第一部 新しき生
07 球体×受注⇒好機+転機(C.E.58年)
BOuRUを趣味で作ったのは、三年前。
BOuRUの噂が広がったのは、二年前。
BOuRUの生産を始めたのは、一年前。
「是非とも、そのBOuRUをうちで生産させてほしい」
まさか、こんなことになるなんて、想像もしてなかった。
……本当に、何が人生に影響してくるなんて、わからないもんだよねぇ。
そんなことを考えながら、俺と父親の前に座ってにこやかに笑っている、バーコード頭の中年のおっ、げふんげふん……綺麗に髪を横に流して整えたナイスミドルは、オーブ首長国だかの……確か……モゲルンレーテ……だったかなぁ……とりあえず、オーブでは有名な会社の役員を務めているらしい。
んで、このスズキと名乗ったナイスミドル曰く、今度オーブで軌道エレベータを造ることになったので、BOuRUを作業機械として使いたいから、BOuRUのパテントを売ってくだされ、ということらしい。
パテント、ねぇ……。
俺としては売らないで保有し続けて欲しいのだが……流石に未成年で、かつ、RSCの社員でも役員でもない以上、口を出すことは出来ない。なので、隣に座る父がどういう答えを出すのかと、ちらりと横目で伺ってみるが、まだ、瞑目して語らず。
……なら、俺も親父が返答するまでの間、親父の真似をして……そうだな、BOuRUについてでも考えてみようか。
今、デブリ清掃業者や宇宙建設関係者の間で話題沸騰の【BOuRU】は一般に普及しているミストラルに負けずとも劣らない性能を発揮している。
その来歴を語ると……元々、このBOuRUは趣味で作り始めたモノだから、生産して売り出そうなんて考えていなかった。だから、ただ、BOuRUとだけ呼んでいたのだが、流石に、小規模ながら工場を作り、受注生産を始めるにあたって、一応は商品化したんだから、ということで型番が設定されることになった。
その型番は【BW-00】で、通称は御存知の【BOuRU】である。
この型番について説明すると、頭のBWとは【Building Worker】の略語であり、後ろの数字、00は機体のコードナンバーを表している。場合によって、そのコードナンバーの後ろにアルファベットをAから順に付け替えていくことで、初期型からどれくらい設計改修したかを示すことにしてある。例えば、現在の量産型BOuRUの型番はC型だから、【BW-00C】となり、量産を始めてから三回の設計改修を施したことを表している。
ちなみに、俺と親父が初めて作った記念すべき試作機には、BWの前に試作機を示すYがついて、YBW-00である。
……なんか話が逸れたような気がするが、まぁ、いいか。
ではでは、BOuRUの良い所を列挙して行くことにしよう。
まず一番のセールスポイントを挙げると、ミストラルよりもかなり低コストということだろう。
これは言うまでもなくジャンクからでも作れたんだから当然と言った所だ。もっとも、製品化するのだから、ちゃんと構成部品も新規生産品を使用することになったために予定よりも少し高くなったが、ほとんど全てのパーツが既製品である上、量産による部品調達コスト削減で、まだ安くできる可能性は残っている。
次の売りは……頑丈さかな?
BOuRUの頑丈さは、ただ俺の一存で"漢"の一品足ろうと、頑丈にただ頑丈に、と求めた結果だ。現在の量産型は外殻もジャンクではなくなって品質が向上したから、まぁ、流石に大気圏に突入して無事というにはいかないが、競合相手のミストラルと物理的に正面衝突したとしても、相手だけがクラッシュすることになるとの分析結果は出ている。
更には、そんな頑丈さに附随して付いてきた安全性も挙げられる。
単純に頑丈さ故に高い安全性が勝手について来た形だ。そこにプラスアルファとして、当時は気がつかなかったが、俺が家族を失う恐怖に怯えていたためか、病的なまでに非常時への備えが為されており、かなり高い生存性を実現している。
そして、建機として重要な汎用性と作業性も良好だ。
最もわかりやすく実例を挙げるならば、本来、我が社従来のお仕事であったデブリの除去だけでなく、コーディネイターに混じって、ナチュラルの父が、普通に、そう、普通に! コロニー建設作業にも参加できるようになったことからも、すごいということがわかるだろう。
後、これは受注生産を開始してから判明したことなのだが、構造が簡単で非常に作りやすいうえに、運用する上でもとても整備しやすいことも長所だ。
機械音痴の俺でも、なんとか整備ができるというくらいである。量産性や整備性など考慮していなかったはずなのにどうしてこうなったのか、親父と二人頭をひねっても出なかった答えは、我が友たるパーシィがいつの間にか描き直していた設計図にあった。
「えっ? だって、機械は簡単な作りの方がいいじゃないか。僕はコーディネイターじゃないんだから、難しいの作っても弄るのが大変なだけだからね。だから、できるだけ、機能を落とさずに、簡単に、シンプルイズベストを目指したんだけど? ……もしかして、何かまずかった?」
量産型BOuRUの前で、こんなんだったっけ、と親父と二人、首を傾げていた俺に、いつの間にか当たり前のようにBOuRU生産に関わっている、我が友パーシィが何気なく言った言葉である。
いやはや、実はパーシィ、機械関係の天才なのではなかろうか?
