３月８日付け中日新聞：スポーツ欄掲載記事より

フクシマを超えて　流転のアスリートたち③

女子サッカー　松長佳恵㊤

東電から伊賀　原発の同僚が後押し


　何度もメールを送った末に届いた返信には、復旧作業の過酷さが淡々とつづられていた。
　「仮眠は廊下で２時間。食べたのは乾パンだけ」

　福島第１原発の同僚たちが置かれた状況も、なかなか返信がこなかったわけも、その一文で理解できた。送信者は最も仲が良かった同年代の男性で、１、２号機の整備を担当する作業員。何度かやりとりする間、ある日送られてきたメールでの告白に、松長佳恵は息をのんだ。

　「放射能を浴びた」

　独身の彼は苦しい胸の内をつづっていた。「子どものことを考えたら、もう結婚できないかも」。携帯電話を持つ手が震え、胸が苦しくなった。一緒に食事をしたり、海に出かけたりした時の無邪気な表情が目に浮かんだが、恐怖にゆがんだ顔は想像できなかった。

　当時はなでしこリーグの東京電力マリーゼに所属していた。九州での合宿中に地震と原発事故が起こった。「職場の誰とも連絡が取れず、テレビを見ていたら建屋が吹っ飛んで…」。福島の練習場にも職場にも戻れなくなった選手は自宅待機を命じられ、松長は滋賀県湖南市の実家に帰っていた。

　実家で半月ほど過ごしたころ、伊賀ＦＣくノ一への移籍話が持ち上がった。高校まで下部組織に所属し、双子の姉朋恵もいるチームだったが、踏ん切りはつかなかった。「みんなどうしているの」。思い出すのは、早めに仕事を切り上げて練習に行く自分を笑顔で送り出し、試合ではスタンドから声をからしてくれた同僚たちの顔。迷いがどんどん膨らんでいった。

　「東電にいて自分に何かができるわけじゃない。でも、逃げ出すようで」。なでしこリーグの中でも、正社員の立場でプレーできるチームは数少ない。安心して練習できる環境を与えてくれた東電には、親を亡くしても帰宅せず働き続ける人がいる。故郷を追われた多くの住民もいるのに、自分は遠く離れた滋賀でサッカーのことを考えている。後ろめたさが頭の中を満たした。

　いくら考えても結論が出なかった。余計な負担をかけたくないと思いながら彼にメールした。「私、サッカーを続けていいの」。今度はすぐ返事があった。「俺たちはここから動けない。でも、おまえは選択できる立場にいる。続けてほしい」。好きなサッカーに取り組める道がまだあるのなら、ためらう理由はない。次の一歩を踏み出す勇気がようやくわいた。

　新天地では東電で得られなかった出場機会にも恵まれ、得点も挙げた。胸を張れる内容だったが、彼とは一度も顔を合わせていない。

　「とてもじゃないけれど『活躍してます』とか『点を取ったよ』なんて言えない」。１年たっても事故は完全に収束せず、東電は逆風にさらされたまま。会ってお礼を言いたいが、もう少し時間が必要だとも思う。「絶対、どこかで見てくれている」。しばらくは、プレーで感謝の気持ちを伝えていく。