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被災地のワタミ系コールセンター 時給を645円にした理由(NEWSポストセブン)
被災地では、どこも仕事がなく、雇用と収入が大きな問題になっている。失業給付が支払われるのは、最大6か月間。厚生労働省によると、2月の段階で失業給付が切れた被災者3510人のうち、約74%が再就職先が決まっていない。
岩手県陸前高田市などを管轄する「ハローワーク大船渡」によると、昨年12月の求人倍率は0.65倍と依然厳しい。中でも「希望が多いのは、サービス業や事務職。ただ、求人は少ない」(ハローワーク大船渡)状況だという。
まぁ、圧倒的に優遇されているはずの新卒者ですら就職難なのですから、失業して再就職しようとする人の行き場がないのは当たり前、ましてや震災前から首都圏に比して求人の少ない東北の話です、むしろ再就職先が決まらない方こそ普通なのかも知れません。求人倍率0.65倍というのは昨今の日本であれば相対的には悪くない数値に見えますけれど、復興に伴う建設業などの臨時雇いによって押し上げられている数値と推測されます。いかに規制緩和によって非正規雇用の口が増えようとも新卒者がそれを避けるように、被災地の求職者もまた将来的な保証のない仕事は敬遠するものです。真面目に働こうと考えている人であれば、それもまた当然のことですね。しかし、長期雇用が見込める就職先は減るばかり……
そんななか、2月1日に同市竹駒町に「陸前高田受付センター」が開設された。居酒屋チェーンを展開するワタミグループが高齢者や子育て家庭向けに始めた食事の宅配サービス「ワタミタクショク」が運営するコールセンターだ。(中略)
「時給は最低賃金の645円でした。でも、この沿岸部に、コールオペレーターの仕事をつくってくれるだけで感謝です。月曜から金曜まで、朝9時から昼3時まで働いています。子供が学校から帰ってくるころに、家に戻れるのがうれしいですね」(金野さん)
陸前高田受付センターでは、2月の開業に合わせて被災者72人(うち男性1人)が採用された。同社の川村功統括センター長がこう説明する。
「会長の渡邉美樹が陸前高田市の参与に就いた関係から、雇用を創出しようと高田につくることになったのです。時給を最低賃金の645円でスタートさせたのは、周辺の需給バランスが崩れると、他の企業が参入しにくくなるからです。時給は就労状況で上がっていくシステムになっています」
コールセンターは業務の性質上、顧客との地理的な近さを必要としないため僻地に設けられがちです。人件費の安い沖縄に作られたり、時には中国など海外に作られたり。業界によって(PC関係とか)はサポートセンターが海外で日本語が通じないなんて話も珍しくありません。しかるに中国の人件費はうなぎ登り、ましてや電話だけで日本人顧客の話すことを正確に理解できるだけの語学力を持った人材を雇おうとなると当然のように給与相場は上昇してしまいます。時には現地のコールセンターで働いてくれる日本人を、現地水準の給与で募集していたりする会社も多々あるのですが、言うまでもなく中国人と同等の給与を得るために敢えて中国へ渡る日本人は決して多くないようです。
そんなわけで、低賃金で容易に日本語ネイティブを確保できるとして沖縄県はコールセンターの誘致に力を入れていたりもします。しかしまぁ、低賃金を当て込んだ事業者を招かなきゃならないってのも嫌な話です。そして沖縄の強力なライバルになりそうなのが、東北の被災地域なのでしょうか。なんと時給は645円、しみったれた雇用主でも端数は切り上げて650円で人を雇うところが多いであろうと推測される中、ぴったり最低賃金の645円で被災者を買い叩こうとしている事業者がいるわけです。
電力会社だったら、もうちょっと出してくれるだろうなと思うのですが、限度いっぱいまで賃金を抑え込む事業者もいます。しかし、被災地には十分な仕事がありません。そのせいもあってか「コールオペレーターの仕事をつくってくれるだけで感謝です」と感じる人もいるようです。まぁ、派遣などの非正規雇用もそうですけれど家計扶助的な立場で働く人にとっては必ずしも悪くないように見えるところはあるのかも知れません。収入が年間103万円を超えない程度に働きたい人には、昨今の雇用情勢は意外と悪くないのでしょう。しかし、自分の稼ぎで生活しなければならない人にとっては暗澹たる状況が続いています。
どのみち、他に選択肢と呼びうるものがあるわけでもないのなら、時給645円の仕事でも受け入れざるを得ない状況ができあがるわけです。他に就職先があるのなら、より高給の職場に労働力は流れていくものですけれど、他に仕事がない、あるいは他所も同レベルなら時給645円という超低賃金が成り立ってしまうのです。そしてワタミの担当者曰く「時給を最低賃金の645円でスタートさせたのは、周辺の需給バランスが崩れると、他の企業が参入しにくくなるから」とのこと。
基本的に日本人は競争が好きなのだと思います。とかく「競争原理を導入せよ」みたいな言説は、内容もろくに検討されないまま受け売りされがちですし、競争させれば物事が良くなると素朴に信じている人も少なくありません。一方で国際競争には否定的、外国企業を日本に対する侵略者として脅威を煽っては身勝手な保護主義を振りかざす人もまた目立ちますが、そんな人でも国内の競争に晒されて「いない」とされる業界/職種に対して一貫した態度を取っているかは怪しいものです。例によって公務員や電力会社など、競争に晒されていないとされる企業や組織に対しては、安易な競争原理の導入に懐疑的な態度を取っている人でも、いわば別腹扱いなのでしょう。公務員は/電力会社は競争に晒されていない――と、そういう枕詞から対象の全否定に走る人も多いわけです。
しかるにワタミの「周辺の需給バランスが崩れると、他の企業が参入しにくくなる~」は、いかがなものでしょうか? 実に率直な、競争否定でもあります。端的に言えば、カルテルの発想ですね。価格カルテルとかは普通に耳にしますけれど、これは給与カルテルとでも呼ぶべきものです。普通に考えれば労働力の確保だって競争であり、高い給与を出したところが優秀な従業員を集め、競争に勝ち抜いていくものですけれど、そう「ならないように」ワタミは配慮しているわけです。こうしたワタミの気配りのおかげで、同地域の他の事業者も最低賃金ギリギリの給与で労働者を集められる、従業員確保のために賃金を増額する必要もなくなる、待遇を競う必要もなくなります。これで雇用主の利益はバッチリですね!
同地域で人を安く雇いたい事業者にとって、ワタミの配慮はありがたいものなのかも知れません。ワタミの提唱する賃金カルテルに他の事業者も同調すれば、まさに競争することなく労働力を買い叩ける雇用主の楽園ができあがることでしょう。とはいえ、いかに人件費を抑え込むことが簡単になっても、他の企業と競わずに済むのは人を安く雇おうとする場面だけ、自社の売り上げを伸ばす上では競争からは逃れられません。ワタミのような大企業に潰される会社も少なくないはずです。果たしてワタミのビジネスが被災地の小規模事業者とぶつかり合う場面はないと言えるでしょうか。競合他社を圧迫しつつ、賃金抑制の面では率先して談合を呼びかける、そうしたワタミの手法が許されるようなことがあって欲しくないものです。