オープニング・テーマ　『クラウディ』　　　石川 智晶　　歌詞






　Escape 01　　　少女






　兵士は、軍事輸送機の後部ハッチから少女の後姿を見つめていた。

「　救いの女神か、滅びの悪魔か･･･　」

　前田 敦子は、輸送機を背に進むべき先を見据えながら真っ直ぐに歩いて行く･･･。




　――　　１年前　　――




　未知の凶暴性ウィルス感染爆発。

　日本政府は非常事態宣言を行い、国民に安全対策を施すよりも国体と産業構造の維持を優先した。

　発電所、銃火器生産工場、国家公務員庁舎、研究施設、ダムおよび上下水道施設などに警護を集中。

　全ての有料道路を封鎖し、鉄道などあらゆる交通機関を停止させ、11-14時帯以外の外出を禁じている。

　外出禁止時間帯の歩行者に、予告なしでの即時射殺許可が出されているが、治安組織など既に壊滅したに等しい。






　俺は、マンションの屋上から双眼鏡で下の様子を確認した。

　ディスカウント店を先に占拠していた連中が、二晩過ぎても帰って来ない。

　新天地に向けて旅立ったのか出先で全滅したのか不明だが、こっちの４階屋上は昇り降りが一苦労だからな。

　向こうの２階ダンス・スタジオに移住しよう。

　感染者には、電源を切断してあるガラス自動扉をこじ開ける知能は無い。



　スタジオ内の死体は前の連中が始末したようだが、念のために血のりをヘアスプレー缶のバーナーで熱消毒した。

　今日で、国内に感染者が出てから２ヶ月（ 最初にイギリスで感染が発表されてから４８週 ）が経過。

　各国とも事前に対策を講じたが、感染力はその想定をはるかに上回り、日本も例外に漏れることなく瞬く間に本州全域が汚染された。

　世界保健機関（WHO）の公式情報によれば、感染者は最長５週間で餓死するそうだが、どういうわけか一向に減る気配がない。

　屋上に避難して５週間をやり過ごす計画だったが、見通しが甘かった。

　感染者は泳げずに水底を移動するが、水でふやけて水棲生物に食われるので、離島には辿り着けない。

　反米組織による度重なるテロで、アメリカ合衆国も感染に追い込まれた。

　このまま治安を失った本州に留まるのは危険だ。

　何をしてでも生き延びてみせる。

　殺される前に殺す。






　世界そのものが敵となるならば、「世界」を殺すのみ。






　２階へ登る階段にバリケードを構築し、スタジオに移住して２日が過ぎようとしている。

　水道とガスが生きているので入浴にも困らず、以前よりも快適な暮らしを手に入れた。

しかし毎度のことだが、悪運を除くあらゆる運が悪い俺のパターンだ。

　明らかにゴロつきヤンキーと一目瞭然の１ＢＯＸが２台乗り付け、２階に侵入して来た連中は、どこから手に入れたのかライフル銃を俺に向けて明け渡しを迫った。

　ここは大人しく引き下がって、もと居た隣りのマンション屋上に戻るのが最善策だろう･･･。



　元の屋上に戻って我に返ると、こんなことなら、この屋上拠点の備蓄を増やしておくべきだったと後悔の念が押し寄せる。

しかし、武力を傘に奴隷のごとく扱われなかっただけでもマシか。

　ここ２ヶ月間は備蓄と貯水槽で凌げたが、残り１週間分を切った以上、今後は行動範囲を拡げざるを得ない。

　決断が遅れて体力が落ちれば、自滅のスパイラルに嵌まってしまうことだろう。



　下のゴロつきども全員が銃を持っているということは、自衛隊の放棄車両などから拾えるのか。

　何よりも最優先すべきは、四駆自動車の入手･･･。

　その後に燃料を確保し、それらを足として銃と弾薬を探す。



　感染者は知能が極端に低下し、捕食対象を見つけると真っ直ぐに襲い掛かって来る。

　その行動は興奮性精神錯乱などの神経症状とも取れるほどで、走行持久力こそ野生動物なみに増しているが、集団で連携したり物陰に身を潜めるなど思考力を伴った狩りをするわけではない。

　捕食対象が見つかるまでは、重度の認知症のように徘徊する。



　狂犬病　http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%8B%82%E7%8A%AC%E7%97%85

　認知症　http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%97%B4%E5%91%86%E7%97%87



　2011年に起きた福島原発事故での政府対応を見た俺は、世界を席巻してきたこの感染症に、日本政府が有効な対策を講じれるなどとは考えていなかったので、フランスに発症者が出た段階で最悪の事態を想定して準備してきた。

　運転中に砂地でスタックしたり、片輪が側溝に落ちた経験があり、その時に四駆との違いを思い知り、路面の状態が良好と思えない現状では、四駆以外の自動車で動き回るのは自殺行為に等しいと考えている。

　明日は、四駆の調達に必要な代車を確保せなばならないから、睡眠を多く取ろう。

　テントで生ぬるい缶ビールを飲み干し、寝袋に入る。






　日が昇って明るくなるのを待ち、２Ｌペットボトル１本、残りの食糧半分、生活必需品をショルダーバッグに詰めて地上に下ろした。

　農具のフォークと鉈だけが唯一の武器という心許ない装備で、四駆を手に入れねばならない。



　

　






