桐山宏二は、大手広告代理店の博通堂に勤めるサラリーマンだ。 若手のエリートとして社内での評価も高く、業界にも顔が利く存在になりつつある。そして顔立ちも育ちも悪くはないので、当然の如く、遊びにも慣れていた。 今夜は、売り出し中のグラビアアイドルやモデルたちとの飲み会だった。 「桐山さーん、遅いっすよ」 「おう、悪い」 店の前で待たせていた会社の後輩たちと合流して、暖簾をくぐる。 店構えは普通の居酒屋だが、有名な会社の社長が別名義で経営している店で、奥に広めの個室があるので芸能人と遊ぶときはよく一次会に使っている。 同じ系列で運営するバーやカラオケに移動するときには裏から車を回してくれるし、社長の持ってるマンションも空いてれば貸してくれるので、ヤリパーティだってし放題だ。 この手の女の子と遊ぶときはいつもこの店からで、そして、最近では週一くらいで利用していた。 「先輩、今日はルッキーナ来てますよ。やばくないすか?」 「なにが?」 「いやいや、彼氏が吉元のテルポンでしょ。事務所同士も公認でさんざんテレビでネタにして稼いでるじゃないですか。うちが手ぇ出したことバレたら会社問題にならないすかね?」 「関係ないよ。別に悪いことしてるわけじゃないし」 「ですが……」 「どうせ、いずれは全員こっち側さ。その前に、俺らで押さえられるコマは押さえておかなきゃなんないんだよ。例の尻振り5人組は俺らには無理っぽいからな。別のコマで勝負しないと」 「そうっすね。あっち系のタレントにはうかつに手ぇ出せないっすもんね。ルッキーナで勝負かけますか」 「まあ、どんなタマか見てからだけどな」 顔見知りの店員に軽い挨拶をして、奥の個室へ進んでいく。 すでに女の子たちの方は全員揃っていて、グラスも数杯空けた後のようだった。 「おっせーぞ、桐山!」 「わりー、ルッキーナ。遅くなってゴメンな?」 「いいよ、いいよー! 桐山さん来てくれて嬉しい!」 「お、サンキュ−、ユキ。そういや、こないだのグラビア良かったわ。会社で勃っちゃったよ」 「うっそ、ヤバいじゃん。今晩抱いていいよ!」 「ハハ、うし、やるか!」 「黙れヤリチン、うぜーよ。いいからさっさと座れ、桐山。呑むぞ呑めよ!」 「はいはい」 絡んでくるルッキーナを適当にあしらい、正面に座る。 彼女のキャラは毒舌が売りだ。 彼氏のテルポンをカメラの前でどついたり、靴を舐めさせたりのドSとドMのカップルをネタにしている。 なので桐山もいちいち腹を立てるような寒いマネはせず、軽くウケ流して最初のビールに軽く口を付ける。 対面一列に並ぶ女の子たちを見渡す限り、やはりテレビ露出の多いルッキーナが一番光ってる気がした。 そこそこの雑誌で水着になる程度のタレントと、ゴールデンにもレギュラーのあるタレントでは、やはりオーラが違う。時流に乗ってる人間というのは、仕事の時以外でも無駄に光って見えるものだ。 このメンツを見比べると彼女になるだろうな、と桐山は思った。 でも、彼女が本当に相応しいかどうかは、まだわからない。 「じつはさ、ここの社長が今日はすっげメニュー用意してくれるって」 「え、なになに?」 桐山は、さっそくカバンの中から黒い革の冊子を取り出す。 知ってる者なら、すぐわかる本だ。 ろくに女の子たちと会話も遊んでないのに性急だな、と後輩たちは顔を見合わせる。 せっかくいい線のタレントが揃ってるのに。昔の桐山だったら、この中の2、3人は適当に口説いて、確実に1人か2人はお持ち帰りするコースだ。 それがルッキーナ級のタレントであることも珍しくない男なのに、近頃では、すっかり“真面目”になってしまったなと、後輩たちは呆れ半分で彼のすることを見守る。 「スペシャルメニューだからさ。メニュー表も特別だよ」 「なんかやばそー」 「やべぇよ、マジで。開いてみてよ」 「いただきまーっす」 桐山は、あくまで軽い表情を装いながら、女たちの顔色をじっくり観察する。興奮を感じる自分を抑えるのが大変なくらいだ。 女が教典を開く。打たれる。目覚める。心を開く。 いつ見てもヌケる顔だと桐山は思う。 自分のことを第一に愛しているバカな女たちが、価値観をぐるりと変貌させていく課程はひどく扇情的だ。下品なメイクと派手な服で「可愛い自分」を必死で作ってきた女たちが、自らの愚かさを懺悔して涙を流し、これからは全てを神と教祖に捧げると誓い、そして、悟ったように浮かべる聖なる微笑み。 貴くて、有り難くて、ヌケる顔だ。 「さて、そんじゃ改めて自己紹介しますか。俺は×××教の『第3級天使』の桐山だ。博通堂の桐山ってのは過去の人なんで、よろしくゥー」 女の子たちは、ハッと目を見開き、居ずまいを正して桐山に頭を下げた。 会社の後輩たちも、同じように桐山の前で姿勢を改めている。 「お前たちは今日から教団の財産だ。とりあえずの管理は俺がする。いいな?」 「はい、桐山天使さま」 「じゃ、メシ食ったら行くか。社長のマンションを一晩借りてる。そこで『品定め』させてもらうぞ」 4人の女性タレントと、3人の男性。 黙々と食事をする途中で、桐山は女たちに口移しで酒を飲ませてみた。この中の1人とは前に寝ているが、他の3人とはまともなキスもしたことがない。 ルッキーナが上手だった。後輩たちとさせても同じ意見だった。 やっぱり教祖に捧げる女は彼女で決まりかな、と桐山も思い始めていた。 「脱げ」 マンションに移動した後、桐山は女たちを並べて服を脱がせる。 そして、愕然としてしまった。 「お前、なんだよ、その腹はッ!?」 ルッキーナはモデル出身だけあって、スタイルも抜群だった。 だが、妙に生地の大きい下着を脱ぎ捨てると、彼女の下腹部、主に股間の周りにタバコを押し当てたような火傷跡や、縄で擦れたような傷跡が残っているのだ。 「彼氏、じつは超ドSなんです。私も本当はドMだし」 桐山は心底、落胆した。このような傷物は教祖の前に出すどころか、それ以前の審査でも落とされる。 有名人や見た目の良い女ならば、誰でも教祖の慰み者になれた時代はとっくに終わっていた。 もうじき信徒が30万人に届こうとするまで巨大化した教団では、教祖に捧げるべき女性は、全て「審査部」の判定にかかっている。 かつてフェミニズムの第一人者で、今や「教祖様のための女性論」に転じた女性大学教授を筆頭に、世界的なモデルやデザイナー、ミスコンのナショナルディレクター、元AV男優にアイドルプロデューサーなど、多方面からの厳しい審査によって選ばれるシステムになっていた。 テレビのキャラとは裏腹のドMプレイも意外な売りにはなるだろうが、体にここまで「オトコ」の痕跡を残されては、絶対に審査員は良い評価をしないだろう。 「最近バラエティばっかりでグラビアやらないと思ったら、そういうことかよ……」 「あ、グラビアも出来ます。フォトショとかすればいいし」 「そういう問題じゃねぇよ。事務所がやらすわけねぇだろ、バカ」 頭痛を起こしたこめかみにぐりぐりと指を押し込み、桐山はため息をついた。 他の3人も悪くはないが、しょせんはB級だ。近頃は素人でもこのくらいのレベルはゴロゴロしている。 教祖が抱くのは、もっと上の女だ。 「はぁ、もういいわ。おい、女ども。今夜は俺の部下どもと仲良くセックスでもフェラでもしてやれ。命令だ」 「はーい」 「すいません、桐山さん! ゴチになります!」 「あぁ……好きにしろよ、もう」 教団では、『信徒』も『天使』も教祖の財産であり、たとえ天使でも勝手に信徒を犯すことはできない。 しかし、『第3級』以上の実績を持つ者なら、自分の堕とした『信徒』に限り、審査部提出前に一夜だけの『品定め』が許される。 もちろん審査に合格させる自信のある女なら、こんな風に乱暴な『品定め』はしない。女の評価は連れてきた者の評価にもなるからだ。教祖様が抱くと思える女には『品定め』すら必要ない。むしろ宝物のように大事に扱い、手を出したりしないのが普通だ。 つまり桐山にとって、今夜のパーティはさんざんな失敗だ。 乱交を始める後輩たちをよそに、どっかりとソファに腰掛け、ウイスキーをあおってタバコに火をつけた。 「桐山さんはやらないんすか? 面白いっすよ、コイツ」 ドMのルッキーナを四つんばいにして犯している後輩が、彼女の尻を指して笑う。そこに跡が付くほどの張り手をすると、嬉しそうに彼女は鳴くのだ。 「くだらね。言ったろ、俺はもうそんな低俗な女には興味ねぇんだよ」 「そっすよね、桐山さんは、大天使様ひとすじ、ですもんね」 桐山の脳裏に、彼女の姿が浮かぶ。 ある日、突然教祖がどこからか連れてきて、教団の最重要ポストに就けた謎の少女。 ―――星置薫。 「でも、さすがの桐山さんでも、大天使様とヤルのは厳しいっすよ」 「ふざけんな、コラ!」 軽口を叩く後輩に氷を投げつけ、桐山は激昂する。 例え冗談でも、彼女を汚すような下品な想像は誰にも許したくはなかった。 「あの御方は……そんな人じゃない。あれは、本物なんだよ」 「本物?」 胸に詰まる想いを、桐山は口には出さなかった。 信徒の中でも低俗な連中は、彼女のことを不審に思ったり、教祖様の特別な寵愛を妬ましいと言う者も少なくない。 だが、桐山にとってはそんな低レベルな話はどうでもいいことだ。 実際、ある程度の位の高い役員にもなれば、誰も彼女のことを悪く思う者はいない。 彼女は本物だ。 あの容姿も、あの頭脳も、強引な手腕も卓越した読みも度量も全て本物。 本物の―――、天使だ。 