伺う。

「……うぅ」
「はぁはぁはぁ」

 呻いているのはデファン、息が荒いのはレナだな。

 二人とも、どうやら初めての実戦を潜り抜けたためか、かなり消耗してしまっている。やはり、生と死の狭間なんて極限状態に置かれたのが、相当の負担になったようだ。


 だが、初陣である以上は、仕方がないことだろう。


 更に付け加えれば、相手も悪かった。

 俺が推測するに、L5宙域事変(仮)で最後にやりあった二機のメビウスよりも、更に上の力量を持った小隊だった。
 二機連携によるクロスファイアーで、以前から俺が憂慮していた、例の"避ける先に弾を置く"なんて器用なことをやりやがったくらいだからな。

 ……コックピットがある胴体に命中しなかったり、推進剤が詰まった部分が残って引火しなかったのは、本当に幸運としか言いようがない。

 そんなことを思いながら、二人に注意と現状報告を促す。

「レナ、息が荒すぎる。エアー残量をチェックして報告しろ。デファン、無事か? 無事なら、右足の損傷具合を機体情報で把握して、報告しろ」
「はぁはぁはぁ」
「……ぅ」
「聞こえていたら、しっかりと返事をしろっ!!」
「「はいっっっ!」」

 俺の怒声で正気を取り戻したらしい二人が、大慌てで報告を入れてくる。

「え、エアー残量は規定値内ですが、予定していた残量値よりも減っていて、少し心許ないです」
「俺は……ちょっと口を切ったくらいで済んでるっす。機体の方は、右足が大腿中程からもぎ取られてるみたいっす」
「わかった。レナは少し落ち着けば、なんとでもなるし、いざとなったら、俺の機からエアーを分けるから安心しろ。それと、デファンは右足に送っているエネルギーを全てカットしろ。もしも、動かなくなったことで、機体バランスが崩れる過ぎるようなら、左足のエネルギーもカットする」
「わ、わかりました」
「了解っす」

 さて、これからどうする?

 ……ふむ、まずは情報だな。

 エルステッドから戦域の全体情報を仕入れるか。

「エルステッド、こちら、ラインブルグだ。……戦域全体の戦況はどうか?」
「あ、はい、こちらエルステッド。戦況はこちらが優勢です」
「……戦力は必要か?」
「いえ、予備戦力も存在していますから、戦力には余裕があります」

 ……となれば、引き揚げてもいいかな?

 デファンもレナも初陣で命を賭けることを初めて体験したし、デファン機が損傷したことへの動揺もあるだろう。それに、ベルナールの話からも、ザフトが優勢なのは明らかだし、無理をする必要もないな。

 うん、エルステッドに引き揚げることにしようか。

「ベルナール、デファン機が戦闘で損傷した」
「えっ、だ、大丈夫なんですかっ!?」
「ああ、幸い、怪我は無い」
「そ、そうですか、良かったです」
「まぁ、そんな訳で、エルステッドに戻るから、受け入れ準備を頼む」
「了解です。整備班に伝えます」
「ああ、よろしく頼む」

 ベルナールとの通信を切って、俺に言われなくても、しっかりと周辺の警戒をしていた二人に声をかける。

「よし、二人ともエルステッドに引き揚げるぞ。……戦況はこちらが優勢だからな、後のことは友軍に任せればいい。少なくとも、給料分の働きしただろうさ。それと、デファン機、レナ機、共に二機、メビウスの撃墜を確認している。……敵を倒した上に生き残ったんだ、胸を張れ」
「……はい」
「……うっす」

 ……正直、人を殺して胸を張れって言うの、辛いよなぁ。

「さて……」


 もう一度、周囲を見渡して、戻るぞ、と続けようとしたら……。






 何か、違和感が、頭の隅を、過ぎった。






「どうかしたんですか?」

 何だ、この違和感は……この感覚の源は何だ?

「先輩、どうしたっすか?」

 ……うん?

「先輩?」

 ……。

「先輩っ!」

 ……あっ、さっき、見たデブリ……なのか?

 確か、以前、親父に聞いたことがある。

 プラント付近の宙域はコロニー建設のために、神経質なまでにデブリ除去が進んでいて、他所の宙域よりも綺麗であると……。

 なら、なんで、あんなに目立つような大きなデブリが幾つもあった?

 戦場で破壊されたモノか?

 ……それにしては、形状が……綺麗過ぎたような気がする。

 ……。

 いや、俺の考えすぎで、多分、何かの拍子で、たまたま、ここら辺に流されてきたデブリだったんだろう。


 ……。


 ……だが、気になる。


「レナ、俺達の座標から、水平六時俯角三時方向のデブリ群は、どこに向かって流れてる?」

「えっ、水平六時俯角三時方向ですか? ……デブリ群なんて、どこにもありませんよ?」

 な、に?

 ……基本的に、デブリは地球の重力に引かれつつ、一定方向に流れているはずだから、何らかの力が加わらないと急激な……針路変更は、ないは……ず?

 ッ!

 まさかっ!

「エルステッドッ! エルステッドッ! 聞こえるか、ベルナール!」
「! は、はいっ! なんですか、ラインブルグさん?」
「俺達がいる周辺に、デブリ群が存在しているはずだ、それを大至急、捕捉して欲しい!」
「わ、わかりました!」

 何も聞かないで、すぐに行動してくれることが今の状況では、とてもありがたい。現場から上がってくる情報にはすぐに対処するように、管制官を教育しているゴートン艦長に感謝だ。

「……あっ、はい、捕捉しました。大きいのが……五つありますね」
「……流れている方向は?」
「待ってください。…………この方向は……プラントのコロニー群に向かってます」

 ……これは、可能性があるな。

「艦長に伝えてくれ、そのデブリ群が敵の擬態かもしれないって」
「……敵の擬態、ですか?」
「ああ、とりあえず、そう伝えてくれ」
「了解しました」

 通信が途切れる。


 ……ここから、デブリ群に、追い着けるだろうか?


 ……。


 ……可能性があるなら、やらないより、やった方がいいよな。
11/02/06 サブタイトル表記を変更。


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