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【コラム 私は見た!】

ひとつの黒星の意味

2012年3月12日

 把瑠都と臥牙丸の対戦は、まさに力の違いを見せつけるような一番だった。

 臥牙丸の側に勝ち目は全くない。そこまで実力の差が明らかであっては、この大きく開いてしまった差が、どこまで実力差なのか。私がその件を心配する必要はないことながら、暗たんたる思いをかみしめないではいられなかった。

 こんなことが、初日の土俵から明らかにされるとは思わなかったが、そうなるのではないかという心配は、先場所から兆候として土俵上に見られていたのだ。

 それが明らかになったのが、先場所の把瑠都の14勝1敗という結果だった。こんなことを書いたからといって、どちらに向かっても疑念を差しはさむつもりはないのだが、先場所の横綱は既に優勝戦線の圏外に去ってしまった。しかも、自分の優勝も現実のものになってきた。となったところで、気のゆるみなどは予想もしないが、緊張感に一瞬の変化のようなものが訪れるということはないのだろうか。

 そして、それは把瑠都と臥牙丸の対戦にどんな影響を与えることが考えられるのか。思いをめぐらせれば、この先長いライバル関係に発展することもあり得る2人なのだから、想像は際限もないものにまでふくれ上がっていく。言うまでもなく、この2人の対立の構図は、近い将来の大相撲の売り物として、観客を呼べる魅力になっていくに違いない。

 忘れられないことは、この2人を上手に育てていけば、白鵬が何度か口にしていた、ライバルが欲しいという願いも、かなえられるのではなかろうか。そんな具合に空想をめぐらせていくと、初場所の千秋楽に、余計者のように把瑠都の成績に強引に割り込んできてしまった黒星が、なかなか意味深なものを秘めている。そんなふうに思えてこないだろうか。

 初日の大関陣の成績だが、初日くらいはさっそうたるところを見せてほしいと願ったのに、稀勢の里が早々とつまずいてしまった。この大関の相撲ぶりを見ていていつも感じるのは、独自の型を持つことが良いのか悪いのかということである。この大関の場合、どうも自分の型に近づけようとすると、相撲の勢いがなくなる。そんなふうに思えてならない。 (作家)

 

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