「俺はもう、女は抱けない。人間の女なんて抱いて自分を低俗な男にしたくないからな。俺も……いつか本物になりたいんだよ」 後輩たちは、もう桐山の言葉を聞いていない。目の前の芸能人たちを好きに犯せる夜を、心から楽しむことにしたらしい。 桐山は、フッと笑みを漏らして天井を漂う煙を見上げる。 最後のパーティは失敗だったが、来週からの仕事を思えば、機嫌はかなり良くなった。 新しいプロジェクトが動き出し、自分はその中で重要なポジションを任されている。しかも、星置大天使様の直命だ。 桐山は、彼女のためなら働ける幸福を、神と教祖に感謝した。 ×××教の信徒が40万人を突破した頃、樋口珠梨は17才になり、デッサン教室で男たちにパンツを見せていた。 歓楽街の外れにある貸しビルの一室で、数千円払って一日会員になれば、制服を着た少女たちをモデルに写生ができる。 写生と射精をかけているのはギャグのつもりなんだろうかと思いながら、珠梨は数名の女子高校生の格好したモデルに混じって、足を開いて床に座り、ケータイでゲームをしていた。 男の家を渡り歩く生活は、上手くいかなくなっていた。 別の女が絡んできたり、男が本気になって泣きついてきたり、彼女が住むところを探していると聞きつけた昔の男たちが競い始めたり、かえって不自由になってきていることを感じて、珠梨は自立を決心した。 彼女は自由を愛している。夢も希望もたいしてないが、せめて「軽やかに生きたい」とだけ切実に思っている。 この店のオーナーに頼んでアパートを借り、念願の一人暮らしを始めることにした。 家具も満足にないし、生活費もギリギリだが、それでも珠梨にとっては大事な自由がそこにはあった。 服も、制服以外には数着しか着られるものはなかったが、なんとか誤魔化してオシャレもしている。長かった金髪もばっさりショートに切ってしまったが、それは逆に彼女の整った顔をくっきりと際だたせた。 お金はなくても大丈夫なんだと、珠梨は初めて知った。 デッサン教室のときは、茶髪で緩いパーマのウィッグを借りてかぶっている。自分の股間を覗き込んでいる中年のハゲ頭に、それをかぶせてやったら面白いだろうなと思ったが、掛け持ちでデリバリー形式の耳かきのバイトもしていて、そっちでは17才であることを隠しているので顔バレは都合が悪い。 ちなみに、耳かきの時は黒髪ロングのウィッグで、できるだけ清楚な雰囲気をがんばって出している。せいいっぱいの営業努力というやつだ。 もっとも、すでに一部の熱心なファンにはバレていたが。 どちらの店でも珠梨は高い営業成績を取っており、多少の援助もしてくれる太い客もストーカーも何人もついていた。 ストーカーも最初は怖かったが、何人も増えていくに従って、彼らの間で牽制しあったり妙な遠慮が生まれたりして、逆に人数が多い方が安全だと気づいて放置している。 度胸と勘の良さだけで彼女は生き延び、それなりに自活していた。 こうして男にオナニーさせたり、耳かきしながら太ももを触らせたり、特別料金で客のオナニーを見てやったりしてると、たまに親の顔を思い出して申し訳ない気持ちになるときもあるが、その親のせいでこんな生活をしているんだと思い直し、がんばって生きていこうと誓いを新たにする毎日。 いつまでもこの生活が続かないことは知っている。18才になればもっとサービスを増やされるだろうし、いずれ本番も売るかもしれないという不安もある。 だが、「それでもまあ、何とかなるさ」と、珠梨はいつもの脳天気な思考で不安を消し去り、後ろの客にもパンツが見えやすいように、スカートの端をずらしてやった。 「おつかれーっす」 「あ、珠梨。ごはん食べてかない? おごってやるよ」 「ウィーッス」 友だちも出来た。 20才で女子高校生の格好をしている上野水樹というデッサンモデル。 彼女はデリヘルの仕事もしていて、珠梨にとっては店の先輩で、面倒見の良い女だった。 後から入ってきた珠梨が指名を増やしていくのを面白く思わない先輩が多い中、彼女は変わらず珠梨のことを可愛がり、奢ってもくれた。 「珠梨って、がつがつ食べるから面白いんだよね」 ファミレスで300グラムのハンバーグを頬張る珠梨を、上野は妹を見るような目で微笑む。 珠梨も上野のことを姉のように思っていた。仲良くなったきっかけも、そもそも2人とも「×××教が嫌い」という点だった。 「前カレをあんな宗教に取られなかったら、今頃結婚してた」 上野はよくそのことを言う。 くどくどと、夜が明けるまで語り通すこともある。彼女も両親が違う宗教にハマっていて、それが小さい頃から嫌で嫌で仕方なかったらしい。 珠梨はそんなとき、ケータイをいじったり、半分眠ったりしながら大人しく聞き流している。 彼女は少し、不安定なところもあったからだ。 「昨日もデリった客の中に信者がいてさ。一緒にセミナー行こうとか誘ってくんの」 「へー、やばいっすね」 「絶対に、教典渡されるよ。あれだけは死んでもいや」 上野の前の恋人は、彼女の見ている前で友人から教典を渡され、一瞬で洗脳されてしまった。そして、彼女の分も教典を貰おうとしつこく誘われ、攫われそうになったことで危機感を覚え、逃げてきた経緯がある。 「あれは魔術だと思うよ。珠梨の親も洗脳されたんだよね? あの黒い本だけは絶対に見ちゃダメだかんね」 「何が書いてあるんすか?」 「あのね、私が彼氏の見たときは真っ白だった。何にも書いてないの。なのに、彼氏が言うには『自分のことが全部書いてる』んだって。一人一冊って決まってて、他人の物だと読めないみたい」 「やばいっすね」 「やばいでしょう」 意味がわからないけど、怖い話だと珠梨は思った。 魔術でも宗教でも何でもいいけど、そんな本なんかで自分のこと決められるのはたまったものではない。 他人の決めた枠に押し込められるのは、絶対にごめんだ。 最近では、珠梨たちのような風俗をやっている女の中にも、×××教は流行っている。 お布施を稼ぐためにこっちの道に転んでくるのも少なくない。しばらく学校にも行ってないので又聞きだが、高校の同級生にも信者は増えているらしい。 珠梨の信用できる人間は、少なくなってきていた。 「でもね、街でこんなチラシ配ってた。見て」 「なんすか?」 白地に黒字で、そっけなく、だが力強い書体で『反・×××教!』と書かれていた。 「おお?」 この1年足らずで急成長してきた新興宗教の実態について。 いかに強引な勧誘で信者を増やしてきたか。 信者にお布施と称して多額の会費を徴していること。 教祖は若い女性たちを幹部として侍らせていること。 そしてCMスポンサーにまでなっていることから、その実態がマスコミでは報道されていないこと。 推測的な部分も多いが、×××教の危険性をストレートな文章でそのチラシは訴えていた。珠梨の知らないことも書いてあって、読むと怖くなってくる。 「やばいっすね」 「やばいでしょう。ね、しかも見てよここ」 珠梨の見ているチラシの下を、上野はそっと指さす。 そこには、『反×××教運動サークル』と書かれており、連絡先と、そして週末には野外集会も行われることが書かれていた。 「やばくない?」 「やばいっすねー」 そして週末、さっそく珠梨は上野と『反×××教』の集会に参加することになった。 正直言うとそんなに珠梨はノリ気ではない。行くと返事したつもりも、そもそも誘われたつもりもなかったが、あの「やばい」はその「やばい」という意味だったらしく、今さら面倒くさいとも言えなくなっていた。 集会には、想像していた以上の人数が集まっていた。若い人が多いのは、同じ世代を中心に声をかけてきたからだと、ステージでハンドスピーカーを構えている男の話で知った。 『反×××教』の運動は、世代によって団体を分けて行われているらしい。若い世代は『サークル』を名乗り、中年以降は『団体』を名乗り、それらを『連合』が総合的にまとめる。 珠梨たちが知らなかっただけで結構前から存在するらしく、それぞれ家族や恋人、友人などが信者となって被害を受けた者たちが集まって結成されたものらしい。 彼らの話には身につまされる思いがあった。両親が帰ってこなくなった少女の体験談には、自分の境遇と重なって涙が浮かんだ。 『この国には信仰の自由があります。でも、それは個人が信仰を選ぶ自由です。そして、自分が自分の幸せを決める自由は、例え神であっても奪ってよいものではありません!』 難しいことは珠梨にはわからないし、考えることもできない。 でも、珠梨はひたすら頷いた。自分は両親にそう言いたかったんだと思って、涙を流した。 『みなさん、今日は本当にありがとうございました。11月には、総会が中心になって一万人デモ集会を計画しています。ぜひ、ご協力をお願いします!』 気がつくと最後まで集会に立ち会い、拍手をしていた。 自分と同じ思いの人が、こんなにたくさんいるということを初めて知り、珠梨は心から感動した。人がまばらに去っていく中でも、珠梨と上野は感動が冷めやらず、撤収作業が始まるまでその場に立っていた。 やがて、そろそろどこかで何か食べて帰ろうと話していると、スーツの男に声をかけられた。 「君たち、集会に参加してくれた子? このあと、スタッフで打ち上げやるんだけど会場に余裕あるんだ。この後空いてるなら、参加しない?」 確か、『連合』の方のメンバーとして挨拶していた男だ。まだ20代か30になったばかりに見えるが、良いスーツを着ているし、かなりの男前だった。 