国際台湾大に日本人農学者らの胸像設置へ+(1/2ページ)(2012.3.8 20:53

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台湾大に日本人農学者らの胸像設置へ

2012.3.8 20:53 (1/2ページ)
台北市の台湾大学で、公開を待つ磯永吉(中央右)と末永仁(同左)の胸像。頼光隆名誉教授(右端)と許文龍氏(左端)らが奔走した(吉村剛史撮影)

台北市の台湾大学で、公開を待つ磯永吉(中央右)と末永仁(同左)の胸像。頼光隆名誉教授(右端)と許文龍氏(左端)らが奔走した(吉村剛史撮影)

 【台北=吉村剛史】日本統治時代の台湾で、コメの品種改良に取り組んだ農学者を顕彰しようと、台湾大学農芸学科関係者らが寄付を募り、農学者、磯永吉(1886~1972年)と、磯を助けた農業技師、末永仁(めぐむ)(1886~1939年)の胸像を制作した。大学構内の「旧高等農林学校作業室」(台北市史跡)に設置を予定しており、10日にお披露目が行われる。

 磯は広島県出身。東北帝大農科大(札幌)を卒業後、1912年に渡台。総督府農事試験場などを経て30年、台湾大の前身、台北帝大の教授となり、台湾在来種のインディカ米と日本のジャポニカ米の交配を重ね、味がよく、台湾の気候にも適した「台中65号」(蓬莱米)を開発した。

 一方、末永は福岡県出身で、大分県の三重農学校を卒業後、農業技手として10年に渡台。台中の農事試験場技師などとして、磯の長年の改良を助けた。蓬莱米は台湾の米産力を飛躍的に発展させたため、磯は「蓬莱米の父」、末永は男性ながら「母」として知られている。

 台湾大の農芸学科関係者らは、磯が同大に残した貴重な関連資料が、日本語世代の減少とともに活用されなくなり、忘れ去られようとしていることなどを危惧して像の設置を計画。

 戦後の57年まで同大で教えた磯の元教え子らが寄付金を集め、昨年の東日本大震災の発生後に台湾から日本へ多額の義援金が贈られる中、学外の実業家らも多額の寄付金を寄せ、実現したという。

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蓬莱米開発に貢献した磯永吉(右)と末永仁(左)の胸像=台湾大学で(吉村剛史撮影)
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