シシ神の申子 もののけ姫
第6章
暗い森よりもっと深く
帯のように広がった星は ここからはぼやけて見える
6
橙色に揺らめく蝋燭が少し肌寒い夜を包んでくれる。
「別に、たいしたことじゃないよ。」
もう何回そう言っただろう。どちらかと言わなくても責任を感じる。
「あたしは、あのイノシシの怨念を見落としてたんだもの。あんたに呪いが及んだのは、あたしの責任でもある。」
まさか怨念が移動していただなんて。
「##ツララ##の責任ではない。それに、さっきはおかげで助かった。」
真剣な表情が少しも緩まない。どことなく逃げ腰になってしまう自分が情けない。
さっき。アシタカの右腕は、今は何ともない。近付いただけで身が切れそうな怨念も今は感じない。
「たいしたことじゃない。」
本当にそう。癒しを与えることはできても、呪いを消すことはできない。
そんな瞳で見ないでほしい。苦手だ。その眼に映るのが、怖い。
なのに・・・・
「でも・・・・辛くなったら言って。」
どうして こんなんことを言ってしまうんだろう。
ボソリとあたしがそう言うと、アシタカは一瞬少し驚いたように肩を竦めた。
そうかと思えば、糸が解けるように表情が緩み目元が柔和に細められた。
「ありがとう、##ツララ##」
昼間に見たあの笑顔よりずっと優しくて、あたしはまた言葉を失った。
なかなか寝付けず、何度も寝返りをうつ。
瞼の裏の暗がりにぼんやりと垣間見える眼。
シシ神様のと似ているけれど全然違うそれ。鬱陶しいくらい焼きついて離れない。
カン!カン!カン!
だいぶ意識が薄らいできたころ。突然鳴り響いた警戒音に飛び起きた。
屋敷の外から走り回る音や喚く声が大きく聞こえる。
「上だ!」
「かがり火を増やせ!外へ逃がすなっ。」
ゴンザの荒い声がすぐ側で上がる。
「##ツララ##殿、起きているか。」
すだれの向こうからエボシ様が呼びかけてきた。羽織を引っ掛け、すぐに表へ出る。
すでにあちこち白い煙が上がり、焦げた匂いが立ち込めていた。
「・・・・もののけ姫、ですか。」
「そのようだな。」
さらりと返された言葉にも違和感を覚えたが、エボシ様の行動にも不可思議なものを感じた。
いつもなら、彼女はあたしを呼びに来たりしない。襲撃があると、あたしは単独で避難していた。その方が目立たないからだ。そして必ずトキさんたちの作業場へ身を寄せる。そういう指示だから。
「一人か。」
「よほど追い詰められたと見えます。エボシ様を狙ってのことでしょう。」
「仕方がない・・・・来なさい。」
凛とした余裕を崩すことなく、エボシ様は女房さんたちを振り返る。
険しい顔で石火矢を担いだ女房さんたちが後に続く。
トキさんたちの所へ行くべきなのか戸惑った。が、そんなあたしを見てエボシ様は足を止めた。
「##ツララ##殿も私と。」
そう促され、頷くしかできなかった。何か策があるのだろう。
広場の中央をかがり火が取り囲む。エボシ様は輪の中に進み出ると、深く息を吸い声を張る。
「もののけ姫、聞こえるか。私はここにいるぞ。」
火の跳ねる音と風鳴りが辺りを引き締める。
「お前達が欲しがっている##ツララ##も一緒だ。」
なるほど。あたしとエボシ様は囮ということか。
サンとエボシ様が目の前で戦うのを見なくてはならないのだろうか。
そう思うと複雑で気が気じゃない。今夜、どちらかが討ち取られるかもしれない。
出て来い、と凄む女房さんが石火矢を握り締める。
できることならサンには出てきてほしくない。きっとこれは罠だ・・・。
しかし、あたしの願いを裏切って、その影は姿を見せた。
白い煙に霞んだ屋根の上、ゆらりとサンが立ち上がる。
「いたぞーっ!」 「あんな所にいやがるっ。」
石火矢衆が四方八方から構える。あっちにも こっちにも、見渡せる範囲だけでもかなりの数の石火矢がサンに狙いを定めている。
「・・・・。」
さすがに焦りを隠せない。おそらく、ひとたまりもないだろう。
「山犬の姫、森へ帰れ!みすみす死ぬな!」
さほど距離のない同じ屋根にアシタカの姿を見た。