「えっと、あたしたち……」 「行きます!」 上野が珠梨の腕に飛びつき、高い声で返事する。こそりと「ちょータイプなんだけど」と囁く声が、くすぐったかった。 やれやれ、と思いながら一緒に付いていくことにする。確かにエッチは上手そうな男だが、珠梨はいまいち良い印象は受けなかった。 しかし、打ち上げ会場の熱気は珠梨にとっては新鮮な体験だった。 自分たちと近い世代、主に大学生がサークルの主要メンバーだ。若い男女が互いの悩みや思いを共有しあって、熱く語り合い、時には冗談にして笑い合っている。 自由闊達な空気がそこにはあった。まるで、友だちとクラブで夜明かししてた頃のような、いや、それよりも温かくて激しい空気。 これが大学生の本当の姿なのかと、漠然と珠梨は思った。彼女の勤める店の客にも大学生はいたが、もっと暗そうなのや、あるいは、酔ってハシャぐだけの迷惑な客しかいないイメージだった。 上野と二人、すみっこの席でポテトをつまみながら、珠梨は雰囲気に馴染めずにいた。自分たちを誘った連合の役員は、いつの間にか姿が見えなくなっていた。 「君たち、今日参加してくれた人?」 若い男が、珠梨たちの席に近づいて爽やかな笑みを浮かべる。「はぁ」ととりあえず生返事をすると、「あっちの席でみんなと話さないか」と、彼は役員たちのテーブルを指した。 「いえ、うちらホント素人なんで……」 「ははっ、なに素人って? 君たち、高校生? アルコールは出せないけど料理とかあるし、ちょっとだけみんなを紹介させてよ」 「はぁ……」 落ち着かない思いで、上野と大きなテーブルに座る。 ぐるっと見渡すと、男も女もみんな小綺麗で、遊んでそうな普通の大学生という印象だった。なんとなく、こういう運動を頑張っちゃうのは「生徒会」的なイメージだった珠梨には、いかにも真面目そうな人たちばかりではないことは安心できた。 話してみると、くだけた面白い人たちだ。でも、『反×××教』のことになると、みんな真面目で堅い人に変わる。 乗せられて話しているうちに、珠梨は自分のことを、風俗でバイトしていることを除いて結構しゃべってしまっていた。上野も同じように、どうして集会に興味を持ったのかを、だいたい告白してしまっていた。 役員メンバーの一人が、珠梨に言う。 「君たちも一緒にやろうよ。みんな歓迎するよ」 珠梨は心臓が飛び跳ねる思いだった。 「俺たちはみんな同じなんだ。×××教みたいことが、これ以上広まっちゃいけない。信仰も生き方も、自分たちの生き方を守りたいだけなんだ」 「で、でも……」 「これは聖戦なんだよ。今、立ち上がらないといけない。仲間は一人でも多く欲しいんだ」 「でも、誰でもいいってわけじゃないの。珠梨ちゃんたちみたいに、真剣に×××教に負けたくないって気持ちの人が必要なの。聖なる戦いのために」 「……はぁ」 上野に何度も目で合図を送るが、彼女はすっかりその気らしく、ふんふんと彼らの話に真剣に頷くだけで、珠梨のことには気づいてくれない。 途中でトイレに立ったときに、上野の隣を他の男に取られたせいで二人の距離も空いている。 「でも、あたしビッチだし、聖なる系は難しいかも……」 「ははっ、自分で言う? 面白い子だなー」 「重たく考える必要ないよ。ただ、気持ちだけ確認したい。君は、今の自由を守りたい?」 「……守りたいです」 「守ろうよ。君の自由も、みんなの自由も。俺たちと一緒に」 自分だけのものではなく、みんなの自由も。 雰囲気に当てられたせいもあったが、もう一人だけの問題じゃないんだと、珠梨も腹をくくった。 「がんばります。あたしにやれることがあったら、何でも言ってください!」 「おーし、頼んだぞ、珠梨! よし、新しい仲間にカンパーイ!」 「あ、よ、よろしくでーす! ウィーッス!」 両親とぶつかって家を飛び出して以来、初めての仲間を得た夜。 珠梨は興奮し、大いにハシャぎ、最初に自分たちをテーブルに誘った有名私大の学生と、さっそくその日のうちに寝た。 海外から来たアイドルグループ、東方世代の5人は長い日本ツアーを終えて次の仕事の準備をしているところだった。 楽屋ではいつも彼女たちの機嫌は悪い。 自分たちの国では「わいせつ」と言われて放送されないようなダンスが、日本では大受けして一大ブームを起こしたことに、疑問を持たないわけではないが、こちらでの稼ぎは自国よりも多い。 出稼ぎのようなやり方に、自国のファンにも批判されることもある。だが、スタッフや事務所の社長からは「大事な国家プロジェクト」だと言い含められ、ひたすらアイドルに徹している。 「でも、いいかげんにしたいよねー」 メンバーの一人、マリアが自慢の足にクリームを塗りながら文句を言う。 同調するように最年少のリズが、帽子の位置を直しながら「もう尻振るのあきた」と頬を膨らませる。 リーダーのジュリーは、咳払いをして喉を整え、遠慮がちに言う。 「でも、日本のファンは喜んでくれてるでしょ。私たちはアイドルだもの。この国で歓迎してもらえるように、がんばりましょう?」 ジュリーの話は、他のメンバーには聞いてもらえなかった。 以前、事務所とその日本公演の契約で揉めたとき、彼女だけが事務所側に立って他のメンバーと対立した件が、ずっと尾を引いている。 仕方ないじゃないかと、ジュリーは唇を噛む。 アイドルを続けたいなら事務所に逆らえるはずがない。自分がそれを示すことで、この業界の厳しさを彼女たちにも自覚して欲しかった。 現に、これだけ日本で売れても、自分たちの国での売り上げは日本の5分の1にもならない。「アイドル」を続けたいなら、出稼ぎも尻振りも大事な仕事と割り切る諦めが必要だ。 ジュリーだって、こんな猥褻なダンスを人前でしたくはない。仕事だから仕方なくだ。 「……そろそろ迎えが来るころね。これが最後だから、ね?」 次のテレビインタビューが今回最後の仕事で、次に日本に来られるのはいつになるか不明だ。 仕事はある。だが、最近ではアイドル活動も危険が増している。 ×××教というのが、日本はおろか、最近では自国の方まで信者を増やし、それがなぜか自分たちにも布教しようと狙ってくるのだ。 噂では、教祖が東方世代に執着しているせいだというが、その教祖が何者なのかもよくわかっていない。ファンに紛れて近づいてくる者もいれば、移動の車の前に立ちふさがって説得を始める者もいる。 日本の芸能人にも信者が多くて、うっかり楽屋挨拶にも行けない状態だ。 マリアじゃなくても、疲れて当然だとジュリーは思う。 「東方世代さん、お願いしまーす」 日本の若手女優と対談して、同年代として夢や日常を語り合い、最後は「親友」と呼び合ってお土産を交換しあうという流れだ。 テレビカメラの回る前で少し愛想話をした程度で親友になどなれるはずがないのだが、ありがちな企画だ。東方世代のメンバーも通訳を間に挟んだ面倒な世間話に、愛想良く付き合っている。 その若手女優は初めて知ったが、きれいな顔をしていた。笑顔がチャーミングで、しかも自分たちの国の文化や風習に詳しく、礼儀も正しくジョークも面白く、ジュリーは感心した。 親友になれるとまでは思わないが、こちらも敬意を払うに値する人物だ。少なくとも、また会って個人的に話してみたいと思える。 (うちのメンバーも少しは見習え) たった数十分のインタビューにリズが飽きてきて、ジュリーはその分、彼女の話題をファローしなければならなくて、いっそう自分たちのメンバーを面倒に思った。 そして、ようやく最後のプレゼント交換。東方世代は自分たちの限定版アルバムと、手作りのケーキを贈った。もちろん作ったのはスタッフの誰かだ。 対談相手の女優は、彼女のお気に入りの絵本を一人ずつにくれた。 絵本。そんなものをもらって喜ぶと思ってるのかと、ジュリーは日本人の幼稚趣味を内心であざ笑い、「アリガトー」と日本語で感謝した。 日本最後の仕事で、テレビカメラの前で、相手も好感の持てる人物だったことで、彼女たちは油断していた。 知らない相手からもらった本は開いてはいけないと、事務所からも在日団体からも言われている。 でもまさか、そこにいた日本側のスタッフ全てが×××教だとは思ってもいない。 東方世代の5人は、その瞬間に価値観を変貌させた。 日本は、祖国よりも大事な国。なぜならここは教祖様の国だから。 「彼女たちのスタッフにも、今日の“台本”は渡してあるわね? ん、ありがと。ミッションコンプリートよ。おつかれさま」 女優、と思っていた女性が立ち上がり、日本人スタッフに声をかける。 その声には威厳があり、先ほどのまでの可愛らしい女性とは様子が一変していた。そして、声をかけられたスタッフがみんな、恭しく感謝の言葉を彼女に返している。 その女性は本物の女優ではない。 だが、とても位の高い人だ。今のジュリーには、そして他のメンバーにもよくわかった。 自然と自分たちも頭を垂れていた。 彼女は、その5人を一瞥し、少女らしい仕草で小首を傾げる。 「この子たちが教祖様がご執心の東方世代ね。ねえ、あなたたちのお尻を振るダンスっていうの見せてくれる? それって、どんなの?」 スタッフの誰かが、東方世代の曲を流した。彼女たちは立ち上がり、位置を取り、彼女のリクエストどおりに踊ってみせた。 あの、尻振りダンスを。 「んー、そう。まあ、男の人は好きかもね、そういうの。いいわ、わかった。スタジオ貸してあげるから、ダンスを作り直してもっとそのお尻振るところ増やして。