ブックリスト登録機能を使うには ログインユーザー登録が必要です。
第一部  新しき生
18  (災難+友人)-仮面⇒憎悪÷少女(C.E.68年 7)


 訓練所で出会った中々に気の会う友人、ラウ・ル・クルーゼ。
 成績優秀なのは確かなのだが、謎めいた仮面から近寄りがたい人物と周囲から受け留められていた。
 俺も流石に自重して、仮面について不躾に問うことはせず、それなりに気を使っていた。

「……まさか、このようなことで君達の前で仮面を外すことになるとはな」

 けれど、まさか、仮面の下に、あんな素顔を隠していたとは思いもしなった。

 ……驚いた。

「驚いただろう、私のこの顔に……」

 ラウの正面に座る俺はラウの自嘲が含まれた言葉に対し、正直に頷くことで応えた。俺の前に立っていたユウキはラウの方を見たまま、固まってしまっている。また、ミーアも自分が引き起こした災難が客人の秘密を暴いてしまったことに動揺してしまったのか、すでに涙目である。

「ふ、ふふ、自分でも鏡を見る度に、粉々に砕きたくなることがある」

 そう言って再び嘲笑を浮かべたラウの顔は、若者と言われる年齢では、通常、考えられないくらいに、皺が刻み込まれていたのだ。

 そして、息を呑む俺達を前にラウは自分の生い立ちを語りだした。




























 ……けど、長くなったから、省略するな。




























「……私はナチュラルの狂った社会とそれを容認する世界を正したいのだよ」


 長々と語り終えたラウは、自分の胸中に渦巻いている、己の出生の苦しみを、生み出した存在への憎しみを、それを許容する世界への怨みを、吐き出していた。

 簡単に要約すれば、ただ、己の欲のために自分のようなクローンを生み出しておいて、不具があるからといって簡単に捨てるような奴らがムカツクでござるっ! そして、自分みたいな存在を生み出すことを許容しているナチュラルの社会と世界に頭にキテイルでござるっ! で、いいかな?


 ……いや、ラウ、それは八つ当たりではないだろうか?

 怨んで怒りをぶつけるべきなのはお前を失敗作として扱った連中だろ?

 まったく簡単に一般化しすぎだぞ、馬鹿者め……。


「駄目ですっっ!」


 はいっ、早速、我が妹分であるミーアさんから駄目出しが出ましたっ!


「そんな考え方じゃ駄目ですっ! そもそも、クルーゼさんは失敗作なんかじゃありませんっ!」
「……だが、私の身体を構成する遺伝子は、私を生み出した存在と同じだ。それに欠陥があって、失敗作ではないと、何故、言えるのかね?」
「なんで、なんでっ、自分が失敗作だと、そんな馬鹿なことを自分で認めるてしまうんですかっ! たとえ、身体を構成する遺伝子があなたを生み出した存在と同じだとしてもっ! あなたは誰かの失敗作なんて存在じゃないっ! ……あなたが今まで抱えてきた、自身の出生に苦しみ、自身の不遇に悩み、生まれてきた理由を探してきた意識と思索がっ、あなたを生み出した存在に自身が抱いた怒りをぶつけようとした意志と望みこそがっ! あなたがあなたである、あなたがあなたを生み出した存在と、まったく違う存在であるという証ですっ! ……だから、あなたは失敗作なんかじゃない、身体に悪い所があるだけの、一人の立派な人格を持ったヒトなんですっ!」
「……」
「お、おい、み、みーあ、お「アイン兄さんは黙ってなさいっ!」……はい」


 Oh! シャーラップッ、ブラザー!

 ミーアさん、反抗期ですかっ!


「……クルーゼさんが不遇な身体を抱えていて、他人よりも短命だとしても、今、ここに、あなたはあなたとして、存在しているんですよ? 何度も言いますよ、あなたはあなた、ラウ・ル・クルーゼさんです。他の誰でもありません。ラウ・ル・クルーゼさんというヒトとして、生きてます」
「……」
「以前、アイン兄さんが言ってました。生は変化と可能性の世界だって。生きていく限り、そこには変化と可能性がある以上は、遺伝子だけで全てが決まってしまうほど、世界は狭量じゃないはずだって……」
「……」
「なのに、なぜ、幾つもある可能性の中から、ただ怨みを晴らすことだけを望むんですか? どうして、短いとわかっている命を大切に使わないんですか?」
「…………ああ、君の言う通り、私は生きてはいる。だが、それだけでは、ヒトは人足りえぬのだよ。この身に、この心に焼き付けられた失敗作という烙印が消えぬ限り、私は人にはなれぬのだ。そして、その刻印を消すために必要なのが、この身を生み出したモノへの復讐なのだよ」
「……」
「……私は、君の……ミーア嬢の言葉で例えるなら、生の可能性の中から怨みを晴らす道を選んだのだ。何故なら、私には、人よりも早く朽ちていく我が身の苦しみよりも、我が心を蝕み焼く怨みや怒りの方が苦しいからだ」
「……クルーゼさんに救いはないのですか?」
「私にとっての救いは怨みを晴らし、私を生み出したモノへ復讐を為すことなのだよ、ミーア嬢」


