第一部 新しき生
17 課程+修了⇒制服+帰宅(C.E.68年 6)
本当に色々と大変だった訓練所生活。
それでも、終わってしまえば、懐かしさすら感じてしまう。
そんな具合で迎えた訓練所の修了式。
「修了成績上位十名に成績優良の証である赤を与える。名を呼ばれた者は壇上に上がるように」
いや、俺には縁遠い世界だなぁ、あの壇上は……。
……本当に。
なんて考えていたんだが、ところがどっこい、縁遠い世界のはずなのにすぐ近くに縁があった。それはもちろん、パイロット課程主席のレイ・ユウキと課程三位のラウ・ル・クルーゼの両名である。
「赤色はジャケットの裾が長いようだな」
「……ふむ、だが、これといって動きを阻害するわけではなさそうだが?」
訓練課程が修了して、兵士として部隊に配属される場合、普通の軍隊ならば階級章でも受け取るものだろうが、あくまで軍事的組織、義勇兵組織であるとするザフトでは、ザフトの制服を受け取ることがザフト流の修了証明になるようだった。
で、その訓練成績で優良だった十名に派手で鮮やかな赤色の制服が与えられ、他の残りは上位の引き立て役の如く地味な緑が与えられる。当然ながら、俺は前者の二名と違い、緑色の制服である。……まぁ、簡単に、ザフトでは、緑が平、で赤がエリートって覚えたらいいだろう。
とにかく、ザフトでの配属先が修了式後に発表されると、招集日までの帰宅が許可された。久しぶりに帰る我が家に心躍りながら、踏ん反り返ったお偉いさんから赤服を賜った二人に別れの挨拶をしようとしたら、両名共、何故か、御宅拝見とばかりについてくることになり、現在に至る。
「いや、なんで二人とも付いてくるんだ? 俺の家なんて、どこにでもある普通の家だぞ?」
「なに、友と呼べる存在の家を見てみるのも悪くないと思っただけにすぎんよ」
「……訓練所を出所もとい自由になった君が大いに羽目を外して、ザフトに泥を塗るような行動をしないかと、心配しての行動だよ」
……どちらがどちらだなんて、言わなくてもわかるよな?
そんな奇妙な道連れ二人と共に、プラントの各コロニー間を結ぶ定期連絡船に乗り込み、ザフトの秘匿訓練所があったマイウス・ファイブと呼ばれるコロニーを離れ、俺の家があるセプテンベル・スリーへと向かった。
コロニー間を移動中、連絡船の内からはずらりと並んだプラントの天秤型コロニー群が見えた。宇宙港がある中心を軸に回転している姿が整然と並んでいるのは、少し滑稽なものがある。だが、自然に挑み続ける人という生物の凄さを、改めて認識させられる壮観であることに変わりはない。
そのプラントのコロニー群だが、現在稼動して人が居住しているものが88基存在している。予定では全部で120基のコロニーを建設するらしいから、まだまだ建設途上といったところだ。
ちなみにプラントでは、この整然と並んでいるコロニー群を一列10基で一纏めの行政区分としており、その区分一つで一つの市を構成している。そして、建設予定も含めたプラントのコロニー全120基を行政区分の基数である10で割ると、12の区分つまりは12の市がプラントに存在しているということになるのだ。
もっとも、定数である10基全てがそろっているのは、アプリリウス市ぐらいで、他は多少増減する程度でほぼ同じぐらいだ。
……あっ、でも、確か、農業系分野を得意とするユニウス市は、ほぼ全てのコロニーが完成しているんだけど、内部に建設する農業関連施設でプラント理事国とプラント評議会が色々と揉めているらしく、正式稼動が延期されているから、数が少なく見積もられているんだったな。
うーん、宗主国である理事国は、生産拠点であり植民地でもあるプラントの自給自足を恐れてるのかなぁ。
……。
まぁ、難しいことは置いておくとしてだな。
……。
……やっぱり、ここのコロニーって、天秤って言うよりも、砂時計だよなぁ。
◇ ◇ ◇
さて、帰ってきました、懐かしの我が家。
おお、おお、前庭や庭木、いつの間にかできている花壇が、ちゃんと綺麗に手入れされてますよ。
「ハウスキーパーでも雇っているのかね?」
「そんな金はないよ。懇意にしている隣家の人に管理をお願いしておいたんだ」
「ら、ラインブルグがまともな社会生活をしていたなんて……」
……ユウキとはNOHANA式で話し合う必要があるかもしれない。
くっ、俺の左腕がっ、ユウキの血を求めて、疼きやがる!