教祖様は、あなたたちのお尻がお目当てみたいだから」 わかりました、とメンバーは尻を振りながら答えた。 これからは教祖様のためにお尻を振りますと、喜びと共に答えた。 「私の名は星置薫。教団の大天使です。あなたたちはこれからも私の指示に従い、教祖様を喜ばせるために働きなさい」 日本に来てよかったと、ジュリーも、マリアも、リズも他の二人も心から感謝した。 教祖様と星置大天使に出会えた。心から愛している。この二人が望むのなら、いくらでもお尻を振って喜ばせたい。私たちはお尻を振るために生まれてきたのだから。 彼女たちは×××教に心酔し、自分たちの尻振りに誇りを抱いた。 その後も、いかにして尻振りダンスを進化させるか真剣に議論して、何時間もレッスンした。 踊りながら少しずつパンツを下げて生のお尻を見せるダンスを提案したのはジュリーだ。 リズは「それ絶対にいい!」と目を輝かせて、尻を丸出しにしたリーダーを褒め称えた。 「さあ、みんなも一緒にお尻丸出しダンスを練習しましょう。教祖様に、私たちのお尻をたっぷりお見せするのよ!」 「はい!」 東方世代のメンバーの心が、初めて一つになった日だった。 そして星置薫は、スタジオの廊下を歩きながら、他の役員を叱りつける。 「ねえ、こんなの簡単なことじゃないの。どうして今まで時間がかかったの? 教祖様があの尻振り5人組を連れてこいって命じられてから、どれだけ経ってると思ってるの?」 「申し訳ありません。彼女たちはガードが固くて、私たちでは近づくことも出来ず……」 薫は髪をかき上げ、ため息をつく。 発想力も行動力も決断力も努力も才能も足りない全ての人間に、ため息をつく。 「申し訳ありません」 「ううん、いい。難しかったのなら仕方ないわ。次はがんばりましょうね?」 「はい!」 薫がイラついた顔を見せれば信徒は気持ちを暗くし、笑顔を見せれば犬のように喜ぶ。 自分は、もっと努力しなければならない薫は思う。 彼らは、自分が指示してやらないとまともな仕事もできないかわいそうな人たちなのだ。 そういう人間が、この世には70億人くらいいる。 自分の責任は重い。早く、×××教を世界中に行き渡らせなければならない。 それが教祖と世の中のためなのだと、薫は信じて疑わない。 「星置大天使様。ところで東方世代を信徒にした褒賞なのですが……」 「ん?」 「彼女たちを5人揃って連れてきた者には、3つ位を授けると教祖様はおっしゃいました」 「あぁ、そう。じゃ、1つは東方世代のみんなにあげて。あの人たちにも、これからもがんばってもらわないとね」 「はい」 「1つは、あなたにあげるわ」 「え、でも私は何も…ッ」 「いいの。あなたにもいつも感謝してるわ。これからも教団のためにがんばってね」 「はいッ! この命に替えましても、×××教のために……」 言ったな。と、薫は思った。 世界中に×××教を広げるためには、ときに危険や犠牲が必要なときもある。むしろ初期からいる役員にこそ、殉教の覚悟を持って布教に働いてもらわねば困る。 そういうわかりやすい「死」や「犠牲」といった美談があった方が、民衆が食いつきやすい。他の信徒も結束を固くする。 「褒賞の位は、もう1つ残っておりますが…?」 「それは、あの方にあげるわ」 「え?」 「まだ内緒。ふふっ」 わかりやすい美談だ。薫は次の計画をもう始めている。 機嫌良さそうに笑う薫を見て、部下はきっとまた彼女には素敵なアイディアがあるのだろうと思った。 薫は全ての信徒に優しく、判断を誤ったことはない。本当に素晴らしい人物が大天使についてくれたと、信徒たちは皆思っている。 だが教団の布教も、万事に順調というわけではない。 「星置大天使様。帰りはお気を付けくださいませ。近頃は、我が教団に刃向かう動きも世間にはございますから」 「あぁ、『反×××教』の人たち? 恐ろしいことよね。どうして私たちが敵意を向けられなければならないのかしら。ふふっ」 「……おそれながら、笑い事ではありません。秋には1万人のデモ行進が計画されていると聞きます。我が教団に解散と検察の監査を求めるなどと」 「まあ、怖い」 それでも薫は、笑って忠告を聞き流す。 彼女のことだから、何か対応は考えてあるのだろうが、それでも教団の一大事には違いないのに、と部下は不思議に思う。 時々わからなくなる。彼女は普段、どのようなことを考えているのだろうか。 「……人を動かすのって楽しい。生きてるって感じる」 「何か、おっしゃいましたか?」 「我が教団の教えは素晴らしいわ。そのことを理解してくれる人が、もっと増えれば嬉しいよね?」 「はい、もちろんでございます」 「私が考えてるのも、いつもそのことだけ。あまり気にしてはだめよ」 部下は、思わず足を止める。 前を歩く薫の背中に、人にはない翼が見えた気がして、目をこすった。 中原愛菜は、着たこともないほど布地の小さな水着を渡され、最初はどうやって着るのかもよくわからなかった。 何か着るものが足りないんじゃないでしょうか、とスタイリストのお姉さんに聞いても、それで全部だと言われた。 愛菜は、これほど小さな水着など着たこともないし、なんだかエッチだと思った。 「かりんちゃん……」 不安になって、一緒に着替えている親友の方を見る。 「ん、何してんの? 早く着替えなよ」 かりんの方は、もうそのマイクロビキニに着替え終わって、鏡の前で体をくねらせているところだった。 大人の女性のようなポーズをとっているつもりらしいが、細い体で胸をそらしてもあばらが浮き出るだけだ。それでも、彼女は自分の格好が面白いらしく、いろいろなポーズをとっては笑った。 「ウケるよね、これ。エロくない?」 かりんは、さほど気にしていない様子で小さなの布からはみ出る丸い尻を振ってみせる。愛菜は自分の尻も同じようにはみ出ていると思うと、顔が熱くなった。 彼女は体操クラブに所属している。レオタードを着る機会が多いから恥ずかしくないのかな、と愛菜は前後を手で隠そうと無駄な努力を繰り返す。 「着替え、オッケーですか?」 「あ、オッケーです」 愛菜の覚悟が出来る前に、かりんが勝手に返事をしてしまった。 カーテンを開けられ、大人たちの前に立たされる。 恥ずかしくてどうしようもなかったが、彼らも慣れているらしくスタイリストの女性が髪や肩紐を調整している間、ライトやカメラのチェックなどそれぞれの持ち場で慌ただしく働き、二人に好奇の目を向けたり、笑ったりする大人はいなかった。 少しずつ愛菜も落ち着いてきて、周りを見る余裕も出来てくる。 最初、愛菜やかりんや、他の同年代の子とグループを結成すると言われて歌や踊りのレッスンスケジュールを用意されたとき、何のことか理解できなかった。 教団の信徒から選出されたメンバーで、小中高、それぞれの年代ごとにアイドルを作って売り出すことになったそうだ。そして、その年少グループのメンバーに自分たちが選ばれたらしいと、何度目か説明を受けてようやく愛菜も理解し、「とんでもないことになった」と驚いた。 そのときにはもう、すっかりノリ気のかりんに引っ張られるように、水着のイメージビデオに出ることまで賛同させられてしまったのだ。 歌の方は収録も終わり、PVもだいたい完成している。次は、個々のイメージビデオを撮影するらしい。 とんとんと言われるままにスケジュールをこなしているが、アイドルをやることはついては、父はすぐに了解してくれたが、母親の美咲はいつも忙しそうで一度も相談できていない。 ただ、教団の人からはアイドルのことも水着のことも「お母さんは賛成している」と聞いている。 それならば問題ない。あとは自分の勇気だけだ。 私もお母さんのように、がんばって教祖様のために働くのだと、愛菜は準備に走り回る大人たちを見ながら、生まれたてのプロ意識にムチを入れる。 心臓はまだドキドキしてるけど、親友が一緒なのも心強い。裸を見せろと言われたわけもでもないし、自分のような子供をエッチな目で見る大人もいないだろう。 愛菜はすでに教祖に抱かれている体でありながら、教祖との行為を神聖なものと考え、一般的な性行為とは分離して理解していた。 彼女はまだ世間には疎い少女で、信仰深く、世の中を性善的に信じていた。 「それじゃ、二人で体をぴったり並べて。自己紹介してみようか」 「中原愛菜です」 「新藤かりんです!」 すべすべした肌がぴったり合わさって、くすぐったくて温かい。それから二人はインタビューに答えながら、抱き合ったりくすぐり合ったり、監督の指示に従って様々なポーズをとった。 「学校ではどんな遊びをしてるの?」 「マンガを一緒に読んだりとか」 「あとドッジとか」 「どんなアイドルを目指してるの?」 「えっと、わかりません。教祖様やお母さんに喜んで欲しいです」 「バラエティ番組とか出たい!」 「かりんちゃん、愛菜ちゃんの肩紐を少し引っ張って」 「こう?」 「え、ちょ、ちょっと待って……」 浮いたブラの隙間から、ふくらみかけの乳房の先っぽまで見えそうだ。慌てて愛菜はカップを抑えるが、監督に「大丈夫だよ!」と止められた。 「ニップレス貼ってあるでしょ? 見えても修正して消すから大丈夫大丈夫。ほら、笑って。大丈夫だよー」 にこやかに監督は笑っているが、今一瞬、イラっとした顔を見せた。 彼はいろんな女の子を教団に連れてきた実績のあるビデオ監督で、『第3級天使』の肩書きを持っている。愛菜やかりんよりもずっと上位の大人だ。 