|
|
尚、過日の検証に於いて、若干洩れた内容、つまり『追善回向するも、中有の因業は、来世まで不変』
という珍言について、其れを再破しておこう。
日蓮大聖人曰く『此の(法華経の)文字の中より大雨降りて無間地獄の炎を消す。閻魔王は冠をかたぶ
けて歓ひ、獄卒は杖をすてて立てり。一切の罪人はいかなる事ぞとあはてたり』と。
云うまでも無く、閻魔王は十王の一人であるが、中有の四十九日以降も、其れら十王の裁断は行われ
るのである。して、上記御文、中有身を裁く其の閻魔王が、其れこそ法華の大雨によって無間地獄の
炎が消されるを歓び、獄卒が杖を捨てて雨に立つ、とは、応に死後の中有身に於いても、法華追善の
功力によって、其の因業が消されるを、当文に於いて、其の理(ことわり)を示されたものである。
仍って大聖人が曰く『仮使(たとい)法界に遍く断善の衆生も一たび法華経を聞かば決定して菩提を成
ぜん』と。
つまりは、法界に冥伏せし、死後の生命も、我が法華の追善回向によって、即身成仏するのである。
其れを以って最終、当方は、已下の御金言を以って、邪流邪義の徒輩の珍弁を、此に粉砕せしめたの
である。
御義口伝に曰く『今日蓮等の類い聖霊を訪う時法華経を読誦し南無妙法蓮華経と唱え奉る時・題目の
光無間に至りて即身成仏せしむ、廻向の文此れより事起るなり』と。
此の、足す可きでもない、又、引く可きでもない、つまり、善巧と訓戒の範疇を超えた、まこと法義
根本の御教示に対し、唾を吐き、弓を引く者は、須らく邪徒であり、鬼人であり、身中の蝗蟲なので
ある。
とまれ、創価学会の葬式回向に於いては、此の法界に冥伏する生命に対しては、全く意味をなさない、
という事が、創価学会員の証言によって明らかになったという事である。
しかし、其れら邪想珍義を、日蓮大聖人のせいにするのであるから、始末に負えるものではない。
兎も角も、其れら邪糞を撒き散らかした蝙蝠鳥の羽は、富士門の正義によってもぎ取られたのである。
論勝一言。当に予定通りの結末であった。
|
|