記者の目

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記者の目:再稼働急ぐ前に「脱原発」探れ=西川拓

 東京電力福島第1原発事故を受けて菅直人・前首相が表明し、野田佳彦・現首相も「引き継ぐ」と言ったはずの「脱・原発依存」だが、その後ほとんど政治の話題に上らなくなった。野田首相の頭の中は消費税増税で占められているのか、今国会の施政方針演説でも強い決意が感じられなかった。毎日新聞が実施した世論調査などでは7割が脱原発路線を支持している。ならば、代替エネルギーの積極的開発を表明するなど、原発後への具体的な道筋を早く国民に示すのが政治の責任だ。

 ◇技術は不完全

 毎日新聞が2月に実施した、原発から半径30キロ圏内に位置する自治体の首長へのアンケートでは興味深い結果が出た。定期検査で停止した原発の再稼働を「条件付きで認める」首長は57%。だが、そのうち76%は脱・原発に賛意を示したのだ。原発を受け入れ、交付金などの恩恵を受けてきた自治体であっても「再生可能エネルギーの技術開発を進めながら原発の依存度を減らしていくべきだ」(岸本英雄・佐賀県玄海町長)などの声が上がったのだ。

 一般の市民を対象にした昨年9月の毎日新聞の世論調査でもこの傾向は顕著だった。「時間をかけて原発を減らすべきだ」との回答が60%を占め、「できるだけ早くすべて停止すべきだ」を合わせると72%に達した。将来的には原発を減らしていきたいという思いは、今、多くの国民が共有している。

 実は原発問題を長く担当してきた私自身、福島第1原発事故が起こるまで、使用済み核燃料の処分が決まらない問題を抱えてはいるものの、資源小国の日本にとって原発は必要だと考えていた。90年代末にドイツが脱原発に転じた時も「欧州では、足りない時は他の国から電気を買えるから可能なんだろう」と、冷ややかに見ていた。何より日本の原発がここまで壊滅的な事故を起こすとは思っていなかった。

 だが福島第1原発事故の取材を通じて、取り返しのつかない被害の大きさに触れ考えが変わった。実用化されて半世紀の間に、チェルノブイリ(86年、旧ソ連)、福島と、2度にわたり地域社会を崩壊させる大事故を起こした原発は、やはり不完全な技術と言わざるを得ない。老朽化したものや危険なものから止めていき、最終的にはなくすべきだ。

 ただし、アンケートで多くの首長が指摘したように、脱原発を進めるには代替電力の確保が不可欠だ。電力不足はまず社会的弱者を直撃する。震災直後、計画停電や節電を強いられた首都圏で駅のエスカレーターや信号機などが止まり、高齢者や身体障害者が困っている姿を何度も見た。電力不足で企業活動が停滞すれば、非正規雇用の人たちが真っ先に解雇されるだろう。

 「脱・原発依存」を掲げた政治がすべきことは、再生可能エネルギーや省エネ技術の研究開発に思い切ってかじを切ることではないか。そして、何年後なら原発をゼロにできるか、それまでは電力をどのように確保し、国民がどういう生活を送ることになるかを具体的に提示することだ。

 ◇「責任感見えぬ」

 だが、ここのところ政府には、原発の再稼働を急ごうとする姿勢ばかりが目立つ。

 国内の原発は次々と定期検査で止まり、現在稼働中なのは2基。このままいけば5月初めにも54基すべてが停止する。政府は再稼働への関門として、想定を超えた地震や津波で炉心溶融が起きるまでにどの程度の余裕があるかを見る安全評価(ストレステスト)を義務づけた。手続きを急ぐため、簡便な「1次評価」で可としたが、目算通りにはいかず、メドは立っていない。「再稼働がなければ、電気料金が大幅に上がるのは必然」(枝野幸男経済産業相)など、閣内から焦りにも似た発言も出始めた。

 原子力政策に詳しい吉岡斉・九州大副学長は「福島の被害を真剣に受け止めれば、国民の多くが脱原発を是とするのは当然。政府がどう決めようと、原発推進を前提とした政策は前に進まない」と指摘する。また、原発や原子力関連施設を抱える茨城県東海村の村上達也村長は、毎日新聞のアンケートにこう答える。

 「福島原発事故は(原発偏重など)、ゆがんだエネルギー政策が生んだものだ。故郷を喪失した者たちに、政府や業界は責任を感じているのか。全く見えない」

 政府は、関係閣僚らで作る「エネルギー・環境会議」で夏までに新たなエネルギー政策を決める。首相はこれらの意見に、どう答えるつもりなのだろうか。脱原発への道筋を示さないまま目先の再稼働を急ぐのは、国民の意思に逆行していると思う。(東京科学環境部)

毎日新聞 2012年3月9日 1時45分(最終更新 3月9日 1時51分)

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