帝都へ戻ために、移動陣のある部屋へ向かい、アルフォートと並んで廊下を歩いていた。
「以前よりお聞きしようと思っていたのですが」
「なんでしょう?」
アルフォートの改まった言葉に身構えてしまった。
普段は当たり障りの無い会話ばかりで、互いの内情に踏み込むような話は全くしないから、驚いてしまったのだ。
「茶会はあまりお好きではありませんか?」
直球な台詞にあたしは内心で驚いた。
嫌そうな素振りを見せた事なんてなかったのに、何で判ったのだろう。
「なぜそう思われるのですか?」
質問に質問で返すのは失礼なんだが、つい聞いてしまった。
「今まで一度も茶会を開催された事がありませんし、領地に来る前の弾んだ様子が茶会の前にはありません。ベルナデットと会話している時は楽しげにされていますが、他の方の前ですととても淡々とされております」
「わたくしはそれ程無愛想でしたか?」
「いいえ。とても礼儀正しく、穏やかに対応されています。ただ喜びや楽しみの色が見えないだけです。僅かな差なので、他の方は気付いておられないでしょうが」
つまりだ。
反応が少ないから、実は内心イヤイヤ出席しているんじゃないかと考えたって事なのね。
嫌だなとは思っていたけど、それは出していないつもりだったのだが、反応の薄さでばれるとは思わなかった。
よく見てるものだね。
「次からは気をつけますわ」
「茶会が好きではないのでしたら、無理に出席される必要はありませんよ」
「わたくしが嫌と言えば、アルフォート様はお困りでしょう? 茶会で手に入れたい情報や、主催者によっては出席しないのは問題になったりするのでは?」
「そういった面は確かにあります。しかし全てに出席する必要もありません」
そうだろうねとあたしは頷く。
「残念ながら、わたくしにはその要・不要を判断する基準が判りません」
「では、こうしましょう。私はこれまでお知らせしていた出席の可否に加えて、出席への希望をお伝えします。姫も招待主や会の趣旨などから、出席への希望をお知らせいただけますか」
希望なんて、オール拒否になっちゃうじゃない。
そもそもアルフォートの都合(?)で、大半は出席不可なのだから、あたしの意見は無視してアルフォートが出席を決めればよいのでは?
「わたくしは今のままで構いませんわ」
「私の都合に振り回しておりますし、どうにもいたし方の無い部分ではありますが、あなたの意向も考慮せねばと考えているのですよ」
意外な事に、人を振り回しているって自覚はあったんだねと、少し感慨深かった。
「意向といわれましても、これといって不満はありません。気にされる必要はありませんわ」
「私はそうは思いません。一方的な命令という関係ならば、それは部下や使用人と同じ。夫婦として共に生きていく必要はありません。私達は夫婦です。命令ではなく、互いの意思を尊重しあうべきではないでしょうか」
なんだか、凄く正論を吐かれたような気がする。
判っている。アルフォートの言うように、互いの意思をぶつけ合って、妥協点を探していくべきだってのが正しい姿なのだろう。
あたしは波風を立たせず、あまり関わらず希薄な関係を作りたい。出来るだけ面倒臭くて煩わしい事には関わりたくない。
そこに居たんだといわれるぐらい存在感がなくなれば、好き勝手に研究だとか協力者を探せる、そんな目論見もある。だから基本的にYESマンをやってきたのだけど……。
不意にリーザとヨランダの顔が脳裏を過ぎった。
そうだ。そうやって臭い物にふたをしてみて見ぬ振りをしたから、凄く困った事になったんだ。サフラスタンに連れてこなければならなくなった。あたしはまた同じ事を繰り返そうとしていた。
人生には反省ってものが必要だよね。少しぐらいは積極的に行かねばなるまい。……メンドクサイけど。
「仰るとおりですわ。ですがわたくし達は、己の感情だけで行動を決められるものでもないと思います。アルフォート様がご自分の感情とは無関係に、様々な事柄について勘案して行動をされるのと同様に。……あまり、大勢の女性に囲まれるのがお好きではないのでしょう? それでもご自身の感情に反して、お茶会に出席されておられます。わたくしと何の違いがありましょうか」
「気付いておられましたか」
「上手にあしらっておられますから。わたくしはこの国に来て日が浅い。アルフォート様のようには、様々な事情というものを理解できておりません。そのような状態で、良いも悪いも無いと思うのです」
「それでも、姫の想いを聞かせていただきたい。私の判断に任せると仰るのならそれでもいい。ですが、どうしても出席したい、どうしても出席したくない、そういった意向があれば隠さず告げてもらいたいのです。必ず希望をかなえるとは確約できませんが、できる限りの配慮はいたします」
本当に誠実な人だ。
アルフォートはあたしなんてどうでも良いと思っているだろうし、あたしが同じように思っている事も気付いているのだろう。それなのに律儀に人の感情を慮ろうとする。頭が下がるね。
「わかりました。何かあれば隠さずお知らせいたします」
多分無いだろうけどね。
「アルフォート様、そのように頑張ってよき夫ととなろうとされなくとも良いのですよ」
意味を計りかねたのか、彼は首を傾げた。
身長差がありすぎるから、こうして並んで歩きながら会話をしていると、彼はあたしを見下ろすような形になる。もしもこうして長く会話していたら、彼の首が凝ったりするのだろうかと、ふとそんなことを想像してしまった。
アルフォートの肩や首が凝るほど、長話するような関係になるとも思えないから、単なる想像でしかないが。
