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注意:今回の話には少し残酷な表現が含まれております。ご注意ください。
第一部  新しき生
10  少女+援助-淫行=逢引+散財+恐怖(C.E.63年)

 セプテンベル市の行政局員になって、はや三年。
 かなりストレスの溜まる仕事を毎日毎日ヒィヒィ言いながら、頑張っている。
 こんな俺にも心の清涼剤足るものがないものだろうか?

「おにいちゃん、私とデートに行こう!」

 ……できれば、チェンジでお願いしたいのですが?


「チェンジで」
「む、むぅ。……こんな可愛い女の子とデートできるのに断るなんて、男じゃないわ!」
「後、せめて……十年位か? 経ったら考えるよ」

 俺がだらけているベッドを覗き込んで、むぅむぅ、と唸っている可愛い珍獣、もとい、おしゃまな少女にもわかり易いように大きくバッテンを出すが、まったく通用しないようで、より大きい、むぅむぅ、が返ってきた。
 根競べでは確実に負けるのがわかっているので、大人しく起き出すことにする。確かに、折角の休みなんだから、だらけ続けるのも如何なものか、ということだ。
 妹のような少女、ミーアは俺が起きたのを見て、何を奢らせようかとギラギラと得物を狙うかのように輝く瞳、もとい、楽しいデートを期待するキラキラとした純真無垢な瞳で俺を見つめてくるが、気がつかない振りをして、朝食兼昼食の準備しようとした。

「……」

 いや、その歳で上目遣いと涙目をマスターするのは、お兄さん的には反則だと思うんだけど?



 結局、いつものようにミーアの懇願、またの名を脅迫、に負けてしまった俺は、薄給の身でありながら、贅沢にも外食するという選択をする羽目になってしまった。

 ……とはいっても、外食する先は、どこにでもあるファーストフード店である。

「この前も同じ店だったような気がするんだけど?」
「……いや、その……な」
「はぁ、お兄ちゃん、もう少し女の子をエスコートする時には、色々とコースを考えるべきだと思うわ」

 ふぐっ、なんということだろう。ダブルスコアを越える歳の差なのに、ミーアから向けられる憐憫と蔑みの視線がとても痛い!
 しかも周囲からの暖かいようで生暖かい、物珍しそうで面白そうな視線や俺が見事にやり込められるのが面白いのかクスクスと漏れてくる女の失笑に加えて、一部からはハァハァと生々しく荒い息や幼女充モゲロとか、物騒なモノまで聞こえてくるしっ!

 なんとか、ここは反撃をっ!

「ため息をつくと幸せが逃げるというぞ」
「幸せが逃げるから、ため息をつくのよ」

 ……誰か、この子を何とかしてください。






























「青きぃ! 清浄なるぅぅぅっ!! 世界のためにっぃぃぃぃ!!!」





























 その言葉を聴いた瞬間にミーアを床に押し倒せたのは、僥倖以外なにものでもなかった。


 己の身体の内側にミーアをしっかりと抱きしめるのと同じくして、轟音と共に凄まじい振動を身体に感じた。胸のうちでミーアが悲鳴をあげているのが自身の身体を通して伝わってくるが、それにかまっている暇はない。暴れないようにきつくきつく抱きしめる。次の瞬間、ガラスの破片らしき固いモノや様々なモノが背に降りかかり、さらに粉塵や砂塵を伴った熱風が押し寄せてくる。

「ッぁ!」

 背中のあちらこちらが痛い。
 肌が焼けるように熱い。
 心臓の鼓動が速い。
 汗が止らない。
 音がない。

 恐怖と焦燥でパニックになりかけるが、胸の内にある温かい存在が、俺よりも弱い存在が、それを蹴飛ばしてくれる。

 冷静に……、そう、冷静に……。

 冷たさを感じると同時に上から水らしきものが降りかかってきた。

 肌に降りかかる冷たさが痛みをもたらす。
 頭に降りかかる冷たさが平静をもたらす。

 ……どうやら、この冷たいものはスプリンクラーの水のようだ。


 ゆっくりと涙と水滴に濡れた目を開け、生きていることを再確認するために軽く息を吸う。目と気管系をやられない様にしっかり覆ったり、閉じておいて正解だった。

 もっとも、それが、必ずしも良い方向に進むとは限らないが……。

 目を開けると飛び込んでくる、赤と黒の世界。店内の一部で広がっている炎と店内を漂う黒煙と雨のように降り注ぐ水、壁や床に飛び散っている赤いナニカ、そして、非常事態を知らせる赤色灯。
 鼻に入るのは嗅覚を刺激する、燻り煙られた匂いと未だに漂う粉塵の匂い、降り注ぐ水の匂い、鉄錆びた匂い、そして、それらに混じるナニカが焼ける匂い。