……。
……左腕を押さえつけている姿を想像するだけで、結構、いや、かなり痛いな。
……はぁ、馬鹿なこと考えてないで、さっさと家に入ろう。
なんせ、久しぶりの我が家なんだからなっ!
では、気を取り直して、玄関のドアの鍵をぶふっ!
いだだだだだだだっ、衝撃にドアがいきなり走って頭蓋が開いて撃破されたっ!
「えっ? あ、アイン兄さん?」
うぐっぐぐぅ、そ、その声は、み、ミーアか?
……な、何というバットタイミング、ミーアがたまたま開けたドアが俺の鼻頭を直撃したっ!
さ、流石は、ミーア・キャンベル。
俺の隙を付くなど、普段の少々抜けたところからは想像も付かない荒業だ。
……で、おい、後ろのお二人さんよ。我慢しているようだが、こっちにも聞こえるぐらい笑いが漏れてるぞ?
何とか痛む顔面を押さえながら、立ち上がり、目を見開いて、俺を見ているミーアに帰宅の挨拶を送る。
「た、ただいま、ミーア」
「……お帰り、アイン兄さん」
うん、いいなぁ。
潤いがない殺伐とした生活を送ってきた身にとって、ミーアの存在と交わす挨拶は、とっても癒される一瞬だよ。
「わ、わわっ、兄さん、変な仮面をつけた変態さんとその手下の頼りなさそうな人がいるよっ!」
なんて油断していたところに、な、なんという暴言!
お、お兄ちゃんはそんな風にミーアを育てた覚えはありませんよっ!
「……彼女は間違いなく、アイン、君の妹さんだな」
「て、手下の上に頼りない、だと……」
い、いや、ミーアは妹じゃなくて妹分だってって……。
ふ、二人とも落ち着け、まだ、子供が言った戯れ言じゃないか。
ってか、こ、声と雰囲気になんか、鬼気あふれて、すごいことにって、げぶぅうぼぉぁぁぁぁーーーーーー!
その日、俺は、星になった。
いや、自分で言っておいて、なんだが、これは冗談だからな?
無茶しやがってとか、後ろにつけ加えるなよ?
これからザフトで間違いなく危険に関わるんだから、な?
……いや、でも、ほんとに星になったら、洒落にならないなぁ。
再度、気を取り直して、玄関前にて白昼堂々と行われた赤服の二人による理不尽な暴力から何とか立ち直った俺は、ラインブルグ家に二人を招きいれた。
その場に俺以外の人間が三人いて、招くのが二人というのは、ミーアを数に入れていないからである。ミーアは当然、招き入れる側なのだ。数に含めていないのは当たり前のことさ。もちろん、自慢の妹分を二人に紹介することも忘れていない。
「アイン兄さん、お茶はどうする?」
「……あ~、別にやす「ふむ、最高級品をお願いするよ、可愛いお嬢さん」」
「あははっ、可愛いだなんて……お世辞でもうれしいです。うん、わかりました。最高級品ですね」
くっ、ラウめ。俺の言葉を遮った、その先読み、流石だと褒めておこう。
……だが、こちらにニヤリと笑ってみせる様は確かに変態っぽいぞ?
俺とラウが目線で会話をしている間に、ラウのよいしょに機嫌を良くしたミーアがリビングからキッチンへと向かった。その慣れた動きに、この家で過ごしている時間の長さが透けて見えた。
母さんがいれば、娘みたいだって、喜んだかもなぁ。
……。
って、いかんいかん、今はそんなことを想像する時間ではない。
「……どうかしたかね?」
「いや、何、自慢の妹分を褒められてうれしいだけさ」
「ふっ、そうか」
二人して苦笑していると、黙って周囲を観察していたらしいユウキが口を開いた。
「しかし、本当に、ごく普通の家なんだな」
「いや、そんなことは、当たり前だろうが」
「いや、ラインブルグのあの姿を見ていたから、もっと、普通ではないと考えていた」
「お前は俺をなんだと……」
ユウキよ、やはり、お前との会話は、今からでもNOHANA式に切り替えるべきなのか?
