2012-03-10
■[privacy]このブログの「はてなブックマークボタン」について
最近あちこちのサイトに貼られている「はてなブックマークボタン」が閲覧者の行動履歴を無断で追跡しているとして問題になっています。ひろみちゅ先生もブチ切れ中。
僕は最初勘違いしてて、はてブボタンを押さなければ関係ないのかと思ってたけど、表示した瞬間マイクロアド社に閲覧者情報が送信されちゃうとのこと。
JavaScript あんまりわからないので、実際に wireshark でパケットダンプとって確認したところ、該当するサイトのページを表示するだけで、確かに send.microad.jp に謎のパケットを送信していました。。。
そんなわけで個人的にはとりあえず /etc/hosts にこんなのを追加して逃げることに。
0.0.0.0 send.microad.jp
うちはメインPCが Linux なので /etc/hosts ですが、Windows なら C:\Windows\system32\drivers\etc\hosts に書けばいいはずです。しかし iPhone の方はどうするかね。。。
もっとも、これをやるとサイトによっては広告自体が表示されなくなって、広告欄に「正常に接続できませんでした」とか表示されてラッキー残念なことになってしまいます。
素直にマイクロアド社のオプトアウトをする手もありますが、これはブラウザ毎(正確にはブラウザのユーザープロファイル毎)にオプトアウトを実行しないとダメなので、ブラウザ複数使ってたり、ユーザーアカウント複数あったりで面倒なんですよね。。。
それに、このオプトアウトって「追跡するな」ってクッキーを仕込むだけで、情報自体は送信されちゃうような? だとするとマイクロアドを信じるか信じないかって話になって、やっぱり最初から何も送信しないほうが安心ではあります。
さて、ここからが本題。
はてなダイアリーにも「はてなブックマークボタン」が管理設定で表示できます。
はてなダイアリーのはてブボタンっぽいものには二種類あって、「表示設定」-「記事アイコン表示」の設定で表示されるものと、「表示設定」-「記事共有ボタン」で表示されるものがあります。
で、このブログのでは「記事アイコン表示」にある設定 を有効にして「はてなブックマークアイコン」を表示していますが、こいつは行動履歴の送信とかはしません。*1
しかし、「記事共有ボタン」の設定 を有効にすると表示される「はてなブックマークボタン」は行動履歴を送信します。*2
「はてなブックマークボタン」には「行動情報を取得しない、はてなブックマークボタン」というのがあって、外部サイトなどでボタンを設置する際は、サイト運営者が選べるのですが*3、はてなダイアリーの管理設定ではそのような選択ができないようです。。。
そんなわけで、このブログでは「はてなブックマークアイコン」表示のみで「はてなブックマークボタン」は表示していないので、閲覧者の皆様におかれましては安心して閲覧していただけます…!
まとめ
追記:「はてなスター」アイコンと「この記事のブックマークコメント」アイコン
- オプトアウト版はてなブックマークボタンを使いたくても使えないはてなダイアリーユーザーはどう対処するのがいいか? - ARTIFACT@ハテナ系 http://d.hatena.ne.jp/kanose/20120310/optouthbmbuttun
ここで「記事アイコン表示」設定の「はてなスター」アイコンと「この記事のブックマークコメント」アイコンについて「これは大丈夫…?」とありますが、試したみた限りでは大丈夫なようです。表示だけでなく、
- 「この記事のブックマークコメント」アイコンをクリックしてコメント一覧を表示する
- 「はてなスター」アイコンをクリックして☆をつける
- ☆を削除する
いずれの操作でもマイクロアドさんへのアクセスは確認されませんでした。
ついでに「この記事のブックマークコメント」アイコンを表示する設定にしておきました。「はてなブックマークのページは行動履歴強制送信です」に書いたように、はてブのエントリーページはマイクロアドさんが見守っていますので、見守られたくない人は「この記事のブックマークコメント」アイコンをクリックしてコメント一覧を読むことができます。
■[privacy]はてなブックマークのページは行動履歴強制送信です
先ほど「このブログの「はてなブックマークボタン」について」で、このダイアリーは安心ですよって書きましたが、はてなブックマークの方はダメみたいです。
基本的に b.hatena.ne.jp 配下のどのページもダメ。send.microad.jp に何か送信してます。テンプレートに入っているのか、ページの末尾の方ではてなブックマークボタンのスクリプトが必ず読み込まれます。
