ウォール・ストリート・ジャーナルは、昨年3月11日の東日本大震災で生活が一変した人たちを取材したが、今回そのうちの何人かを再訪した。ここでは福島原子力発電所を安定化させるため事故直後に現地入りした建設会社経営者、坂本正之さんを取り上げる。
1年前、福島第1原子力発電所の原子炉で爆発が発生した時、坂本正之さんはその処理にあたるため最初に出動を要請された人々の1人だった。坂本さんは、35人の従業員を抱える建設会社、北陸工機の経営者だ。昨年3月11日の東日本大震災によって同原発の原子炉のうちの3基が炉心溶融(メルトダウン)を起こしたが、作業に向かった当時、そんな事態に陥っていたことは全く知らされていなかった。
それからの1カ月の間、坂本さんは汚染された原発構内で、がれきの撤去や水槽の設置など、原子炉冷却のための重作業を続けた。
坂本さんはそれまで放射能の高い環境下で働いたことがなかった。その上、事故後の状況が非常に危険であったにもかかわらず、そのための研修はほとんどなかった。坂本さんの会社の従業員は昨年6月までに被ばく量の検査を受けた。
今は、従業員の大半は地元に戻り、ダムなどの建設現場での配管工事など、以前と同じような業務に携わっている。坂本さんと従業員が原発から引き揚げたのは昨年12月。ちょうど原子炉から放射性物質がほとんど出なくなり、東京電力が「低温停止状態」を宣言した頃だ。
原発敷地内の大半のエリアの放射線レベルは事故直後に比べ大幅に低下している。事故当時に緊急要請されて泥や岩石の運び出しに従事していた作業員は任務を終え、代わりに原発に以前勤務していた専門家や技術者といった人々が作業に当たっているという。
彼らは危険な時に逃げ出して、自分たちを使ったのではないかと、坂本さんは感じている。
今年に入っても、坂本さんの従業員5、6人が原発の半径30キロ圏内の危険な区域で道路や家屋、水田の除染を行っている。坂本さんによると、水田の除染とは、主に表土をはがし貯蔵のため袋詰めにする作業だという。だが、政府は放射能汚染した土や岩石、がれきの最終的な貯蔵および処理計画をいまだに策定できていない。
坂本さんと従業員の累積被ばく量は比較的低レベルだという。坂本さんはその正確な数値を明らかにしなかったが、政府が原発作業員の許容被ばく量上限と定めている100ミリシーベルト未満なので、ほぼ問題ないだろうと語った。