　道路を挟んだ向こうの平屋に入り、風呂場・便所・押入れを含む全てを確認し、感染者が入ってこないように雨戸を閉め、車庫に停めてある乗用車の鍵を探す。

　運が良いと思えるのは、車種がプリウスだと言う点だ。

　この車はハイブリッド車で走行モーター音が驚異的に小さく、歩行中に気付かず真後ろに付かれて驚かされた事が何度かあった。

　出す音量は、感染者が集まる確率に比例し、俺の生存率に反比例する。



　ほどなく鍵を見つけ出し、扉の隙間から周囲を確認してから表に出て素早く車に乗り込もうとしたが、脇に置いてあった自転車にショルダーバッグの肩掛けベルトが引っ掛かってしまい、車に乗り込めないばかりか、自転車が倒れて大きな音を立ててしまった。

　焦る気持ちを抑えてバッグのベルトを自転車から外し、車に乗り込んで真っ先に自動車ドアの戸締りを確認。

　リュックサックは敢えて背負ったまま、シートを倒して運転し易いポジションを作り、キーを挿してエンジンを始動する。



　ズダンッ



　燃料が半分ほど残っているのを確認した時、フロントガラスに男の感染者が張り付いて来た。

　真っ赤に充血した目を見開き、歯を剥き出し、ガラス越しに俺を喰おうとして顔を押し付けてくる。

　走るタイプの感染者だ。

　敏捷さから、俗に“ Rundead （ランデッド）”と呼ばれている。



　サイドブレーキを解除。

　右サイドミラーに、自転車が車体に倒れ込んでいるのが見える。

「（拙い･･･　後輪が自転車を巻き込んだら、最悪でタイヤがパンクしてしまう･･･
　だが、このまま留まっていれば、感染者の唸り声で集まってくる連中に取り囲まれるッ
　一か八か賭けるしかない）」

　オートマチックのギアを１速に入れて一気にアクセルを踏み込む。

　ガリガリガリっと異音を立てながら発進し、幸いにも後輪は自転車を巻き込まなかった。

　車庫の出入り口に張られている鎖を車体で押し切って公道に出ると、押し退けられた感染者は右窓に張り付き、その背後に１体、左の車道に２体のランデッドが凄まじい勢いで走って来るのが見える。

　右にハンドルを切って直進するが、案の定、走って来る女の感染者と真向かいになった。

「（撥ねれば即死だろうが、万が一フロントガラスに乗り上げて破損したら･･･）」

　敢えて速度を落とし、女の左に回り込む。

　道交法での逆走状態だが、もはや咎める何者も居ない。

　左窓に取り付こうとするランデッドを振り切って、国道を目指す。



　以前なら車や歩行者が行き交っていた県道の街並みが、今はゴーストタウンと化している。

　動く人影は、全て感染者と見做した方がいいだろう。

　反対車線に使えそうな物を発見し、車を後退させて傍に停めた。

「（透明な盾 と ガス式鋲打ち機。
　路面の血糊は持ち主？　　ここで囲まれ喰われたか）」



　

　






　持ち主は、絶命してから“ Undead （アンデッド） ”すなわち走れないタイプの感染者となり、ここから移動したのだろう。

　周囲を２度確認し、右ドアから盾と鋲打機を助手席に拾って車を出し、暫らく走らせてから停めて鋲の残り数を確認した。

「（感染者は何発の鋲で動かなくなるんだ･･･。
　現に持ち主が喰われてるんだから、過信は禁物か）」

　再び国道に向かって車を走らせる。



　当面の目標は、道沿いの中古車店に有るパジェロの入手だ。

　道路の状態は予想よりも悪くないが、やはり念のために四駆が欲しい。

　狭い道路の国内事情を考慮すると、トラックなどでは操作性に問題がある。

　デリカなどの四駆１BOXも考えたが、耐久性からパリ･ダカール･ラリー連覇の実績を持つパジェロに絞り込んだ。

　上下４車線の国道に出て、中古車屋を巡りながら双眼鏡で数台のスペックと年式をメモし、ルーフキャリアーとカンガルー・バンパーを装備した白色の車体に決める。



　






「（後でつや消しの黒色に再塗装しよう）」

　慎重に辺りを確認すると、１体だけアンデッドが地面を這いずっていた。

「（女子高校生か）」

　車にひかれたのか両脚が付け根から折れている。

　ゴーグルとマスクの装着具合を両手で確認し、土木作業用ゴム手袋をはめて、盾、フォーク、鉈、鋲打機で武装し、両側のドアロックを解除してからエンジンを切らずに車から出る。

　アンデッドの頭髪を掴み、背に膝を当て体重を乗せて動きを封じ、頭部に鋲を打ち込む。

　何本か必要だと思ったが、予想に反し１本目で少女のアンデッドは動かなくなった。

　最初の実施検証を終え、店内を窓越しに確認してから扉に手を掛ける。

　施錠されていて開けられない。

　内心で毒づきながら店の窓ガラスに視線を流したとき、男が映っているのが目に入った。






　Escape 01　　　少女　（２）

　http://plaza.rakuten.co.jp/idoldead/diary/201108010004/




　原作＆著作権　　ﾋﾖｺ戰艦

ｵｰﾄﾏなのに1速にｷﾞｱ入れるってなんすか？＾＾(2011年08月23日 08時13分32秒)