〈中絶を考える〉下 不平等な“痛み” 女心えぐる男の無理解
戸惑う男心ネットに
中絶は本来、男女双方にかかわる問題だ。なのに、直接痛みを感じることのない男性側の経験談を耳にする機会は決して多くない。女性の声を中心に取り上げた前編(2月15日付)に続く後編は、自らの経験をインターネット上で発信する1人の男性を取材。中絶に対する意識差という問題の核心に迫った。(奥野斐)
「おなかのこどもに対する想像力の欠如は(中略)『男は分かってない』と言われる姿そのままです」
「それでもまだ、自分のこととなると、それが分かった、と言うことはできません」
大学院生だった25歳の時、付き合っていた女性を中絶させた男性会社員(40)は、「かなしいこと」と題したホームページ(HP)で当時の胸中や経験をつづっている。文中で目立つのは、女性の苦しみを完全には理解できない葛藤と戸惑いだ。
彼女のリードに身を委ねて1度だけ、コンドームを着けないでセックスした。間もなく妊娠が判明。彼女が中絶の意思を固めていると知り、内心ほっとしたのを覚えている。「その時は『ださいことをしてしまった』と感じた程度」。罪悪感は乏しく、ショックもほとんど感じなかった。
手術前後の彼女を1人にしない、病院探しには積極的に付き合う、費用は半額負担する−。できることは何でもやった。今思えば、「彼女をかばわなければならない」という立場に酔っていたのかもしれない。
喪失感ピンとこない
HPを作ったのも罪の意識というより、自分の経験が誰かの役に立てばと思ったから。しかし、掲示板に寄せられた女性たちの書き込みに気付かされた。「あの子に会いたい」。「守ってあげられなかった」。女性がいかに、おなかの子の存在をリアルに感じるものなのか。男の自分には簡単には分からない喪失感を垣間見た。
妊娠の責任は男にもあるのに、中絶の苦しみは女性の方が圧倒的に大きい。「自分にない痛みはどうしても忘れてしまう」。ここに問題の根本があると男性は思う。
少しでもわが身に引き寄せるため、寄り添うために何ができるのか。彼女が語った心身の痛み、掲示板を通じて女性たちが語った体験をずっと覚えておくことが、「中絶という事件」を胸に刻む方法だと思っている。
それぞれの思い
望まない妊娠を防ぐためにはどうしたらいいか。前後編で登場してくれた中絶経験者や医師ら、それぞれの思いを聞いた。
自分の経験伝えたい
◆21歳の時、妊娠5カ月で中絶した知子さん(仮名)=前編で紹介
「セックスするのがかっこいい」というような風潮を無くさないといけない。そのためにも、自分の中絶経験を通して命の大切さを伝えていきたい。
無知な大人増やすな
◆後編で登場した男性会社員
男性としてきちんとした避妊の知識を持ち、実際にセックスの場で生かせるようにしておく。単にセックスや避妊のやり方だけではなく、皆が違う身体、感じ方を持っていることを理解し、向き合えるような性教育を高校で実施する。10代で教えないと、5年後には性に無知な大人が増えてしまう。
家庭での性教育大事
◆中絶した女性の支援に携わる「ライフ・ホープ・ネットワーク」代表で米国出身のシンシアさん
家庭での性教育が大事。米国は小学生ぐらいから親がセックスについて教え、家族で性や恋愛を話題にできる環境が整っている。日本でも話し合える雰囲気づくりが大切。
10代にピル無償配布
◆女性クリニック「We!TOYAMA」(富山市)種部恭子院長=前編で紹介
確実に避妊し、主体的に妊娠する女性が増えるようになるには、経口避妊薬「ピル」の普及が一番。若い女性に多い子宮内膜症の予防にもなる。欧米では10代にピルを無償配布する国もあるので、日本も導入を真剣に考えた方がいいだろう。
“前進”を手助け 名古屋の支援団体
相手の男性に理解されない。家族にも言えない−。そんな妊娠や中絶に悩む女性の心のケアの現状を、「日本では中絶件数が多いのに、相談できる場は少ない」と名古屋市の支援団体「ライフ・ホープ・ネットワーク」のルーブル シンシア代表(49)は指摘する。
同団体は2008年から、中絶後の女性の回復支援を始めた。電話やメール、面談で相談を受け、心の傷を癒やす独自のプログラムを提案。スタッフとのやりとりを通して数カ月かけて気持ちを整理する内容で、これまでに受講した24人が回復したという。
「現実を受け止め、自分の中の悲しみや怒り、不安を解き放して初めて、前に進める」とシンシア代表。“罪の意識”を癒やす支援の必要性を訴えている。
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