事が延びれば尾鰭が付く

 

 シャァァァァァァァッ
 風呂場でシャワーの流れる音が響く。
 俺の右手にはシャワーが左手には若木……もとい若木の体になった静のふとももが掴まれている。たまに静の肌に当たったお湯が顔に跳ねてくすぐったい。俺の顔先数十センチには一糸纏わぬ若木の下半身が広がっている。……が、俺はどんなに眼を開いても映ってくるのは暗闇だけだ。
「見たら殺すわよ、近藤君」
 幼い声ながら冷ややかな台詞を若木が度々はさんでくる。
 今の状況を説明すると、俺はタオルで目隠しをして、静は濡れた部分を洗うため制服の下を脱ぎ、若木は俺の目の代わりをして右や左と指示を出している状態だ。たまに静がきゃっきゃっとくすぐったそうな声を上げる。
「それぐらいでいいわ、お湯を止めて出て行って、変な場所触ったら殺すわよ」
 目を隠している俺だが若木が決して冗談ではなく本気の目で喋っていることが想像できる。手探りでシャワーの蛇口を探してお湯を止める、目は見えなくても何というか女性の肌の匂いが感じられ、視界が無い分何か変な気持ちになりそうだった。
 俺は邪な気分から脱出するために、色々な角に体をぶつけながら早々と風呂場から出て目隠しをはずした。そして静が粗相を犯した衣類を洗濯機に放り込みボタンを押して脱衣所から逃げるようにリビングに戻ってきた。戻ったはいいが、俺にはこれからの難題が重くのしかかってきた。
 静のお漏らしは元に戻らなかった場合これからも続くことが予想される。
もちろん二回三回と回数を重ねるごとに俺の体力と若木の精神力は消耗されていくだろう。若木にいたっては現実逃避すらしかねん取り乱しぷりだったしな。しかしそのためにはいろいろと準備もいるし、若木も説得しなくちゃいけないかも……。
 ガチャッ
 振り向くと着替えの終わった静と若木が出てきた。静に着せるよう若木には母親のズボンとTシャツ、それに新品のショーツを渡してあったが平均的中年女性体型ではあるが小柄な母親の服は若木の体になった静には少し小さいらしく、余裕のある造りである筈のデニムもスキニーの様だ。
 若木はまだ恥ずかしさが残っているのか顔を少し赤らめながら俺を睨んでいる。
「にーちゃー!!」
 いきなり静が駆け寄ったと思ったらそのまま俺に飛びついてきやがった。俺は抱きしめる形で静を受けとめたが若木はもう注意をしなくなっていた。
「こら、降りなさい静……あ、若木も大変だったな……」
「うん……でも仕方ないわ、私の体とはいえ中身はまだ1歳の妹さんなんだもの」
 どうやら少し冷静さを取り戻したようだ。よかったよかった、憎しみは何も生まないんだぞ若木。
「と、ところでさ……実は今日の食材とか色々買いに行かなきゃならないんだよ……こんな事態になるって思わなかったからさ、でも二人をここに残したままじゃ行けないだろ?」
「買い物に付き合うくらい私は別にいいわよ、それよりも妹さんに気をつけてなさいよ」
「あ、あぁ分かってるよ、家のすぐ近くにホームセンターがあるからそんなに時間はかからないから」
 家から歩いて五分ほど先にはスーパーやらドラッグストアやらファーストフードが合体したホームセンターがある。
「あ、それと近藤君……」
「なんだ?」
「その……あの、また今回見たいなことがあると困るから……アレを買って妹さんに着けておいてほしいのよ……」
「アレ?……アレってまさか……」
「だってまた私の体で服を汚したりしたら大変でしょ?……それに外でもし何かあったら……私は恥ずかしさのあまり海外へ引っ越すかもしれないわ」
 海外って若木はどんだけプライドが高いんだ……まぁ分からないでもないが。
「わかった、ちょうど俺も今の静におむつを買っておいた方がいいと思ってたんだ、若木を説得せずに済んでよかったよ」
「そんなにはっきり言わないでよ!それじゃあ私がいつもおむつしているみたいじゃない!」
…………てか静の体の若木も、若木の体の静も今は必要だろうが。
「まぁとりあえず、買いに出かけるか」
「そうね、さっきみたいな事にならないうちにさっさと済ませましょ」
「たーい!」
 静は何も分かってなさげだったが笑顔で返事をした。

 

根がなくとも花は咲く

 

