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第一部  新しき生
26  破局+直前<(整備+球体)×祭典(C.E.69年 8)


 年の終わりまで、後一ヶ月程。
 プラントと理事国との緊張は最早限界ぎりぎりで、否が応でも、破局が近いと感じてしまう。
 この先に訪れる破局を思い、だからこそ、皆、その現実を見たくないのだ。

「このブラックBOuRUこそが! 我ら善良たるエルステッドMS整備班に、機械仕立ての神から与えられた恩寵であるっ!」

 MS整備班員の前で、喜々として演説を行っているMS整備班長を見ると、特にそう思ってしまう。


 エルステッドMS整備班長シグルド・ティーバ。

 本人が主張する魂の名はシグルドではなく、【シゲ】らしい。で、このシゲ……年長だからシゲさんだな、俺が出会った整備畑の人間でも、あのマッド・エイブスに並ぶ位の、トップクラスの変人である。
 なにせ、本人が言うには整備の戦闘着であるツナギをどんな場でも四六時中着用し、新たに搬入された新品のジンの装甲に頬擦りしてキスし、プラント脅威の技術力について一席設けて大いに語って周囲を洗脳し、プラントでは何気に珍品である眼鏡をかけている。
 前にその眼鏡はファッションなのかとシゲさんに聞いたところ、答えは本物の眼鏡とのことだった。彼曰く、度のキツイ眼鏡は機械弄りを生業とする者の必須アイテムらしい。

 ……非常にうそ臭いが。

 以前、何かと世話になっている軍医と小隊員の健康管理について話し合っていた時に、ふと、シゲさんの眼鏡のことを思い出し、シゲさんの視力は本当に悪いのかと、一度、尋ねたことがある。
 その答えは呆れながらの肯定であった。なんでも、視力低下の原因は、回復能力を上回る程の慢性的な眼精疲労が主因で、他に副因として寝食を忘れることで発生する寝不足と栄養失調等々が挙げられるらしい。

 正直、そこまで熱中できるものがあるのって、幸せなことだと思う、なんて、無趣味な俺としては、思わざる得ない。

「このブラックBOuRUは! 我々エルステッドMS整備班を新たなる整備の境地へと導き、必ずや大いなる発展をもたらすであろう! ジークっ、BOuRUっ!」

「「「ジークッ、BOuRUっ!」」」
「「「ジークッ、BOuRUッ!!」」」
「「「ジークッ、BOuRUッっ!!!」」」

 おっ、どうやら、シゲさんの演説が終わりそうである。

 ……しかし、乗りがいいなぁ、整備班の連中。


 ◇ ◇ ◇


 俺の留守中、親父から俺宛に届いたブラックな特別仕様BOuRU。
 流石に売却するなんてことは、明らかに父の好意を無にするわけだからするわけにいかず、清掃業者やジャンク屋に貸与するのも、これまた、何か、駄目な気がした。
 結局、始末に困って途方にくれた所、ミーアが信頼できる人に相談したらどうか、との助言をくれた。父以外に信頼できる筋は、ラウやユウキ、それにゴートン艦長といった面々である。
 でもって、この中でもっとも、BOuRUの有意な使い道を考えてくれそうなのは、艦長だと判断し、相談することにした。
 ちなみに、ラウとユウキには悩んだ末、連絡しなかった。燃え派と萌え派として、対立している二人に火種を放り込むわけにはいかないのだ。


 ……どちらがどちらなのかはだいたい想像できると思う。


 でもって、艦長に相談した結果は、

「うちで使って、皆で幸せになろうよ」

 とのことだった。


 その後、煩雑な手続きは全て艦長に任せ、俺はブラックBOuRUをザフト機動艦隊が間借りしている宇宙港に停泊するエルステッドに運び込む。ついでに、ミーアにも、本当は駄目なのだが、職場案内をした。その時、ミーアが真剣な顔で艦内や格納庫を見学していたのが印象的だった。
 で、そんなことをしたり、ミーアと美味い店を食べ歩いたり、父への感謝と自身の近況報告や何となく浮かんだアイデア、MSに乗るようになってから考えていたことを色々と、メールじゃ味気ないので紙に書き綴って書簡で送ったり、ラウやユウキに宛てて近況メールを送ったり、以前の職場で世話になった課長と酒を飲んだり、と色々していたら、いつの間にか休暇は終わり、再びミーアに我が家の管理を託し、エルステッドに乗り込んで、現在に至る。


 ◇ ◇ ◇


「いやー、アインちゃんよぉ、よくぞまぁ、BOuRUなんて粋な物を寄付してくれたもんだよなぁ。しかも艶消しのブラックな塗装っていうのが、カスタムぽくって、もう、漢心をくすぐるんだよこれが! しかも、何気に頭頂部にハードポイントが二箇所増設されてるし、これはもう、俺達整備班に好きにしていいよ、好きに弄ってくださいってBOuRUが訴えているに違いないんだよっ! く~~~、いったい、何をつけようかなぁ、いま、整備班の連中であんけーとを取ってんだけどよ! もう、全員が全員鼻息荒くってもぉぉーー、あなた達、萌えに燃え上がってる? って色っぽいBOuRUに聞かれてるような感じなのよぉぉっ、もぅぅぅぅっ!」」
「し、シゲさん、落ち着けって」

 ……うん、俺、整備班の連中に、BOuRU萌え燃え派って名付ける事にするわ。

 まぁ、それは置いといて、早く用事を済ませてしまおう。

「あー、シゲさん。BOuRUのことは全て任せるから、よろしく頼むね。それでね、こいつの愛称なんだけど……【BW-00E-841PS】の機体番号からヤヨイって、俺の独断と偏見でつけたから」
「! お、おぉぉぉうぅふぅぅ! や、ヤヨイ、あ、嗚呼、そ、その名前のなんと、ふ、美しくて、まっこと愛らしい、トーヨー的で神秘的な響きっ! は、班員シュウゴーーーーーーッ!!!!」

