福島第1原子力発電所の事故から1年、科学者は人体や環境への影響がこれまでのところ極めて小さいとの見解で一致しつつある。事故による放射線関連の死亡や疾患は、被ばく線量が非常に高い作業員についてさえ、報告されていない。これに対し、1986年に起きたチェルノブイリ事故では、1年以内に作業員28人が急性放射線障害で亡くなっている。
オレゴン州立大学のキャスリン・ヒグリー原子力工学教授は「放射性物質の面からみて、影響は極めて小さい」と述べた。
ただ、福島の事故を調べている向きは、早い時期の安心感を与えるような結論で、被ばくの影響を過小評価される人が出かねないと警告。低レベルの放射線の長期被ばくが人体に及ぼす影響について、科学者たちはまだほとんど知らないと指摘する。また、同原発近くでは鳥が減少したり魚で高い放射線量が測定されたりといった気がかりな現象もあり、生物学者らは観察を続けるとしている。
福島県立医科大学の山下俊一副学長は、皆の健康状態を長期的に注意深く見守っていくことが重要だと述べた。
東京大学の小佐古敏荘教授は、福島第1原発事故では長期的に、がんを含む甲状腺疾患が300~500人増えるとの見方を示した。チェルノブイリでは、子どもを中心に5000~6000人に甲状腺疾患があったという。チェルノブイリ事故による健康被害を研究するために創設された国際団体は、被ばくが高かった4000人が致死性のがんにかかったと推計している。
小佐古氏は昨年4月、政府の原発事故対応に涙ながらに抗議して菅直人首相(当時)の内閣官房参与の職を辞したことで、国内外で注目を浴びた。今も不満はあるが、政府がメルトダウン後に比較的迅速に食品や水をコントロールしたことが、影響の小ささにつながったとみている。チェルノブイリでは、汚染した牛乳が子どもの疾患の大きな原因になった。
浪江町、飯舘村、川俣町の1万0468人を対象とした政府の調査の結果が2月下旬に公表された。推定被ばく線量1ミリシーベルト未満が58%、5ミリシーベルト未満が95%だった。15ミリシーベルトを超えたとみられるのは原発作業員13人など23人にとどまった。
これに対し平均的な米国民の年間被ばく線量は、環境保護局(EPA)によると自然放射線と人工放射線合わせて推定3ミリシーベルト。日本の安全基準では、原発作業員の年間被ばく線量上限は100ミリシーベルトだが、一時的に250ミリシーベルトに引き上げられた。
浪江町などの住民の被ばく線量は、ある時期に住民がいた場所と、その場所の放射線量の調査に基づいている。福島県はこれとは別に、ホールボディカウンターによる内部被ばく線量の計測を希望者に行っている。1月末時点で1万5408人が計測を受けているが、同県によると健康に影響が及ぶような数値は出ていない。1ミリシーベルト以上は25人のみで、2人で3ミリシーベルトが計測されたのが最大だったという。
同県は、子どもの甲状腺も検査した(10、11月で3765人)。医療アドバイザーは、被ばくに関連した問題はなかったとしている。
ただ、住民の被ばくに関する報告は、科学であるのと同時に推量でもある。弘前大学の専門家らが避難住民に対して独自に行った甲状腺の検査では、被ばく線量は政府の数値よりも高かった。検査に参加した床次眞司(とこなみしんじ)教授は、事故直後に高い被ばくがあったかどうかなどについて、政府とは異なる仮定を用いたとしている。
実際の被ばく線量を知るのは難しい。諏訪中央病院の鎌田實名誉院長は、避難住民が住むアパートの土台に汚染した石でできたコンクリートが使われたことが発覚した問題について、住んでいた中学生がたまたま線量計を持っていたために偶然判明したと指摘した。
東京電力のデータによると、福島第1原発の作業員の被ばく線量はかなり高い。昨年3月以来そこで作業してきた2万0115人のうち、100ミリシーベルト以上を被ばくした人は167人に上り、そのうち6人は少なくとも250ミリシーベルトを浴びていた。最大は、圧力が高まり爆発の恐れが出てきたときにベントの準備をした作業員の679ミリシーベルト。東電の広報担当者は、こうした作業員で健康上問題が出ている者はこれまでないとした上で、健康状態を注意深く見守っているとした。
福島県立医科大学の山下副学長は、一般市民の被ばく線量は低いようだと述べ、避難生活や放射線への恐れがアルコール摂取の増加やストレス関連の疾患につながる恐れがあると指摘した。地元に帰れない住民はなお数万人いる。
昨年3月11日から数日の間に数万トンの汚染水が太平洋に排出された。しかし、ウッズ・ホール海洋生物学研究所(マサチューセッツ)の海洋科学者ケン・ビュスラー氏によると、海流によってかなり放射性物質は拡散した。6月までには、沖合18~300マイル(約29~480キロ)のセシウム137は人間が浴びても安全な水準になっていたという。
放射線医学総合研究所の青野辰雄氏によれば、セシウムは海底の沈殿物に付着するため海底生物への影響が最も大きいとみられるが、その影響はまだ不明だ。科学者らは、そうした深海魚のセシウムはそれまでの標準の最大1000倍にも上るとしている。
今年福島県を視察した生態学者や生物学者は、放射性物質の放出が一帯の鳥の生息に大きな影響を及ぼした可能性があると指摘した。サウスカロライナ大学のティモシー・ムソー教授率いる生物学者らは、昨年7月に福島周辺300カ所を調査し、鳥の生息数が約3分の2に減っていることを突き止めた。ムソー氏は「反応はチェルノブイリ後の2倍だ」と指摘したが、「まだ原因はわからない」という。