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第一部  新しき生
23  新設+部隊=(訓練+軋轢)×苦労(C.E.69年 5)


 続々と進宙するザフトの主力宇宙戦闘艦【FFM】、通称ローラシア級。
 俺が乗り組むエルステッドも戦力化するために慣熟航海中であり、MS組も、日々是訓練、である。
 とはいっても、それが順調に進んでいるというわけではない。

「嘘だっ! 俺が、この俺がっ、出来損ないのお前に負けるわけないだろっ!」

 主に、今、暴言を吐いた阿呆のおかげでな……。

 思わず出そうになった溜息を抑えながら、MSシミュレーターの成績が納得がいかなかったらしい暴言の主を見れば、血走った目でこちらを睨みつけている。

「……」
「……」

 だが、これが厳然たる結果である以上、こちらからは何も言うことはない。

 すると、エルステッド艦載MS隊の同僚……と言い切れないのが憂慮すべきことなのだが……で、MS隊に二つある小隊の一つを担当しているムラン・アシムは俺を睨み付けるのをやめると、一人、肩を怒らせて、シミュレータールームを出て行った。
 その後姿と俺とを交互に見ていたアシム小隊に所属している二人の新米も、不安そうに互いに顔を見合わせた後、アシムを追うように素早く出入り口を抜けて行った。

「あ、アイン先輩。……アシムさん達、行っちゃいましたよ?」
「……んなこと言われてもなぁ。アシムの奴が、あんなに荒れてるんじゃ、正直、放っとくしかないだろう?」
「でも……」
「少なくとも、俺が行ったところで余計に逆上するだけだ。いいから、お前らも放っておけ」

 出て行った同期二人の不安が伝染したのか、俺が面倒を見ている残り二人の新米、ザフトでも非常に珍しい女性パイロットであるヘレーナ・ラヴィネン、愛称レナは当惑するような、もう一方のどこか翳を持っているフィデル・デファンは困惑したような顔で俺を見つめてくる。
 本当なら、十八にもなっていない、こいつらの不安を取り除いてやりたい所なのだが、何分、アシムとの問題は、俺の方からこれ以上は折れる余地がないため、どうすることもできない。

 よって、この二人の不安を忘れさせるために、どうすればいいかというと……。

「それにしても、お前ら、人の心配ができるとは余裕だねぇ」
「えっ、いえ、私、そんなに余裕ってわけでは……」
「……俺はまだまだ余裕っすよ」

 俺の言葉に、それぞれ反応する若い二人。

「おうおう、デファンは威勢がいいが、レナはもう、お疲れと見える。……女だからか?」
「女っていうのは関係ありませんっ! 私だって、まだまだ余裕ですっ!」
「ほうほう、なら、その言葉、実証して見せてもらおうか。幸いにして、シミュレーターは独占できそうだからな」

 できるだけ、酷薄に見えるように、それでいて、相手を挑発するような……うん、ラウのあのニヤリ笑いを意識して…………ニヤリ。

「!」

 いいねぇ、いいねぇ、レナの、その反骨の闘志に満ちた力のある目。

 そんな目が出来るってことは、伊達にパイロットを選んだわけじゃないってことだな。

「うし、二人ともシミュレーターに搭乗しろ。徹底的にしごいてやるよ」
「「はいっ」」


 ……なんて、先輩風吹かしてるけどさ。

 俺も、こいつらに、逆にしごかれるようなことにならないようにしないとなぁ。

 ……。

 それにしても、問題なのはアシムだ。

 まったく、いい歳した大人が、立場ある人間が、自分の感情を抑えられないとは、信じられないな、もう。

 何だって、あんな奴が同僚なのか……。

 ……はぁ。

 あっ……いかんなぁ、また、幸せが逃げていった。


 自然、逃げていってしまった幸福を惜しみつつ、俺もシミュレーターに搭乗して、同じ小隊を組む事となる二人が、何があっても生き残れるようにするため、指導を開始する。


「そこぉぉぉ! なにやってんのっ! 左の確認が甘いよっ!」


 ◇ ◇ ◇


 さて、MSパイロットの訓練と一言で言っても、いつでも、どこでも、常に、実機を動かして行っているわけではない。
 先程もやっていたシミュレーターでの操縦訓練や小隊連携の確認、習得を行えば、座学で理事国が使っているMAメビウスや艦隊を構成している艦艇について学んだり、敵の戦術や味方の戦術について、小隊員は当然として、MS担当の管制官に加えて、CIC(Combat Information Center)の情報分析担当や管理官、時々、艦長や航法担当、火器担当も交えて検討したり、整備班に混じって整備作業に参加して、MSの機械上の特性を実地で研修させてもらったりと、色々と、そう、色々としているのだ。

 あっ、もちろん、肉体の維持強化や生存技術の向上といったパイロット本人の能力強化も行っている。


 ……で、それらの小隊訓練計画を立てているが俺だったりする。


 小隊員一人一人の健康状態を把握し、時に軍医に相談したりして訓練計画を調整する。そうやって、いつどのような時と場合でも即応できるように、より良いコンディションを維持するのだ。
 ちなみに、自分の分は軍医にチェックしてもらっている。なんとなれば、自分で自分の管理をすると、どうしても、良くも悪くも甘くなるからだ。


 過労死は絶対に、そう、絶対に、御免こうむるっ!


