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第一部  新しき生
12  加速×(社会+不穏)⇒建軍+入隊(C.E.68年 1)


 生きることとは儘ならないことだとはわかってはいた。
 それでも開き直り、生きていくのが人生だと思っていた。
 それに以前、課長に大見得を切って、精神的にすこし図太くなって生き易くなった気もしていた。

「我が【Z.A.F.T】は諸君らの入隊を歓迎するっ!」

 でも、流石に、人生で、いきなり、軍事組織に放り込まれるなんて、普通、想像できないと思う。


 ……。


 いや、ほんとに、なんで、俺、こんなところにいるんだろう?

 目前の壇上で堂々たる体躯の持ち主で、ザフト、うん、Z.A.F.T(Zodiac Alliance of Freedom Treaty)っていう軍事的組織の指導者的人物で……えーっと……パトリック・ズラ……だったか、が熱を込めて訓示をたれている。

 で、それに熱狂的に応える俺より前に立ってる人達。

 おかしいな、俺、保安特殊訓練校に来たはずなんだけどな、なんて現実逃避しながら、過日、渡された辞令を思い出す。


 -セプテンベル・スリー保安局員 アイン・ラインブルグ。
 -マイウス・ファイブ保安特殊訓練校にて、三ヶ月間の研修を命ずる。


 って、感じのことが書かれていたんだよな。

 で、ミーアに、三ヶ月間の研修に出かけるから自宅を好きに使っていいってことと管理を頼むってことを伝えたり、職場の連中との送別会、というよりも帰って来るんだから、あれは激励会というべきか、を賑やかにやって、ミーアに休暇ができたら一度位は帰ってきて欲しいって言われたり、課長からは真面目な顔で、何があっても死ぬなよ、絶対に帰って来い、って、かあぁちょぉーーー、これのこと、知ってたんなら、はっきりと教えておいてくれよっ!

 まさか、えっ、俺って、もしかして、仕事にかまけていたら、社会の流れを把握することを疎かにしてしまい、気がついたら、とんでもない社会の濁流に巻き込まれた存在って役所なのか?

 いや、た、確かに、プラント評議会とプラント宗主国である理事国が自治獲得や貿易自主権、最近ではアンデルブロー号事件でごたごたしてるって、話では聞いていけど、いきなり、軍事組織に参加さ……せ……まさか、プラントの保安局がザフトに吸収されたのか?

 恐らく、正解であろう答えに辿り着いてしまった俺は、平穏な生活が確実に、そう、保安局員をやっていた時以上に遠ざかったことを確信し、思い切り、肩を落とす。
 しかも、この場に来てしまった以上は、いまさら辞めると言ったとしても拘束されるか、下手すりゃ、私刑にあった上に殺されるかもしれない。となれば、残る選択肢は参加するの一択のみであり、最早脱出は不可能だ。……後は流れに身を任せて、仕事だと割り切るしかない。


 しかし、なんという罠!

 ……前世由来の平和ボケ感覚がどっかにあったのかもしれない。


 こんなことなら、しっかりと井戸端情報や局内情報を仕入れたり、ケチらずにニュースペーパー購読しておくべきだった。

 そうしたら、予防線、張れたはずなのに……。

 だいたい、うちの保安局にはもっと、戦意旺盛、喧嘩上等、な阿呆はたくさんいるだろうに、何で俺なんだよっ!


 やってらんねぇー!

 これが、俺の、今の、心境っ!