<script type="text/javascript" src="http://b.st-hatena.com/js/bookmark_button.js" charset="utf-8" async="async"></script>
なぜかはてなブックマークの設定画面でも読み込まれます。
この bookmark_button.js が読み込まれて実行されると、みんな大好きマイクロアドさんのスクリプトも読み込まれて、最終的には track.send.microad.jp に情報が送信されます。情報の内容は謎の数字の列だらけでよくわからないのですが、少なくともアクセスしたページのアドレスは送られています。*4
うーん、どうしたもんですかね。ここは個別ユーザーの設定でどうこうってレベルではどうにもならないわけですが。
はてなが、はてな配下のサイト上での閲覧履歴を把握してるのはいいんですが、問題は、僕らの他のサイトでの閲覧履歴をマイクロアドさんが持っていて、それと組み合わせられること。
はてなのアナウンスは個人を特定する情報を含まないと主張してますが、URLにはてなIDが含まれる設定画面からも行動履歴が送信されてしまうので、リファラー情報から追跡中の誰かのはてなIDがバレてしまうわけです。
つまり、マイクロアドさんがその気になれば「はてなIDがid:jkondoの人はこんなえっちなサイトに出入りしている…!」とかわかっちゃうんですね。興奮します困りますね。。。
追記: はてなブログも強制送信
絶賛betaテスト中の「はてなブログ」も強制送信。こいつは head タグの中で読み込んでます。
2011-11-07
■[neta] プリキュア冪集合(DX3)
#!/usr/bin/ruby precure_set = %w[ キュアブラック キュアホワイト シャイニールミナス キュアブルーム キュアイーグレット キュアドリーム キュアルージュ キュアレモネード キュアミント キュアアクア ミルキィローズ キュアピーチ キュアベリー キュアパイン キュアパッション キュアブロッサム キュアマリン キュアサンシャイン キュアムーンライト キュアメロディ キュアリズム ] for bits in 0..(2 ** precure_set.size - 1) subset = [] precure_set.each { |element| if (bits & 1) == 1 subset.push(element) end bits >>= 1 } puts subset.join("、") end
解説1
映画プリキュアオールスターズの主題歌「キラキラkawaii! プリキュア大集合」にちなんでプリキュアの冪集合を出力するスクリプトを作成した。プリキュアオールスターズDX3出演プリキュア21名の全組み合わせ2097152組(空集合を含む)を出力する。
解説2
冪集合の計算アルゴリズムは以下を参考にした。
0から(2^要素数)-1(ここでは2097151)までの数の二進数表現のビットパターンを元の集合から組み合わせとして抜き出す要素のパターンと見て部分集合を順に作っていくもの。
最初、再帰と集合の組み合わせ演算子を使って冪集合の配列を作ってたけど重すぎなのでぐぐってカンニングしました。。。
追記
ファイルに出力したら512MBになった(エンコーディングはUTF-8)。実行時間は real で2分弱(Athlon64 3500+ 2.2GHz)。
2011-11-01
■[社会]「デマ」とつきあうために(その2)
前回の記事に応答がありました。
「人格と言論とは分離すべきである」などと「べき論」を繰り返して、表現をソフトにする程度の配慮もしないことは、言論に親しまない人にとってあまりに不親切であり、また良くない結果を招きかねない行為ではないでしょうか。
ここでの「表現をソフトにする」は文脈から(罵倒するなみたいな話ではなくて)専ら「デマ」という強い否定の言葉を使わない、という意味に解釈した上でお返事します。
ソフトな対応の効果は期待できるのか
確かに可能性としては「良くない結果を招きかねない」とは言えるでしょう。でもそれはどのくらい蓋然性があるのでしょうか。
つまり「デマ」認定したためにその人が余計にデマを流すようになったが、その人は「デマ」認定しなければデマを流さなくなっていたはずだ、と考えられるような事例はあるのでしょうか。あるいはソフトな対応によってその人はその後デマを流さなくなったが、「デマ」認定していたらデマを流し続けていたはずだ、と考えられる事例はあるのでしょうか?
