第二部 二年戦争/プラント独立戦争 (C.E.70年-C.E.72年)
序 戦争前夜
C.E.70年1月1日。
プラントがプラント理事国に突きつけた完全自治権と自主貿易権に関する回答期限日において、俺も詳しい内容を知らないが、理事国からの回答はプラントにとって芳しいものではなかったらしく、先の宣言通りに理事国への輸出が停止された。
その影響は甚大で、僅か一ヶ月の間で、地球各地では物資不足による社会生活への影響が出始めているらしい。
この政府間交渉の不始末で、最も被害を受ける市民の不満の矛先を避けるために、各国政府や企業、ブルーコスモスといった団体が、プラントこそが、現在、市民が置かれている苦境の全ての原因である、とするプロパガンダを大々的に行っている。
それらの影響力は大きく、地球各地で反プラント、反コーディネイターが声高に叫ばれているそうだ。
本当に、マスメディアと結びついた権力の恐ろしさを実感できる出来事だ。
翌月、2月5日。
プラントと理事国の緊張を緩和するために努力を続けていた国際連合が必死に呼びかけて実現した、月面都市コペルニクスでの理事国とプラントの直接交渉は、始まる前に爆弾テロによって、全てが吹き飛ばされてしまった。
しかも、このテロで、国連事務総長どころか、国連運営に関わる首脳陣が全滅してしまったとのこと。
そのため、このテロ以後、国連は世界の指導調停役としての機能を喪失してしまい、対プラント強硬派の大西洋連邦が主導して設立した【地球連合】という名の国際組織の成立と共に、崩壊することになってしまった。
もう少し、国連という組織が危機管理をしっかりとしていれば、国連の首脳陣を全員集めるなんて馬鹿なことをせず、結果、国連が崩壊することもなかっただろうが、非常に残念なことに、全ては終わってしまっている。
2月11日。
ここに至って、プラント理事国が中心となって構成された地球連合とプラントとの緊張は限界点を突破し、地球連合からプラントへの宣戦布告という形になって破られた。
……事態は俺が全く望んでいない方向へと転がり落ちていく。
◇ ◇ ◇
地球連合からの宣戦布告を受けて、L5近隣宙域で訓練していたエルステッドにも、ザフト機動艦隊から訓練中止と艦隊集結の命令が届いた。
その集結座標を目指しての航行中、小隊の訓練を縮小して、ブリーフィングルームで小隊員の二人と簡単な小隊行動の確認を行っていた時に、少し話したいと言うゴートン艦長から呼び出しを受けた。
当然、艦体後部にあるブリーフィングルームから艦体前部にある艦橋に向かうために、艦内を横断することになるのだが、初実戦のためか、普段と異なる緊張感に満ちた空気が漂っていた。
途中、幾人かの主計班員や保安班員と擦れ違う際に簡単な言葉を交わしたが、どの声音には硬いものが混じっていたことからも、俺が感じたそれは間違いではないだろう。
……いくら普段、威勢のいいことを言ってたって、自身の命が懸かってるからなぁ。
なんてことを考えながら、艦橋に繋がる扉を抜けて、キャプテンシートに腰掛けているエルステッドの艦長、オーリン・ゴートンに声をかける。
「艦長」
「ああ、来たか、ラインブルグ君。……艦内の様子はどうだい?」
「宣戦布告の話を聞いて、皆、緊張しているみたいです」
空気がね、こう、ピリピリしているとでも言えばいいのかな?
