東日本大震災で発生した震災がれきの広域処理には都道府県の積極的対応が必要だが、多くの県が、処理施設を保有し実際に処理を引き受けることになる自治体などへの働きかけに消極的であることが毎日新聞の調査で明らかになった。その背景には、受け入れ先住民が抱く放射能に対する根強い不安がある。政府は設定した基準が安全なものであることを強調するが、政府不信は根強い。広域処理が進まないなか、岩手、宮城両県は通常の処理量の23~10年分の処理量という膨大ながれき処理に追われている。
調査に回答した都道府県の担当者からは戸惑いの声が上がり、広域処理に動き出した都県の実情からも、課題が浮かび上がる。
◆神奈川
神奈川県では、黒岩祐治知事が昨年12月に受け入れの方針を表明した。県内3政令市(横浜・川崎・相模原)で計10万トンを焼却処理し、横須賀市にある県の産業廃棄物最終処分場に焼却灰を埋め立てる構想だった。しかし、1月に計3回、地元住民説明会を開き、知事自ら説得を試みたが、住民側は「子どもが、がんになるかもしれない」「国に安全と言われても信用できない」と反発し、会場は反対一色に。
県は02年、産廃処分場建設にあたって、県内の産業廃棄物に限定するとの協定書を地元町内会と交わしている。このため、一般廃棄物である被災地がれき受け入れには協定書の改定が必要になるが、町内会側は拒否する姿勢。知事は「冷却期間を置く」と述べ、「長期戦」も覚悟しているようだ。
◆東京
東京都は昨年9月、岩手、宮城両県の災害廃棄物(がれき)を都内の施設で処理すると発表した。14年3月までに計約50万トンを受け入れる方針だ。昨年11月に岩手県宮古市から鉄道で搬入を開始。都内の各自治体も宮城県女川町のがれき処理に協力することになり、都内で試験焼却を行っている。11月までに3000件超の抗議や苦情が都に殺到したことに、石原慎太郎知事は記者会見で「みんな自分のことしか考えない。日本人がだめになった証拠の一つ。黙れと言えばいいんだ」と批判した。
◆山形
山形県では、民間業者が昨年7月から、受け入れを始めた。県は8月末に、県民からの不安の声を受け、独自の安全基準を設定。昨年12月末の実績で計10事業者が計4万8520トンを処理した。
独自基準は「政府の処理基準では県民の理解を得るのは難しい」との判断から。焼却灰の埋め立て基準は、環境省が示す基準の半分の1キロ当たり4000ベクレル以下。焼却処理できるがれきの濃度も同480ベクレルの半分以下の同200ベクレル以下とした。さらに、周辺住民や作業者の受ける放射線量が年間1ミリシーベルトを超えない--などの基本指針も設けた。【北川仁士、武内亮、浅妻博之】
「県内でできるだけ負担を分け合っていくが、これだけの量はとても処理しきれない」
宮城県の村井嘉浩知事は9日の記者会見で、がれきの広域処理が進まないことに危機感をあらわにした。県内で発生したがれきの量は約1819万トンで、通常の廃棄物の処理量の23年分。被災市町が民間業者に委託しているが、現時点で都道府県で受け入れを表明したのは東京都だけだ。
復興計画を早く進めたい県は「震災から3年以内にがれきの処理完了」との方針を掲げた。だが、内陸部の処理場をフル稼働させても、少なくとも約344万トンは現在、県外処理が必要とみている。
特に石巻地区のがれき処理量は膨大で、県内全体の4割弱を占める約685万トン。県内で約340万トンを処理する方針だが、約295万トンを県外処理しなければ、14年3月になってもがれきの山が残ることになる。「このままではまちづくりが進まない。時間をかけて処理をすればいいという次元の量ではない」。同市を地盤とする県議は13日、ある会議の後、そう訴えた。
県が昨秋実施したサンプル調査では、沿岸11市町のがれきのうち、県南部の亘理町と山元町のものを除き、焼却灰は、国の埋め立て処分できる基準(1キロ当たり8000ベクレル)以内だった。村井知事は安全性を強調しつつ「県外の自治体が受け入れ基準を決めるならば基準に合ったものを搬出する」と説明する。