……だが、運が良かったな。今は見逃してやる。
それよりも今は、ミーアが抉じ開けてくれた突破口に飛び込むべき好機なのだ。
「……なぁ、ところでラウよ。……実は、前々から聞こうと思っていて機会が見つけられなくて聞けないでいたんだが…………何故、仮面をつけているんだ?」
「……」
「いや、何らかの理由でつけているんだろうから、当然、言いたくないということはわかっている。……だが、なぁ……なんというか、その、な……さっき、み、ミーアが言ったように、な……」
「……アインよ……君も私のこの仮面が……変態っぽいとでも言うのかね?」
「ま、まぁ、ぶっちゃけると……、あっ、お、俺だけの意見でなんなら、ほら、ユウキにも聞いてみろよ」
「ちょっ、ここで私に振るというのかっ、ラインブルグ!」
「……その反応、つまりはユウキもアインと同じように感じていると?」
「………………まぁ、実は出会った当初から少しだけ、いや、本当に少しだけだぞ?」
……ユウキよ、誤魔化すときは堂々としないと、間違いなく、逆の意になるぞ。
「……そうか、そのように感じていたか」
ほらな。
「……」
「……」
「……」
空気が重いです。
ぬぅ、空気が読めない男に話を振ったのは失敗だったか……。
ならば、仕方がないここは再び、俺、空気が読める男、アイン・ラインブルグの出番だなっ!
「なぁ、ラ「アイン兄さん、お茶、淹れたよ」のわぁぁっ!!」
「わきゃぁぁ!!」
「なっ、うぬぅあぁっ!」
「うわっ、あつっあつっ!」
--叫喚地獄が現界しました。しばらくお待ちください--
熱湯を客人に振り撒くという思いもよらぬ失態兼大事故がようやく収集し、我が家のリビングが元の状態に戻った。
……戻ったんだが、少々、先程と配置が変わっている。
しょんぼりして、ソファで俯いているミーア。
仮面を外して、氷嚢を素顔に当てているラウ。
俺の前で獄卒の如く仁王立ちしているユウキ。
そして、床でC.E58年版皇辞苑を膝に乗せられて、正座させられている俺。
えっ、なんで俺、正座?
「……ラインブルグ、君がすべての元凶だからに決まっているだろう!」
「……はい、その通りです」
はい、俺が間抜けにもミーアに背後から声をかけられて、驚きすぎたのが原因です。
いや、でも、しょうがないじゃないか、それだけラウに仮面をつけている理由を聞こうとするのに緊張してたんだよっ!
……仮面?
……。
……んんっ?
……。
……はて?
……。
……うん?
……。
……ぐぅ。
「ラインブルグ、幸いにして君の家には辞書の類や年鑑等が多数取り揃えてあるようだな。……それでどれが望みだ? 私としてはC.E59年版大辞凛がお勧めだが?」
「い、いや、今のは冗談だからっ! あくまで、場を和ませるだけのジョークだからっ! それよりもっ! アレを見ろ!」
俺が指差した方、そこには仮面を外している、そう、仮面を外している、もう一度述べると、仮面を外している、大事だからもう一度、仮面を外している、もう一つおまけに、仮面を外している、最後の一つ、仮面を外している、ラウの姿があった。
……仮面に関わることを尋ねるという目的がほぼ達成されたことも加えて、多少、サービス込みで多めに強調してみた。
……いや、ごめん、ちょっと動揺している。
ラウの仮面の下の素顔は、通常、ラウの歳では考えられないくらいに、皺が広がっていたからだ。
……うん、察するに、ラウは今まで生活に苦労してきたんだろうな、きっと。
10/09/12 サブタイトル表記を変更及び加筆修正。
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