 はい、妹分のミーアが言葉を紡げず、俯きました。

 どうやら、ミーアのターンは終了したようです。


 というわけで、今度こそ、兄貴分の俺の出番でしょう。


「……んじゃ、今度は俺からだ、ラウ」
「……」



「……お前、自分を哀れみすぎてないか?」



「……アイン、何を言っている?」
「いや、何か、お前の話を聞いていたら、そう、感じたんだよな」
「……」
「確かにお前の生まれと育ちは悲惨だ。ああ、認めるよ。お前の話を聞いたらほとんどの奴がそう思うだろうよ。だが、それだけだろ?」
「なん……だと……?」
「お前が今まで感じてきて、これからも抱き続ける苦しみや悩みや憎悪はお前だけのもの。これは間違いない。だが、そういったものを抱いて生きているのはお前だけじゃない。そもそも、お前が抱いたような感情は、実際にはそれぞれ違うだろうが、お前以外の他人でも同じヒトなんだからさ、抱えたことがないわけがないだろう?」
「……」
「だいたい、究極の不幸は何かといえば、単純に死だ。世界には、生まれてすぐに死ぬ奴もいれば、生まれる前に死ぬ奴もいる。自分が何者なのかをわからずに、何かを為すこともできずに死んでいく奴もいる。それらの不幸と比べたら……まぁ、本来、比べるものではないかもしれんが……お前は幸福だ。なぜなら、さっきもミーアが言ってたが、お前は生きている。それだけで死んだ奴らよりも幸福なのさ」
「……」
「お前は話すことが出来れば、見ることも、聞くことも、話すことも、食べることも、嗅ぐことも、触ることも、歩くことも、できる。たったこれだけのことが、そう俺たちから見れば、これだけ、のことを出来ない奴も当然いるよな。だったら、お前はそれが出来るだけ、可能性があって、幸福だと思わないか?」
「……」
「とは言っても、幸福自慢は上見りゃピンが見えないし、逆に、不幸自慢は下見りゃキリがない。幸不幸自体を比べることは、受け止める側の影響が大きいから、あんまり意味がないかもしれないだろうが……生と死の差は大いにあるはずだ。……だいたいだな、俺から言わせりゃな、全てのことで俺を余裕しゃくしゃくであしらえる位に実力をもっておいて、生まれは不幸かもしれんが、ちゃんと今は生きてんだろっ、色んな能力が凄く高いくせに贅沢言うなっ! はいはい、リア充乙ね、って感じだな。そもそも、不幸な奴というのはだな、俺みたいな奴のことをいうんだよ? 生まれた瞬間から、プラント社会ですごく大変な思いを、どれだけ苦労してきたか、お前はわかってない! そもそも、全ての始まりは、意識が芽生えた瞬間に母親にオムツを変えられて、オノコの証を見られて、プッて笑われたことだぞ。お前にはわかるか! 自分のいt「兄さん不潔」を笑われた瞬間を今、思い返して、その意味を理解して、凄まじく凹む悲惨さを……。おい、ユウキなんだ、その顔は?」


「……すまん、ラインブルグ、話の要点がつかめんのだが?」

「だから……………………………何が言いたいんだろうか?」


「……兄さんがクルーゼさんに自分を哀れみすぎてないかって、最初に言ったのよ」


 あ、ああ、そうだったね。

 ……。

 あぅあぅ、わかってるから、い、今のはただのお茶目なんだから……だから、ミーアさん、そんな呆れた目で兄貴分を見ないで下さいお願いしますからっ。

「ラウは自身の生まれや育ちに憎しみや恨みを持っているかもしれないけどさ、少なくとも、ラウ以上に不幸な奴が社会や世界には多くいるってことを忘れて欲しくないんだよ。……まぁ、自身と他人とを比べたら、他人のことだし、どうでもいいっていわれれば、それまでだけどさ」
「……」
「……」
「……」

 ……後は余計だったか?