「様々な事に気を回してくださって、よき夫となろうとしてくださっているのは存じ上げております。細々とした事にまで気を回し、頑張る必要はありません。お仕事だけでも大変でしょうに、アルフォート様の身が持ちませんわ」
「気遣ってくださっている、のですか?」
「少しだけ違います。わたくしはお世辞にもよき妻ではありませんし、アルフォート様があまりによき夫となられては、釣り合いが取れませんでしょう? アルフォート様の不利となるような真似は、しないよう心がけてはおりますが、それ以上となると今のわたくしにはお手上げです。してくださった事に見合うものを返せませんし、程々にしていただけるとわたくしも気が楽なのです。それに最初から全て完璧に出来るはずがないのですから、無理せずのんびりやっていけばよいと思います」
「気の長い話ですね」
「急がねばならない理由はありませんもの。わたくし達が壊滅的に気が合わず、屋敷の者達や様々なところに迷惑をかけているのならばともかく、今のところ問題らしい問題は出ておりません。ならば己のペースでやっていけばよいのではありませんか」
「その通りですね。ゆっくりやって行きましょう。その最初の一歩として、お互い思うところがあれば伝え合うところからはじめましょう」
やっぱりそこに話が戻るんだ。
せっかく話を逸らせたかと思ったのに、無駄な足掻きであったようだ。
「はい……」
なんだか上手に丸め込まれたような気がする。
しかし他に嫌という理由も無く、頷いていた。
再び移動陣を使い、帝都の屋敷に戻ってきた。
あたしは部屋に戻ると、リーザとヨランダの二人に聞いた。
「日焼け止めのようなものはないかしら?」
あたしのその問いに対して、ヨランダは即答した。
「使い切ってしまいましたので、ございませんわ」
本当にあったんだ~って驚くよりも、もうないよの台詞に吃驚だ。
まあ、ないものはしょうがないよね。
「どこで手に入れればよいの?」
その台詞にリーザとヨランダは顔を見合わせた。
「わたくし達は存じ上げません。ダニエラ様にお訪ねください」
……つまり、だ。
無くなった事を知っていながら、自分は判らないからと放置していたと、そういう事か。
必要なものが無いと言う事は理解しているだろうに、自分の責任範囲ではないから補充しようとしない。
ダニエラとユリアーネはまだ怪我が癒えていなくて療養中だというのに、人に責任をおっ被せるような台詞を平然と言うその精神が信じられなかった。
建物内にいただけで真っ赤になるってのは、幾らなんでも危険すぎる。
あたしだって日焼けで痛い思いをするのは御免被る。出来る限り早く日焼け止めを手に入れなおさないとならない。
次に宮殿へ出かけた際に、アルフォートの許可を貰って、ダニエラの療養している部屋へ足を向けた。
宮殿はとても広くて、あたしが普段歩き回っている界隈と、ダニエラ達の療養している箇所はだいぶ離れているのだ。
だから宮殿に何度も出向いていながら、あまりみんなの見舞いにいけてない。精々三・四回に一度行けるかなといった頻度だ。大体アルフォートと一緒に行っている。
アルフォートも忙しい人で、あたしに付き合ってばかりもいられないし、それも仕方のないことだ。
つい二日ほど前に見舞ったばかりだから、次はもう暫く先かと考えていた。
だが、今回は事情が事情なので、手短に要件を済ませるようにと条件付で、あたし一人(護衛はいたけど)で向かった。
部屋に入ると、ダニエラはベッドの上に身体を起こして、本を読んでいた。
まだ無理は出来ないけれど、順調に回復しているようだ。
病室に入ってきたあたしに気がつき、手にしていた本を閉じて笑顔を浮かべた。
「今日は体調が良さそうですね」
手土産のお見舞い品を渡しながら声をかけた。
一時は命が危なかったダニエラの元気な様子が酷く嬉しかった。
「はい。医師からは順調に回復していると、そう聞いております」
「そうなの。良かったわ。ところで、今日は訊ねたい事があるのですけれど、宜しいかしら?」
「何でございましょう」
「実は日焼け止めのことなのです」
「効き目が良くないのでしょうか?」
「いいえ。どうやって手に入れればいいのか、それを教えていただきたいの」
成程とダニエラは頷いた。
「切れてしまう前に補充しておかなければなりませんものね。リーザとヨランダには伝え忘れておりましたわ。申し訳ございません」
「いいえ。貴女は怪我をしていたのだから、責任を感じる必要はありません。実は日焼け止めが無くなってしまったものだから、早急に手に入れたいのだけれど、どうすれば宜しいかしら」
あたしの言葉にダニエラは目を見張った。
「どうしたのですか?」
何故驚く必要があるのかと、あたしは首をかしげた。
「日焼け止めはまだ十分な量があったはずです。このような短期間でなくなるものではございません」
「……皆で使っていれば無くなっても不思議ではないのではないかしら」
「わたくし達侍女には、ミシェイラ様用の物とは別に支給されているものがございます。ミシェイラ様が例え毎日お使いになっておられても、後一月は持つ筈でした」
……ああ、成程。
真相が見えたような気がする。
リーザとヨランダが、監視の目が無いのをいいことに使い込んだな、これは。
ダニエラも不快気に眉根を寄せている所を見ると、どうも同じ結論に達したらしい。
二人とも本当に懲りない子よね。
療養から回復して侍女の任に戻った後、ダニエラはどんな雷を落とすんだろうって、他人事のように思った。
叱責される切欠はあたしだから僅かに罪悪感を覚えるが……リーザとヨランダ、ご愁傷様です。
NEWVELランキング(旧題の「私と魔法と異世界と」のままとなっております)
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