木にも萱にも心を置く

 

「近藤君……騙したわね」
「どうしたんでしゅかー?お兄ちゃんと離れるのが寂しいんでしゅかー?」
「覚えていなさいよ……」
「おやおやーそんな怒った顔しちゃ駄目でちゅよー、1歳らしく大人しく遊んでいてくだしゃいねー」
「じゃあお預かりいたしますね、今日は親御さんと一緒じゃないんですか?」
「ええ、今二人とも旅行中で……じゃあ妹をよろしくお願いします」
「いってらっしゃいませー」
「じゃあそういうことでスマンな若木」
 俺は若木の小さな頭を撫でると静の手を引いて売り場に戻った。そう、若木には黙っていたがここのホームセンターには託児ルームが着いている。母親が静を連れて買い物に行くときはいつもここを利用していて、俺も何度かここのベビーシッターさんと顔をあわせている。
 流石の若木もここで人目を引くわけにも行かず、他の年端もいかぬ子供達に紛れて1歳児を演じているようだ。まぁこれもこんな自体に陥ってしまった超常現象を恨んでくれ。スマン若木。それに静の着替えもあるので出来れば文句言う若木の居ぬ間に済ませたい。
静の手を引きながらさっさと買い物を始めようとしたが、外とは違い静の行動が目立ってしまって仕方ない。
 それもそうだ、女子高生の体とはいえ中身は歩くことを覚えて日も浅い1歳児なのだから体と動きのギャップが第三者からは奇妙に見えてもしょうがないと言えばしょうがない。
 何しろ歩き方は大股で歩くし、急にしゃがんだり俺に飛びついてきたり、急に大声を出して周囲を驚かせる。しかもその相手が女子高生の中でも綺麗な部類に入る女性なのだからすれ違う人様も何かいけないものを見てしまったような顔をしていく。特に男性からの目線は別の意味も感じ取れる。何度も謝るがスマン若木、これもお前の豊満な体が悪い。美しさが罪とはよく言ったものだ。
「にーちゃーこれぇー」
 俺の服を引っ張って静がお菓子を渡してきた。見ると教育テレビに出てくるキャラクターがパッケージを飾っているカラフルなキャンディだった。
 俺はしばらく考えたあと、今の静にこれを食わせるのは危険じゃなかろうかと判断した。のどでも詰まらせでもしたら大変だ。
「静ーこれはまだ静には早いから、また今度にしようねー」
そう言って俺は渡されたお菓子を元あった棚に戻した。すると静が
「うっ……うぇ……うぇーっ……」
いつもクールで冷静で知的な若木の顔が涙で溢れグシャグシャになっていく。やばい!これは静が大泣きするときのパターンだ!
「うぇぇぇぇぇぇぇぇぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
 静はそのまま床に座り込むと大声で泣き始めてしまった。この体なので声もいつもより大きいし顔は鼻水まで垂れてきてしまっている。
 辺りを見渡すと注目を集める度頃ではなかった。近くにいた小学校低学年ぐらいの女の子は呆気にとられたように口をあけ呆然としているし、おばさん達のグループは何事かしらと集まってきた。挙句の果てにはベテラン店員のような人がやってきて「大丈夫ですか?お怪我でもしましたか?」と慌てふためくし。
俺は「大丈夫です、ちょっと可哀想な子で……」と曖昧に言葉を濁して追い返すと棚からさっきのキャンディの箱を取り「ほら、兄ちゃんが買ってやるからな泣き止もうな」と静を泣き止ませながら逃げるように食品売り場を後にした。
 藤浦のばばぁといい……本当に変な噂にならないでくれよ……どうか知り合いに見つかっていませんように。

