第一部 新しき生
20 戦場+宇宙⇒無常×火球(C.E.69年 2)
俺が放った重突撃機銃の火線が扇状に広がり、敵モビルアーマーの行く手を遮る。
もっとも、相手も中々のもので、銃弾の網をするりと抜けて、尚、こちらに向かって加速してくる。
だが、勇敢なる者よ、非常に残念なお知らせがある。
「……そこかっ!」
その行動を選んだ時点で、君の人生はチェックメイトされたのだよ。
……なんて具合に、俺が心中で独語しているうちに、気合の声と共にラウが放った重突撃機銃の弾丸は、敵モビルアーマー【メビウス】を、そのリニアガンの射線が俺のジンを捉える前に、精確に撃ち抜いた。
それと同時に、メビウスは推進剤や弾薬に引火したのだろう、大きな火球に変じるが、その火球も瞬時に消える。後に残るのは、バラバラになった元メビウスという名のデブリだけである。
……今のは簡単な話、俺が囮役となって敵を誘い込み、猟師役となったラウが撃ち落したのだ。
「よし、ラウ機の、敵MA一機の撃墜を確認」
「……アイン、他人の撃墜確認とは余裕ではないか」
「そんなに余裕があるからっていう訳でもないんだが、まぁ、現状把握って奴さ」
「ふっ、君も律儀な奴だ」
いつもと変わらぬ調子で会話をしていたら、俺の機体近くを連続して……おそらくは味方機が撃った重突撃機銃弾だと思われる流れ弾が走った。
……正直、味方撃ちが発生しかねない状況は洒落にならない問題だと思う。
「……ったく、味方からの後弾も気をつけないといけないなんて、ゆっくり会話もできねぇな」
「ふっ、このような戦場で余計な話をしている我々が異常なのだよ」
「……自分も含めるあたり、自身の異常性がわかってるんだな」
「……君も、私の言葉を否定せぬところを見ると自覚しているようだが?」
素早く周辺状況を把握しながら、会話を続ける。
「一瞬が、生死に関わる熱狂の場だからこそ、常に冷徹な思考が必要だと考えて、延々と沸き起こってくる恐怖や焦燥を必死に制御してるんだよ」
「ふむ、そうは見えぬが?」
「それは、まぁ、年の功ということにしておいてくれ」
「……同世代というのに、面白いことを言う」
俺の意識は、かれこれ、四十年以上は続いていますから、それなりに様々な経験を蓄積しているさ。多少のことでは動揺しない、と、思いたい。っていうか、思わせておいてくれよ、頼むから。
「そろそろ、敵さん、退いてくれるとありがたいんだがな」
「それなりに削ったのだ、おそらくっ! ……来るぞ、アイン。水平三時方向だ」
「……確認した。メビウスが四機……小隊規模だな」
……よし。
「俺が突っ込んで編隊を崩すから、フォローを頼む」
「了解した。アイン、後ろは気にせずに行け」
「頼んだ」
……では。
アイン・ラインブルグ、吶喊するっっ!
「がっし!ぼかっ!」メビウス達は散った。戦いは男の領分(笑)
はい、今のは冗談ですが、メビウスが殲滅されたのは冗談ではありません。
うん、冗談を言うことで、少しは気分を入れ替えたいんだよ。
……。
……よし。
……んんっ、さて、さっきのメビウス小隊……なんか凄く強そうな小隊だな……いや、話を戻して、メビウス"の"小隊との対戦において、俺が二機、ラウが二機、撃墜した。
簡単な流れを語ると、まず、俺がメビウスの射線に重ならないよう、上方……仰角から敵小隊に被さるように、重突撃機銃を乱射しながら吶喊する。当然、メビウスは回避行動に移り、編隊が乱れ始める。
ここで編隊をブレイクするなり、ラウの方に向かうなりすると思っていたのだが、敵さんは何を思ったか、編隊を崩さず、機首を俺のジンに向けるために軌道修正を図ろうとした。
その結果、後方のラウに腹を見せることになり、ラウの射撃が入って、一機撃墜である。でもって、味方機の撃墜で動揺したらしい相手が、次の行動を迷って無駄な直進をした瞬間に、俺の牽制射撃が当たって、一機撃墜。
……牽制も無駄ではないことを知ったよ。
話を続けて……敵小隊残存二機は増速して俺とラウの攻撃範囲から一旦離脱して、全速旋回をした後、俺を目標と定めて帰ってきた。しかも、今度は二機に時間差をつけて、速度全開一直線にリニアガンを撃ちながら、再び向かってきたのだ。
