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第一部  新しき生
08  成長+別離=自立+苦悩(C.E.59年)

 いつの間にか、この世界に生まれて12年。
 昔ほど、前の世界のことを思い返すことはなくなった。
 ……だからといって、まったくないというわけではない。

「アイン、しっかりやれよ。お前なら大丈夫だと思うが……元気でな」

 たぶん、きっと、いつまでたっても、いくつになっても、きっとなくならないと思う。


 ……。


 俺は今、宇宙港の展望デッキで、独り、宇宙を眺めている。
 漆黒の中、青く輝く地球と遠方で燃え盛る太陽、地球上では考えられないくらいに輝きを見せ付ける星々が、この世界が、地球と変わらないように感じてしまうほどの環境が、宇宙に存在していることを直視させる。


 それが、まさに……いや、一人でプラントに残ることになって、少し感傷的になっているんだろう。


 再び、虚空を見つめ、父が乗った宇宙連絡船の航行灯である赤い点滅とスラスターの瞬く青白い煌きが少しずつが小さくなっていくのをじっと見つめる。


 そう、俺は今日、オーブへと移住する父を見送りに来ていたのだ。


 母を失ってから、ずっと励ましあって共に生活してきた父は【アメノミハシラ】と呼ばれることとなったオーブの軌道エレベータ……近くの建設用拠点である簡易ステーションに移住することになったのだ。プラントで続けていたRSCを発展的解消し、先のBOuRU生産で生まれたオーブ連合首長国の名目上は半官半民らしいが実質上国営企業であるモルゲンレーテとの繋がりを利用して、オーブで機械製作を主業務に変更した、新たな会社RSF(Rheinburg Space Factory)を立ち上げたのだ。
 元より、プラントにおけるナチュラルの立場は反コーディネイター組織がテロを起こすたびに悪化していく一方だったし、BOuRU生産にあわせて増えていったナチュラル系社員を護るためには、良い方法だった。少なくともオーブならば、プラント程には対立から生じる危険性は少ないだろう。
 そして、俺の少ない友人だったパーシィとベティもRSFの社員となった家族と共にアメノミハシラやオーブ本国へと移っていった。別に今生の別れでもないのだが、涙もろいパーシィはすでに話すこともできないでいたし、もう一人のベティもいつもならばツンツンしている態度が鳴りを潜め、悄然とした顔を見せていた。

 そのことが、不謹慎なことだが、俺には嬉しかった。

 だが、プラントに残るという我侭を主張する俺を受け入れ、一人で残ることを認めてくれた父はいつも通りだった。あまりにいつも通りだったので、一人で残すことに不安を感じないかと、自分で残ると言っておきながら、聞いてしまった。

 その答えはこうだった。

「別にお前と家族でなくなるわけではないし、連絡もとろうと思えばとれる。それに、私が思っている以上にお前はしっかりしているだろうからな。不安に思うこともそうない。……それに、あいつの墓もあるから、守るために残ると言い出すかもしれないと予想もしていた」

 いや、それはちょっと過大評価が過ぎると、気恥ずかしい思いをしたものだ。



 父の評価を思い出して、また面映い思いをして……、


「……あ、れ?」


 ……気がついたら、母の墓標の前に立っていた。




 なんで、母の墓の前にいるのかわからないまま、腕時計を見ると……見送った時間から三時間も経っていた。

 どうやら、俺も己でも気がつかないうちに、心を占拠する寂しさを散らすため、安らぎと甘えを求めていたらしい。正直な己の足に苦笑しながら、母の墓に、これもまた気付かぬうちに購入していたらしい生花を供えた。


 そして、また、何とも言えず、笑えてくる。



 ……己の行動ではなく、心の内でくすぶり続ける未練にだ。



 どれだけ、取り繕っても、母の前では、俺の心は丸裸にされてしまうらしい。なにせ、俺が何者であったとしても、俺を俺として、受け入れてくれた懐深く無限に等しい優しさを抱えた母である。

 これも当然の帰結なのかもしれない。

 そう、母の墓標を見つめた瞬間に、今日、別れの時に無意識に感じてしまった前世への郷愁、哀愁を悔いに、そして、己が抱えている業への許しを求めにここにやって来たことを、はっきりと認識させられたのだ。


 ……今、俺が生きているのはこの世界だ。

 しかも、この世に生まれて、すでにもう十年以上経つ。

 俺はこの世界で、"アイン・ラインブルグ"として生き続けているのだ。


 なのに、前の世界を思う等、あまりにも、今の生を……今で生きてきた時間を、今まで築き上げてきた関係を…………侮辱している。


 だが、それでもなお、己の死を認識できずに、別れを告げられずに、唐突に絶たれた前世を、未だに思ってしまう心を、今生の土台に根付いた執着を、抑えようとも留められないのだ。


「ほんと、前の人生の記憶なんて……」


 なければいいと…………やっぱり思えなかった。




 どうしようもない自分の惰弱な心を再認識してしまい、とぼとぼと肩を落として、家に帰ってくると、なぜか、我が家から光が漏れていた。
 電気を消し忘れた覚えもなく、また、泥棒が堂々と飯を食ってるとは思えない。いや、居直り強盗ならばありえるが、俺が家の中にいて、かつ襲われなければ強盗にならんし、って、まてまて、俺は何をわけのわからないことを考えているんだ。

 若干の混乱を引き摺りつつも、とにかく、警戒しながら我が家に近づき、様子を伺う。

 …………。

 うむ、隣の家の幼女の歌声が聞こえてくる。

 ……どうやら、俺の取り越し苦労らしかった。


 ……。


 んんっ、さて……年下の、しかも、オムツを替えたこともある女の子に情けない姿を見られるのは、成人間近の男としては甚だ決まりが悪い。


 ならば、ここは空元気でもいいから、元気に玄関を開けるべきだろう。


 よしっ。

「ただいま、ミーア!」
「あっ、おかえり! おにいちゃん!」




 ……不覚にも涙が出そうになった。




 帰る場所で応えがあるというのは、何気に幸せなことだということが、よくわかった一日だった。
10/09/03 サブタイトル表記を変更及び加筆修正。


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