かなめの部屋


 窓から差し込む光がまぶたの上から眼球を刺激する。
―何年間も眠りについていた様な……まるで白雪姫のような時間だったなぁ……なぁんてね―
 寝起き様にそう感じながら瞳を開いた。しかし彼女の目を覚まさせたのは王子様のキスではなく下半身に感じる違和感だった。いつもと何かが違う。
―んー……よく寝れてスッキリとした気持ちだけど、寝ている最中にもスッキリしたような…………っえ!!えぇぇぇっ!!!!-
 かなめはベッドに寝た体制のまま、ゆっくりと自分の手を布団の中へと忍び込ませた。
びちゃっ、そんな擬音で例えるならこんな音だろうか。
 下着はおろか、シーツにまで達している濡れた感触に鼻をにツンとくる刺激臭。パジャマが下半身にびっしょりとくっついてしまっているのが不快感を与えてくる。
―ウソッ……!この年で…………お、おねしょなんて……!!―
 ゆっくりと掛け布団をめくってみると、そこにはぐっしょりとお尻を中心として薄茶色に染まった光景が目に飛び込んできた。
―…………っあれっ?―
 高校生にもなっておねしょをしてしまった恥ずかしさはあったが、かなめは何か別の違和感を感じた。
 が、それが何なのかスグに気づく事が出来た。それは違和感というかとても単純な疑問で「何故自分が寝ていたベットがこんなに大きくなっているのか?」ということだった。
 寝ていたベッドは両手を広げればはみ出すぐらいの横幅で、自分の身長より何十センチか余裕のあったベットだったが今かなめが上半身を起こしている状態でも軽く二倍近くはありそうな広さだ。
 それに高さも自分の膝丈ぐらいのだったのに、自分の腰ほどはあるかという大きな高さ、まるでキングサイズの様なベッドになっていた。
 かなめは一瞬自分が別の部屋で寝てしまったのでは?と辺りを見回そうとしたときだった。