実のところ、僕が1990年代の fj (NetNews のニュースグループ群)で議論をしていた頃は、もっとみんなソフトな対応をしたほうが議論が捗るのではないかと思っていた時期があったし、実際そういう意見を言ったこともありました。しかし実際にいくつかのトラブルを目撃したり巻き込まれたり*1してみると、正直甘かったなと思うようになりました。
トラブルになる人の行動パターンに、ソフトな対応でどうにかなるような要素が見つからないのです。みんながそうというわけではないのでしょうけど、大きく荒れるような言動を繰り返す人は、基本的に人の話を聞いて意見を変えるということがほぼないですし、意見を否定されること自体が気に入らなくて、ソフトな対応でも繰り返し批判すれば単にその人を恨むわけです。
歴史修正主義系の議論も結構な量を見てきましたが*2、こちらの場合は元々歴史修正主義的な主張する人たちの言葉遣い自体が全然ソフトじゃなくて通説をインチキ呼ばわりしているわけで、こちらがソフトに対応したところでどうにもならないのです。
mitsu_bc さんの理論だと、それは初期消火に失敗したのではないか、ということになるのかもしれません。誰かがキツい対応をしたせいでヘソを曲げてしまったのだ、みんながソフトに対応していればそうはならなかったのだ、と。
しかし、歴史に if はないので断定はできませんが、全員がソフトな対応をしていたら、そういう人は、単に延々我慢ならない言動を繰り返していただけじゃないかと思います。個人差があってソフトな対応が効く人も存在するということは考えられますが、見知らぬ人同士の議論でそれを事前に識別するのは無理でしょう。
以上は僕の経験ですが、長くネットで議論の場に出入りしていた人は、みんなだいたい似たような経験をしていると思います。ソフトに対応しないのは経験から導かれた教訓に基づく態度なのです。mitsu_bc さんが可能性だけで訴えても、そういう人たちに対しては説得力を持たないということは認識しておいてください。
また、そもそも、オープンでフラットな議論の場で全員がソフトな対応をするということ自体期待できそうにないことです。このことについては後述します。
明確に否定しないことは不親切
一方で「デマ」認定しないことによる弊害があります。それは批判対象の相手ではなく、批判を読む第三者に対する弊害です。
僕たちの共通目標は言論によって「デマの影響力を減らすこと」です。ですから「デマ」を流す直接の相手を改心させるというよりは、対抗言論の影響力によって、不特定多数の第三者がデマを信じないようにさせたいのです。
実際問題、いわゆるニセ科学の議論にしても歴史修正主義の議論にしても、直接やりあっている人たちの片方が説得されて改心するということは稀なわけですから、議論のギャラリーを説得することに力点があるわけです。
ソフトな対応が徹底されることにより、ある主張が誰にもはっきり否定されなければ、その主張に対する異論は単に両論併記の片方というふうに見なされます。それこそ「見解の相違ですね」という扱いを受けます。これではデマの影響力を下げる効果が減ってしまいます。
歴史修正主義の手口についてでは、これを意図的にやる、つまり、次から次へと表面的にはまだ否定されていない論点や、初心者は既に否定されていることを知らないような論点を蒸し返すことで、批判者の影響力を削いで引き分けに持ち込む「議論の捏造」という手口を説明しました。ソフトな対応に終始するということは、そのような落とし穴に自ら飛び込んでしまうようなものです。
信じる人に大きな不利益があるようなデマは、はっきり否定するべきです。そうしないのはそれこそ不特定多数の第三者に対する「不親切」です。
ソフトな対応の不安定性
先ほど「そもそも、オープンでフラットな議論の場で全員がソフトな対応をするということ自体期待できそうにない」と書きました。これは、仮に mitsu_bc さんの理論が正しいとしても、現実的な影響力を持ち得ないのではないかということです。