「なんすか、班長? 俺、BOuRUの装備のことで頭一杯何すけど」
「んっ、そうですよ、俺のBOuRUちゃんには……へへへ」
「てめぇ、夢見てんじゃねぇよ、BOuRUさまは俺の女王様だぞ」
「ばっか、おまえこその夢見てんじゃねぇよ! 俺んだぞっ!」
「か~、おまえらこそ、馬鹿だなぁ、BOuRUさんは俺の嫁だって」
「なんだとぉ!」
「おぅ、かかってくるか!」
「やるってのかぁ、この俺と!」
「くっ、ここで引いたら負けだっ! あーーーーー!」
「そうくるかっ! ならば、これならどうだっ!」
「くはぅっ! だ、だが、ここで負けるわけにはっ!」

「だーーーー! おまぃらっ! しずまれぇぃぃぃぃ!」

 事の成り行きについていけない俺の前で、興奮したシゲさんの手から連続してスパナが乱れ飛ぶ、飛ぶっ、飛ぶっッ!

「あっ!」
「べっ!」
「かっ!」
「わっ!」
「もちっ!」

 連続ヒットっ!

 断末魔を残して、沈む整備員A、B、C、D、E、F!


 ……ああ、今、馬鹿な表示が脳内に浮かんだ気がする。


「さぁ、馬鹿者どもは散った! それよりも賢者達に重大な発表がある! そう、あれは俺がまだ整備員としての心構えを弁えていない、幼い頃だった……」
「前置きはいいから、早く言ってくださいよ!」
「そうですよ、俺、今すぐに図面を引きたいんですよ!」
「班長さんの前置きは流すには長すぎるっす!」
「だ、誰がうまいことを言えといったっぁぁ!」

 ……さっさと、話を進めて欲しいなぁ。

 そんな俺の願いが通じたのだろう、シゲさんがようやく本題を切り出した。

「え~、おほん。……皆、心して聞けぇい! 唐突に思うかもしれないがっ! 今、我らが姫の名前が発覚した!」

「「「お、おぉぉぉぉ~~~~~」」」

「ふふふ、知りたいかね?」

「「「是非とも知りたいっ!」」」

「ん~~~~、どうしよっかなぁあ~~」
「班長さん、焦らすのは反則っす!」
「早く言ってください!」
「一人だけ知って、悦に浸るなんて、何てうらやましい!」
「よろしい、では、皆、耳をカッポじって聞けぃ!」

 ……シゲさん、生き生きして……すっごく楽しそうだなぁ。

「我らが姫の名は……」
「「「……名は?」」」
「その名は……」
「これ以上、焦らしたら鬼畜ッすね」
「ああ、鬼畜認定出してやろうぜ」
「そして、ますます無妻男になるわけだわかります」

 シゲさんを見つめる整備員の連中の目は非常に危ない色を帯びている。例えるなら、青い眼が赤い眼になった感じだ。

「な、名は……ヤヨイである! アルファベットで、Y、A、Y、O、Iであるっ!」

「「「おおぉぉ~~~~」」」

「繰り返すっ! ヤヨイでYAYOIであるっ!」

「「「Y、A、Y、O、Iで、ヤヨイっ!」」」

「よろしいっ! ……皆、しっかりと覚えたな?」
「当然っす!」
「記憶野に焼き付けましたぜ!」
「ヤヨイ……いい響きだ」

 ……。

「よろしい! 非常によろしいっ! では、我らが姫を称えようっ!」
「「「称えようっ!」」」

「称えよ! ヤヨイっ!」

「「「ビバッ、ヤヨイっ!!」」」

「称えよ! BOuRUっ!」

「「「ビバッ、BOuRUっ!!!」」」


 ……整備班の連中見ていたら、なにか、急に、色々な物事がどうでもよくなった気がしてきた。


 なんとなく、幸せになった気がして、目の前の狂騒を見つめる。


 ……ああ、なんか、和む。


 ……。


 ……。


 ……。


 ……って!

 あんなの見て、和んだら駄目だろ、俺っ!

「アイン先輩っ! こ、これは何の騒ぎですかっ!?」
「……レナ、世の中には知らない方がいいことがたくさんあるんだ」
「えっ? えっ?」
「さぁ、控え室に戻ろう。彼らは放っておけば、自然に元に戻る」
「は、はぁ」
「……ところで、デファンの奴はどうしたんだ? 姿が見えないが」
「さっき、整備と話してくるって、出て行ってから、それっきりですけど?」
「……そうか」

 あの中に混じってたのかも知れないな。

 ……デファンが変になったら、俺の所為になるんだろうか?

 うぅ、すまない、モえてる連中に格好の燃料を投下するなんて、馬鹿なことをした俺を許してくれ。






 結局、その日一日、整備班どころか格納庫のお祭り騒ぎに驚いた他の部署の仕事までは滞り、騒動の原因となったと周囲から認定されてしまった俺は艦長からやんわりと叱責と罰を受ける羽目になった。

 曰く、モえ上がっている整備班には絶対に燃料を注入しては駄目、とのことらしい。




 ……すんません、まさか、あんなことになるなんて、思わなかったんです。

 はい、今は、とても反省してます。


 だから、この整備班製BOuRU型ヘルメットを外させてください、お願いします。
10/09/20 サブタイトル表記を変更及び加筆修正。


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