岩手県では通常の処理量の10年分に相当する約435万トンのがれきが発生した。県は当初、がれき処理期間を3~5年としていた。その後、処理費用を国が実質全額補助することなどを定めた処理指針を環境省が策定。最終処理期間を14年3月末までとしたため、県は昨年8月に「災害廃棄物処理詳細計画」を作り、3年間ですべての処理を終わらせるよう計画を練り直した。
昨年末までの処理量は約20万トン。今年度中に全体の約16%にあたる約69万トンの処理を目指すが、計画通りに進めるのは困難という。現在、約57万トンを県外で処理する予定だ。静岡県が試験受け入れを始めたり、秋田県と広域処理協定を結ぶなどしているが、本格的受け入れが始まっているのは東京都のみ。
がれき処理を担当する県資源循環推進課によると、受け入れを表明した自治体の住民団体からの抗議も少なくなく、時には担当者が2時間も電話対応に追われる事もあるという。同課の担当者は「放射能問題に関し、行政自体、何を恐れ、何を恐れなくて良いか分からなくなっている。環境省にはもっと強いリーダーシップを発揮してほしい」と漏らす。
都市を直撃した阪神大震災の被災地のように、がれきを処理しなければ建物などの復旧ができなかった事情と三陸沿岸の被災地の事情はやや異なる。受け入れ先住民からの抗議など、混乱が生じている事態に、「3年以内」の期限を絶対的なものとするのは困難だととらえる声も聞かれる。【宇多川はるか、宮崎隆】
「基準は明確で、二重基準でもない。安全は国が責任を持つと繰り返し説明している」。広域処理を担当する環境省廃棄物対策課は、受け入れに消極的な自治体の主張に戸惑う。
環境省によると、国が設定した「1キロ当たり8000ベクレル以下」という焼却灰の埋め立て基準は、埋め立て終了後に処分場の表面を土で覆うと、99・8%の放射線を遮断できる値だ。処分場の外の一般住民に対しては健康への影響を無視できるレベル(年間0・01ミリシーベルト)以下の放射線量に抑えられる、と強調する。
埋め立て処分中でも、放射線量は一般人の年間線量限度の1ミリシーベルトを下回り、処分場外の一般住民だけでなく焼却灰のそばの作業員でも安全なレベルという。
同省はこの基準を昨年8月に処理指針として公表。「専門家による検討会を経て、国の放射線審議会や原子力安全委員会、国際原子力機関(IAEA)からも適切だと認められた」と説明する。
自治体が懸念する「原子炉等規制法の100ベクレル」という基準は、「リサイクル利用で市場に流通しても問題がなく、放射性物質として扱う必要のないレベル」を指し、処分場に隔離して土で遮蔽(しゃへい)し、処分する焼却灰の基準とは異なる。これは「クリアランスレベル」といい、放射線量では年0・01ミリシーベルトになる。
同省は「実際に受け入れを始めた東京都などからは、『基準が不明確だ』などの声は寄せられていない」と指摘。一方で「焼却前のがれきがどれくらいの放射性セシウムなら、焼却灰で8000ベクレル以下になるのか」との疑問が自治体から寄せられ、最近は「焼却前に240~480ベクレル以下」との目安を示している。【江口一】
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◆震災がれきの受け入れに対する各県担当者の声
放射性物質に汚染された焼却灰を埋め立てた場合、何年間の維持管理が必要か、方針が国から示されていない
国、県、市町村がそれぞれの立場から住民の不安を取り払う措置を積極的に講じることが必要だ
放射性物質濃度が8000ベクレル以下で本当に安全なのか、住民の理解が得られるよう、きめ細かく説明してほしい
自らが被災し、その対応に市町は追われている
県内の災害廃棄物の処理のめどが立ったら受け入れについて検討する
安全性を十分説明できるよう、国は広域処理事例の放射線データを集積し情報提供することが不可欠
最終処分先の確保対策が必要
国の基準はダブルスタンダードで県民の理解を得られているとはいえない
国は安全性の確保、国民の理解、風評被害の防止策に早期に取り組むこと
国の広域処理基準(1キロ当たり8000ベクレル以下)では住民の不安を取り除くことが困難
原子炉等規制法の従来の基準(1キロ当たり100ベクレル以下)を基にがれきの除染、分別を行うことが必要
国民全体の理解を得てオールジャパンで対応する環境を整備すること
毎日新聞 2012年2月17日 東京朝刊