愛菜は萎縮して、おとなしく監督の指示に従う。かりんはアイドルとして撮影されること自体が楽しいらしく、機嫌がよかった。 「じゃ、次は愛菜ちゃんがかりんちゃんの後ろに回って、パンツをぐいって持ち上げて」 「こ、こうですか?」 小さな布を持ち上げると、かりんの股間に食い込んで形がくっきり浮き出た。かりんは照れくさそうに笑い、愛菜の頬をツンと突いた。 「大丈夫。見えてないよー。愛菜ちゃんは、そのまま後ろからかりんちゃんのお股を覗き込んで。はい、いいね。かりんちゃんはそこでピース」 アイドルって、こんなポーズもしなきゃならないのかと愛菜は少し不思議に思った。だが、怒られるのはいやなので、それからも監督の指示には従った。 「二人で抱き合って、お互いのお尻を撫で撫でして」 「シャワーで洗いっこしようか」 「水着を変えて、上にネグリジェを羽織って。次はベッドの上で写そう」 そのネグリジェも、ベッドの上で互いに脱がし合い、また水着だけになって布団に潜ったり、抱き合ったりをする。 (またかりんちゃんと抱っこだ。こういうポーズが監督は好きなのかな?) かんりんとほっぺたをくっつけたり、キスしたりしながら、愛菜は徐々に撮影に慣れていく。 床の上でお互いにくすぐり合ったり、よつんばいになってるところをじっくり撮られたり、でんぐり返ししたり、体操クラブのかりんが柔軟してるところや、愛菜がぬいぐるみの上に跨ってぴょんぴょん跳ねるところを撮ったり、昼食休憩を挟んで撮影は数時間に及んだ。 今は夕暮れの海岸で、カメラマンの持つアイスキャンディーを二人で舐めるシーンの撮影だ。 「教祖様のおちんちんを舐めるときみたいにすればいいんですね?」 「う、うん。愛菜ちゃんもだいぶんわかってきたねー」 まだよくわかってはいないが、アイドルの仕事は思ったよりも大変だと愛菜は思った。 教団本部は教団が大きくなるたびに引っ越しを繰り返し、さらに大きくなっていた。 今の建物には中庭もあり、そこのテラスは雰囲気も良いと評判だ。 中原美咲は、近頃はいつもそのテラスにいる。 ボーッとしていた。仕事に追われて忙しかった日々が嘘のようにすることもなくなった。それもこれも、あの星置薫という新たな大天使がひどく優秀なせいだ。 仕事の出来る人間が欲しいと、かねてから思っていた。そして念願の人材がやってきたと喜んでいたら、いつのまにか自分の仕事も彼女が任されるようになり、美咲には天使の任命書授与のような儀礼的な仕事だけが残された。 現在、教団には大天使が三名いる。 中原美咲と、星置薫と、もう一人は初期からの信徒でCMにも出演している若手女優だ。 女優の方は教団の広告塔であり、大天使という大役なれど、実質的にはお飾りだ。近頃は×××教の看板というイメージが一般的にも浸透しているため、ドラマなどの仕事も減ってしまい、教団PRの仕事しかしていない。 しかし薫が残りの仕事をほとんど一人でこなしている今、お飾りにもなれない美咲は、自分の居場所を失っていくような不安を覚えていた。 空いてる時間が出来ても、家にも帰っていない。帰れば二度と教団に呼ばれないような気がして、本部から離れるのが怖かった。 そして、その不安を相談する相手もいない。 教祖に抱かれ、×××教の最初の信徒となって以来、夫とはろくに会話もない。教祖の女としての自負もあるので、今さら夫には頼りたくない。 だからといって、他の天使や部下などに、大天使として頂点にいる自分がそんな不安を言えるはずなかった。 冷めた紅茶を飲み干し、美咲はため息をつく。 教団の片隅でお茶を飲んでいるだけの大天使なんて、いる意味があるんだろうか? 最近はずっとそんなことを考えている。 「美咲さん、おかわりはいかがですか?」 目の前に湯気を立てたカップが2つ、トレイごと置かれる。 顔を上げると、星置薫が微笑んでいた。大天使の着る清楚なワンピースの肩に仕事用のトートバッグをかけ、少し立ち寄っただけという風だった。 「私もご一緒させてもらいますね」 前の席にちょこんと腰掛け、小首を傾げて頬杖をつく。 他の天使からは一目置かれるほどの運営手腕を持つ有能な彼女だが、美咲の前でだけは少女らしい振る舞いを見せていた。 薫は、同じ大天使でありながら役に立たない自分のことを、決して邪魔にしたりしない。それどころか「大天使の先輩」として敬い、こうして親しげに近づいてくる。 それもあって、美咲は薫に対して嫉妬を抱けないでいた。性格的にも美咲は優しく、信仰深い家に育ってせいもあり、他人を妬むことに慣れていない。 それに、娘の愛菜をほったらかしにしている負い目が、まだ少女である薫に対しても遠慮を抱かせてもいた。 「……薫ちゃん、お仕事はいいの? 最近はずいぶん忙しそうね」 「ええ。じつはやることはいっぱいあるんですけど、美咲さんを見かけたらおしゃべりしたくなったので、10分だけサボることにしました。ふふっ」 「まあ。ふふっ、いいわよ。でも、私にできることがあったら言ってね。何でもお手伝いするから」 「大丈夫ですよ。運営の天使スタッフも私に選ばせてもらえるようになりましたし、優秀な人も増えましたから。だからこうしてサボったりもできるってわけです」 「……そ、そうなんだー」 美咲は動揺を包み隠して、紅茶を口に運ぶ。 かつて自分もスタッフに優秀な人間が欲しいと思っていたが、教祖にはきちんと伝えることもできず、聞いてももらえなかった。 それが今では薫が教祖に人事権を任され、スタッフも自分自身で選んでいるらしい。そのことを美咲は知らされてもいなかった。 同じ大天使のはずなのに。 美咲は、しばらく教祖と話もしていないし寝てもいない。噂では、近頃は毎晩のように薫が呼ばれ、教祖と夜をともにして二人で教団の今後を決めていると聞く。 そのことを薫に聞くのもためらわれた。この疎外感を彼女にぶつける前に、いつもこうして薫は美咲の懐に入ってきて、ニコニコとなついてくるのだ。自分が惨めになるような気がして、美咲は彼女にあたることもできずにいた。 「すごいよね、薫ちゃんは。テキパキ仕事が出来てうらやましいわ。私なんて専業主婦しか経験ないし、こんな大変な……」 仕事なんて出来るわけない。と言いかけた自分に驚き、美咲は慌てて口をつぐんだ。 そんなことを言えば、自分を大天使に任命してくださった教祖様への批判となりかねない。それに薫だって、教団に入る前はただの高校生で、まだ17才になったばかりだ。今のは自分のための愚痴でしかない。 どうかしていると美咲は思い、ティーカップを握りしめた。 「……今は大変な時期ですものね。私もしっかりしないと」 ごまかすように微笑む美咲に、薫はきょとんと首をかしげる。 「大変? 何がです?」 「え、だって大変じゃない。『反×××教』とかいう野蛮な人たちが、一万人デモ行進を計画しているって……」 すっかり暇している美咲でも、それぐらいのニュースは耳に入っている。一万人という人数が本当ならテレビや新聞でも報道されるだろう。それをきっかけに、信徒が迫害を受けるようなことがあれば大変だと、美咲なりに対応を考えていたところだ。 もっとも、良いアイディアなど美咲には何も出てこないが。 薫は、美咲の真ん中によった眉毛を、可愛いと思って笑った。 「あれは、一万人なんかではありませんよ。たぶん当日は、三万から四万人、ひょっとしたら五万人くらい集まるかもしれませんね」 「五万…ッ!? やだ、怖い!」 美咲には想像もできない光景だ。 五万人もの群衆の行進。しかもそれが、自分たちを『敵』と糾弾するための集まりだなんて。 なのに薫は、そんな美咲をおかしそうに笑うだけだ。 「もう、美咲さんって本当に可愛らしい人ですね。じゃあ、特別に美咲さんにだけ秘密を教えてあげます」 「秘密?」 「ええ。『反×××教』の正体です。あのね……」 薫が席を乗り出して、美咲に顔を近づける。美咲も乗り出して彼女に耳を差し出した。 そして、彼女の口から語られるささやきを聞いて、美咲は息を飲み、そして、場所を忘れて大声を出した。 「ええ〜〜〜ッ!?」 「あっ、言っちゃダメですよぅ。シーッ、シーッ」 慌てて美咲は自分の口を押さえる。そして、ほがらかに笑う目の前の少女に戦慄する。 「ほ、本当なの、それ……?」 「ええ、もちろん」 「……『反×××教』を組織したのは、あなただったの……?」 「はい、そうです。私が作っちゃいました」 教団創成期から続く強引な勧誘や集金の仕方は、薫が来てからある程度改善もされてきたが、それでも信者を急速に増やしていく一方で、教団に疑問を持ったり、あるいは露骨な敵意を抱く者も増えていった。 組織を拡大していく以上、他にも様々な理由で敵も作っていくことになる。だから薫は、それらの集合先を前もって作っておき、一網打尽にすることを考えていたのだ。 組織のリーダー格や主要なメンバーはほとんど教団の人間だ。もっとも始めのうちは、疑われないように本気で教団を憎んでいる人間も主要な役員に取り込んでいる。他宗教の人間もいた。 だが計画も最終段階に近づいた今、すでにそういった役員も教典で洗脳済みであり、今は全員が教団側の人間である。 そして、デモ行進の当日。 参加者全員に配るだけの教典はすでに用意されている。あとはそれをパンフレットだと偽り、渡していくだけだ。 教団に反対するための集会は、当日になって×××教を讃えるためのパレードとなり、五万人を超える信者たちが都内をねり歩くのだ。 