「私たちの大地が生んだウランがフクシマの人たちを苦しめている。本当に悲しい」
オーストラリア(豪州)先住民族アボリジニの女性長老アイリーンさんは、遠い日本で起きた福島第1原発事故に今も心を痛めている。豪州産ウランは原発燃料として日本などに輸出され、福島でも使われた。鉱山開発で先祖伝来の土地を奪われ、採掘中止を求めてきたアイリーンさんは今、世界中の原発廃止を訴えている。
南オーストラリア州の州都アデレードから北に約560キロ。赤茶けた砂漠の中に、国際的な大手資源企業「BHPビリトン」のオリンピックダム鉱山がある。年間約4000トンのウランを産出し、埋蔵量は世界一だ。
アイリーンさんの年齢は「90歳ぐらい」という。正確な生年月日は不明だ。この地に生まれ、野生のカンガルーを捕獲し、果物などを採集して暮らした。家は無く、樹木が屋根、大地が寝床。「でも昔はとても平和で幸福だった」と振り返る。
ところが70年代半ばに鉱山開発が始まり、広大な区域が鉄条網で囲われ、立ち入り禁止になった。アイリーンさんは「ここは私たちが先祖から受け継いだ大地。だが泉は枯れ、動物たちは姿を消し、大地は放射能に汚染されてしまった」と悲しそうに話した。福島原発事故の様子はテレビで繰り返し見たという。「日本の政府と電力会社にお願いしたい。ウランを買うのをやめ、原発を廃止してほしい」と訴えた。
周辺住民は、がんの多発など健康被害や採掘時に発生する放射性廃棄物の危険性を訴えてきたが、実態調査は行われていない。BHPビリトンは毎日新聞の取材に「放射能が危険を及ぼす事態は起きていない」と答えた。
豪州の環境問題に詳しい京都精華大の細川弘明教授(環境社会学)は「オリンピックダム産ウランの約4分の1が米国やカナダでの転換・濃縮などの過程を経て日本に送られ、福島第1原発でも使われた」と説明する。
だがウラン輸出の強化を図る豪州政府は昨年10月、オリンピックダム鉱山の事業拡張計画を承認。今後11年間で生産量を現在の4倍超の1万9000トンに拡大する計画だ。地元では新規の雇用創出やインフラ整備などへの期待も高い。
住民の中には安定した収入を得て子供たちに良い生活をさせたいという思いもある。鉱山で働く40歳代のアボリジニ男性は「ウランがあったことは不幸だが、鉱山と共存するしか道は無い」とあきらめ顔で語った。【オリンピックダム(オーストラリア南部)で佐藤賢二郎】
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東日本大震災から1年。世界はどう変わったのか。人々は日本にどんな思いを寄せているのか。「震災後」の世界各地から報告する。
毎日新聞 2012年3月13日 東京朝刊