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水俣病溝口訴訟:特措法での救済、影響も 認定との二択に

福岡高裁判決を受けた県の対応に抗議する、原告の溝口秋生さん(奥)=熊本県庁で2012年2月27日午後4時47分、金澤稔撮影
福岡高裁判決を受けた県の対応に抗議する、原告の溝口秋生さん(奥)=熊本県庁で2012年2月27日午後4時47分、金澤稔撮影

 27日に福岡高裁で判決があった「水俣病溝口訴訟」は、水俣病をめぐる国の認定制度について「運用は適切であったとは言い難い」などと、その妥当性を明確に否定した。患者団体と国は、司法の場で水俣病の認定基準について何度も争ってきたが、04年の関西訴訟最高裁判決以降は国の主張を否定する判断が相次いでいる。国はそれでも認定基準見直しを拒むが、今回の判決を受けて、基準や救済策などの根本的な見直しを求める声が高まりそうだ。【西貴晴、江口一】

 判決を受けて環境省は「国は被告ではなく、一義的には熊本県が対応する話だ。判決文も届いておらず、何ともコメントできない」(幹部)と静観する構えだ。

 背景には、国の基準では認定されない被害者を対象にした、水俣病被害者救済特別措置法(特措法)による救済制度が進行中との事情がある。環境省は今月3日、同法に基づく救済申請受け付けを7月末に締め切る方針を表明したばかり。従来の公害健康被害補償法(公健法)に基づく認定制度や、特措法の救済制度を継続する方針だが、今回の司法判断はこれらの行方に大きな影響を与えそうだ。

 水俣病の補償・救済をめぐっては、▽公健法に基づき、チッソなどから被害の補償を受けられる患者を認定する77年の国の基準▽国の基準を満たさない被害者を対象にした95年の救済策「最初の政治決着」▽さらにその対象を広げた特措法に基づく今回の救済策--など屋上屋を架してきた。このため「複雑な補償・救済制度を大きく変更するようなことは今さらできないし、すべきでもない」というのが、環境省の本音だ。

 特措法による救済は、感覚障害が確認されれば一時金(210万円)などを支払うというものだ。認定に伴う原因企業チッソからの一時金(1600万~1800万円)や昭和電工からの一時金(1500万円)より低額だが、高齢化を背景に多くの被害者が認定ではなく特措法救済を選んだ。

 仮に、今回の判決に従って認定基準が変更されれば、感覚障害のある被害者の多くは、認定申請を選ぶとみられ、特措法による救済スキームは事実上崩壊する。「水俣病問題の最終解決」をうたった特措法に基づく救済制度には、今年1月末時点で5万人以上が申請中だ。

 公健法に基づく認定申請中の人も特措法の救済申請をすることができるが、救済が認められれば、認定申請は取り下げなければならない。「認定」と「救済」のどちらかを選ばなければならず、このままでは多くの被害者が新たな基準による認定への期待と、救済申請の二者択一を迫られる可能性がある。申請締め切りに対して、患者団体からの反発が強まるのは必至だ。

 ◇「認定基準」否定の判断相次ぐ

 福岡高裁判決のポイントは、現行の認定基準を「水俣病の認定判断に一定の意義を有する」としながら、基準を満たさない場合も「水銀を浴びた状況などを総合的に考慮することで水俣病と認める余地がある」と判断したことだ。

 さらに「(現行基準が)唯一の基準として運用されたことで、本来認定されるべき申請者が除外されていた可能性を否定できず(認定制度の)運用は適切であったとは言い難い」と国の認定行政を明確に否定した。

 国は71年の旧環境庁発足に伴い、初めて認定基準を示した。感覚障害など4症状を挙げ「いずれかの症状があり、水銀の影響を否定しえない場合」と規定した。77年には感覚障害に加えて運動失調、視野狭さくなど複数症状の組み合わせを求める現行基準を示した。感覚障害は糖尿病など他の疾病や加齢でも起こるため、水俣病かどうか区別がつかないというのが理由だ。

 これに対し、国などに損害賠償を求めた水俣病関西訴訟の大阪高裁判決(01年)は、家族に認定患者がいる場合など一定の条件を満たせば感覚障害だけでも有機水銀中毒と認め、認定基準を否定、04年の最高裁判決もこれを支持した。しかし、国は「司法と行政は別だ」と基準見直しを拒否した。

 一方、認定基準のあり方自体を争点とした行政訴訟で、86年の熊本地裁判決は「狭きに失する」と現行基準を否定した。2審の福岡高裁は97年に「不合理ではない」と基準を肯定したが、10年には別の行政訴訟で大阪地裁が「医学的正当性がない」と再び基準を否定。大阪高裁で4月12日に2審判決の予定だ。

 認定患者は2973人で、過去10年間に限れば12人しかいない。花田昌宣・熊本学園大教授(社会政策)は「現行基準の妥当性以前に、重症から軽症まで症状に濃淡がある被害者を、30年以上前に作った基準一つで二分することに無理がある」と指摘する。

毎日新聞 2012年2月28日 6時29分(最終更新 2月28日 6時58分)

 

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