東京電力福島第1原子力発電所で広がった放射能による健康への不安が尽きない。福島県は約200万人の全県民を対象にした健康調査に取り組む。事故直後から被災地に入り、調査のまとめ役を務める福島県立医科大学の山下俊一副学長に調査の状況などを聞いた。
――事故直後は混乱した。
山下俊一・福島県立医科大学副学長
「情報がなかった。ICRP(国際放射線防護委員会)も100ミリシーベルトも知らない。当初の1カ月はしょうがない。私は3月18日に福島県に入ってたたかれた。間違ったことは言っていないし、たたかれることは何とも思っていない。リスク管理のマニュアルがしっかり作られてなく、それに対する情報発信が前もってできていなかった」
「避難区域の見直しもきめ細かな説明が必要だった。私が前線で働いて後ろから鉄砲で撃たれる状況だった。国の検討会に入ると御用学者と言われた。県と国をつなぐ人がいなかった。国は加害者で、県は被害者。いろいろな問題があったけれども、役割は果たせていると思う」
――「ニコニコすれば放射能はこないよ」と話した真意は。
「発言したのは昨年3月21日、福島市での講演会。会場は多くの人であふれ、異様な雰囲気だった。みんなマスクをして笑いを出すような雰囲気が全くない。緊張の極限だった。緊張状態が最も健康に悪いので、ああいう発言をした。こんなに不安な状況で『分からんから心配しましょう』とは言えない。私の発言で一部の人は怒ったかもしれないが、大部分の人は理解してくれたと思う。講演会が終わった後、多くの人が相談に並び、県民の生の声を実感した」
――福島県民の健康調査を進めている。
「昨年5月に検討会を立ち上げ、基本調査と詳細調査を始めた。基本調査は205万人に問診票の送付が終わり、これまでに回収率は21%。被曝(ひばく)リスクのある浜通りの3万人の方からは五十数%の回答を得ている。詳細調査では子供の甲状腺検査を昨年10月中旬から始めた。対象は3万5000人で受診率は82%。2年半の間に、事故時におおむね18歳以下だった約36万人を調べたい。今後は県内外に拠点を設けてどこでも調査が受けられるようにしたい」
「心のケアも進めている。避難地域にいた21万人が対象で、小中高校生用の問診票も配布した。臨床心理士や精神科の医師が対応していく。妊産婦1万6000人にもアンケート用紙を配った。放射線に対する心配は放射線科、一般的な悩みは産婦人科の医師が受ける。今後、福島で子供を産んで育てていく方にも対応したい」
「県民の方にはこれらの結果を伝える健康ファイルを配る。県民健康管理事業への理解と、医師関係者のコミュニケーションのツールとして利用してもらう。中長期にわたって、しっかりと見守っていきたい」
――これまでの調査結果は。
「これまでに事故から4カ月間の推定被曝線量を1万人の方々について報告した。ほとんどの方が10ミリシーベルト以下だった。ただ、23ミリシーベルトの方がいたので継続的にフォローしていく。内部被曝も推定していく。残りの四十数万人の方も今後結果をまとめたい」
「甲状腺検査は昨年12月までに3765人が終わった。大人の診断基準が当てはまらず、子供の超音波診断を見た医師は少ない。そのため精度管理が必要になる。過剰な診察や誤診を防ぐため、外部の委員会で標準的な診断基準をつくり、検査結果を評価した。その結果、一定以上の大きさの結節(しこり)などが見つかり2次検査が必要になった方は全体の0.7%の26人だった。3月中旬にも2次検査を始める」
――2次検査に行った方の評価は
「被曝量は圧倒的に少ない。ただ、線量の評価が間違っているかもしれないし、高い被曝をした方もいる。甲状腺がんは何万人に1人の確率でいるため、それが見つかった時の説明が大切だ。放射線の影響はすぐには出ない。チェルノブイリ原発事故では4~5年後、それも100ミリシーベルトを超えた方ばかり、そういう意味も含めて説明が重要になってくる」
――外部被曝の評価は
「まだ4カ月間しか評価できていないが、最初の2週間は放射線量が高かった。個人の被曝線量をまず知ってもらうことが大切。これまで何度も言ってきたけれども100ミリシーベルト以下は発がんリスクの上昇は見られていない。今後、日常生活では被曝しないよう注意することが大切だ」
「今後は急性の大量被曝はほとんど考えられない。低線量の慢性被曝を防ぐ必要がある。除染とのペアで考えている。放射線が高いところがあれば除染する。ガラスバッジで高い人がいたら、環境を調べて生活指導していく。内部被曝を調べるホール・ボディー・カウンター(WBC)でしっかりチェックする。手洗いなどの生活指導も大切。教育、講習会など地域での対話を通じて、住民の安心とリスクを知る手掛かりになる」
――心の健康の不安が尽きない。
「1番難しい問題で、教科書はない。カウンセリングやケアが欠かせない。放射線の相談外来をつくり、精神科や臨床心理士などが個別対応していく」
――今後の計画は。
「国からしっかりした経済的な支援がなければ長期的な追跡ができない。調査体制の整備やデータベースの構築、精度の管理が欠かせない。全国にも拠点を設けて、生涯一カルテのようなデータ管理が必要だ。これを『福島モデル』として対応したい。今後30年間追跡していくには県民の方々に関心を持ってもらうことが大切。5年後が課題だ。今後は自主的に参加できるような仕組みも作りたい」
(聞き手は福島支局長・竹下敦宣)
山下俊一、福島第1原子力発電所、東京電力、福島県立医科大学、国際放射線防護委員会
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