自分の意見が強く否定されることで頑な態度を取る人は、否定されたこと自体に憤っているというよりは、人前で恥をかかされたと思うから頑なになるのではないでしょうか。プライベートな付き合いの中ではソフトな対応が功を奏することがしばしばあるのに、ネットではなかなかそうならないのは、そこに原因があると思います。
だとすると、大半の人がソフトな対応で批判していたとしても、誰かが強く否定するだけでその人は恥をかくのですから、ソフトな対応という戦略自体、不特定多数の論者の協調行動を前提にしないと成り立たないのではないでしょうか。
前回の「過剰攻撃の問題」とも関係しますが、小さなコミュニティではそういう戦略は可能です。実際に、学内コミュニティの小さなネットワークでのトラブルで、関係者が裏で示し合わせてソフトな対応で宥めるということをやって上手くいったことはあります。しかし、そのような協調行動は不特定多数の論者が随時参加してくるようなオープンな議論の場では不可能でしょう。
僕自身はどうしているか
自分で言うのもなんですが、批判的な意見表明での言葉遣いにはかなり気を遣っている方だと自認しています。ある程度気心の知れた人にはキツめの言葉を敢えて使うこともありますが、知らない人との対話では頭ごなしな否定はなるべく避けているつもりです。
一方で主張そのものについては明確に否定すべきところでは曖昧な表現は避けて、明確な否定的表現をするようにしています。「デマ」どころか「トンデモ」「デタラメ」のような表現も厭いません。
そういうメリハリがないと「ただの口が悪い人」あるいは逆に「優柔不断な人」「いい子でいようとする人」という印象を与えてしまって発言の力が削がれてしまうと思うからです。もっとも被害感情に苛まれている人には、こういう言葉遣いが慇懃無礼とも受け取られることもありますが。。。
おまけ: バカのバカたる所以とは
mitsu_bc さんのエントリでリンクされていた mitsu_bc さんのコメントについて。
ただ、これは一般論として聞いてほしいのですが、デマを流したり信じたりするのは、いわゆるバカが多いのではないでしょうか。 バカは理解する能力や意欲に欠けるからこそバカなのです。そうした者の理解を得るためには、親切丁寧な説明をする必要があるでしょうし、ときには相手を持ち上げて意欲を高めるようなことも必要かもしれません。
いや、その、、、mitsu_bc さんの立場でそんなにぶっちゃけちゃっていいんですか!?
まあ、それはそれとして、デマ魔みたいな困った人になってしまうような人の場合「理解する能力や意欲」の欠如が問題ではなくて、他人の意見から学び、自分の意見を修正する能力、そしてそのために必要な「未熟だが成長していく自己」という自己認識・自己肯定感が足りないのではないでしょうか。
あるいは、意見の内容そのものが、自分のアイデンティティに深く結びついている場合、頭のどこかでは間違っているとわかっていても、間違いを認めるわけにはいかない、全力で反発せざるを得ない、という場合もあるかと思います。
正直言って、そういう人を説得するのは無理です。少なくとも、ネットで出会ったばかりの赤の他人には無理です。友達と言える関係、あるいは自分に恩義を感じている人ですら、難しい。ていうか実際に議論で友達なくしたこともあるし。。。
2011-10-31
■[社会]「デマ」とつきあうために
ブックマークに返事があったので。
うーん、これも動機はわかるけど、、、という話だと思うのですが。。。
簡単にコメントしようと思って下書きしていたら、意外と長い話になってしまったのでエントリにします。
ラベリング理論
たとえば、「不良」のラベルをはられた少年がやさぐれて非行に走り、いつか本当の「不良」となってしまう、というのはありがちな話だ。
ラベルというのはそのように、はられた人間をラベルどおりに作りかえてしまうような呪いの力を持っているのだと思う。
そうですね。いわゆるラベリング理論の話です。この「不良」の話が理不尽なのは「行為」の問題を「人格」の問題にすり替えられてしまうからだと思います。
