「都の動きに聞き耳を立てていた」。東京電力に天下りした東京都元環境局長、大橋久夫氏(65)は毎日新聞の取材に語った。固辞する元局長を翻意させてまで雇用した東電の真の狙いは、非公式情報の収集と関係改善だったという。「被災者は職さえ失ったのに何をやっているのか」。原発事故による被害に苦しむ福島県からは厳しい批判の声が起こった。【川辺康広、清水憲司、小林直】
「震災対応でぜひ相談に乗ってほしい」。昨年8月末、東電幹部が元局長に切り出した。同5月の要請も断っていた元局長はいったん辞退したが、幹部は「今だからこそお願いしたい」と食い下がった。「あの言葉が殺し文句だった」と元局長は振り返る。
東電には天下りにこだわる強い「動機」があった。
07年10月、都環境局が地球温暖化対策のため開いた産業界との意見交換会。「(企業の)自主的取り組みを前提にした改善策では効果が上がらない」。「二酸化炭素(CO2)の問題は経営に直結する。企業も東京から逃げ出す」。条例改正でCO2の排出削減を義務づけようとする都と、企業努力に委ねるべきだと主張する東電との間で激論が交わされた。結局、10年4月、厳しい排出規制を義務づけた改正条例が施行された。15年以降見直しも予定されている。東電幹部は「丁々発止やり合ったせいか、どうしても都と信頼関係が築けなかった。恋い焦がれる思いで元局長に来ていただいた」と話す。
元局長は入社後、情報収集に奔走した。「依頼はされていないが期待されていることは分かっていた。一を聞けば十を知った」と振り返る。原発事故後の電力不足を受け、都が進める100万キロワット級液化天然ガス発電所の建設計画。単なるアドバルーンか、本気か。猪瀬直樹副知事がリーダーを務める発電所プロジェクトチームの動きを探るため、後輩に電話したり都庁で会ったりした。
元局長は2月20日、「都庁の後輩から毎日新聞が取材していると聞かされ辞めた。都と東電に迷惑をかけたくなかった」と答えた。
福島県いわき市で被災者支援活動を行う渡辺淑彦弁護士は「被災者は職もなく困っている。元局長を雇う五百数十万円で3人は雇用できる」と憤り「行政との癒着体質は事故後も変わっていない」とため息をついた。
毎日新聞 2012年3月15日 2時36分(最終更新 3月15日 3時49分)