「日本でやることは、それでだいたい終了です。あとはマスコミも政治家も財界も、黙ってても向こうから私たちとお近づきになりたがるでしょう。個人レベルの勧誘はもう放っておいても大丈夫そうです。私たち役員は、これからは国を動かしていくことを考えていかなきゃですね」 薫はそういって微笑むと、頬杖をついて乗り出した。 まるで、愛菜が学校で褒められたことを自慢するときのように。 「今、私のところのスタッフの半分は国策の研究を始めてます。残り半分は海外対策ですね。現地に法人を作る準備や、役所への根回しとか。まだまだ忙しくなりそうで、私も学校に行くヒマがないなぁって―――」 それこそ、どこか遠い国の言葉のように、薫の話は美咲の耳を素通りしていった。 彼女が凄いことをしているというのは、なんとなくわかる。わかるが、そこにとても怖いものを感じて、美咲は動けなくなった。 いくら教団を守るためとはいえ、教団の敵を作るという発想は美咲にはない。どうしても受け入れることができなかった。 それは神に対する冒涜だと、喉元まで出かかっている言葉を必死で飲み込んでいた。 教団の素晴らしさを一人でも多くの人に知ってもらいたいのは美咲も同じだ。でも、だからといってそんな手段を神がお許しになるとは思えない。薫の発想も、それに従う信徒たちがいることも彼女には信じられない。 薫に対して、美咲は以前から怖いものを感じていた。可愛らしく頭の良い女の子と思いながらも、どこか底のしれないような何かがあるような気がしていた。その正体がこれだ。 薫は自分たちとは違う。頭の良さとかそのようなレベルではなく、教団や信仰に対する考え方がズレている。 教祖様は彼女のしていることをご存じなんだろうか。 無邪気に笑う少女のような振る舞いは、ひょっとして自分のことを油断させるための演技なのではないだろうか。 と、思い詰めていく気持ちを、美咲は慌ててふり払う。 美咲には薫を引き留める良案は浮かばない。実務能力で彼女に勝てるものはないと、嫌になるほど知っている。 薫に任せる方が正しいんだと思い込むことで、美咲はなんとか平静を保ってきた。薫が正しい。信じていればいい。彼女は悪いことなんてしていない。だから今回のことはこれでいい。『反×××教』はもうすぐなくなるというんだから、これでいいんだ。 だが、もしもこの先、彼女が行き過ぎたことをしてしまいそうなら―――、それを引き留めるのが自分の任務なのだと、美咲は思い至る。 同じ『大天使』の位を持つのは、自分と薫と、お飾りの女優だけ。薫と肩を並べているのは美咲だけだ。 だから、もしものときは彼女を止めるのが自分の仕事。そのための『大天使』なのだ。 天啓を受けたように美咲は目を開く。 「美咲さん」 そのとき、カップに落としていた視線を急に薫に呼び戻され、美咲は顔を上げる。 薫は紅茶を一口含んで、真剣な目を見せた。 「私、美咲さんが私と同じ『大天使』なのはおかしいと思うんですよね」 ドキリと心臓が跳ねて、言葉が出て来なくなった。 まるで自分の決意に先回りしたかのように厳しい宣告。美咲は口を開きかけ、何も言えないまま閉じた。無能な自分にとうとう薫は見切りをつけたのかと。 しかし薫は、プレゼントを隠し持った子供のようにイタズラっぽく微笑むと、テーブルの上に身を乗り出した。 「だって、美咲さんは教祖様に抱かれた最初の女ですもの。始まりの信徒ですよ。そんな方が、私なんかと同じ『大天使』じゃ失礼なんじゃないかって、私、教祖様に申し上げたんです」 「……え?」 スプーンをくるりと回し、得意げな仕草で薫は言う。 「じつはこないだ、私はお手柄を立ててしまって、位をいただけることになったんですよね。でも、教団には『大天使』以上の位はありませんし、私にはそれすらもったいないくらいですから、これ以上はいただけません。その代わりと言ってはなんですが……さっき言ったこと、教祖様にお願いしてみたんです。美咲さんのために、大天使の上に『聖母』の位を作るべきだって」 「せ、聖母?」 「そうです。全ての信徒のお母様です。教団の唯一無二の人です。教祖様が私たちの父なら、美咲さんが母じゃないですか。私、今の教団には何か足りないものがあるなぁって、ずっと考えてたんです。それが聖母様ですよ。私たち信徒をはるか高みから優しく包み込んでくださる、母性あふれる美しい女性。これ、絶対に美咲さんのイメージじゃないですか!」 「ちょ、ちょっと待って。いきなりそんな話されても、私は何がなんだか……」 「だーめ。もう教祖様も了解してくれました。美咲さんは今度から『聖母』様です。よろしくお願いします、聖母様。私たちを守ってくださいね?」 「や、やめてってば、もう!」 薫は両手を組み合わせて美咲に祈りを捧げる。 照れくさいやらくすぐったいやら、突然のことに舞い上がりそうな頭を冷やそうとしても、ドキドキする胸を美咲は抑えられなかった。 聖母。教会に掲げられている像や絵画が脳裏をよぎる。 あれを自分が。そんな、自分にはとても。 「それでですね。さっそくではあるんですけど、聖母様の仕事をお願いしたいんです。これ先月の教団の会報なんですけど」 薫がバッグから取り出したのは、確かに先月に配布された教団の会誌だ。 ページを開いて、赤線を引いた部分を薫は指さす。 「……海外ボランティア?」 「ええ。教団としては今後の海外進出や国内のイメージアップのためにも、積極的にこういう事業を展開していきたいんです。まずそのリーダーとして聖母様にも参加していただきたいと。あと聖母様には他にもいろんな福祉事業のリーダーということをやっていただきたいのですが、大丈夫です。実務は全て専任のスタッフをつけますので」 「で、その、海外っていうのは……」 「場所はアフリカあたりが一般的ですかねー。ソマリア難民キャンプを第一候補に考えています。聖母様が教団の顔としてご活躍されていることを広く知らしめるにあたり、まずは難民の子を優しく抱っこしているところを会報の表紙に使いたいと思ってますので」 浮かれていた頭に、冷や水が下りてくる。 悪い予感が頭をよぎった。この子は、自分を遠ざけたいだけなんじゃないだろうか。もう一人の大天使と同じような、ただのお飾りに貶めたいのかと。 しかも、そのような紛争地域に派遣など。 「で、でもそんな、いきなり海外に何日もなんて……」 「いえ何ヶ月か、あるいは何年も行ってもらうことになるでしょうね。ボランティアを必要としている場所は世界中にいくつもあります。その全てに聖母様が降臨されて、教団の救いと教えを広めていく予定です。大丈夫ですよ。スタッフも警護も充実させますから」 「何年も…ッ!? そんな、絶対無理……」 「考えてもみてください。日本はこういう国ですから、私たちのような新興の宗教でも簡単に広げられました。でも海外では宗教の壁がもっと頑強です。まずは良いイメージを。そして政府にもコネクションが必要です。その意味でもボランティアは必須事業だし、それなりの人物が現地で汗を流している姿を見せることが重要なんです」 また、この子は信仰というものを事業のように語っている。美咲は頭の後ろがズキズキと痛み始めた。 「それに、こういうところではいろんな国からボランティアや宗教団体、マスコミの人たちが集まるし、彼らもいろんな場所へ移動していきます。×××教の教えを広めるのに、こんな穴場ってないんですよ。大都市に拠点ビルを構えるより、まずはボランティアキャンプを狙えってわけです。聖母様には、是非こういう場所で教団の顔としてご活躍していただきたいなって思うんです」 「ま、待って。本当に無理よ。だって私には愛菜もいるし、あの子を置いてそんな危険な場所へ……」 「愛菜ちゃんなら大丈夫じゃないですか。アイドル活動も始めてからスタッフや警護もついてますし、彼女だって忙しくて家に帰ってきてないでしょう?」 「え……アイドル? なぁに、それ?」 「あれ、聞いてませんか? おかしいなあ。美咲さんにはちゃんと了解を取ってねって言っておいたのに」 薫はわざとらしく首をかしげると、バッグの中からDVDを取り出す。 美咲の全身から血の気が引いた。 娘の愛菜が、小さなビキニを着て笑っている。一緒に写っているのは、家によく遊びに来ていたかりんという子だ。 「他にもたくさんの子と一緒にグループでデビューしてるんですけど、愛菜ちゃんは看板メンバーの一人なんで、こうやってイメージDVDも作ったんです。パッケージの中には投票券も付いてて、人気ナンバーワンの子を決める選挙もやる予定です。あ、あと握手券も。なんと、この可愛い水着を着た愛菜ちゃんたちとプールで握手出来るんですよ。子供好きな男の人も世の中には多いですからね。これは売れますよー」 母親に黙って、娘になんてことを。 沸騰した血で顔が熱くなる。しかし、薫は平然と微笑んでいた。 「もちろん、教祖様も応援してらっしゃいます。選挙で一位になった子は処女を奪ってくださるとか。愛菜ちゃんも張り切っているらしいですよ」 くらくらと目眩がして、怒りが萎んでいった。 美咲は、いつも手元に置いてある教典を握りしめる。教祖のご意志は、いつもそこから伝わってくる。 そうか。教祖様が応援してくださっているのか。愛菜だって、そろそろ処女を奪って欲しい年頃なのかもしれない。本人がその気なら、母としては応援してやらなければならないのだろう。 