第一部 新しき生
16 試験×闘争=(回避+機動)×賞賛(C.E.68年 5)
確かにこの騒動は自らが蒔いた種から芽吹いたものではある。
けど、毎晩毎晩、人の迷惑を考えずに押しかけてきた同期とかさ……。
画一的で、教える者の性質にあった指導が出来ない指導官とかさ……。
「逃げるな! 戦え! ラインブルグ!」
全てが全て、俺が悪いとはいえないと思うんだけどなぁ。
……。
どうしてこうなった! なんて内心で踊りだしたくなる位に、我が身に降りかかった不幸の原因を探る思索に耽りながら、俺は【YMF-01B】プロトタイプジン……面倒だから略してプロトジンを操縦している。
操縦のために両手両足をフルに使い、目はメインモニターに集中させ、耳は各種警報音がでていないか、注意する。
「っ!」
ユウキが重突撃機銃を構えたので、すぐさま機体側面の姿勢制御バーニアを噴射し、回避軌道をとる。
「避けるなっ! ラインブルグゥゥぅっ!」
いや、普通は避けるだろ、常識的に考えて……。
「避けるなと言われて、避けない奴がいるかっ!」
「なら、避けろっ!」
……ほ、本当に大丈夫なのか、ユウキの奴?
サブモニター越しで、ユウキが普段の姿からはとても考えられない言動をする姿を見るに、実は今までの生活でストレスが溜まり過ぎていて、今日、この時が切っ掛けになって、一気に噴出してしまったのではないかと疑ってしまうぞ。
でも、まぁ、このまま逆上していってくれれば、付け入るチャンスくらいは生まれるかもしれない。
「避けるなっ、底辺!」
「そうだそうだっ!」
「ははっ、臆病者に相応しい姿だな!」
それにしても、先程から何やら通信系から外野が試験中にも関わらずキャンキャンと吼えてくれているが、相手をするほどの内容ではないのでっ、……俺は気にしない。
「っ、ぁっと」
はい、今も、こちらに撃ち込まれた重突撃機銃のペイント弾を、全弾回避しました。
ふふん、動体目標を撃つ時みたいな上手な予測射撃をしたとしても、こちとら意思がある標的で、しかも、人と同じような動きができるんだぜ?
そんなんじゃ、ちょっと回避行動にフェイントを取り入れただけで当たらなくなるさ。
ははは、中らなければ、どうってことないのだよ!
中らない銃弾など、デブリ以下だっ!
なんて、俺格好良い、なんてことを考えていますが、実は身体にかかる負担が、すごいことに……。
……いやね。
こっちはユウキのプロトジンが構えてる機銃の向きと腕の予備動作で弾道を予測して、弾が当たらないように必死に心臓をバクバクいわせながら、急加速と急停止を繰り返してるんだよ? 前後左右上下、すべての方向から圧し掛かってくるGだけでさ、身体中のあちらこちらから悲鳴が上がってるのよ。
一つ一つの動きに神経使って、相手の動きとその周辺環境に目を配って、何が使えて使えないか判断して、相手はどうするか予測して、予測が外れても動揺しないように、幾つも対応パターンをとっさに出せるように心構えしておいてさ、もう、体内のエネルギー消費は凄いことになっているに違いない! MSのパイロットやってるうちは、糖尿病になることはないだろうな。やめた後はわからんが……。
「……ふぅっぅっ!」
おっと、まだ甘いな。
こちとら、伊達に遊んできたわけじゃないんだ。
回避機動パターンの研究もやってきたんだぜ?
とはいえ、こちらの攻撃が上手くいくとはいうことではない。
……といいますか、まだ、こちらから手を出せないのだ。
なにせ、攻撃を機動に取り入れられなかったからな!
……流石に、三ヶ月という時間は、俺にとって、短すぎたのだ。
でも、機体制御の習熟だけでも精一杯頑張ったんだよ? 普通、底辺コーディネイターが、訓練開始当初はダントツで最下位だった存在が、初めてMSに乗った時にジャパニーズDOGEZAを披露した存在が、御立派なコーディネイターで、しかもパイロット課程主席の存在と、なんとか舞踏を踊ってるんだぜ。
純粋に、凄いと思わないか?
……ほら、こいつを見てくれよ、どう思う、この機動?
……すごく、お……いかん、疲れてきたせいか、思考回路がおかしくなってる。
とにかく、何が言いたいかというとだな。
誰か、俺を誉めてくれよ!
「ラインブルグ! てめぇにはタマがねぇのか!」
「逃げてばかりなんて、臆病者で能無しな、できそこないにはぴったりだな」
「……ラインブルグ候補生、君には敢闘精神が足りないようだな」
るせぇぇぇ! 外野は黙ってろ!
くそっ!
さっきもそうだが、今、返事をしな……できなかったのも、ほんとは相手の言葉に返事するような余裕がないんだよっ!