「……んんっ。育ってきた環境は、ラウに憎しみと恨みと苦しみしか与えなかったかもしれない。けど、んなものは、所詮、小さな社会、小さな世界だよ。そんな小さな世界で作られた小さな秤で、世界全てを量るな。そんな秤で全てが量れるほど、世界は小さくも軽くもないよ」
「……」
「……小さな社会を見て、それが世界の全てだと思ったら、駄目なんだよ、ラウ」






 ラウは、何も語らず、黙ったままだった。






 その後は、気分と空気を入れ替えるために、わざと明るく、ユウキも"のってくる"であろう話題、BOuRUについて、大いに語ってみた。
 だが、とっておきの『BOuRU開発秘話-機体の外殻ライン編-』に大いに喰らいついてきたのは、意外や意外、『BOuRUの曲線を愛でる会』の会員であるユウキではなく、ミーアだった。

「あの曲線は全女性の敵よっ! はんそくだわっ!」

 とのことらしい。

 ……っていうか、BOuRUに嫉妬すんなっ!

 いや、たぶん、ミーアのことだから、たぶん、少しでも場を明るくしようとしてくれたんだと思う、たぶん。

「知ってる? 最近、プラントの男の人の間でね、BOuRU燃え派とBOuRU萌え派が対立してるのを!」
「……そのような話、聞いたことがないのだが?」
「アイン兄さん達は一般的な社会情報を遮られていたから助かったのよ」
「そ、そうだったのか」
「それでね、そんな風にBOuRU好きの派閥争いを煽ってるのは、それを利用して、プラントの内部分裂を図った、青秋桜の陰謀だったのよっ!」
「「「な、なんだってぇ!!!」」」



 と、まぁ、そんな具合に、馬鹿話で盛り上がっている内に、時間は流れ、別れの時が来た。




 宇宙港へと繋がるエレベータ前まで送ってきた俺とミーアに、ラウが静かに話しかけてきた。

「……アイン、今日は見苦しいことを見せたな」
「んなこと、気にするなよ、俺は気にしない」
「ユウキもできれば、今日のことは秘密にしてもらえると助かるのだが……?」
「わかっている。クルーゼよ、このレイ・ユウキ、今日のことは誰にも洩らさず、墓にまで持っていく」
「ふっ、約束一つで大げさな奴だ。……それとミーア嬢」
「は、はいっ!」
「君の言葉は、私を覆っていた奴の妄念を少し吹き払ってくれた気がする」
「……」
「……しかし、私は、己の出生に、己をこのように作り出した存在に、己のような存在を生み出すことを是とする世界に、怒りと怨みを向け続けることをやめることはできぬだろう」
「……そう、ですか」
「だが、必ずしも世界が醜い欲に染まりきっている訳ではないという事はわかった」
「……?」
「ふふ、ミーア嬢のように我欲に関係なく、他者を見、他者に関わる者がいるがわかったのだよ」


 そう言って、ラウは微かに穏やかな笑みをこぼして見せた後、ユウキと共に去っていった。


「アイン兄さん。……クルーゼさんに救いがあると思う?」
「……さて、な。これから、どうなるかなんて、正直、わからないよ」
「……そう」
「ただ……」
「ただ?」
「……ただ、俺が言えることは、ラウが道を外さなければ、自身が懐いている想いに、どんな決着をつけても構わないってことだけだよ」
「……」


 本当に、ラウにとって、今日のことが良いこと……災いが転じて福となす、になればいいんだがな。


「さて、ミーアさん。折角、今日はここまで来たんだから、どっかで飯でも食って帰るか?」
「……うーん、ファーストフード以外だったら考えてあげる」
「ならば、可愛いお嬢様、無知な私めに良いお店をお教えいただけませんか?」
「あははっ、何それ、全然、似合ってないよ。そんな馬鹿なことしてないで、あそこのお店に行こうよっ!」

 ……おう、なんということでしょう。

 格好つけてみたけど、笑われたっ!

 しかも、似合ってないに加えて、馬鹿までつけられたっ!

 けっ、どうせ、俺は三枚目な役所ですよっ!

 今日は自棄だっ!

 財布を空っぽにしてやるよっ!





























 ……それにしても、あの二人、途中まで一緒に帰るにしても、道中、何を話すんだろうかね?
10/09/12 サブタイトル表記を変更及び加筆修正。
11/02/14 表記修正。


+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。