時代の風

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時代の風:プライバシー意識の変化=東京大教授・坂村健

 ◇個人情報を「晒す時代」

 最近のネット対応体重計がすごい。体重計が無線LANで直接インターネットにつながり、乗った端からデータをクラウドにアップする。しかもその体重をフェイスブックやツイッターに発信できる。ネットで探すと実際に発信している人が結構いるのだ。皆に見られているという意識でダイエットが長続きするということもあるらしい。

 さらにネットで探すと、この種のプライバシー発信系のサービスが結構出てきている。自分の持ち物を写真に撮ってアップし、同じ物を持っている人同士で盛り上がるとか。もっとすごいのはクレジットカード利用データをどんどん上げていくなどというのもある。同じ出費経験で盛り上がるのか、皆に見てもらうことで浪費癖を抑える効果もあるのかもしれない。感じるのは、プライバシーというものに対する意識が変わりつつあるという時代の風だ。

 ヨーロッパの情報通信技術関係の会議に参加すると、年配者からプライバシーに関する懸念が表明されることが多い。しかし若手は「そういうことをいつまでも言って動かないと結局アメリカ企業に先に進まれルールを決められてしまう」というような意見も出る。

 グーグル社のプライバシーポリシー変更が世界的ニュースになっている。各国政府筋の懸念表明に対するグーグル社のそっけなさは、世代間ギャップそのものだ。

 グーグル社の言うように、変更といっても新しくデータを集めるわけでない。すでにグーグル社が持っているデータを内部で連携利用できるようにするだけ。そもそもグーグル社が信用できなければ、プライバシーポリシーを変更しようがしまいがあまり意味のある話ではない。

 さらに言えば「いやなら使わない」という離脱可能性は保障されているし、ログインしなくても少し不便になるだけで、多くのサービスを使える道も残されている。

 広告企業のグーグル社が関心のあるのは、ユーザーを増やし自分のサービス圏に引き留めること。個人データの不正利用など興味もないだろうし、そういう噂(うわさ)を立てられることは定着率へのマイナスにしかならないだろう。

 「Don’t be evil: 邪悪になるな」という有名なグーグル社の社是があるが、これはグーグル社が特に道徳的なわけではない。邪悪にならなくても儲(もう)かるし、邪悪と思われれば儲けが減る。邪悪と思われない最も簡単な方法は、邪悪にならないこと--という理屈だ。

 むしろ今回のテコ入れは、ネット内での商品購入意思決定の場が近年グーグルからフェイスブックにシフトしているという厳しい状況への対抗策だろう。

 基本的にプライバシー発信型サービスであるフェイスブックは、ユーザーが自分の意思で晒(さら)していいとした情報を多く抱えている。さらに、フェイスブックでは自分の友人が買ったモノを公開しているのを見てそれが買いたくなるというように、購買意欲自体を生む力がある。

 一方グーグルは基本的に検索サービスで、そこでたまるデータはユーザーが晒すことを意図しない利用履歴的なものばかり。また検索から商品購入をするのは、すでに購買意欲があっての行動で、グーグル自体の購買意欲を生む力は広告しかなく、フェイスブックに比べ弱い。しかも利用履歴的なデータでもグーグルが有利なわけでもない。

 適法性を保障するため、企業が保有している非公開データについて対象となる個人から開示を請求できるという、欧州連合(EU)が定めた決定がある。それに基づきオーストリアの人がフェイスブックに開示請求したら、返ってきたのはなんと1200ページのPDFファイルだったという。誰が友達かというデータは当然として、クレジットカード番号、外部サービスのアカウント、家族構成、職業、宗教といったものだけでなく、利用履歴的なデータでも接続元プロバイダー、書き込みによく使う単語、いつアクセスするかの行動履歴、撮った写真の撮影位置データ、さらには削除履歴などなど。

 この状況では、グーグルとしては手持ちの利用履歴データをより立体的に生かし、便利感を上げユーザーをつなぎ留めると同時に、さらに欲求にあわせた広告で購買ヒット率を上げる以上に対フェイスブックにすぐ打てる手がないというわけだ。結果、各国政府--特に日本政府の「懸念表明」など歯牙にもかけず、グーグル対フェイスブックという巨人たちの天上の戦いが続くのだろう。

 以前このコラムで「ネット時代のプライバシーの意味は『他人に知られない』ことより『自分の情報がどう流れているかを各自が把握し管理できる』ことの方に重点が移っている。プライバシーの外部化、さらにはネット化も気にならない時代」が来る、と書いたがまさにそれが現実になりつつある。

 その意味では、「出さない」ことに固執する個人情報保護は古い。人々が自らの意思でサービスと引き換えにプライバシーを晒す時代。その時代の新しいプライバシー管理が今求められているのだ。=毎週日曜日に掲載

毎日新聞 2012年3月4日 東京朝刊

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