「そうかい。やはり、いざ実戦となると変わるものだねぇ」
「そりゃそうですよ。命のやり取りをするとなると、当然、緊張もします」
「はは、流石は実戦経験者だね。言葉に余裕があるよ」
いや、そんなことはないはずだけどなぁ。
自身ではよくわからないが、人から見たら俺は余裕があるように見えるみたいだ。
まぁ、それはいいとして……。
「途中で聞いたんですけど、月方面からの侵攻は間違いないんですか?」
「……うん、月方面に偵察に出ていた艦が、先の地球連合の宣戦布告後、月のプトレマイオス基地から多数の熱源を観測しているんだわ。ザフト上層部は、その動きを連合軍の宇宙艦隊が出動して、プラントへの侵攻を開始したと判断しているみたいでねぇ。休暇中だった艦にも召集と出撃命令が下っているよ」
「……この連合の動き、物見遊山ってことは、ないですよね?」
「そりゃぁね、流石に宣戦布告しておいて、遊びに出かけるような馬鹿な奴はいないさ」
艦長が軽く帽子を弄って位置を直すと艦橋スタッフに指示を出し、メインスクリーンに連合軍の宇宙艦隊の予想進路とザフトの迎撃予定地点を出してくれた。
「とりあえずは、L5と月の最短ルートに主力部隊を置いておいて、別ルートからの侵攻にも警戒部隊を当てる、ですか?」
「とはいっても、随時偵察情報が入ってきて、その都度、情報が更新されるから……最終的には、正面から大戦力同士がぶつかる決戦に近いような感じになると思うよ」
決戦か……。
「連合は艦隊戦を仕掛けてきますかね?」
「ん~。相手さん、建軍してから長いから、錬度は高いだろうと考えられるけど……先のL5での戦闘結果もあるから、及び腰になっている場合もあるなぁ」
「……前回の部隊機動から察するに、MA部隊による敵機動戦力の排除及び艦隊への対艦攻撃、その後に艦隊戦を行って撃滅する、って、いうのが、連合軍宇宙艦隊の戦術ドクトリンのように感じますね」
「王道パターンだね」
「うちの艦隊が艦隊を襲う時も同じようになると思いますよ? 王道これ確実ですから」
でも、前回の戦闘で連合軍もMSの脅威がわかったはずだから、今回は艦艇からミサイルや艦砲を撃ち込んで来ると予想できる。
これには気をつけないといけないな。
「うん。……それで呼び出した用件なんだけど、俺も初の実戦だからね。作戦前だと緊張と忙しさで忘れそうだろうから、今のうちにオーダーを伝えておこうと思ったんだ」
「ああ、なるほど。それで、艦長のオーダーは?」
「俺から君の小隊へのオーダーは、敵MAに艦隊の影すら踏ませるな、だな」
「了解、艦長」
「そうそう、会敵予想は13日から14日だから、一種警戒発令までは、しっかり英気を養っといてくれよ」
ひらひらと帽子を振ってみせる艦長に軽く敬礼して、艦橋を後にした。
もちろん、ザフトのために、なんて野暮な言葉は要らないのだ。
艦橋を出た俺はその足でブリーフィングルームに戻り、待機しているように言っておいた二人の後輩、レナとデファンに、明日か明後日に予想される会敵を教え、戦闘終了後までは通常訓練を控えることを告げた。
「今のうちにたくさん緊張しておけよ。当日になって、いざって時に緊張して駄目でしたじゃあ、話にならないからな」
「…………うっす」
「は、はは、い」
「と、脅してはいるが、まぁ、初陣なんだ、色々と考えてしまうさ。……俺もできるだけフォローするから、訓練でやったことをそのまま出すことを意識すればいいよ」
下げて上げてみた。
すると、二人はこれまでの訓練を反芻するように、声に出して注意点を確認し始めた。
「……ええっと、単機で動かず、小隊としての連携を常に意識すること」
「……攻めるときは、必ず誰かがフォローに入ること」
「目前の敵に集中しても、視野を狭めず広く見通すこと」
「攻められたら、慌てず騒がず、味方の掩護がしやすい場所に逃げること」
「そもそも、MAの射線には絶対に入らないこと」
「そもそも、どんな敵でも、侮ってはならないこと」
「戦場では、驕らず、自身を保って判断すること」
「戦場では、過信せず、常に疑って予測すること」
おお、結構、覚えてるね。
「うん、俺の訓練についてこれたんだ。少なくとも、生き残ることだけは保障しとくよ」
「うっす」
「はいっ」
「あっ、それと一応は加えておくけど、って……まぁ、二人には普段から口を酸っぱくして言ってきたから大丈夫だとは思うが、ナチュラルだからって理由で油断するなんてことは、言語道断だからな?」
「うっす。わかってるっす」
「はいっ!」
二人の目を見て意識が浸透しているか確認した後、作戦のブリーフィングまでは気を落ち着かせているようにと言い渡して、解散する。年相応の顔に不釣合いなほどの、しっかりとした敬礼をする二人に、俺も敬礼を返した。
……。
二人を死なせず、ここに連れ帰るのが、面倒を見てきた俺の最低限の責任だと思った。
残る不安は……エルステッドのもう一つの小隊、アシム小隊なのだが……俺の言うことを聞くような奴じゃない上、その部下も驕り高ぶり過ぎている。
艦長も頭を痛めていたようだが、俺では、もう、どうすることもできない。そもそも、通常任務中は交代で直を行っているから、接点がどうしても生まれないのだ。
こういう状況になった以上は、ただ、奴らが生きて帰ってこれることを祈ってやるだけだ。
もっとも、俺の祈りなんていらないって言うだろうから、祈る必要はないかもしれないが……。
だけど、今度は、以前の衝突とは違い、本格的な戦争状態だ。
正直、何が起きるかわからない。
俺も気を引き締めて、行かないとな……。
翌日、ザフト宇宙機動艦隊は第一種警戒態勢を発令した。
地球連合、元は旧理事国との二度目の軍事衝突、俺にとっても二度目の実戦が迫ってきていた。
11/02/06 サブタイトル表記を変更。
11/02/14 表記修正。
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