もちろん人は自分のした行為に責任を持たなくてはなりませんから、その責任の範囲内で非難されるのは当然ですが、「不良」というラベルは人格に対するもので「悪いことをした人」ではなく「わるいことをする人」という評価を表すものです。
もちろん犯した罪に対する反省がなく、同じ過ちを繰り返す人についての評価が厳しくなるのは仕方がない面があります。それは信用とか信頼の効用と裏腹です。
しかし、あまりに安易に人格を否定するようなラベルを貼るのは、そのラベル自体が人格形成を歪めてしまい、さらにはラベルがもたらす予測可能性への信頼を高めてしまい、ますます人々にラベリングを促すことになってしまう、というイヤさがあるわけです。
まあ、そんなことは理論とか言わなくても昔から*1「罪を憎んで人を憎まず」という言葉があります。そういうのはよくないとされながら、そういうことが繰り返されてきたということでもあります。
ここで「デマ」に話に戻すと、「デマ」というのは「人」に貼るラベルではなくて「言説」に貼るラベルです。デマの否定は人格否定ではありません。「デマ流すなよ!」というクレームも人格否定ではありません。デマを流す行為が非難されているのです。
ですから「デマ」というラベルを「不良」というラベルと並列で扱うのはおかしいと思うのですが、ただ、そう扱いたくなる事情はわかります。というのは、自分の言葉を否定されると自分の人格が否定されたかのように感じてしまうということは、一般的によくあることだからです。また、善意からの発言行為を否定されると、善意までも否定されたかのように感じてしまうことはよくあります。
「中立性」とは何か
しかし、よくあるからといって、それでよい、というわけではありません。公の言論空間で、公共の利害に関わる発言をする限り、発言の内容と発言者の人格はまずは*2切り離して耳を傾けるべきというのがタテマエです。そうでなくては、それこそ「不良」のラベルを貼られたような人の発言が、多数派によって都合良く無視されてしまうからです。
しばしば言論の場での「人格攻撃」が非難されるのは、人格攻撃そのものが卑劣であるというだけでなく、そのような理由があるのです。
ですから、このタテマエの元では、自分の言葉が否定されてもそれを直ちに人格攻撃と解釈してはいけません。もちろん人間ですから反射的にそう解釈してしまうことは仕方がないことですが、それを議論の場に出してはいけません。健全な批判を人格攻撃であるかのように振る舞うのは、それ自体が裏返しの人格攻撃とも言えます。
まあ、タテマエを守りつつ、互いが互いに我慢しながら議論を進めた先で、互いの不満が爆発して大変なことに、ということも多々あるのですが…
むしろ相手を誠実な一個の人間として扱ったうえで、淡々と「誤り」として、すなわち中立的な態度で指摘したほうが結果として「デマ」を減らすことになるのではないか。
これはその通りなのですが、発言者の善意・悪意に関わらず「デマ」を「デマ」として非難することは、上に挙げたようなタテマエを尊重するという意味で「中立」的な態度なのです。
もちろん、「公共の利害に関わる」ということは要するに「政治的」ということであり、政治とは多数派を説得することであり、多数派は「言葉」と「人格」を区別しない「罪を憎んで人を憎まず」どころか「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」人たちであり、そうであれば、言論のタテマエなんてそんなホンネの前では無力であり、したがって、なだめたりおだてたりして人々の心をあやつるのが正解、という、ミもフタもない話だってできるのですが、、、
それでもしかし、言論のタテマエが最初からなかったかのように、誰かの発言を「デマ」と言うことが当然に人格攻撃であるかのような立論には納得できません。mitsu_bc さんが求めている「中立性」を mitsu_bc さん自身が最初から放棄しているように見えるからです。
「デマの影響力をなくす」ことが目標
大事なのは「デマ」をなくすことでしょう?