 あまり想像したくない匂いに、胃液がこみ上げてくる。


 だが、ここは我慢だ。

 近くから助けを求める甲高い悲鳴や苦痛にあえぐ呻き、痛みに泣き叫ぶ声、我を忘れた怒号が、少しずつ耳に入ってくる。
 ミーアを抱きしめたまま、ゆっくりと上半身を起こし、何とか近くの植え込みにもたれかかる。ミーアにはこの惨状をできるだけ見せないように、聞かせないように、鼻が覚えないように、顔全体と耳を覆ってやる。

 胸元で嗚咽が漏れている。

 落ち着かせるために背中を軽く、優しく、リズム良く、ポンポンといたわる様に叩き続けて宥める。


 そして、俺も今の状況を把握するために頭を巡らせる。


 スプリンクラーが作動している以上、すぐさま炎は延焼する危険はないと判断できる。
 また、身体が動く以上、ミーアを最優先するにしても、周囲の者も助けられる範囲で助けるべきだろう。
 救助の手は、後どれくらいで到着するだろうか?
 もう、この場に危険はないだろうか?

 とまで、考えたところで、まだまだ麻痺していて聞こえ辛い耳に微かに入る、連続して聞こえる乾いた破裂音。

 ……おそらく銃声だろう。

 この場は、まだ、危険の排除が為されておらず、安全とはいえないようだ。

 そして、危険の排除が為されていないということは、救助の手も遠いということに繋がる。


 ……まったく、なんでこんなことに、と思わざる得ない。


 ついでに、あの標語を叫ぶ以上、このテロの実行者、或いは達なのかはわからないが、あの反コーディネイター組織というか狂信者的集団というか、とにかく【ブルーコスモス】の構成員だと推測できる。
 前々から恐ろしい集団だとは職場で聞いていたが、この身でそのテロを味わうと想像以上に恐ろしい集団だと云わざるをえない。本当に、今現在、重い怪我がなく命があるのは奇跡としかいいようがない。

 ……。

 ミーアが落ち着いたためか、情報を遮断するためかはわからないが、眠りに落ちたようだ。

 ……正直、そうしてもらえると俺も助かる。

 パニックは容易に伝染してしまうから、な。

 ミーアを起こさぬように植え込みの陰に横たえようとして、ミーアの手がしっかりと俺のジャケットを掴んでいる事に気がついた。言い表せないほどに罪悪感を感じながら、その手をゆっくり、優しく解して、離させる。そして、ミーアをできる限り優しく床に横たえ、その上に被せるようにテーブルを置いて水除け代わりにし、ぼろぼろになったジャケットと、幸い少し血がついているが破れていないシャツを被せて少しでも体を冷やさないようにする。


 ……テロ現場で上半身裸って、変かな?
 

 なんて、場違いな思いを抱くが……埒もないことなので振り払う。



 とりあえず、せめて、まだ使えそうな比較的濡れてない紙ナプキンを手に店内を回って、負傷者を介抱するべきだろう。




 というか、しようとしたのだ。




 その時に偶然、店の前で自動小銃らしきものを通りに向けて、嬉々と乱射しているテロリストの姿が目に入ってくるまでは……。






























「それで、思わず、カッとなって、近くに落ちていた椅子を全力で投げつけて、その後、直接、ぶん殴りに行ったと?」
「……はい」
「あまりにも無謀な行いだな、それは……」

 ……いや、確かに、今、考えたら、無謀すぎると思うよ。

 でも、その時は冷静さとか恐怖とかさ、どっかに飛んで行ったんだよ。

 とにかく、よくもこんな危ない目にあわせやがって、目には目をっ! 歯には歯をっ! って具合にな。

「英雄願望かね?」
「まさか。俺は身の程を知っていますよ」
「そうか。……言葉だけかもしれないが、最近の若い者にしては珍しい」
「はぁ」

 俺も珍獣認定ですか?

「しかし、幸運だったな」
「ええ、それは間違いなく、そう思います」

 俺のぶん投げた椅子が見事なまでの放物線を描き、見事なまでにテロリストの頭部に命中して、見事なまでの一撃でノックダウンさせたのは、ただただ、偶然が、幸運が、積み重なった結果だとしかいいようがない。

「話はわかった。我々保安局としては、市民の協力はありがたい、と一応言っておこう」
「……」
「だが、己の安全を顧みずに、行う行為ではない。……今後、こういうことは二度としないように」
「わかりました」
「……ああ、そういえば、君の妹さんがすぐそこの救護所で待っている。ショックも受けているだろう。早く行ってあげなさい」

 俺は無言でテロ現場で指揮を取るセプテンベル市の保安局員に頭を下げる。

 そして、ミーアを迎えに行くべく現場を後にした。

 恐らく、自分のすぐ傍で踊り狂った死神のダンスに恐怖して、気がついたら一人で見知らぬ場所に取り残されていて、心細くて泣いているだろう少女を思い、申し訳ないことをしたと猛省しながら……。





 それにしても、俺、英雄願望なんて、持ってないはず……持ってないつもりなんだけどなぁ。

 ……本当に馬鹿なことをしたもんだ。
10/09/05 サブタイトル表記を変更及び加筆修正。


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