それは、まさに優速を生かした一撃離脱戦法らしい動きで、俺の牽制射撃を物ともせずに、乱数回避らしき細やかな回避機動付きでの突撃だった。
……正直、最初の四機編隊の時よりも手強く感じて、なんかベテランがいた、俺やばいかも、って感じたよ。なにせ、戦場に立つ前、ラウやユウキとMAの戦術を検討していた時に、上手く連携されて、時間差をつけてリニアガンをぶっ放されたら、つまり、避けた先に弾を置くようなことをされていたら、流石のジンも危ないと結論が出ていたのだ。
二機目のメビウスが器用に弾を置いてないことを祈りながら、一機目のメビウスの射撃と猪突を避け、避けた先で、もう一度、回避行動をとる。……攻撃されてないのに回避行動していたから、傍から見たら間抜けだったかもしれない。でも、あの時は冷や汗ものだったのだ。
まぁ、幸いなことに憂慮していた連携は、俺にとって本当に幸いなことに、なかった。大いに安堵しながら二機目の攻撃を避けて見送った後、そのスラスターをめがけて射撃を開始、今度は見事に命中した。その間にラウも、一機目のメビウスが再び旋回軌道に入ったところを予測射撃で撃墜していた。
と、まぁ、先の戦闘はこんな具合だった。
基本的にMAであるメビウスは、その強力な推進系の性として急激な針路変更が不可能な上、方向転換をメインスラスターで行っているために、小回りに旋回しようとするには速度を落さないと中の人が加重に耐え切れず、耐え切れる加重で全速旋回しようとすると自然と大回りになってしまう、といった旋回能力の低さが欠点に挙げられる。
また、武装面でも、ジンを一撃で行動不能に出来るほどのダメージを与えられるのが機体中央に備えたリニアガンぐらいしか存在しないのも致命的だ。
なんとなれば、リニアガンはメビウスの推進方向と同軸であるから、射線が簡単に読める。闘牛士の如く、メビウスの射撃と突進を避け、背後から機銃で狙えば、それで落せるのだ。これはジンの融通の利く運動性の賜物である。
……もっとも、先に言っていたように、右に左にと複数機で連携されたり、小型ミサイルを装備していたり、一撃離脱戦法を組織だってされていたら、話は別だったのが……どうやら今回は杞憂だったようだ。
「ラウ、異常はないか?」
「私は大丈夫だ。……敵が引くか」
「ああ、理事国の艦隊が撤退し始めているのが確認されたようだ。これにも追撃しようとしている奴もいるみたいだけど、エアーや推進剤の問題もあるし、恐らくは追い付けないと思う」
「そうか。……とりあえずは、我らの勝ちといったところだな」
見ると、L5宙域を彩っていた瞬く火球、まるで人の命が悠久の時の中で一瞬で燃えあがり尽きていく姿を暗示するかの如く、一瞬で現れて消えていく、"命の炎"というべきそれらは、既に姿を消していた。
「……」
「……」
うん、俺は初陣を生き残った。
しかも、勝利という形で、である。
けれど、どうしても通信系から流れ出る凱歌と嘲笑と侮蔑に満ちた叫びに同調することができない。
何故、そう簡単にナチュラルというだけで、死者の今まで生きた道を貶められるのだろうか?
何故、そう簡単にナチュラルというだけで、生者に訪れた理不尽な死を貶められるだろうか?
それに、あの儚く瞬いた炎に何も思うことはなかったのか?
あの、あまりにも呆気なく燃えて消えていった命の炎に何も……。
……。
「……ラウ、戻ろう」
「……ああ」
ラウに声をかけ、MSをコロニーに設けられている基地へと向かわせる。
……。
所詮、さっきの感慨は生者の傲慢。
いや、偽善の戯言か罪業への懺悔だな。
或いは罪の意識を軽減するための防衛本能なのかもしれない。
少なくとも、殺した奴が言えることじゃないよな。
あの火球に自分がなる瞬間までは、な……。
こうして、俺の、宇宙に生まれる命の炎の儚さを知った初陣は終わりを告げた。
10/09/13 サブタイトル表記を変更及び加筆修正。
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