大事なのは「デマをなくすこと」ではなくて、「デマの影響力をなくす」ことです。確信犯のデマはなくすことができません。そして確信犯の意図も一種の「善意」なのです。善意を尊重してもデマはなくなりません。ですから、デマが「デマ」と周知されること、デマが訂正されることが重要です。
デマの影響力をコントロールするために「デマ」というラベルを貼るのです。そうすれば、気になる人はデマ検証記事などを見て判断するでしょうし、少なくとも悪意のない第三者は、それは「デマ」だと知っていれば、あるいは「デマ」っぽいと感じることができれば、デマの拡散に荷担することはありません。
もちろん、この戦略が機能するためには「デマ」のラベルが安易に使われるべきではありません。「デマ」のインフレ、特に対立する立場の双方が「デマ」ラベリングの応酬をするようになると「足止め効果」*3で人々は他人の言うことを検証しようとしなくなってしまいます。
もっとも「デマ」っぽいパターンを察知するリテラシーによる抑止というのも、一種の「足止め効果」には違いないので、程度問題としか言いようがないところがあるのですが。
過剰攻撃の問題
mitsu_bc さんのエントリでは明示はされていませんが、そのブクマにあったコメントが、その問題意識の背景にあるのではないかと思ったので引用します。
コメントの一つ一つを見れば、「断罪」や「難詰」という表現はおおげさで、ほとんどはまっとうな批判や指摘の範囲だと思います。しかし大勢で袋叩きにすることで結果的に「難詰」になってしまう。難しいですね。
ネットのような場で、人々が思い思いに妥当な範囲で非難するだけでも当事者や周囲に集団リンチ的な印象を与えるという問題は確かにあります。これはネットでは一般的な問題で(パソコン通信の時代からある)、対処が難しい問題でもあります。
こういう場合、たとえ自分が相手を非難する立場にあっても、行き過ぎた非難は批判するという態度をとる人が一定数いれば、相手側の被害感情をかなりの程度緩和することになると思うのですが、最近ではそれをやる人が双方から叩かれるという理不尽な目にあうことが少なくないので、やりたがる人が慢性的に不足するという…
ある程度小さなコミュニティ内でのトラブルであればこの手の仲裁が機能するのですが、社会問題レベルの話題になると、これがまるで機能しないことがあります。仲裁者が本来自分が批判すべき相手の論点を延々と代弁するはめになって、しまいにはそれが自分の意見であるかのように誤解されて叩かれるという往復ビンタ状態になったりすることも。こんなのどうすればいいんですかね?
*2:こういう限定を付けるのは、やはり、過ちを認めない人、過ちを繰り返す人、という評価によるフィルタリングは必要だから。
2011-10-21
■[雑記]ハックルさんとヤドカリ
この流れなら言える! と思ったので書きます。
はてな村民なら皆既にご存じのこの騒動。
200万部を越えるベストセラーとなった『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら』(通称「もしドラ」)の著者である岩崎夏海さん(はてなでの通称はハックルさん)の激白。色々衝撃的で、心動かされるエントリでした。
「ぼくは本を出す前も出した後も変わってないのに」というのは、「もしドラ」以前の彼の日記を読んでいたはてな村民としては大いに頷くところです。あの頃のエントリから感じられた鬱屈したエネルギーは、衰えるどころかますます暗い輝きを増すばかりです。