大声で説き伏せようとするものの、サンは動じない。その言葉がとどいていないかのように微動だにしない。
「アシタカ・・・。」
か細い呟きがこぼれた。
「あいつ、やはり。」
「好きなようにさせておけ。」
静かに、しかし何か企むようにエボシ様が囁く。
はっきりと聞こえる遠吠えに緊張感が走る。
「##ツララ##殿は下がっていなさい。」
遠吠えを合図に、サンが勢いよく屋根を駆け下りてきた。
「あっ!」
思わず短く悲鳴を上げてしまった。無数の銃声、焦げた匂いと飛び散る木片。
力なく転がり落ちてくるサンから目が離せなかった。
皆が一斉に沸いて、嬉々としてゴンザが先頭をきって駆け出そうとする。
「落ちたとこを狙いな。」
動くな、と威圧的に声を上げたエボシ様は、顔色を変えず指示を下す。
「放て!」
空気を裂くような鋭い号令が響き渡り、灰色の煙の中で陶器やら木片が一瞬にして砕け散った。
どうして こんなことを繰り返すのだろう。
今、あたしの目の前で繰り広げられている光景は一番見たくないものだった。
やめて。そう叫びたかったが、微かに唇が開いただけだった。
あたしはいつの間にか座り込んでいて、二人の刃が交わるのを目の当たりにするしかなかった。だから気付かなかった。
「・・・・##ツララ##。」
呼ばれてやっと気がついた。差し伸ばされた彼の手。
「立てるか。」
黙って頷き、差し出された左手をとる。
反対の右腕には、怨念が蛇のように絡みつきうねっていた。
「あたしは・・・平気。それより止めたい。」
声が震えていたかもしれない。
無表情の憤りの中、彼が微かに微笑んだような気がした。
そして一瞬だけ、きゅっとあたしの手を握ると、渦中へと消えていった。
それから幾分もしないうちに、人だかりからどよめきと悲鳴が上がった。
眠ったようにぐったりとしたエボシ様を女房さんたちが抱えている。一方、サンも彼女同様ぐったりと意識を失い、アシタカに担ぎ上げられていた。
何がどうしたのか飲み込めなかったが、一先ず戦いは止んだようだ。
あまりの安堵に周りの声や音が遠のいていく。
が、それも束の間のことだった。
ドォォン!!
盛大な銃声が鼓膜を突き刺し、あたしは反射的に顔を跳ね上げた。
「っっ・・・・!?」
この目に飛び込んできた光景に、息さえ忘れた。
アシタカが撃たれた。
鮮血が暗闇に散り、足元に流れ出る。にも関わらず、その歩みは止まらない。
「アシタカっ!」
やっと振り絞った声は、もはや彼にはとどかず、足跡のかわりに血痕が点々と地面を濡らしていた。
帯のように広がった星は ここからはぼやけて見える
6
橙色に揺らめく蝋燭が少し肌寒い夜を包んでくれる。
「別に、たいしたことじゃないよ。」
もう何回そう言っただろう。どちらかと言わなくても責任を感じる。
「あたしは、あのイノシシの怨念を見落としてたんだもの。あんたに呪いが及んだのは、あたしの責任でもある。」
まさか怨念が移動していただなんて。
「##ツララ##の責任ではない。それに、さっきはおかげで助かった。」
真剣な表情が少しも緩まない。どことなく逃げ腰になってしまう自分が情けない。
さっき。アシタカの右腕は、今は何ともない。近付いただけで身が切れそうな怨念も今は感じない。
「たいしたことじゃない。」
本当にそう。癒しを与えることはできても、呪いを消すことはできない。
そんな瞳で見ないでほしい。苦手だ。その眼に映るのが、怖い。
なのに・・・・
「でも・・・・辛くなったら言って。」
どうして こんなんことを言ってしまうんだろう。
ボソリとあたしがそう言うと、アシタカは一瞬少し驚いたように肩を竦めた。
そうかと思えば、糸が解けるように表情が緩み目元が柔和に細められた。
「ありがとう、##ツララ##」
昼間に見たあの笑顔よりずっと優しくて、あたしはまた言葉を失った。
なかなか寝付けず、何度も寝返りをうつ。
瞼の裏の暗がりにぼんやりと垣間見える眼。
シシ神様のと似ているけれど全然違うそれ。鬱陶しいくらい焼きついて離れない。
カン!カン!カン!