 これ以上、静が事件を起こす前に俺は早々と食品を買い介護コーナーに向かった。
 そう、今の静はいつ足元に水溜りをつくってもおかしくない。早めに大人用の紙おむつを付けさせておかないと最悪大惨事になりかねない。
 スリムな若木の体型を考慮してSサイズのものを選んでレジへと進んだ。静かはまだ目に涙を浮かべながらヒックヒックと泣いている。
「ごめんなー静……ほら欲しかったキャンディを買ってやるから笑ってくれよー」
 静の頭を撫でて落ち着かせてやる。同年代の女性に泣かれると他の人から見られたら痴情のもつれに見られてしまうかもしれん。本当に頼むぜ神様!どうか同級生とか知り合いにだけは出くわさないでくれ……!
 大人しくなった静を連れてレジを済ませると着替えのためにトイレへと向かうことにした。……がここで大きな難関が待ち構えていた。
 今……この姿の静を連れて男子トイレに入るのはかなりマズイ……!下手したら通報されるかもしれない。いやしかし女子トイレに入る訳にもいかんし……それこそ通報されちまう。
 考えた挙句、俺は静をその場で待たせて男子トイレに誰もいないのを確認した後急いで個室へと連れ込んだ。普通なら小さな妹の着替えを手伝っている優しい兄の映像だが、少し涙目の綺麗な女子高生を連れ込む様子はアダルトな雑誌にでも出てきそうなシチュエーションだ。しかも相手は綺麗なクラスの委員長、出来過ぎている。
 車椅子用の大き目の個室に入ると動き回る静を宥めながらズボンを脱がし、下着も脱がしておむつに履き替えさせようとした、が。
「!!!」
 悪い若木、どう謝ればいいのか分からないが、この世に生を受けてから彼女はおろか告白さえしたこともされたこともない俺に美人で有名な学級委員長様の下半身露出は刺激が多すぎる。しかし!!ここで道を踏み外しては兄として漢としての名誉が守れねぇ!
「にーちゃーさむいー」
「ちょっ……ちょっと大人しくしていようねー静ー」
 落ち着け!相手は妹だ!いやむしろマネキンか何かだと思うんだ!俺はただこの綺麗なマネキンの足におむつを通せばいいだけなんだ!変な気を起こすな!

 

-やく五分ほど近藤啓太が見えない敵と戦っておりますが、あまりにお見苦しいので省略させていただきます-

 

危ねぇ危ねぇ……あと少しで理性が持って行かれるところだったぜ……。
「にーちゃーしずかねーつかれたー」
「あぁ、わかったよー家に帰ったらおやすみしようねー」
 無事に下着交換を済ませる事のできた俺は、静を連れた男子トイレ脱出の策も成功し若木の待っている託児所へと向かっていた。
 買い物の最中泣いて暴れて着替えの最中悪戦苦闘している俺をよそに動き回っていた静は疲れたのかだらしなく俺に寄りかかりながら歩いている。
 ようやく託児所へたどり着くとそこにはエプロン姿のお姉さんに抱えられた若木がダランと体を垂らして眠っていた。
「おかえりなさい、今日は妹さんご機嫌斜めみたいでオモチャにも触らないで大人しくて……暫くして様子を見に行ったら寝ちゃってたんですよ」
「そうだったんですか、ご心配おかけいたしました」
 そりゃあ若木だってそんな小さな体で動いていたら普段以上に疲れると思うし、何だかんだ言っても精神的に大分しんどかったはずだ。
 俺は託児所のお姉さんから起こさないように小さな若木の体を抱え上げて託児室を後にした。
「ん?この感触は……もしかして」
若木の体を抱えていたらふと変な違和感を覚えた。……まさかあの時……いや、プライドの高い若木ならありえるかもしれない。
しかしそれならいつ事態が悪化してもおかしくない……。むしろ若木が寝ている今こそが絶好のチャンスなんじゃないか?いや予備は生憎持ち合わせていないし……。
いつもの静なら1時間ちょっとは昼寝をしているはずだから、家に帰ってからでも間に合うか……?
 そっとベビーカーに若木を乗せて飴をピチャピチャと音を立てながら舐める静と手を繋ぎ俺達はホームセンターを後にするのだった。

 

鳴かぬ蛍が身を焦がす

 