「近藤君……この体勢……恥ずかしいんだけど……」
「我慢してくれよ……少しきついけど大丈夫か?」
「うん……でも……これじゃあ足が閉じれない」
「仕方ないだろ……うし、締まりも大丈夫そうだ……痛くないか?」
「へ、平気だけど……誰かに見られたりしたら……」
「見られてって……誰に見られても今の若木なら変に思われねぇよ」
「やっぱりタクシーにしない?」
「こんな少しの距離でタクシー使えるかよ、それに抱えられるのが嫌だって言ったのは若木だろ?」
「そうだけど……これも十分恥ずかしいわよ……」
 若木が今乗っているのはうちの静用ベビーカーだ。今まで近場は抱っこ紐か徒歩で移動しているし、長い距離のときは車でチャイルドシートに載せているからほとんど活躍の場がなかったうちのベビーカーだったが、まさかこんな形で使うとは思わなかったぜ。
 今の若木はベビーカーに座り、体はベルトで固定され足元は落っこちないようにベビーガードになっているため足が閉じれないような形になっている。その格好がどうも若木には恥ずかしいようで、さっきからそわそわと小さな自分の体を動かしている。
 最初は抱っこかおんぶしながら向かおうとしたのだが、頑なに嫌がられてしまった。小さい子は総じて可愛くてわがままなものだが、中身が若木になったとたんに可愛くなくなってしまうのだから不思議なものだ。
「静ーお兄ちゃんと買い物に行くぞー」
「あーい!」
 近くで積み木遊びをしていた静を呼ぶと靴を履かせてやり買い物に出かけることにした。
「にーちゃー!これのりたいーのりーたいー!」
 静は以前まで自分の乗っていたベビーカーが気に入っていたのか、俺の腕を引っ張りながらのりたいアピールをしてくる。しかし今の静の体ではこのベビーカーはあまりにも小さすぎる。仮に乗れたとしても頭の可哀想な女子高生としか見られないだろう……あぁなんと悲惨なことだ、早く戻れるといいな我が妹よ。
 靴を履かせて鍵も閉めて何事もなく買い物へ行けると思っていたが、マンションから出て少し歩くといきなりやばい事態が訪れた。
「あらあらー近藤さんちの息子さんじゃないー」
「!!」
 最悪だ……!声の主は下の階に住む藤浦さんちのおばさんだった。
 藤浦のばばぁ……俺はどうもこの人が好きになれなかった。世間一般に言われているオバタリアンを形にしたような人で、話は長いし噂が好きでセールという言葉に目がない。体型は中年女性のぽっちゃり体型で、過去にはしょうもない世間話を三十分も付き合わされた挙句に好きな子はいないと答えただけで近藤さん家の息子は同性愛者という噂を近所に広ませた張本人でもある。
 誤解が解ける三ヶ月間、俺は会う人会う人に変な目で見られて引きこもりになりかける寸前だったんだぞ……!!
「あらー、親御さんが旅行中の間に彼女とデート?妹さんも連れてこう見ると新婚夫婦さんみたいねー、いや若いっていいわねー」
 やばい!このままだと俺が若木を家に連れ込みさらに結婚を約束したカップルみたいに誤解されてしまう!もしそんなデマを近所中に流されたりでもしたら……!!
「それにしても可愛らしい彼女さんねー」
「違います!ただのクラスメイトですから!」
「へっ?」
「なっ!」
 藤浦のばばぁが驚くのも無理はない、ベビーカーの中にいる一歳程の幼児が流暢な日本語で二人の関係を否定したのだから。
「ちょっ!!いっ、いやなんでもないんです!ちょっとこれからクラスメイトと買い物行くんで…………失礼しまーーーす!!」
 俺は静の手を引き、ベビーカーを押すと急いでその場から立ち去った。藤浦のばばぁはポカーンと立ち尽くしていた……お願いですから、前以上に変な噂を流されませんように。
「おい!今の状況を弁えろよ!一歳の子供があんな風に喋ったら誰だって驚くだろうが!?」
「だ、だっていきなり彼女とか新婚夫婦とか言うんだもの……!!」
「だってじゃねぇよ……これで変な噂が流されたりしたらどうするんだよ……」
「な、何よ……近藤君は私と付き合ってる噂が広まるのがそんなに恥ずかしいの!?」
「ちげぇよ!妹の静が天才少女やらIQ200とか言われてたら大変だってことだよ」
「え!?あ、あぁ~……そ、そういうことね、大丈夫よきっと気づかれていないから」
 お前はあの藤浦のばばぁをあまく見ている……。後悔してからじゃ遅いんだよ……全く。
「さ、さっさと連れて行ってよね、元に戻る方法もいろいろ試さなきゃいけないんだから!」
「はいはい、全く分かっておりますともお嬢様」
「にーちゃー……のりたいのーっ……!!」
「こら静っ背中に圧し掛かるのはよしなさい」
 また静がまた歩いている俺の背中に抱きついてくる。中身は静でも若木の体となると流石に重さが堪える……てか胸がムギュッて……。
「ちょっと!これ以上私の体に変な事したら警察に訴えるからね!」
「だから俺は何もしてねぇって!もうスグ着くんだから静かにしててくれ……!」
 全く若木は顔を赤くしてまで何を怒ってるんだか……。ベビーカー押しながら乗っている女性に罵詈雑言を浴びさせられながらも必死で頑張る俺は召使いの気分だ。いや既に立場は召使いと同じか……。
二人が入れ替わって半日が過ぎたが……親が帰るまでに戻らなかったら俺は本当に誘拐犯で捕まりかねん……。

 

まえ                                             つづき