だからこそ衝撃的なのです。あれだけ成功しても変わらないのか、と。成功ってなんなんだろう、と。
もちろんこういう話って物語や寓話としてはよくある話なんですが、そういうのって負け犬の僻みみたいなバイアスもかかっているのだろうと思っていたところ、こうやって本物を目前にすると、やはり胸に迫るものがあります。
で、ここからが本題なのですが、この騒動を見て思い出した物語があるのです。あらすじは、だいたいこんな感じ:
あるところにヤドカリがいた。ヤドカリは誰よりも大きくなりたいと願い、大きな貝をみつけては引っ越してを繰り返してどんどん巨大になっていき、願いは叶ったと思われた。しかしある時ヤドカリは巨大なほら貝と遭遇する。耐え難い敗北感を感じたヤドカリは再び貝殻を脱ぎ捨ててもっと大きくなろうと絶望的な努力を試みるが、結局力尽きて失意のうちに息絶えた。そんなヤドカリの亡骸を漁師が見つけ、人々はその大きさに驚愕する。どうしてここまで大きくなったのか、と。。。
この短編を見たのは確か中学の期末テストだか何かの国語のテストの問題文です。試験中にも関わらず僕はかなりの衝撃を受けて、手が止まってしまいました。肥大する自我、満たされない欲望。これは自分のことではないか? 自分の未来なのではないか? と。
試験が終わった後も何かに酔ったようなフワフワした感覚が残っていたのを憶えています。なのですが、、、
肝心のこの物語の出典を忘れてしまったのですね。ネットをやるようになってから何かの拍子に思い出す度に検索してみるのですが、未だにそれらしきものが見つけられません。かなり有名な作家の作品だったような気がするのですが…
そんなわけで、この作品に心当たりのある人はコメント欄で教えてください。
よろしくお願いします。
追記: 「宿借りの死」という作品らしい?
複数の方からの御指摘でどうやら志賀直哉の「宿借りの死」という短編ではないかということでした。
- 「小僧の神様」志賀直哉 作/井上正治 絵 - 無個性で行こう! - 楽天ブログ(Blog)
- ヤドカリ - 続・塾のほそみち
- 行政書士合格必修問題集 - 東京法経学院出版編集部 - Google ブックス
ネットすげー。ていうかずっと青空文庫で探してたんですが志賀直哉ってまだ著作権切れてないんですね(1971年没)。とりあえずAmazonで「小僧の神様」(講談社青い鳥文庫)の古本を見つけたので購入してみました。
ありがとう!そしてありがとう!>ハックルさん
2011-09-13
■[衛生]内部被曝の「生涯で最高2ミリシーベルト」ってどういうこと? って話
朝日がこんな記事を出していて、
福島県は12日、東京電力福島第一原発事故による放射線量が高い地域で6月から続けていた住民の内部被曝(ひばく)検査の結果を発表した。8月末までに検査した3373人のうち、生涯に浴びる内部被曝量が1ミリシーベルトを超えると推計されたのは7人。最高は2ミリシーベルトだった。県が進める内部被曝検査の全容が明らかになるのは初めて。
これに対してこんなコメントがあったので、「生涯で」の意味を簡単に説明します。*1
id:himagine_no9 [放射線][原発] 9月12日22時02分配信。「生涯」で計算している意味がイマイチわからない。不確定要素が多すぎやしないか?
