韓流ブームの“聖地”である東京・新大久保。相変わらずの大にぎわいだ。しかしわずか10年前、日本と韓国がサッカー・ワールドカップ(W杯)を合同開催した02年には、少女時代もKARAも「冬のソナタ」もまだ日本には存在しなかった。まさに十年一昔。進化を続ける日本一のコリアンタウンを、申〓秀(シンガクス)駐日韓国大使(57)と歩いた。【小国綾子、写真・久保玲】
黒塗りの公用車から申大使が降り立ったのは、韓流俳優やK-POPアイドルが訪れることで有名な韓国レストラン「大使館」の前。ホンモノの大使が「大使館」の前にいる……何だか不思議な光景だ。
W杯開催の02年に開業し、大会中は駐車場に大型モニターを設置したこのお店、韓国がアジア勢で初の4強入りした夜には、真っ赤なユニホーム姿の韓国サポーターで埋め尽くされたのだっけ。
「あの夜、ソウルの広場で私と娘は赤いユニホームを着て、韓国全土の700万人のサポーターとともに街頭中継を観戦していました」。申大使はソウル大在学中に外交官試験に合格。1986年から3年間日本で勤務した、韓国外交通商省きっての「ジャパンスクール」のメンバー。「W杯を両国で共同開催できたことが一番うれしかった」と振り返る。
あれから10年。今の新大久保は「韓流のテーマパーク」だ。職安通りと大久保通り、それを結ぶ路地に韓国系の飲食店や雑貨屋など約350軒がひしめく。店先には韓流スターのブロマイドやK-POPアイドルのポスター。春休み中の女子大生が韓国コスメを夢中で物色している。
そんな風景をながめつつ、申大使はしみじみと「韓流は未来に向けた韓日関係の大切な資産です」。前回日本で勤務した25年前とは隔世の感があるという。「当時、日本人はニンニクのにおいを嫌がるから、とキムチを我慢する在日韓国人もいたんです。それが今やこの通り」。飲食店の看板には、サムギョプサル(豚の三枚肉の焼き肉)にトッポッキ(餅のコチュジャン炒め)、それにホットク(黒砂糖入りお焼き)。まさに「電車で行けるソウル」である。
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新大久保は「韓流10年」を凝縮した街だ。韓国料理のコラムニスト、八田靖史さん(35)によると「10年前、韓国系の店は50~80軒だったが、03年の『冬ソナ』ブームを経て05年には韓流ショップが急増。さらに10年のK-POP人気で『オバサマの街』は全世代の女性のための街となった。『原宿から巣鴨まで』が凝縮されたってわけです」。
東日本大震災直後は多くの韓国人が日本を離れ、一時はゴーストタウン化したものの、「『海外旅行の自粛ムード』が逆に味方し、5月の大型連休には客足が復活。今も右肩上がりの韓流バブルは続いています」と八田さんはいう。
街を歩けば、ブームの定着ぶりがよく分かる。ショップに流れるBGMに合わせ、韓国語の歌詞を口ずさむ女子高校生たちは「聞いているうちに覚えちゃった」。ペラペラは無理でも、片言の韓国語をしゃべる人は増えている。大学の韓国語学習者もブームを受けて大きく増えた。
韓国食材店はいつも大混雑。「紅酢(ホンチョ。ザクロなどを熟成させた酢)はどこ」「このブランド、好き」。普段使いのしょうゆでも買うように女性たちが韓国食材に手を伸ばす。ブーム初期は物珍しさから買う人が多かったのに。
10代の少女と50代の熟女が同じ男性を「いいわー」とめでる不思議な女の園にも、最近は若いパパの姿がちらほら。小学生の娘がグッズを選ぶのを根気強く待っている。
かつて、ミーハーだ、表層的だ、と批判もされた韓流ブームだが、時を経てより広く深く定着したように見える。
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韓国ドラマのDVDが並ぶお店に「日本語字幕ありません」の張り紙を見つけた。原語でも大丈夫な客すら増えているのか!と驚いたら、隣で50代後半の女性5人組が「レンタルビデオ屋よりずっと安いわ」「でも字幕ないって」「あら、顔が見られればいいんだもーん」。
何だかいたたまれなくなって、店頭に並ぶイケメン俳優の写真満載の韓国語学習用テキストを開けば、ハングルの説明より先にこんな例文が。「私はあなたのファンです」「握手していいですか」「永遠に愛しています」
さすがに考え込んだ。これでいいんだろうか? かつて「近くて遠い国」と呼ばれたかの国は、確かにずっと近くなった。でも焼き肉食べて、イケメンめでて、コスメを買って……それだけ? 一方で「嫌韓流」への共感はじわじわと広がる。国家間に横たわる領土問題や歴史問題にも、さしたる進展はない。
韓国研究者の小倉紀蔵・京大大学院准教授は8年前、韓流ブームを評し、こう書いた。「ミーハー軍団の分厚い勢力こそが日韓関係を良くしていく」と。彼は今、「10年たってもイケメンと料理だけ、という展開に多少落胆しています。もっと多くの分野で日韓関係の専門家が育ち、活躍してくれると期待していたのに」。しかし一方で「この街で、日本と韓国が最高の形で出会っているとは思わないが、少なくとも『出会った』ことは大きい。今後は、両国の間に起こる多少の摩擦にも揺るがない、より強固で深い相互理解が市民レベルで広がってほしいですね」と話す。
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申大使がこんな話を教えてくれた。「日本ではあまり知られていませんが、実は韓国への日本文化の浸透ぶりもすごいんですよ。韓国人は週に2、3度日本料理を食べますし、ジャージャー麺を食べる時には必ずタクアンを一緒に食べます。韓国で1年間に出版される刊行物の40%は日本のアニメや漫画、文学作品なんですよ」。それからちゃめっ気たっぷりに「私の28歳の娘なんか、まるで日本アニメの専門家です」と言い添えた。
ハングルがあふれ、「韓流」と書いたノボリが立つ街を、屈託ない笑顔をたたえた日本人観光客が行く。
申大使は「いつかドラマとK-POPにとどまらず、文学やクラシック音楽、舞踊などより多様な韓国文化を知っていただければ……。より多様な分野でお互いに交流を深めて初めて真の相互理解にたどりつく。これが私たちの次の10年の課題ですね」。
2022年の新大久保を、行き交う人を、見たくなった。
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毎日新聞 2012年3月12日 東京夕刊