「これは戦争だ」。9日に公表された原子力災害対策本部の議事概要では、福島第1原発での水素爆発後、玄葉光一郎国家戦略担当相(当時)が悲壮な決意を述べる場面もあった。
対策本部では事故発生当日の第1回会議(昨年3月11日)以降、繰り返し炉心溶融(メルトダウン)への言及があり、実際に3基で炉心溶融が発生、昨年3月12~15日にかけて1、3、4号機の原子炉建屋で水素爆発が起きた。玄葉氏の発言は、最後に発生した4号機の爆発から2日後の同17日夕の第10回会議でだった。玄葉氏は「既に局地戦では負けているが、これから先、いかに負けを少なくするかだ」と述べ、最悪の事態を想定して住民を避難させるよう主張した。
一方、当初から炉心溶融が指摘されていたことについて枝野幸男経済産業相は9日夕、記者団に対し「当時そのことを伝えられなかったのか、いろいろな評価があるだろう」と述べた。
枝野氏は炉心溶融の指摘が「誰の発言か記憶がない」と繰り返し、理由について「直接、住民の健康に影響する放射線量のことにかなり私の関心は集まっていた」と説明した。
事故当初、官邸内の指揮系統や東電との連絡の混乱も描かれている。昨年3月15日午後に開かれた第8回会議では、消防庁を所管する片山善博総務相(当時)が「実務オペレーションの統率がとれていない」と発言。菅直人首相(同)は「(海江田万里)経産相と細野(豪志)補佐官を(東電に)張り付けている。しかしやりとりの歯車がうまく回っていない」と釈明していた。【和田憲二、西川拓】
毎日新聞 2012年3月10日 1時28分