福島県では今、県外に避難した住民と県内に留まった住民の間で“分断”が起きているという。郡山市に住む主婦の森園かずえさんが、今起きていることについて話してくれた。
「県外に避難した人や友人からは『そんな危険な所にいないで、出てくればいいじゃない』と言われるんですが、人にはそれぞれ行きたくても行けない理由があります。故郷を捨てられないとか、あとはやはり金銭的な不安から出ていけない。住宅ローンを抱えている人もいますからね」
そうした個人的な問題をクリアして思い切って県外へ出た人に対しては、こんな声が上がることも。
「お年寄りなんかは、県外へ出ていった方たちのことをいまだに、『親を置いて逃げたんだべ』って、平気で言います。でも、私が望むのは、そういった60代とかそれより上の世代に、『これだけお金があるから、孫を連れて逃げてくれ。時間がたってよくなったら帰ってこい』って言ってほしいです」
また年明けからは、住民同士の分断をもくろむかのような“放射能安心キャンペーン”が行政主導で推し進められているという。森園さんが続ける。
「郡山市には、市が委託した除染の専門家、医療の専門家、放射能の専門家といったアドバイザーと呼ばれる人が5人いたんです。ところが、年が明けたら10人に増えていました。彼らは、幼稚園とか保育園、公民館などに出向いて講習会を開くんです。そこで、『私たちは放射能のスペシャリストです。だから、もう郡山は安心ですよ。これからは疎開や保養をしなくても、子供も外で遊んでも大丈夫ですよ』と、お母さん方に話しています」
子を持つ母親たちは、子供の健康のことで神経をすり減らして生活してきた。そこに、学者がやって来て「安心ですよ」と言う。この言葉にすがってしまうのは、無理からぬことである。
「この安心キャンペーンによって、郡山市では住民同士の分断が起きています。『もう安心だよね』と話す大多数の方に対して、危険を訴える人は不安を煽(あお)る存在になりつつある。皆さん、本当はグレーで危険だとわかっていても、それを口に出せない雰囲気になっているんです」
放射能という見えない恐怖は、住民の心にも境界線を引いてしまっている。
(取材/頓所直人)
■福島県に住む人たちが今、心に抱えている恐怖とは。現地レポート、週刊プレイボーイ13号『口に出せない福島県民「暴発寸前」の胸の内』