 ……。

 うん、魂の叫びは置いておいて、話を続ける。

 ……。

 ……ええっと、何の話……ああ、そうだ、訓練計画の話だった。

 訓練において、シミュレーターや座学、それにMSの機体研修とかは、どれも艦内で手軽にできるものだから、煩雑な手続きは必要としないし、話を通せば関係部署も多少の融通を利かせてくれる。

 けれど、実機になると話は別だ。


 ……とにかく、うん、大変なのだ。


 実機訓練をするためには、何故、実機を動かすのか、どういう目的でMSを使用するのかといった、訓練目的や内容を記した訓練計画書に加え、訓練で使用する物品に関する多数の申請書類を提出すると共に、艦長に訓練概要を説明して、訓練許可をもらう必要があるのだ。
 もちろん、その時までに訓練場所や訓練内容を設定し、使用する武装や模擬弾、スラスターの推進剤といった消耗品の分量を見定めて、策定しておかないといけない。
 で、訓練許可が下りたら、今度は訓練に関わってくる整備班や通信管制班、CICといった部署の責任者を集めて、訓練目的を訓練計画書と共に説明して、訓練に関する諸々の打ち合わせを行う。


 あっ、もちろん、その間にも他の訓練は続いている。


 で、実機訓練を迎えたら、訓練前に各担当者を集めて、ブリーフィング。

 ここで小隊員二人や関連部署の担当者に訓練目的をしっかりと認識させるのだ。じゃないと、訓練をする意味がない。


 これ、とっても重要だよ?


 で、ブリーフィングが終わったら、いざ、実機訓練。

 溜まったストレスを解消するかの如く、或いは、逆に解消する以上にストレスを溜め込むかの如く、色々とやって、訓練終了。

 帰艦したら、機付整備員に簡単な機体状態の報告を行って、機体整備を任せた後、思いっきり磨り減った心身と共に、再び各担当者を集めての、今度はデブリーフィング。
 小隊員各々の主観的訓練評価と、外から客観的に計測した訓練データやそれぞれの部署からの評価とをすり合わせ、現状の評価や今後の課題を浮き立たせるのだ。
 一応のまとめができたら、小隊員には訓練レポートを、それぞれの担当者には訓練評価書を提出してもらえるように依頼して、解散。

 でも、俺の仕事はここで終わらない。

 小隊を束ねる者として、各小隊員の能力と小隊としての戦力とを評価して書類にまとめ、管制やCICとの連携を評価して書類にまとめ、もちろん、俺自身の訓練レポートも当然、書く。
 それぞれの部署から報告書が届いたら、それを各々読んで、訓練総評として報告書にまとめる。他に、こういった訓練に関する評価書類とは別に、訓練で使用した物品に関しても書類を書く。
 例えば、訓練で使用した消耗品の場合、各小隊員のレポートから計算された残量をチェックしてまとめ、整備班から報告される実際量との差がないかを確かめる。もしも、差が発生している場合は原因を究明して対策を考えたり、今後の注意点として、それらを報告書にまとめるのだ。また、差が発生していない場合でもその旨を記して、これまた、報告書を作成する。

 でもって、各部署や小隊員から届けられる訓練評価や、消耗品等の使用報告書を全てまとめて、訓練総評を完成させたら、艦長に提出すると共に訓練結果を報告する。
 その際に報告書では書き切れない感覚的なものや、書くのに憚れるものといったことを口頭で伝えたりもする。

 それらを終えて、艦長から訓練評価をもらって、ようやく実機訓練終了である。


 ……いや、本当はね、民兵組織らしく、実機訓練に関しても、ここまで細かく訓練計画を立てたり、報告書を書かなくてもいいらしいんだけどさ、保安局時代にはこういうことをするのが当たり前だったから、つい、手が書類や計画を書いちゃうんだよなぁ。

 でもまぁ、俺が苦心してまとめている訓練評価や小隊の戦力評価、関連部署との連携評価についての報告書は、艦長が気を利かせて、MS隊に関わる関連部署に回してくれているらしく、訓練でも関連部署との連携がスムーズに運ぶといった具合に好影響を及ぼしている。

 当然、それに伴なって、小隊の訓練成果もしっかりと上がってきているから辞める気も起きないのだ。


 とはいえ、自分の小隊分だけとはいえ、書類作成が大変なのは確かなんだよ。


 どっかで聞いた覚えがあるんだが、N教導官なる人物は、これを毎日、当たり前のようにこなしてるらしい。


 ……N教導官、なんて、恐ろしい子!




 はい、人生の潤滑油で気分がほぐれた所で、残っている書類作成を頑張るとしよう。




 ……。

 後、残りのもう一つの小隊に関しては、冷たいようだが、どうなってるのかなんて、わからない。
 アシムも自分の小隊の現状をわざわざ俺に話さないし、俺も、普段から馬鹿にされていて、それでも自分から面倒を見るほど、人間ができてないからな。

 それに、自分と自分の小隊だけで精一杯である以上、他所様のことなんて、かまっている余裕なんてないというのが本音だ。


 本当は同じ艦の仲間なんだから、こんな状態じゃ、駄目なんだろうけどな。


 ……はぁ、もう、憂鬱になるよ。

 ……。

 ああっ、もう、他所のことなんて考えるのは、やめやめっ!

 俺は、自分と自分の小隊のことを、しっかり面倒見ないといけないんだっ!

 だからっ!

 …………もう一頑張り、書類作りに勤しむとしますか。
10/09/19 サブタイトル表記を変更及び加筆修正。


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