だいぶ意識が薄らいできたころ。突然鳴り響いた警戒音に飛び起きた。
屋敷の外から走り回る音や喚く声が大きく聞こえる。
「上だ!」
「かがり火を増やせ!外へ逃がすなっ。」
ゴンザの荒い声がすぐ側で上がる。
「##ツララ##殿、起きているか。」
すだれの向こうからエボシ様が呼びかけてきた。羽織を引っ掛け、すぐに表へ出る。
すでにあちこち白い煙が上がり、焦げた匂いが立ち込めていた。
「・・・・もののけ姫、ですか。」
「そのようだな。」
さらりと返された言葉にも違和感を覚えたが、エボシ様の行動にも不可思議なものを感じた。
いつもなら、彼女はあたしを呼びに来たりしない。襲撃があると、あたしは単独で避難していた。その方が目立たないからだ。そして必ずトキさんたちの作業場へ身を寄せる。そういう指示だから。
「一人か。」
「よほど追い詰められたと見えます。エボシ様を狙ってのことでしょう。」
「仕方がない・・・・来なさい。」
凛とした余裕を崩すことなく、エボシ様は女房さんたちを振り返る。
険しい顔で石火矢を担いだ女房さんたちが後に続く。
トキさんたちの所へ行くべきなのか戸惑った。が、そんなあたしを見てエボシ様は足を止めた。
「##ツララ##殿も私と。」
そう促され、頷くしかできなかった。何か策があるのだろう。
広場の中央をかがり火が取り囲む。エボシ様は輪の中に進み出ると、深く息を吸い声を張る。
「もののけ姫、聞こえるか。私はここにいるぞ。」
火の跳ねる音と風鳴りが辺りを引き締める。
「お前達が欲しがっている##ツララ##も一緒だ。」
なるほど。あたしとエボシ様は囮ということか。
サンとエボシ様が目の前で戦うのを見なくてはならないのだろうか。
そう思うと複雑で気が気じゃない。今夜、どちらかが討ち取られるかもしれない。
出て来い、と凄む女房さんが石火矢を握り締める。
できることならサンには出てきてほしくない。きっとこれは罠だ・・・。
しかし、あたしの願いを裏切って、その影は姿を見せた。
白い煙に霞んだ屋根の上、ゆらりとサンが立ち上がる。
「いたぞーっ!」 「あんな所にいやがるっ。」
石火矢衆が四方八方から構える。あっちにも こっちにも、見渡せる範囲だけでもかなりの数の石火矢がサンに狙いを定めている。
「・・・・。」
さすがに焦りを隠せない。おそらく、ひとたまりもないだろう。
「山犬の姫、森へ帰れ!みすみす死ぬな!」
さほど距離のない同じ屋根にアシタカの姿を見た。
大声で説き伏せようとするものの、サンは動じない。その言葉がとどいていないかのように微動だにしない。
「アシタカ・・・。」
か細い呟きがこぼれた。
「あいつ、やはり。」
「好きなようにさせておけ。」
静かに、しかし何か企むようにエボシ様が囁く。
はっきりと聞こえる遠吠えに緊張感が走る。
「##ツララ##殿は下がっていなさい。」
遠吠えを合図に、サンが勢いよく屋根を駆け下りてきた。
「あっ!」
思わず短く悲鳴を上げてしまった。無数の銃声、焦げた匂いと飛び散る木片。
力なく転がり落ちてくるサンから目が離せなかった。
皆が一斉に沸いて、嬉々としてゴンザが先頭をきって駆け出そうとする。
「落ちたとこを狙いな。」
動くな、と威圧的に声を上げたエボシ様は、顔色を変えず指示を下す。
「放て!」
空気を裂くような鋭い号令が響き渡り、灰色の煙の中で陶器やら木片が一瞬にして砕け散った。
どうして こんなことを繰り返すのだろう。
今、あたしの目の前で繰り広げられている光景は一番見たくないものだった。
やめて。そう叫びたかったが、微かに唇が開いただけだった。
あたしはいつの間にか座り込んでいて、二人の刃が交わるのを目の当たりにするしかなかった。だから気付かなかった。
「・・・・##ツララ##。」
呼ばれてやっと気がついた。差し伸ばされた彼の手。
「立てるか。」
黙って頷き、差し出された左手をとる。
反対の右腕には、怨念が蛇のように絡みつきうねっていた。
「あたしは・・・平気。それより止めたい。」
声が震えていたかもしれない。
無表情の憤りの中、彼が微かに微笑んだような気がした。
そして一瞬だけ、きゅっとあたしの手を握ると、渦中へと消えていった。
それから幾分もしないうちに、人だかりからどよめきと悲鳴が上がった。
眠ったようにぐったりとしたエボシ様を女房さんたちが抱えている。一方、サンも彼女同様ぐったりと意識を失い、アシタカに担ぎ上げられていた。
何がどうしたのか飲み込めなかったが、一先ず戦いは止んだようだ。
あまりの安堵に周りの声や音が遠のいていく。
が、それも束の間のことだった。
ドォォン!!
盛大な銃声が鼓膜を突き刺し、あたしは反射的に顔を跳ね上げた。
「っっ・・・・!?」
この目に飛び込んできた光景に、息さえ忘れた。
アシタカが撃たれた。
鮮血が暗闇に散り、足元に流れ出る。にも関わらず、その歩みは止まらない。
「アシタカっ!」
やっと振り絞った声は、もはや彼にはとどかず、足跡のかわりに血痕が点々と地面を濡らしていた。
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