 家に帰ると静は夕方から始まる子供向け番組に夢中になっており、俺は若木をソファに寝かせて服に手をかけるところだった。
 ゆっくりと寝ている若木を起こさないように手を動かす。若木が着ているチェニックを捲ると可愛らしいお腹とヘソがあらわになった。次にスカート着きの柔らかい綿100%のズボンに手を掛ける。ロンパースタイプになっているので出来るだけ若木を起こさないように慎重に股の間のボタンを外す。
「やっぱり……思った通りだったか」
ズボンの下に若木は何も着けていなかった。子供らしいプニプニとした下半身があるだけだった。
 そう、若木は自分で紙オムツを着けると言ったが身に着けておらず、替えに渡したのは恐らく汚したオムツと一緒にビニール袋に入れて手渡したのだろう。
 そういえばあの時の若木はどこか俺の顔を見ず、そわそわしていた気がする。あの時は恥ずかしさのせいだと思っていたが、なるほどこういうことだったのか。
 自分の才能に釣り合ったプライドを持つ若木のことだ、きっとおむつを履くのが余程嫌だったに違いない、嫌なそぶりは存分に見せていたしな。
 しかし、いつまでもこのままの状態にする訳にはいかない。今の若木がトイレを我慢できないことは分かっている。もしも仮に今度も粗相をしておむつを付けずにビショビショにしてしまったら大変だし、湿疹や変な病気にでも出来てしまったらそれこそ事件だ。
 俺は若木の寝ている間に何かあっても大丈夫なように新しい紙おむつをお尻に敷かせてつけようとした。
 と、その時寝ている若木が少し動いたかと思うと小さなその体に力を入れたように身を縮こまらせた。
まずい……実は俺はこの症状を何度か経験している。こんな風に静の体に力が入って震えているときは…………・。
 ……チョロ……チョロチョロチョロチョロ
 ……おしっこをするときだよ……。はぁ……俺は思わず頭を抱えてしまった。
 以前に静のおむつを取り替えようとしてやられてしまったことは1、二回あったが、まさか委員長様の寝小便する瞬間を拝見することになるとは思ってもいなかった。
 まるで噴水のように若木の体から飛び出た水は下におむつを敷いていたお陰で上手くそこに吸収されいった。
 流石に1歳児のお腹に溜まっていた量は微々たるもので数秒で勢いを無くし、寝ている若木は体をブルッと震わせてスッキリしたせいか、気持ち良さそうな顔で寝ていた。
 若木がおむつを履いていなかった事に気づいていなかったら今頃若木は着ていた服をビショビショに濡らして恥をかいていたところだろう。全く危なかったぜ、感謝してくれよ。
 俺は汚れたばかりのおむつを取り替えようと若木のお尻を持ち上げたそのときだった。
「ん…………うぅん……」
 若木が声を漏らした!やばい!この状況に気づかれたらもはや言い逃れしてもカッターナイフか包丁で体を刺されかねん!!
 若木はうっすらと半目を開けた。俺はいよいよ死も覚悟すべきだと思っていた、が若木はそのまま目を閉じて眠りに落ちてしまった。
「あ、あれ?……助かった……のか?」
 ……ふぅ、だ、大丈夫だったよな?ばれなかったよな……?そりゃあシチュエーションから見てみると眠ってしまった同級生のクラス委員長を家のソファーで寝かせ服を脱がして下半身に触れようとした。が、しかし今のクラス委員長様である若木恵理は誰が見ても1歳児である俺の妹の姿なのだ!決っしてこれは犯罪じゃない!お漏らししてしまった妹のおむつを取り替えてやる事が犯罪なら、日本が少子高齢化で嘆かれている理由にも納得できるってもんだ。
 俺はまた若木が目を覚まさないようにと俊敏に後始末をして新しいオムツに取替え服を着させてやった。
 何度も言うがこれは犯罪では無いしやましい気持ちなんかも無い!しかし気分は完全犯罪をやり抜いた気分だぜ……。
 途中若木の顔が赤く恥ずかしそうな表情になっていた気もするが、あえてそこは気づかないふりをした……。

 

まえ                                             つづき