第一部 新しき生
24 緊張+激化⇒(未来+展望)×悲観(C.E.69年 6)
各乗組員も艦務に慣れ、戦力化が成ったエルステッド。
それを待っていたかのように、世界の緊張は激しくなってきている。
それが何を意味しているのか、皆は理解しているのだろうか?
「世界の状況は急速に悪化、このままでは嵐となり、激しい暴風と雷雨に見舞われるでしょう、かねぇ」
……ええ、このままでは、間違いなく、そうなるでしょうね、艦長。
現状、任務についているエルステッドには第二種警戒態勢が発令されており、当直MS小隊にあたる俺の小隊はスクランブル待機中のだが、俺はゴートン艦長に呼ばれて艦橋に上がっていたりする。
スクランブル要員として、最近になってメキメキと腕を上げているレナとデファンを残しているから、よほど突発的な事態が起きない限り、大丈夫だと信じよう。
それに、二人にもたまには俺がいない時間を作ってやらないと、常にうるさい先輩がいるような状況だと、息抜きができないだろうからな。
今頃、整備班休憩室兼スクランブル要員控え室で休憩中の整備班員達と、俺の地獄のような訓練でも俎上に載せて、大いに不満をブチマケテ、盛大に駄弁っているはずだ。
で、俺はというと、艦体前部に位置する艦橋にて艦長シートに傍らに立ち、ゴートン艦長と艦載MS隊の戦力について話をしていたりする。
「本当に、アシム君の所と違って、君ン所の二人は順調に育っているようだねぇ」
独り者の性なのか、それとも船乗りの常なのかはわからないが、チョロチョロと存在を主張する不精鬚をなでながら、ゴートン艦長が聞いてきた。
「ええ、順調に伸びすぎていて、こっちは抜かれないように裏で必死ですよ」
「水面下の白鳥の如くだねぇ」
「俺はそんな綺麗な存在じゃないですけどね」
ふふん、どちらかというと、俺は……身上を考えれば、不死鳥とかが、似合うんじゃないかな?
……。
やっぱり色んな意味で、鷺になるのかなぁ……。
「ところで、艦長。アシムの小隊はうまくいっていないんですか?」
「うーん、彼も頑張ってるみたいだけど、新米がヤンチャみたいでねぇ。あんまり上手くいってるとは言えないね。……ラインブルグ君、アシム君に助言してる?」
「それが助言しようにも、アシムが避けてるみたいで……どうしようもないです」
「……そうかい」
苦渋の表情を浮かべるゴートン艦長が何を思ってるのか、ある程度想像は付くが実際にはわからない。とりあえず、言えることは非常に悩ましい問題だってことだけはわかる。
けれども、曇り顔の艦長を見ているのは、俺も本意ではない。
だから、ここは空気を換えた方がいいだろう。
「しかし、若いってのはいいですね。俺も、まだまだ、自分をのばせるとは思ってるんですけど、二人と成長速度が明らかに違うんですよ。ほんとに若さって奴は……いいですね」
「ああ、うん、そうだねぇ。ほんと、若さって……いいよねぇ」
しみじみと、二人して黄昏ながら頷いたのが面白かったのか、当直として艦橋に詰めていたベルナールが噴き出した。
「ふふ、艦長はともかく、ラインブルグさんはまだ若いですよ」
「……ですって、艦長」
「まぁ、なんとも容赦のない切捨てだこと。……部下の心無い一言に、俺の繊細な心が引き裂かれるよ」
「普段の艦長を見ていたら、繊細だなんて、信じられません」
「……ぷっ」
「やれやれ、部下の非情な評価に何とか形を保っていた心は粉々だよ。後、ラインブルグ君や他の皆も笑わないように……。だいたい、今の俺が抱いている心境は、君等も必ず通ることになるんだよ? ベルナール君も、後数年もすれば、今日、噴出したことを大いに後悔するよぉ?」
艦長はベルナールの言葉に乗るように、道化の如く大いに肩を竦めて見せた後、呪いを吐き出すように先の発言をして、ニヤニヤと厭らしい笑みを浮かべた。
「うーん、でも私、今の艦長の歳になるまで、後、二十年以上は必要だから……正直、想像できません」
「……ラインブルグ君、俺、彼女の若さに、大いに嫉妬していいよね?」
「今のベルナールの言葉も、いつか通ってきた心境じゃないんですか? 艦長」
「おおぅ、これは一本取られたな」
再び、艦長が顎鬚をなでて、ニヤニヤ笑いを苦笑いへと変えると、艦橋は今度こそ、笑いに包まれた。
各々が少しリラックスした所で、艦長が、食堂の主計班に簡単に摘まめる軽食とそれぞれのドリンクを持ってきてもらえるように依頼する。
流石は艦長、小さなことでも、人身掌握に抜け目がありませんな。
なんて風に感心しつつ、俺は艦橋のサブモニターに表示されているレーダーに目を移す。
……特に異常は見られない。
理事国側の艦艇群が遠巻きにこちらを警戒して、遊弋している状態が異常と言わないならば、だが……。
エルステッドが今現在いるのは、L5とL1とを最短で結ぶ国際設定航路のL5寄りの場所だ。
理事国側の艦隊が存在するL1のスペースコロニー【世界樹】と月、それに理事国の本国が存在する地球からの侵攻を警戒するために、こうやってパトロールしているのだ。
対する理事国側も考えていることはこちらと同じらしく、小艦隊規模に相当する艦艇がそれぞれの航路で、警戒の網を張っているようである。
「今のところは、理事国側に変わった動きはありませんね」
「艦長の俺としては、変わった動きなんて、ない方がいいなぁ」
「……警戒と訓練しているだけで、タダ飯と給料もらえますもんねぇ」
「まったくだよ。実際にドンパチするよりも、市民の皆様から給料泥棒呼ばわりされている方がましさ」
艦長は露悪的に笑ってみせる。
……だが、目は笑っていない。
「……プラント理事会での、プラントへの対応を決める話し合いは、まとまらないようですね」
「うん、プラント理事会を形成している理事国って言ってもさ、それぞれ違う考えを持っているからねぇ。……プラントの自治、自主貿易等々の権利を一切合財、絶対に認めないとする国があれば、総督府による直接統治を行って、プラント運営に関して主導権を握り続けようと考えている国もあるし、貿易に関してはある程度譲歩するが、自治は絶対に認めないと主張する国もある」
「でも、どの理事国もプラント評議会の自治を認めていないのは一緒ですよね。やっぱり、コロニーを理事国の資産として見ているからですか?」
「……たぶんねぇ。L5コロニー群は、建設に投資した理事国政府や企業がプラント運営会議を形成して、管理運営していたんだから、そう考えるのは自然だと思う。でも、現実には、プラントへの移民者や居住者にコロニー内部の土地を貸与するんじゃなくて切り売り……所有権を売って居住や起業を認めたから、ややこしいことになっちゃたんだよねぇ」
コロニー内部の土地は住人に売り出されたモノで、コロニー自体はプラント運営会議が管理運営してるから、理事国のモノになる。
……あれ?
