第一部 新しき生
02 疑問×現実=認識+整理+躁鬱(C.E.50年)
あの、羞恥塗れのファーストインパクトから、既に三年。
数多の衝撃と混乱を乗り越えた俺は、しかたなく現状を認めることにした。
簡単に言えば、ここが今まで生きていた世界ではない、ということを認めたのだ。
「あら、アイン、お外に興味があるの? でも、アインは、まだ、あそこには行けないから、我慢してね?」
なぜなら、俺が見つめる"外の世界"には漆黒の闇と煌く星々が輝く宇宙が広がっているのだから……。
……。
俺に普段から羞恥プレイを強要している綺麗なお姉さん、もとい、若奥様然とした女性が俺の手を引いてやってきたのは、宇宙港……宇宙船が発着する大規模な港近くの展望室兼ロビーだ。
いや、本当に、宇宙港って何、って感じだけど、事実として、大小様々な宇宙船が目前の内部に浮かんでいたり、行ったり来たりしてる港だ。
何度見ても信じられないことだがな……。
……。
まぁ、そんでもって、ここは場所が場所だけに重力というものがほとんど存在せず、無重力に近い。その所為か体がやたらとふわふわして、上手く身体を目的地に持っていくことが出来ない。
いや、流石に、フリーホールなんてアトラクションでほんの数秒ぐらい、しかも、物凄い勢いで落下してたものしか、無重力なんて体験したことなかったから、仕方がないことだろう。
「ほら、アイン、ゆっくり、お母さんの方においで」
そんなわけで、今も俺に呼びかけてくれるお姉さん、いや、はっきりと言ってしまえば、この新しい肉体の"母"に無重力に慣らしてもらっているのだ。っていうか、それは俺の考えであって、ほんとは、「アイン、もうすぐ、お父さんが帰ってくるからね」というわけである。
……。
おふくろとおやじ、元気にしてるかな。
……。
……俺、元に戻れるのかな?
「……アイン、どうしたの? 泣きそうな顔して……どこか痛いの?」
"母"の問いかけに、俺は首を横に振る。
これは……今抱いているこの思いは、あくまで、以前より続く"俺"という存在の問題であり、この世界の、アインと呼ばれる"俺"の問題ではないはずだ。
だから、この"母"の前では決して、見せてはいけない顔だ。
だが、…………割り切れない。
「……アイン?」
……割り切れないのだ。
……。
いかん、何か、目から……。
顔を隠すために、俺は無言で、"母"の暖かい胸に飛び込む。
……。
……本当に最低だよな、俺。
寂しさを紛らわすために、目前の"母"を利用するなんてさ。
……。
……。
……。
……デモ、コノフクヨカナヤワラカサトヌクモリハ、ナニモノニモカエガタイノデス。
「んふぅ。…………もう、アインは甘えん坊さんねぇ」
……。
ふうっ、少し落ち着いた。
……。
……女性の胸が大きいのは、優しさが目一杯詰まってるからだってのは……ほんとかもな。
……。
まぁ、とりあえずは落ち着いたし、状況を整理しよう。
まず第一に、さっきから軽く触れているが、"俺"という断続的に自我を有する存在は、以前、しがない会社勤めのサラリーマンであった肉体をどういう理由でかはわからないが失い、今、"アイン"という新しい肉体を得て、赤ん坊からやり直すという言葉が合うのかはこれまたわからないが、とにかく、えすえふ、或いは、ふぁんたじー、的な経験をしながら、現在進行形で生活をしている。
第二に、今、俺が住まう場所についてだが、地球-月系のラグランジュポイント……ラグランジュポイントってのは、地球と月が作る重力場と遠心力がつり合う位置のことで、スペースコロニーを建設することができるそうだ……5に浮かぶスペースコロニー群でプラントと呼ばれている所らしい。
いや、ほんとに、そういう話しを聞くに連れて、ここがほんとに、えすえふの世界だと実感させられる。まったく、宇宙なんてテレビの映像でしか見たことがないのに実際の肉眼で確認するなんて、ねぇ。正直、今でも信じられない気分が残ってる。
初めて、宇宙空間を見たときなんて、思わず、
「えええぇぇぇっっ!」
って、自分でも吃驚するぐらいに、赤ん坊だったにも関わらず、はっきりと驚きの声に出たよ。
それはもう、一緒にいた両親がもっと驚いて、病院に連れて行かれたぐらいに……。
まぁ、結果は勿論、はっきりとした発声なんて出来るわけがないという診断だった。要するに、両親の聞き違いや空耳ということに落ち着いたってことだ。
……しかし、何で、あの時はあんなにはっきりと発音できたんだろう?
謎だ。
話を戻すとして、第三に、俺は何でも、こーでぃねいたーと呼ばれる存在らしいことだ。簡潔に言うと、受精卵を弄るとかして、遺伝子を都合のいいように弄った遺伝子改変人間と言いますか、はい。
そんでもって、俺の両親は、なちゅらるって呼ばれる俺の世界の人間とまったく変わらない普通人らしい。
……正直に言うと、遺伝子を弄ってるって聞いたとき、思わず泣き出した位に、かなり気持ちが悪くなった。
この遺伝子を弄ると言う行為はさ、確かに、子どもに苦労をしないように育って欲しいって親心もあるだろうさ。でも、それ以上に、自分の子どもはこうあって欲しい、なんていう、親の願望、ぶっちゃけ、エゴを子どもに押し付けてるんじゃないか、ってな。
でだ、この世界の両親が、なんで、俺をこーでぃねいたーにしたかというとだな。
うむ。
……両親の会話を盗み聞きして集めた情報をまとめると、何でも両親共に遺伝子疾患を抱えているらしく、子どもを作るのは絶望的だったらしい。
それでも、どうしても、二人の愛の結晶たる、子どもが欲しい。だったら、どんなに低い可能性でもいいから、方法を探そう、ということにしたらしい。
そして、辿り着いたのが人工授精と遺伝子コーディネイトだったらしい。そんでもって、両親は自分たちの遺伝子疾患を遺伝させないように治療(?)して、最低限の免疫強化といったことだけをコーディネイトしたらしい。そんでもって、受精卵を"母"の胎内に入れて、育み、出産したらしい。ついでに付け加えれば、俺を産むためにすんごい借金をしたらしい。
……なんていうか、気持ち悪いと思った自分が恥ずかしくなったと言うか、そういう可能性もあったんだなっていうのが正直なところ。
だから、俺の出生に係る話を聞いて以降は、この遺伝子コーディネイトに対する是非は保留したままだ。
……ほんと、この問題って難しいなぁ。
「あっ、ほら、アイン、お父さんが帰ってきたよ」
むっ、そうこう考えてるうちに、デブリ……宇宙ゴミのことだ……清掃業を営む"父"が乗る作業艇が帰ってきたようだ。
危険な仕事をこなして、家を支えてくれている"父"を喜ばせるためにも、俺も"母"と共にお出迎えに行くとしよう。
10/02/24 サブタイトル表記を少し変更。
10/08/31 サブタイトル表記を変更及び内容の加筆修正。
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