 自然、大きいため息をついて、左右の奴らから厳しい目で見られた。

 慌てて、表情を取り繕って、慇懃に見えるようにする。

 むむっ、厳しいプラント社会で鍛え上げた社会人必須スキルを舐めるなよっ。

 ……。

 ふぅ、なんとか流せたようだ。

 ……。


「然るに、昨今のナチュラル共の増長は目に余る! アンデルブロー号事件がそれを証明していよう! 我がザフトはあの悲劇を経て、もはや一刻の猶予も存在しないと確信し、二度とあの悲劇を起こさせぬよう行動を始めたのだ!」


 どうやらズラ氏の訓話はクライマックスを迎えたようで、ズラ氏の口調にも熱どころか、気炎陶酔重圧沸騰高熱が宿っている。それにつられてか、顔を高潮させて壇上のズラ氏を見つめる奴やなにやら訓示内容に燃えるものがあったのか拳を握り締めて震わせている奴、レッツ劇画印ッ、やってやろうぜっ、て感じに隣の奴と拳をゴツンさせている奴と、ズラ氏の訓示に対する反応は様々だが、一様に肯定的なようだ。


「ここに集った諸君は、我ら新たなる種であるコーディネイターに対する、古き種に過ぎぬナチュラルからの謂れなき差別から、同胞を、そして、このプラントを守るための剣となるのだっ!」


 ……で、俺なんだが、うん、どう考えても、うん、浮いてる。

 場の熱狂にどうにも馴染めず、仕方がないから、他に浮いてる人間がいないか、居並ぶ人々をチラリチラリと観察してみる。

 ……。

 ……。

 ……。

 なんか、仮面つけた人と目があった気がした。

 どうやら、その人もこの熱狂に乗れていないらしい。

 ……よかった、俺だけじゃなかった。

 なんて、俺が安心していると、壇上のズラ氏の訓示が終わったらしい。

 で、最後に一言。

「ザフトのためにっ!」

「「「ザフトのためにっ!!」」」

 そんで、その場にいた、ほぼ全員が応えて唱和した。


 でも残念、全員ではない。

 この場の"のり"から滑り落ちてた俺に、そんな標語を叫べといわれても難易度が高すぎる。 

 いや、一応、クチパクで対応しておいたけどな。

 まさに空気が読める男、アイン・ラインブルグ、である。


 ……はぁ。


 今から鬱になる。

 なに、この標語?

 せめて、【ジーク・ナオン!】とか見たいにさ、【ジーク・ザフト!】って感じに、語呂良くしてくれよ。

 まったく、もう……。




 
 ズラ氏のスンバらしい訓示が終わった後、ザフトの新規訓練生達は、あらかじめ向かうべき場所を把握していたのか、バラバラと散っていく。

 本当に、無駄に元気のいい人たちである。

 ……一体、何が、彼らをそこまで駆り立てるのだろうか?

「……君は行かないのかね?」

 一人周囲の喧騒から取り残されていた俺に、なかなかの美声で声をかけてきたのは、さっき、目が合ったと思った、男にしては綺麗な金髪を伸ばしている仮面の人だった。

「……いや、俺はどこにいけばいいんだ?」


 なんだろう、この、思い切り滑ったような沈黙は?

 本当にわからないことを聞いて、何か悪かったんだろうか?


「……君は何を……いや、失礼、私の名はラウ・ル・クルーゼという」
「俺はアイン・ラインブルクだ。で、クルーゼさん、申し訳ないが、俺がどこに行けばいいか知らないか?」
「……面白いことを言うな、君は。初対面の私が君の行く先を知っていると思うかね?」
「ああ、確かに。……すまない、場違いな所に来たせいか、動揺していているみたいだ」


 なんだろう、この、珍しい答を聞いたって反応は?

 本当に鬱になる展開に動揺して、何か悪かったんだろうか?


「場違いなど……あまり、そのようなことをここで言わない方が良いと忠告しておこう」
「忠告、感謝するよ。……でもなぁ、実際の所さ、今からでも前の職場に戻して欲しいってのが俺の本音でな」
「……栄光あるプラントの剣であるザフトに……それもザフト訓練校の第一期生に選ばれておいて、そのようなことを言うとは……まったく……信じらんな」
「いや、選ばれておいてなんだけど、俺、ここに来るの自分から望んでないのよ。そもそも、俺の信条は万事平穏無事なんだ。だというのに、どうしてこうなったっ! としか言いようがない強制参加だぞ? 他の連中ならともかく、俺にとってはまったくもって迷惑千万なだけであって、ありがたがるなんてとんでもない!」


 なんだろう、この、嘘、信じられないって表情は?

