事件【正論】震災1年に思う 京都大学原子炉実験所教授・山名元2012.3.9 03:46

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【正論】
震災1年に思う 京都大学原子炉実験所教授・山名元

2012.3.9 03:46 正論

 ■脱原発のボディーブローを防げ

 先日、福島第1原子力発電所を視察する機会を得た。1年前の危機的状況から格段に改善が進み、廃炉への長い道筋に向け修復作業が進み始めていることが見て取れた。事故で不自由な生活を強いられてきた方々も、多くの困難に立ち向かいながら、生活の立て直しに向けた歩みを加速している。

 ≪電力供給の余力ほとんどなく≫

 このように、現地における修復段階への移行を実感できたのであるが、対照的に、我が国のエネルギー戦略については、混乱から収束への道筋が見えない。福島県では、「アッパーカット」を食らいながらも立ち上がる底力と復興への意思が伝わってくるのに、国のエネルギー危機については「ボディーブローの影響」がじわじわ進行しているように見えるのだ。

 ボディーブローは短期的に表れる影響と長期的に被る大きなリスクに分けられよう。短期的影響とは、原子力発電所を再稼働できないことによる当面の影響、長期的影響とは、性急な脱原子力によるエネルギー安全保障上のリスクとしてじわじわと表れるものだ。

 短期的影響は、想像以上に深刻である。原子力発電を全て停止すると、一般電気事業の発電設備容量合計の2割以上を失う状況となり、積極的節電がない場合、ピーク時の電力需要に対する予備率(需要に対する余力)がほとんどなくなってしまう。

 電力系統は、発電所故障、落雷などによる送電異常、急な電力需要増などに際し大規模停電を回避できるように、10%程度の予備率を確保しないといけない。今後、老朽プラントを含む火力発電の総動員と節電要請による、「余力のない状況」が続くことになる。

 火力発電の焚(た)き増しは、年間3兆円以上の資金が天然ガスや石油などの燃料費として海外に流れる結果を招く。「電力不安定+電気代上昇+CO2排出増加+資金の海外流出」の四重苦が眼前で起きているにもかかわらず、この点についての認識や危機感は乏しい。それが、何よりも問題である。

 ≪安定・安価は産業の死活問題≫

 日本を支える産業の多くが、安価で安定的な電力の供給を求めている。中でも、素材産業などによる製造業への素材、部品の供給が不安定化することの影響は、日本産業の死活問題ともいえる。停電の発生は、安定的な生産を阻害するうえ、製造設備に損傷を与える可能性すらある。電気料金の上昇はとりわけ中小企業に、ただでさえ細っている利益を吹き飛ばすほどの衝撃力を持つ。すでに世界トップクラスの省エネを達成してきた産業界にさらに過度な省エネを強いることは、経営上の大きなリスクを与える。こうした問題は産業だけでなく、業務(商業やサービス)においても同様である。

 このように日本の基盤を支えている産業が脆弱(ぜいじゃく)化し、海外移転に伴い日本経済全体が弱体化する恐れが迫っているのではないか。安全性を確証できた原発を再稼働して、当面のリスクを避けるとともに、その余力によって復興と経済の立て直しを加速する道筋は、決して非現実的なものではない。

 長い目で見た影響も無視できない。脱原子力願望が国民に広く浸透するのは、あの事故を経験した以上、理解できる。だが、原子力をなくすことの長期的影響は、あまり国民に伝えられていない。

 総発電電力量の3割近くを担う原子力を失えば、それを火力発電で代替する場合の化石燃料の供給不安定化や価格上昇のリスク、CO2排出削減からの後退など、さまざまなリスクを背負いこむことになる。大規模な省エネを必須要件とするのであれば、産業に対して過剰な負荷もかかってくる。

 ≪「減原子力」VS「賢原子力」≫

 再生可能エネルギーによる代替の前途には、大量導入による配電系統への影響面の技術的な不確実性、導入可能規模の不確実性、大規模導入に必要な負担の大きさなど、多くの課題が存在する。再生可能エネルギー強化は重要であるにしても、不確実性を考慮に入れない楽観的計画はリスクが高い。エネルギー政策で大切なのは着実性と確実性である。安価でCO2排出や安定供給のリスクが低い原子力を一定規模で利用することこそ、今後のエネルギー戦略に「余力と確実性」を与えるという可能性を安易に否定すべきでない。

 失われた原子力の安全性への信頼を取り戻せないと、再稼働にも長期的な原子力利用の継続にも共感が得られないのは当然で、安全性の再確立が緊要であることも確かだ。技術上の問題、安全規制上の問題、推進行政上の問題について新しい道筋が示されないまま、ボディーブローがますます深刻化してゆくことこそ問題である。

 米国では原発2基の新規建設許可が出され、英国や新興諸国でも原子力利用拡大の決定がなされている。海外の動きを参考としながら、政府の強いリーダーシップによって、消極的「減原子力」ではなく、戦略的「賢原子力」の路線が提示されることを期待する。(やまな はじむ)

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