つか、外野がうるさくて、こっちの集中が乱される!
……むぅ。
……なにか、ナニカ、ホウホウハナイモノカ。
……。
……。
ユリイカッ!
……この角度。
……このライン。
……対象との射線軸に相手を挟み込んで。
……相手が給弾する瞬間を待って。
……ッ!
……。
……クぁ!
…………チャンスっ!
デブリの一つに着地して、姿勢を低く、腰をしっかりと据えて、構えて…………うしっ。
てめぇら、こいつを喰らいやがれぇぇぇぇ!!!
何てことは表に出せないので内心で叫びながら、無言で、断続的に突撃機銃のトリガーを引く。
ついでに、まるで射撃の反動を計算してないかの如く、腕をぶらせつかせる。
……よし、これでいかにも射撃したらとしたら重突撃機銃の反動を上手く捌けなかったように、無様に失敗したように見えるはずだ。
後は、結果をご覧じろ、だ。
……。
……外野が微かなノイズを残して沈黙した。
素晴らしい、これぞ、俺の怒りと執念が生み出した、必殺の一撃!
上手く、外野が陣取っていたMS訓練艦の管制塔のどこかに見事に命中したようだ。
……いや、真面目に仕事していた皆様、ごめんなさい。
でもね、こっちも真面目にやっていて、起きた出来事なんだ。
だから、許してほしい。
本当に、事故とは恐ろしいものだな。
……ふふふ。
「ついにやる気を出したか! ラインブルグ!」
で、残りは目の前で俺の一連の行動を勘違いして受け止めた我らが主席殿だ。
何か、今の射撃で、いい具合にヒートアップしたね。
だが、しかぁあしっ!
「おぉぅぅとぉぉっっ!」
まだ、中らん! 中らんよっ!
--主人公が己の限界に挑戦中のため、しばらくおまちください--
……はふぅ、よ、ようやく、ユウキの銃が弾切れた。
身体がガタガタだし、機体情報にも幾つか警告が出ている。
流石に、機体にも身体にも、無茶をさせすぎたな。
「くそっ、弾切れか! だが、まだ、サーベルが残ってる! 行くぞっ!」
「……勝手に、どこぞに、でも、行けば、いいさ」
……さて、ここからが本当の意味での本番だ。
なにせ、機動に攻撃を混ぜ合わせるのは、俺にとっては初めてのことだからな。
……とはいえ、元より失敗して当然なことなのだ。
ならば、思いっきり、いろいろと工夫してしてみたり、試したいことを試してみよう。
……では、この茶番の終わりを始めよう。
「ここからは、ずっと、俺の、ターンだっ!」
……えっ?
……あっれぇっ?
なんで、MSが割っては入るの?
「ユウキ候補生とラインブルグ候補生の両名に告げる! 先程、ラインブルグ候補生が撃ったペイント弾が流れ弾となり、そのうちの一発が訓練艦の管制塔に命中したことで管制機能に支障が生じた! そのため、以降の試験内容を試験官がモニターできなくなったため、試験は終了されることとなった!」
えっ?
嘘、マジですか?
こ、これから、やっと、おれの、俺の時代が来ると……。
「よって、両名はMSを速やかに訓練艦のハンガーに移動させ、以後の指示を待つように」
……はぁ。
「……ここからは私見だ。今のMS同士の模擬戦闘は、MS開発当初から関わってきた私にとっては、非常に興味深く、また、心躍らせるものだった。今日、この日、この訓練艦に来ることができた幸運を私をここに寄こした設計主任と運命の神に感謝したいほどだ。君達が模擬戦闘で見せた一つ一つの細やかな動きや一連の流れるような動作を、今後のMS開発やMS戦術機動へと役立たせることを約束しよう」
……はぁ、そうですか。
「ふふ、ラインブルグ候補生。それほどまでに君達の機動は素晴らしいものだったのだよ。ユウキ候補生の機動射撃、ラインブルグ候補生の回避機動、両者共に実に合理的でMSの特性を引き出していた。これは他の候補生には見受けられなかったものだ。……あぁ、もちろん、全員ではなくて、君たちと同じぐらいに見所のある者は当然いたがな。だが、見所があると言われて慢心されては困る。これからも油断なく腕を磨くようにな。……これからの両名の活躍を期待しているぞ。……以上だ、さぁ、行動に移りたまえ」
促されて、MSを訓練艦へと向かわせる。
なんか、ユウキが言っているが耳に届かなかった。
……。
うん、実は、今、とても、嬉しいのですよ。
訓練所で、こう、まともに認められて、初めて褒められたんだから、仕方がないよな、うん。
……。
……なんか、最後の最後で、思いもよらない、いい思い出ができたよ。
10/09/09 サブタイトル表記を変更及び加筆修正。
11/12/23 誤字修正。
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