と、いう閑話は置いておくとして、とにかく、BOuRUは宇宙用建機としては優れていると自画自賛できる出来だろう。
一人納得して、うんうんと頷いていたら、隣の親父が遂に口を開いた。
「BOuRUを生産される件は了解いたしましょう。ですが、パテントを売ることはできません」
「…………そうですか。……それは、まぁ、仕方ありませんね」
「……ですが、こちらからつける条件に了解していただければ、パテント使用料をお安くすることはできます」
「……………………ふむ、その条件、お伺いしましょう」
この後に父が話した条件は二つだった。
一つは、軌道エレベータを建造するにあたり、建設拠点として造られる簡易ステーション内に我が社の支店を立ち上げさせて欲しいという事と、もう一つは、オーブに移住を希望する知り合いのナチュラル達を受け入れて欲しいという事であった。
一つ目は、簡単な話、オーブ系の会社だけじゃなくて、うちの会社にも仕事を得る機会をくれ、ということを暗に言っているのだろう。意外や意外、父も会社経営を頑張っているということだな。
そして二つ目だが、これは父の交友関係から来ている。ナチュラルである父は当然、プラントに居住するナチュラルの人脈が広い。……これは俺の推測なのだが、三年前のS2型インフルエンザ騒動以降、ナチュラルとコーディネイターの対立が深まっていることもあり、その人脈からコーディネイターに害されるかもしれないという不安の声が聞こえるのだろう。たぶん、父は、その不安を根本から解消するために条件に加えたのだろう。
「一つ目の条件に関しては、私どももそれなりに影響力を持っておりますから、良い返事ができそうなのですが、……二つ目に関しては、流石に私の職権の及ぶところではありません。ですので、私からは然るべき筋に話をしてみるということしか、お答えできません」
「……それで、かまいません」
「わかりました。一度、本国に連絡を取ってみます。この返答は後日ということで、よろしいですかな?」
「ええ」
それで、どうやら、ある程度、話がまとまったようで、中年二人の間に若干弛緩した空気が流れ始めた。特にスズキ氏の方からは目に見えてわかるほど、安堵の色が漏れ出ている。
なにせ、バーコードの下が、一気に血色よくなって、艶を帯び始めていたからな!
……いや、うん、自重しろ、俺。
ここは大切な場面だから、大人しくしておくんだ。
そんな具合に俺が、じっと、色々と我慢していると、突然、えらく抽象的な言葉が客人から零れ落ちた。
「……いったい、いつからこんな世の中になったのでしょうね」
その言葉に思うことがあったのか、父も応えた。
「……いつからということはないと思います。昔から、こんな世の中だったのでしょう」
俺には何となくわかるようで、何となくわからない深さがあった。
「いや、失礼。この歳になると少し、感傷的になってしまいまして……」
「……わかります」
いや、二人して俺の方を見ながら、そんなに通じ合わないで欲しい。
「今日は有意義な話ができました。数日のうちに返事ができると思います」
「ええ、良い返事を期待させていただきます」
これで交渉は終わりのようで立ち上がった二人は握手している。
そんな二人につられて立ち上がって、ふと思う。
……あれ、なんで、俺、こんな重要な場にいたんだろう?
……。
どうせ我が父の事だから特に理由もなさそうだし、スズキ氏が俺を値踏みしているように見えたのは気の所為に違いない!
……うん、あまり深く考えないようにしよう。
10/09/03 サブタイトル表記を変更及び加筆修正。
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