 普通に思い感じたことを答えて、何か悪かったんだろうか?


「……ならば、君は先程の演説を聞いて、何も感じなかったと言うのかね?」
「あっ、あれね。……あんなのただのコーディネイター至上主義者のコーディネイター優越演説だろ。んなもんは普段の生活で、たっぷりと聞いてるんだから、もうお腹一杯だよ」
「で、では、コーディネイターの権利が阻害されている、今の状況をなんとかしようとは思わないと?」
「うーん……義務を果たしている以上、権利を求めるのは別に悪いことじゃないから、何とかしないといけないな、とは思うけど、主張する権利が大いに阻害されてるってことはさ、それだけ、コーディネイターがナチュラルの嫉妬と怨恨を大人買いし過ぎた面もあるんじゃないか? コーディネイターから見れば謂れがなくても、ナチュラルからすれば大いにある場合もあるだろうしさ」
「……コーディネイターの言葉とは思えんな」
「……最低限のコーディネイトしかされてない俺には、プラントの環境は生き辛かったからな。たぶん、それで世界を斜めに見てるんだろうさ」

 俺のその答えが気に入ったのかはわからないが、何故か仮面の男は口元を歪めた。

「周囲を見返してやろうという欲はないのかね?」
「……そういう欲は、当然、あるにはあるが、程々でいいや、って思ってる」
「君は……本当に珍しいことを言う」
「そうかな? ただ、人間、すぐに際限をなくすから、節度を無くさないように程々にしておこう、って自戒しているだけなんだけど? それに、俺、大人だからさ、能力を比較して俺の方が優れてるなんて悦に浸るような程度の低い連中の戯言なんて、適当にあしらえるし、軽く流せるさ」

 俺の言葉に何か感じるものでもあったのか、仮面の……面倒だから、クルーゼでいいや、クルーゼは口元の笑みを消した。

 そして、再び、問い掛けてきた。

「……君は生まれについて……自身のコーディネイトに不満や怒りを持ったりしたことはないのか?」
「うん? ……そういえば、……生まれのコーディネイトには……特にこれといって、別に不満はもたなかったし、親にも文句を言ったことはなかったな」

 急に、クルーゼの持つ雰囲気が鋭くなった。


 ……何故か、俺はこういう雰囲気を察することができる。

 これは俺を鍛えた課長のおかげなんだろうか?

 ……まぁ、今はそんなことはどうでもいいか。


 とりあえず、俺はクルーゼが口を開くのを待ってみる。

「…………それは何故かね?」

 その口から発せられたのは、疑問であった。

 ……語調から真剣な色が伺えたので、真面目に考えてみたら、その答えらしきものがすぐに浮かんできたので、そのまま答える。


「たぶん、生まれてきただけで祝福してくれた両親が、俺を俺として認めて受け入れてくれたからだろうな」


「っ! ………………そうか。……長々と話してすまなかったな」

 何故、そんなことを聞くのかという俺が疑問を口に出そうとした瞬間に、そう言うと、クルーゼは素早く踵を返して、俺の前から去っていった。


 ……俺、何か、怒らせること言ったかな?


 何というか、凄まじいくらいに雰囲気が荒れてるというか、黒いというか、もう、瘴気が発生しているといってもいいくらいに何者かへの憎悪や絶望感を感じるのだが?

 ……それに、立ち去るクルーゼの握りこぶしから血が垂れてたようにも見えた。





























 ……で、結局、俺はいったい、どこに行けばいいんだろう?
10/09/05 サブタイトル表記を変更及び加筆修正。


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