なら、コロニーの所有権は住民のもの、それとも運営会議というか理事国のもの?
少なくとも、俺はコロニーの所有権に関する法律は、聞いた事がないぞ?
……。
む、難しいこと、ワタシワカリマセーン。
「……あれですね、コロニーを造った時に、しっかりとコロニー所有権に関しての法整備もしておくべきでしたね」
「……だよねぇ。コロニーを自分達の土地として捉えている居住者と、あくまでもコロニーは自国の資産だと考えている理事国とじゃ、話が食い違うし、対立も発生するよ。そこに加えて、空気税や関税の税率決定権を握っている運営会議が、それらを好き勝手に引き上げて、居住者から金を搾り取ってるんだよ? 居住者全体の感情も自治を要求する方に、自然と流れるさ」
空気税とは、コロニー居住者が吸う空気に支払う金に掛けられる税金のことだ。
地球じゃ考えられないことだろうけど、元から空気が存在しない宇宙というかコロニーでは、空気は製造及び維持管理する必要があるので、有料扱いなのだ。
宇宙にあるコロニーの空気を製造、維持管理するがただじゃないのは当然だし、空気代が水道光熱費と同列の存在だということはわかるけど、これに掛けられる税金が、明らかに、ぼったくってるのよ。
だって、空気税固定分だけで、400%だよ?
その上に、経費が予定よりも多く掛かった、空気循環設備の新規更新のため、新設コロニー設備投資費、云々云々なんて具合に、適当な理由を付けて、変動分を所得に比例させて空気税に加えるんだよ?
そりゃ、給料明細を見るたびに、思わず溶け出しそうにもなるさ。
ついでに言えば、評議会が実質権限を握った現在は、固定税のみで100%で抑えられている。高いことは高いけど、まだ、以前より遥かにマシだから、不満の声もほとんど聞こえてこない。
後の関税に関しても言わずもがなだな。
だからこそ、プラントは食料を自分達で生産しようとしているのだ。
「……話を戻すけど、理事国と一言でいっても、プラントに対するスタンスが異なるし、理事国同士でも色々と問題を抱えてたりするから、話し合いをしたら、当然、揉めもするさ。しかも、そこに、完全自治、対等貿易権を求めるプラントの要求が加われるんだ。簡単にはまとまらないよ」
「でも、評議会は回答が中々得られないって、業を煮やして、来年までに回答がなかったら、理事国への輸出を停止するなんて言って、脅し、もとい、圧力をかけてますよ?」
「……それが短絡的だと思うんだよねぇ。難しい話し合いなんだからさ、もう少し気を長く持たないと……。もしも、輸出の停止だなんて実際にやったら、理事国どころか、下手したら地球全体の対プラント感情が悪化して、碌な事にならないよ。……とはいえ、もう、こちらから手を出してしまっているから、今更、遅いのかもしれないけどねぇ」
ぼやきに近い艦長の言葉を掻き消すかのように、艦橋と廊下を繋ぐ扉が開き、主計班員が注文の品を届けに来た。
各々に軽食とドリンクが配られ、艦橋自体に、再び穏やかな空気が流れる。
「よし、みんな、ちゃんと自分の分を確保したかい? ……うん、大丈夫みたいだな。じゃあ、みんな、当直終了まではまだ幾らか時間があるけど、もう少し励んでもらいたい。……けれども、気を抜き過ぎないように、また、入れ込み過ぎないように、適度な状態を維持するように、ね」
「はい!」
「わかりました」
うん、やっぱり、何事も緊張ばかりしていたら、駄目だということだね。
……だから、プラント評議会や理事国も、少しは緊張を解いてくれた方がいいんだけどなぁ。
でも、理事国の代表もプラントの代表も、押すことしか知らない人が多いようだから、……たぶん、叶わない望みなんだろうなぁ。
……はぁぁぁぁ。
10/09/19 サブタイトル表記を変更及び加筆修正。
+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。
この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。