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第一部  新しき生
04  母親+夭折=後悔+懺悔(C.E.54年)


 ……"母"が死んだ。
 S2型と呼ばれるインフルエンザを発症し、それのワクチンの完成を待たずして……。
 ただ、俺が無事であることを喜んで、満足して、恨み言一つ言わずに……逝った。

「……アイン、泣かないの、あなたが元気で生きていてくれるだけで、私は幸せよ」

 俺の居場所を作ってくれた"母"に、俺は何一つ報いることができなかった。


 ……そう、何一つ。


 ……。


 "父"と二人、"母"が葬られた墓の前に、ぼぉっと並んで立っている。


 ……涙はまだでない。


 "母"の葬式は、周囲から慕われた人柄に反して、寂しいものだった。

 だが、それも仕方がないことだった。

 プラントに在住するナチュラルはS2型インフルエンザに感染する危険を避けるために外出を控えているためだ。S2型がナチュラルに対して猛威を振るっている以上、明日は我が身かもしれないという恐怖を抱くのも無理はないし、参列者が少なかったことも仕方のないことだ。

 誰だって、愛する家族を持っているのだ。

 それを失う恐怖に曝されているのだ。

 一体、誰が非難できようか?

 それに、"母"が可愛がっていたパーシィとベティは、通信画面越しに"母"の死を伝えた時、ずっと泣いてくれていた。

 それだけでも、"母"の価値が、存在が、世界に認められた気がした。


 ……でも、俺の目から、涙は、まだ、でてこない。


 誰か、教えて欲しい。

 何故、"母"はこの若さで死ななければならなかったのか?

 ……まだ、三十にも満たない美しく綺麗な人だった。

 生き生きと、本当に楽しそうに、俺の世話を焼く、優しい人だった。

 時に、生意気に大人ぶった俺に、悪戯を仕掛けて、歳相応の反応を引き出す、楽しい人だった。

 俺が"過去"を思い出し、静かに独り、嘆き悲しんでいる時に、すぐに見つけて、抱き締め包み込んでくれる、暖かい人だった。

 ……。

 ああ、ああ、わかってるとも……。

 今、この瞬間にも不幸が他者に訪れていることくらい、知っているとも……。

 地球では、もっと無残な死を迎えている者がいることも知っているとも……。


 だが、無関係の死と我が身内の死と比べられるものか?


「……アイン」

 誰か、教えて欲しい。

 本当に、"母"は幸せだったのか?

 教えて欲しい。

 誰か……誰でもいいから……教えて欲しい。

 "俺"は、母が言った幸せを本当にもたらすことができたのか?

 ……教えて欲しい。

 "俺"と言う存在が、本来の"アイン"という存在を殺したのかもしれないのに……。

 "俺"という存在が存在することが本当に許されるのか、教えて欲しい。

 ……誰か、……誰か、……誰か、教えて欲しい。


「アイン、お前の母さんは幸せだったよ」

 静かに紡がれた言葉に俺は顔をあげるが、"父"は俺の方を見ず、"母"の墓標に顔を向けたままだった。俺は無言で"父"に続きを、その理由を促すべく、"父"を見続ける。

「……アイン、目を閉じて、母さんを思い浮かべてみるんだ」

 ……今はただ、"父"の言われた通りに、する。

「どうだ? 母さんの顔は浮かぶか?」

 頷く。

 卵形の形いい輪郭、透けるような白磁の肌、少々垂れ目な、だけど、柔和な眦とそれに上手く連動する、よく手入れされた眉根、一直線にすらりとした鼻梁、肉厚が薄めな唇の両端からの延長線上にある笑窪。

「母さんは……綺麗か?」

 頷く。

 コーディネイターの、どこか作りものめいた美ではなく、生命の躍動が持つ美がそこにはあった。

「母さんは、笑ってるか?」

 頷く。

 そうだ、"母"はどんな時でも、暖かく柔らかな笑みを絶やさぬ人だった。

「それが、証拠だ」

 父の言葉に目を開ける。

「あいつが笑みを絶やさなかったのはお前がいたからこそだ。お前がいたからこそ、得られた笑みであり、幸せだったんだ。……アイン、それだけは、絶対に、間違いないからな」

 そう言って、"父"は俺の頭に手を置いて、一撫でした後、背を向けた。

 ……ああ。

 ……ああ、ああ。

 ……"父"よ。

 ……"母"よ。

 今の言葉、俺は受け入れててもいいのだろうか?

 あなた達が望み、生まれてきた我が子を、あなた達の"アイン"を、殺したかもしれない"俺"という存在が、未だに、"前の世界"の両親を想っている"俺"がその言葉を受け入れていいのだろうか?

 
 "俺"は、俺で、アインで、いることが許されるのか?


 ……。


 ――アイン、あなたがたとえ、どんなそんざいであったとしても、あなたはわたしのこども。


 !!?!??!!?!!!?


 ――アイン、いとしいこ、あなたがいてくれて、わたしはしあわせだった。


 な、に……!??!?


 ――ほんとうは、もっと、もっと、いっしょにいたかったけど、これもうんめい。


 か、かあさん?


 ――げんきで、アイン、いつでもみまもってるわ。


 ……い、まの、こえ、は、かあ、さん?

 ……。

 ……えっ?

 ……。

 ……あ、れ? なんで、まわ、りが、くら、い?

 ……そ、れに、、なんで、お、れ、たお、れ、てる?

 ……。

 ……。

 ……ゆめ、か?

 ……。

 ……あ、れ、さ、っきか、ら、なにか、おか、しい、な。

 ……。

 ……むね、がか、ってに、しゃ、くり、あげる。

 ……ほ、ほが、あつ、い。

 ……あ、ああ。

 ……なみ、だ、が、あふ、れて、と、まら……な……ぃ。





 恥ずかしい話だが、俺の記憶が残ってるのはここまでだ……。



 後になって聞いたところ、俺が墓地から出てくるのを待っていた"父"が、墓地中に響き渡った大きな泣声に気付いて、慌てて俺を保護しに走ったらしい。


 いや、記憶にございません。


 しかも、盛大に泣いて泣いて、家に帰ってから"母"の部屋に一直線に駆け込んで、そこで一晩そのまま泣き通しだったらしい。


 え~、ん~、記憶にございません。


 そして、何やら声と涙が枯れるまで泣いたら、"母"のベッドに盛大にぶっ倒れて、すやすや眠りについたらしい。


 あ~、ほんとに記憶にございません。
 

 ついでにいうと、俺が泣いている間中、"父"は何やら"母"のお叱りらしき声が聞こえ続けていたような気がするとも言っている。


 ……。


 ……いや、"母"よ、頼りなく情けない"父子"で、すまんです。
10/02/24 サブタイトル表記を少し変更。
10/09/01 サブタイトル表記を変更及び加筆修正。


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