「愛菜ちゃんみたいな小さな子ですら、教祖様のために身を粉にして働いてくれてます。私たちのような上の立場にいる者は、彼女たち信徒を守り、教団の未来を作っていかなければなりません。その責任はとても重大だと思います」 美咲は、自分の立場や仕事や、他人への嫉妬のことばかり考えていた自分を恥じた。 教団の未来のことを何一つ考えてもいなかったくせに、薫に対して言えることなどあるわけがない。そのくせ、薫のやり方だけを批判しようなどと思い上がったことを。 教典をひたすら握りしめて、内心で教祖と薫に詫び続ける。 「はい……ありがとうございます。せいいっぱい、務めさせていただきます」 薫は席を立って、震えて泣く美咲の肩に手を回し、後ろから抱きしめる。 ほのかに漂う香りは、薫にも母親の顔を思い出させた。だが、それも一瞬だけのことだった。 「多くの貧しい子を救ってください。そして、私は聖母様の勇気あふれる行動を広く世の中に広めます。信徒や、これから信徒になろうとする者の心を惹きつけるのは、わかりやすい美談です。自分たちの正しさを証明するエピソードです。だから……みんなの愛と悲しみを引き受けてくださる、聖母様が必要なんです」 わかりやすい美談。 薫らしい言い回しだが、背中に感じる彼女の体温はとても優しかった。 全て教団のためなのだろう。考え方や言葉が自分と違っても、薫も教団と教祖のために一生懸命なのは同じだ。 それが伝わってくるのが美咲には嬉しかった。だから、美咲は全てを察した上で、湧き上がる悲しみに強引に蓋をした。 わかってる。薫はこういう子だ。 だけど、美咲はもう聖母だった。聖母であることに目覚めた彼女には、それすらも愛おしい我が子に思えた。 「ええ。あなたの言うとおりにするわ。私を教団の役に立たせて?」 薫が腕に力を込める。何度も謝罪の言葉をささやき、美咲の髪を涙で濡らす。 幼い頃の愛菜にそうしたように、美咲は薫の頭を撫でた。 泣くことはないと言って、彼女を抱きしめた。 樋口珠梨は駆け回っていた。 休みの日には街角に立ってチラシを配る。 バイトのシフトを減らしてサークル活動の時間を増やす。 集会があるときは旗を持って前列に立ち、合間を見ては近くでヒマそうな男を逆ナンしてきて、地道に参加者の増加に貢献した。 食費も切りつめてカンパもし、生活のほとんどを『反×××教』活動のために捧げていたが、この程度の苦労など今の彼女には平気だった。 (みんなの自由を守るのだ!) かつてこれほどの使命感に燃えたことは珠梨にはない。 サークル幹部たちの下で彼女は懸命に雑用をこなし、充実した毎日を彼女は送っている。 一万人デモ行進の日まで、あと1ヶ月を切った。 今日も、夜遅くまで珠梨は看板描きをしている。 サークル幹部のたまり場となっている貸倉庫で、みんなでわいわいと準備を進めている時間が珠梨は好きだった。学園祭の準備などはサボってばかりだった学校生活を軽く後悔するくらいだ。 「おつかれー。珠梨、それ何描いてんの?」 「あ、おつかれっす。ミッキマーですよ。かわいいでしょ?」 「……どこのおっさんかと思った」 「ひっどーい! 超似てるのに。ねえ?」 「いや、全然似てねーよ、マジウケる」 「えー」 若い男性幹部たちとも仲良くなって、珠梨はずいぶんと可愛がられていた。 最初に珠梨と寝た大学生は、その後も何度か誘ってきたりしていたが、最近は打ち合わせにも顔を出していない。 学校が忙しいのかと思って気にしていなかったが、近頃は他の幹部が何かと珠梨を誘ってくるようになり、少し迷惑をしていた。 勢いでこの中の一人と寝てしまったことも今の珠梨は後悔しているし、幹部にはイケてる男も多いが寝てみたいとも思わない。今は仲間意識の方が強くてその気にはなれなかった。 なのに明らかにモテ始めている様子の彼女に、一緒に加入していた上野の方が敏感に反応していた。 「似てるのにねえ、上野ちゃん?」 「……」 最近では無視までされるようになっていた。珠梨が近寄っても彼女は黙々と作業を続けるだけで、会話にも乗ってきてはくれない。 (……別に、いいもんねー) 女友達とは、もともと長続きした試しがない。男絡みの嫉妬でたいてい揉める。 男友達とも、体が絡めばもっと面倒くさいことになる。 昔からそうだった。自分でそうしたいと思ったつもりはなくても、男は寄ってくるし女は離れていく。 寂しくないわけではない。そんなとき、ついついセックスに逃げてしまうのが昔の珠梨だったが、今は『反×××教』という大きな目的があった。 少なくとも、ここにいるメンバーとは友情やセックスだけではない、もっと深い繋がりがある。珠梨はそのことがとても嬉しく、みんなのことが大好きだった。 「よっしゃ! いっちょあがり!」 看板を完成させて顔を上げると、スーツの男性がそれを見下ろして驚いた顔をしていた。 「……ええっ、尊師さまかよ。ちょっとインパクトがありすぎない?」 「違います。ミッキマーです」 「うっそ。君、下っ手くそだなあ。ははっ」 その男には見覚えがあった。『連合』の役員で、デモが近づいてからはよくサークルにも顔を出している。でも会話したのはあの日以来だった。 (確か……桐山さんだっけ) 最初に珠梨たちに声をかけてきた男だ。 そして、その正体は×××教の『第3級天使』だ。 薫の計画に従い、『反×××教』の役員として創設から関わり、そしてサークルの相談役でもある。 すでにサークル幹部は全員×××教であり、相談役の仕事もなくなっていたが、彼らの様子で気になることがあって、ここしばらくは様子を見に通っていた。 目的は、樋口珠梨だった。 「ねえ、君。デモの当日は先頭で旗を持ってくれないかな?」 「え?」 突然の提案に珠梨は戸惑う。先頭を歩くのは幹部の役目で、珠梨たちはその手伝いの雑用係でしかない。 当然、珠梨は辞退しようと思う。だが、珠梨より先に上野が張り切って手を上げた。 「はい! 私たちでよければ喜んで!」 上野は、最初の日から桐山に目をつけている。珠梨は開いた口をゆっくり塞いで、ジトッとした目で上野を睨む。 「いや、君はいいよ。こっちの子だけにお願いしたいんだ」 「え?」 「え?」 今度は上野が珠梨を睨みつけ、珠梨が視線を逸らした。 気まずい空気にさすがの珠梨も居たたまれない気持ちになるのだが、桐山はたいして気にする風でもない。 「君みたいな子が前にいてくれたほうが見栄えするからさ。頼むよ」 「いや、あー、そうではなくてですねえ。“あたしたち”は、ただのお手伝い係なんで……」 「いいじゃん。きっと目立つよ、君。華があるっていうかさ。当日はテレビも来るだろうから、うちも少しでもイメージを良くしたいんだよね」 「マジで、その、“あたしたち”、困りますんで」 上野に気を使う珠梨を無視して、桐山は馴れ馴れしく話を進めていく。 この場にはいない方が良いと思って、珠梨は「少し打ち合わせしたい」という桐山に従って外に出ることにした。 なぜか、他のサークル幹部の男たちが不機嫌そうにしているのも、少し気になったが。 「……どこ行くんすかー?」 「すぐそこだよ。自販機のコーヒーでも飲もう」 倉庫の外の夜風は肌寒く、ついでに乾かすために持ってきた看板を握りしめて身震いする。奢ってもらった缶コーヒーは開けずにカイロ代わりに手の中で転がした。 その姿を桐山は見下ろし、内心で嘆息する。 (この子は本物だな) 出会ったときから、彼女が目をひく容姿なのは知っている。メンバーの勧誘なんてのはイケメン揃いの若手に任せるつもりだった自分が、思わず声をかけてしまっていたくらいだから。 その後、彼女を×××教に引き込む前に、どの程度の女なのかサークルのメンバーに『品定め』を依頼しておいた。見込みがある品なら、当然チェックしておくべきだからだ。 信徒になってしまえば勝手に手を出すことは出来ないが、その前なら抱いても咎められることはない。サークルの幹部に容姿やノリの良い人間を置いたのはそのためだ。 そして珠梨がその日のうちにあっさりメンバーと寝たときは、その尻軽さに少し幻滅もした。 だが、相手の男は逆に彼女にはまってしまい、桐山の目を盗んで勝手に口説き始めた。それどころか、他のメンバーまで「彼女の品定めがしたい」と許可を求めだすようになった。 ×××教の敬虔な信徒ともあろう者たちが、信徒でもない女にうつつを抜かすなどとんでもないことだ。 最初に彼女と寝た大学生は、なぜか連絡が取れなくなった。それを契機にますます珠梨をめぐる男たちの駆け引きは熾烈になっていき、このままではサークルの活動にも支障が出そうだという。 気になってここ数日、彼女を観察してみた。そして確信した。 樋口珠梨はダイヤモンドか、あるいはそれ以上のモノになる原石だ。 顔も体も良いのはもちろんだが、それ以上に彼女は良い雰囲気を持っている。明るくて色気もありノリも良い。男を気安くさせるバカっぽさもあって、保護欲をくすぐる危なっかしさもある。 たいていの男は彼女に惹かれるだろう。そして、自分のモノにしてやりたいと思うはずだ。 誰かが磨いてやれば、彼女は相当のものになる。数多くのモデルやタレントの「いいオンナ」と遊んできた桐山には自信があった。 樋口珠梨なら審査部なんて楽勝だ。それどころか、教祖からの特別表彰もありうるタマだ。 「それで、さっきの話だけど」 「その話なら結構です。“あたしたち”は無理ですってさっきから言ってませんか?」 「俺、君のこと前からかなり気にいってんだけどな。