ガチャッ

「おっはよー!かなめちゃーん!!」
「!!!!」
 かなめの部屋に里穂がノックも無しに入り込んできたのだ。かなめは驚きつつ慌てて自分の粗相した姿を手で隠そうとした……が、流石に手で覆っただけでは布団の染みまで隠すことなど出来ず、パジャマのヒップラインからべっとりと汚してしまっていることがバレバレだった。
―ど、どうしよう……!!絶対里穂に笑われる!!あんなにお姉ちゃんみたいになりたいって言われてきたのに……!!これじゃあ大失態よ……!!姉の面目丸つぶれぇっ!!―
 頭の中でグルグルと言い訳やら今後の姉としての立場について思いを巡らせていたが、妹の里穂が発した言葉はかなめの想像よりも遥か斜め上からの台詞だった。
「……ん?あぁーあぁー、また失敗しちゃったの?しょうがないなぁ片付けてあげるからお風呂いっといで、今度はちゃんと夜もおむつ履いておきなさいよー」
―え……?……えぇっっ!!??―
 言葉にならない。口をパクパクと開くが声が発せられない。発せられたとしても何を口にしていいのか分からなかった。
 さらに里穂はかなめが失態したこの情景がさも当然の様に受け入れ、まるで当たり前の様にかなめを布団から降ろさせたのだ。
 この現状にかなめはもちろん言葉を失い続けていたが、そんな事が些細だと思えるほど大きな疑問が頭に浮かんだ。
―……なんで……なんでなんで里穂がこんなに大きいの……?―
 確かに昨日まで一緒に夕飯を食べて話をしていた里穂はかなめより頭一つ分は背が小さかったはずだ。
 しかし、今布団から降りて床に立ったかなめの正面にいる里穂は明らかに自分より大きかった。
 何しろかなめの目線にはちょうど里穂の腹がある、表情を伺おうとすれば首を大きく上げなければならなかった。
―何!?何!?何!?何なの!?里穂が大きい!!違う!まずはこの状況でも変だと思わない里穂は…………―
 何から話していいのか分からず、かなめの頭には次々と混乱の糸が絡まっていく。
「ほらほら、早く体を洗いに行った!」
 パニック状態のかなめを里穂は追い出すように部屋の外に連れて行き、かなめが汚したシーツを布団から外そうとしていた。
 あまりにもデカくなった里穂にかなめは何も言えずに立ち尽くすしかなかった。そして一つの事実に気づく。
―…………これは里穂が大きくなったのではない、私ががとても小さくなっているんだ!!―
 ゆっくりと辺りを見回すと部屋のドアも廊下も天井も自分の知っている家だとは思えないほど巨大に見えた。しかしそれは自分の身長が、体格が、あまりにも小さく幼くなっていたからだった。
 かなめは手と目で変わり果てた自分の姿を確認していく。形の良かったバストは薄く平らな胸にちょこんと乳首があるだけ手も足もとても短くなった様に見え、肌の上からうっすら見えていた鍛えた筋肉も柔らかいふくよかな脂肪の感触に変わっていた。
 腰にはくびれが無くなっており胸と腰の境目もはっきりしない、下半身は未だぐっしょりと濡れたおねしょの冷たさがパジャマ越しに感じられ何とも恥ずかしく、そして情けない気持ちにさせる。
 そして結果気づいたのは着ていたパジャマもいつも来ていたものではなく、幼い子供が着ているようなパイル生地で出来たピンク色の可愛らしい服になっていた。
 さらにそんな幼児が着るような服を自分が着れてしまっている事に対し、焦燥と不安で鼓動が大きく高鳴る。
―そ、そうだ!!お母さんに会えば!!きっとこの状況がおかしい事に気づいてくれる!!―
 濡れたパジャマを気にする暇も無くかなめは台所へと急いだ。巨大な椅子、巨大なテーブルの足、巨大な冷蔵庫、アトラクションの中にでもいるような感覚に戸惑いながら母親の元へと走る。
―何よ、何なのよこれ!?こ、これじゃあまるで不思議の国のアリスじゃないっ……!!―
「お……お母さん!!」
 台所まで行くとそこには、いつものエプロンでいつもの様に朝食の準備をしている、しかし今のかなめからしたら倍以上ある母親の姿はすさまじい程の巨体に見えた。
―かなめ!?ど、どうしたのその姿!!そんなに小さくなって!!病院に行かないと!!―
 と頭の中でこの事態がおかしいという事を証明してくれる台詞をかなめは望んだが母親が口にしたのははこれが現実だと思わせざるをえない台詞だった。
「かなめ……あなた、またおねしょしちゃったの?駄目じゃない、お姉ちゃんの言うことを聞かないと……早くシャワーを……」
「ちょ、ちょっと待って!ちょっと待ってよ!!今の私変じゃない!?だってこんなに小さいのよ!?」
 母親の発言が今のおかしな現状を正当化している台詞だったので思わず喋っているのを遮りかなめは声を張り上げた。
「どうしたのかなめ、まだ寝ぼけているんじゃない?ほら、服脱がせてあげるから脱衣所に行きましょ」
 まるで自分の言葉に耳をかさずに脱衣所まで連れて行く母親にかなめは憤りを感じ始める。
「だって昨日まで高校生だったのに!今はこんなに小さくなっちゃってるなんて何かの病気よ!!」
 脱衣所まで手を引かれながら大きく叫ぶその声は子供独特の甲高いものになっていたが、今のかなめにはそれに気づく余裕を持ち合わせていなかった。
「どうしちゃったのよ?高校生って、まだかなめは小学校に入ったばかりじゃない……夢か何かで高校生になってたの?それともお姉ちゃんに何か酷いことでも言われたの?」
「しょ、小学生……?違う……違う違う……!!」
 見た目はいつもの母親なのに……いつもの妹だった筈なのに、自分だけがいつもと違うという事に、そして誰もそれに気づいてくれない事にかなめの目から自然と涙がこぼれた。
「ほら、脱衣所についたからパジャマ脱ぎましょ、このままだとおしっこの嫌な臭いが体に移っちゃうかもしれないわよぉ?」
「…………そんな子供扱いしないで……」
「……今日のかなめはどうしたの?何か嫌な事でもあった?」
 母親の幼児に語りかけるような口調がさらにかなめの心を痛めつけていく。事実今のかなめは誰が見ても幼児そのものなのだが。
「自分で出来るからいい……出て行って……!」
 涙声で怒るかなめに母親はやれやれといった表情で肩を竦めながら脱衣所を後にした。母親としての経験上ここは放っておいた方がいいと思ったのかもしれない。
―落ち着かなきゃ……冷静に今の状況を判断して……このおかしな現象を何としなくちゃ……!!―
 一糸纏わぬ姿になり風呂場に入るかなめだったが、その姿は昨日までの艶やかさなど殆ど無くなっておりで大人びるどころか幼さしか見当たらない容姿だったがその表情は子供とは思えないほど迫力に満ちていた。

 

まえ                                             つづき