はてなブックマーク - asahi.com(朝日新聞社):内部被曝、生涯で最高2ミリシーベルト 福島県住民検査 - 社会
内部被曝について「生涯」で計算するのは普通のことです。何ベクレル食べたら何ミリシーベルトに相当、みたいな話は、まず「生涯」の被曝量だと思って間違いないです。
例えば、謎の食品QB*2にセシウム137が1000ベクレル含まれていて、今日の晩ご飯にQBを一度にきゅっぷいと食べてしまったとします。
この日食べたQBに含まれるセシウムは明日の朝トイレに全部でていく、というわけではなく、体が栄養素と勘違いして、もったいないじゃないか! とばかりに体内に取り込んでしまうため、結構長い間体内に残ります。
どのくらい残るかというと、セシウムの場合だいたい90日で半分は体外に出ていくと言われています。*3 そうやって体内に残る量がだんだん減っていくのですが、それをグラフにするとだいたい指数関数のグラフになります。
つまり、この日の晩ご飯にQBに由来するセシウムは90日で500ベクレル、180日で250ベクレル、270日で125ベクレル、、、という風に90日毎に半分になっていきます。そのため「セシウムの生物学的半減期は90日」と言ったりします。
最終的にいつまで残るのか? というと、指数関数は決してゼロにはならないので、理論上は永久に残ります。つまり理論上は死ぬまで被曝し続けます。だから「生涯」で計算するわけです。まあ、実際には最後のセシウム原子1個が出て行けばそこで終わりですが、計算結果はほとんど変わらないので単純に指数関数だと思って計算してるはず。
注意したいのは「生涯で」と言っても、この例なら今晩食べたQB一食分から生涯に受ける被曝量だということです。明日食べるQBとかは全く考慮していません。
さて、体内のセシウムから受ける被曝、つまり内部被曝の量は、体内に残ったセシウムの放射能の量(つまりベクレルの数)と、セシウムが体内に留まる時間に比例しますが、*4そのベクレルの数自体が毎日減っていくので、毎日の残りベクレルを死ぬまでの期間累積していった総和(つまり指数関数の積分)を生涯の被曝量(預託線量と言います)の計算に使います。
ていうか、これ見たら一目瞭然じゃん。すみません、QB言いたかっただけです…
ここで朝日の記事の話に戻りますが、住民の検査ではホールボディーカウンターで検査した結果を使って被曝量を計算しているので、今日の晩ご飯(QB)からの被曝量、というわけではなく、これまで食べたり吸ったりして検査当日に残ってる分からの被曝量ですが、理屈は同じです。
くどいようですが、これも「生涯で」と言っても、検査時点で体内に残っていたセシウム等から生涯に受ける被曝量のことで、今後食べる食品などから受ける被曝の事は考慮していないと思います。
なお、記事からはわからないですが、2ミリシーベルトには、検査の日より前の分の被曝量も計算上遡って被曝量に計上しているかもしれません。もっとも、検査は6月から始まっていて、(物理学的な)半減期の短いヨウ素131はもう検査では検出できていないかもしれません。
もしそうなら、ヨウ素の分の被曝は2ミリシーベルトには含まれていないかもしれず、気がかりです。検査でヨウ素を検出できていなくても原発から放出されたセシウムとヨウ素の比から推定して計算することくらいはできるので、そういう推定値を含めている可能性もありますが、記事からはわかりませんでした。
■[雑記]なんかうさんくさい広告が出てきたので更新…
先月、ふぁぼったーの広告欄にあった「創価学会員が入れる霊園」とかいうのが気になって霊園の広告をうっかりクリックしたらその後ネットのどこに行っても Google AdSense 系の広告欄でお墓と霊園の広告が表示されるようになってしまってかなり鬱です。
半月くらい経ってもずっとそんな感じだったので、他のジャンルの広告を意図的にクリックすることでお墓の広告の優先順位を下げようとしたのですが、まだ十分下がってないようでかなりの確率で表示されてしまいます。
はてなダイアリーも長期間日記を書かないと AdSense 系の広告欄が表示されますが、当然そこにもお墓の広告。たぶん読者のみなさんには別の広告が出ているものだと思いますが、そうとわかっていても気が滅入ります。。。
そんなわけで更新します。せっかくなのではてブで半端に書いた内容を補足するエントリも書きます。
2011-03-11

僕は無事です。ヒッチハイクで横浜に向かってますがすごい渋滞でいつ帰宅できるか不明です。
追記: 3:30頃に帰宅しました。猫も無事でした。ライフラインも正常です。部屋の中はかなり荒れていますが、なんとかなりそうです。
路上で拾ってくださって8時間以上一人で運転してくださったMさんに感謝します。
途中から同乗した三人のご婦人にも色々気遣って頂きました。本当にありがとうございます。
Twitterで励ましてくださった皆様、交通情報などを流してくださった皆様、本当にありがとうございました。
そうそう、もう一人、お礼を言わなくては。方向音痴で反対車線でヒッチハイクしてた僕に「横浜ならあっちだよ」って教えてくれたおじさんに感謝します。その一言のおかげで無事帰れました。
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