知ってる?」 「知りませんでした」 「芸能界とか興味ない? 俺、博通堂なの。もしその気あるなら紹介できるけど」 「興味ないです。マジで」 とりつくしまもない様子だ。さっきのもう一人の女に義理立てでもしてるのかと桐山は察する。 だったら、二人まとめて落とすか。それともさっさと教典を見せるべきか。できれば、一晩と言わずしばらく『品定め』を楽しみたい桐山としては、実力でナンパしたいところだが。 そして桐山は、大天使の薫に操を立てていたはずの自分が、まるでタイプの違う珠梨によこしまな欲望を抱いていることに、自分自身で驚いた。 抱きたいと思っている。薫と同い年の少女で、信徒でもないこのアバズレを。 天使としては禁忌のはずの妄想が、桐山を興奮させていた。 珠梨を忠実な信徒にして、思うさま抱いてやりたい。この少女がベッドの中でどれだけ乱れるのか、彼女を抱いた学生から自慢のように聞かされていた桐山は興奮していた。 自分なら、もっと乱れさせることもできるだろう。もう四の五の言わせず、すぐにでも彼女を『信徒』にして、一晩で何度でも抱いてやろうか。 今夜のために用意していた懐の教典を探っていると、ふと、珠梨が不審そうに顔を上げた。 「……桐山さん、博通堂なんすか?」 「え、あぁ、そうだよ」 「なんで、あそこの人が『反×××教』の役員に? あなたたちにとって、×××教って大事なお客さんなんじゃないですか?」 前に同棲していた男が、確かそんなようなことを言っていた。ふとそのこと思い出して、珠梨は疑問をぶつける。 桐山が動揺したのは一瞬だけだった。だが、「個人の思想は別だろ?」と笑ってみせる彼に、珠梨は違和感を覚えた。 それはまったくの勘だ。しかし、珠梨は自分の直感を信じて生きる子だった。 なぜなら、頭が悪いので長く考えても無駄だということを、よく知っている。 「失礼します」 「何を…ッ!?」 スーツの胸元に入っていた手を引きずり出す。 そこに握られている黒い革の表紙には珠梨も見覚えがあった。 母親が自分に読ませようとしたのと同じだ。 「裏切り者! お前、×××教だろ!」 桐山はとっさに彼女の腕を掴んだ。珠梨の振り上げた看板が宙で止まり、至近距離で睨み合う。 「……大声を出すな。すぐに気持ちよくしてやるさ」 珠梨の前に革の表紙が掲げられる。忌々しい×××教の教典だ。 怒りで沸騰しそうな頭で、珠梨は風俗で働き始めたときに聞いた護身の心得を思い出す。 逃げるのが一番。店や警察を呼ぶのが二番。 どうしようもないときは―――とにかく、金玉を狙え。 手にした看板を、もう一度ギュギュッと握りしめる。その動きは桐山には読まれ警戒されていたが。 「トンファーキ〜〜ック!」 「ぐぼぉ!?」 予想外の蹴りが桐山の股間に炸裂した。 失神した桐山を、珠梨は倉庫まで引きずっていく。 サークル幹部のメンバーはまだ全員残っていた。その中には上野の姿もあった。 「裏切り者のスパイを捕まえてきやした!」 スーツの首根っこを掴んで、ずるずると桐山を引きずり出す。 他のメンバーは、なぜか冷笑まじりで珠梨を見た。 「……桐山天使、失敗っすか」 「お気の毒です。あとは俺らに任せてください」 「おい、まだ教典使うなよ。俺らじゃ『品定め』できねえ」 異様な雰囲気に珠梨はたじろいだ。 彼らが言っている教典とは、あの教典のことか? 混乱した頭で、珠梨は何も出来ずに立ち尽くす。 「あ〜あ。珠梨ちゃんかわいそ」 「ちょっと男たち。私たちもいるんだから自重してよね」 「いいじゃん、こいつまだ教団の敵だし。今なら何したって罪にはならないよん」 「まあ、君らはどこかでお茶でもしててよ。こっちのことは俺ら任せってことで」 「もう、男ってホントさいてー。ま、いいか。珠梨って最近なまいきだったし」 彼らが何を言っているかもわからない。 明るくて頼もしい仲間たちが、まるで自分を敵か獲物のように嫌な目で見ている。 ひりひりと肌が痛くなっていく気がした。 「久々にワクワクする。こういうのレイプがたくさんあったのが昔のサークル活動なんだよ」 「正直ホッとしたね。俺らにはチャンス巡ってこないと思ってたからさ。マジで珠梨のこと狙ってたんだよなー、俺」 「な……なんなの、みんな? ちょっとおかしくない?」 助けを求めて周りを見渡すと、上野がいた。 だが、彼女はじっと手元の本に視線を落としている。それは教典だ。やがてゆっくりと顔を上げ、彼女は笑った。 「珠梨……これ、やばくない? 教典マジやばいって。ひひっ」 異様な笑みに寒気が走る。 背を向けて逃げだそうとした寸前、男の一人に腕を掴まれた。しかし看板はまだ手に握っており、珠梨はそこに精一杯の力を込める。 「トンファーキ〜〜ック!」 「ぐぼぉ!?」 「やべえ、こいつトンファー使いだ。距離を取れ!」 「囲め囲めっ! 包囲して逃がすな!」 「目だ、目を狙え!」 「やめろ、バカ…ッ! なんだよ、もう! みんなのこと好きだったのに! 全員、裏切り者なのかよ! バカ〜〜ッ!」 男たちに囲まれ、捕まり、担ぎ上げられる。 倉庫の奥には仮眠室もあり、数人が寝泊まりできるようになっている。そこへ向かって、男たちは大騒ぎしながら珠梨を運んでいく。 これからされることを想像して、珠梨は絶望した。 「助けて……パパ、ママ……っ」 恐怖で悲鳴も出て来ない。 だがそのとき、ガン、という音とともに、倉庫の扉が開かれ、スポットライトのような強い明かりに室内が照らされた。 一同が驚いて振り返る。そこには十名ほどの男たちが立っていた。 ほとんどがオタクっぽい汚い格好をした連中だ。だが数人は雰囲気が違って、屈強そうな大男もいれば、金髪に派手なスカジャンのいかつい顔をした男もいる。 見たこともない取り合わせの登場に、サークル幹部たちも顔を見合わせた。 その中で、珠梨が急に驚いた声を上げる。 「あっ!? あたしのストーカー君たちじゃん!」 ますます意味がわからなくて、サークル幹部たち珠梨を担ぎ上げたまま現れた男たちを凝視する。 珠梨にストーカーと呼ばれた男たちは、むしろ、珠梨の方を強く睨みつけていた。 「マジ助けにきてくれて嬉しい! つーか、ずっと見てたんでしょあんたら? 早く助けてよ、早く! 何してんのよ!」 無言で珠梨を睨みつける男たち。 その中で、金髪ヤンキーの男がリーゼントをかき上げながら答えた。 「とか言って珠梨ちゃん、そいつらの一人と寝たじゃんよ…。俺ら、そのことにずーっとプンスカなの!」 「チャラい大学生と……会ったその日のうちに……珠梨たんビッチすぎ……」 オタク風の男の一人も、ぼそぼそと非難する。 珠梨は顔を真っ赤にした。 「う、うっせーな! あんときはちょっとテンションおかしかったのっ。わりーわりー反省してます謝るから助けて、お願ーい!」 彼らは、本物の珠梨のストーカーたちだ。 デッサン教室や耳かきのバイトをしていうちに、珠梨は多数のストーカーに狙われるようになっていた。 だが、そのストーカーも人数が増えすぎたせいで、彼らの中で牽制や争いが起こるようになった。そして、その争いの中でやがて友情や相互理解が生まれ、彼らなりの様々なドラマを経て、自然と同盟のようなものまで勝手に出来あがっていた。 そのへんの事情は珠梨もよくわかっていない。むしろストーキング自体は同盟化により強化されている。どれだけの対策しても彼らには無駄なので、珠梨は見られることを諦めることにした。 なので、今までのことも当然彼らには筒抜けだ。そのことを珠梨が忘れていただけだ。 そういう大雑把な性格も含めて、彼女は彼らのアイドルだった。 「ったく……ホント、珠梨ちゃんは危なっかしくて見てらんねぇよ」 「いや、俺たち四六時中監視してるんだけど……」 「はーあ。しゃあねえ。いくぜ、吾郎。学生どもにリアルな痛みを教えてやんぞ」 「おう」 珠梨ストーカーズの武闘派、ステゴロの鉄雄と格闘技マニアの吾郎がズイと前に出る。明らかに素人とは違う雰囲気に、サークルの連中はたじろいだ。 その間にオタク集団が動き出す。サークルのPCや自分たちのモバイルを勝手に接続し、行動を開始していた。 「隠し撮りした動画を編集……珠里たんの顔だけモザイク……『反×××教の真実を内部告発』のタイトルでうp……」 「ネット用の記事配信……恐るべきレイプパーティの実態と×××教との関係……他にも事件をでっち上げて炎上させるか……」 「経理簿に不審な流れを発見……×××教との関係を裏付けられそうだ……」 「こっちは反×××教のサーバから警視庁のHPにハッキングした……形跡残しまくりで……」 「鬼女板にも投下……いや、すでに祭状態か……やはり鬼女……」 「鉄雄、吾郎……そいつらのケータイをくれ……念のため、あらゆる人間関係をぶっつぶしておく……あの大学生みたいに……」 「おう、頼む」 ストーカーズの武闘派が幹部たちをボコボコにし、オタク派がネット攻撃の下地を作っていく。桐山もまたその争乱の中に飲み込まれていった。 全員のケータイも取り上げられ、実態を暴かれ、ネットで晒されて暴力でも脅迫を受ける。 反×××教サークルはその夜、事実上の壊滅を迎えた。 「サンキュー、お前ら! 今度割引きしてやっから、また指名してくれよな!」 そしてまだ騒ぎも収まらない中、珠梨はシュタっと片手を上げて、スタコラと逃げ出していく。
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