KURA インタビュー
第3回 多久和陽 先生
金沢大学学術機関リポジトリKURAは,公開されてからすでに4年以上が経過し,登録された著作は2万件を突破しています。
今回は,国際オープンアクセスウィーク2010に合わせ,KURAに登録著作のある先生の中から,数名の先生にインタビューを行ないました。
第3回となる今回は,医薬保健学域医学系 教授の多久和陽 先生です。
今回紹介する論文は,10月18日に発表されたばかりの新着論文です。この論文について,北陸中日新聞平成22年10月22日付朝刊に,「動脈硬化 化合物で抑制 : 金大教授ら マウスで成功」という記事が紹介されました。[ → この件に関する金沢大学の広報サイトはこちら ]
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Wang, Fei, Takuwa Yoh et. al., "Sphingosine-1-phosphate receptor-2 deficiency leads to inhibition of macrophage proinflammatory activities and atherosclerosis in apoE-deficient mice", The journal of clinical investigation, Oct.18, 2010
◇ この論文は,動脈硬化に関する研究論文でした。ところで,動脈硬化はどのような病気なのでしょう。
一言でいうと,動脈硬化というのは「血管の老化」なんですね。医学が進歩してきて寿命が伸びてきましたが,それにともなって,老化に伴う病気で死ぬ人が増えてきました。日本人の死因を調べると,ガンが1/3,脳疾患と心疾患で合わせて1/3,その他が1/3になります。1/3を占める脳疾患と心疾患ですが,要するに脳と心臓の動脈硬化によるものがほとんどです。
ですから,動脈硬化の治療というのは,日本人の死因の1/3を占める病気の治療ということになります。
では,どのようにして動脈硬化が起こるかを詳しく話しましょう。
血管は内側から「内皮細胞」「内膜」「平滑筋細胞」の順に層になっています。この血管の壁にコレステロールが沈着していきます。実は,20歳ころから少しずつ溜まり始めていることが分かっています。それで,どこに溜まるかというと,内皮細胞をくぐり抜けた内膜のところになります。ここに溜まったコレステロールを,白血球の一種であるマクロファージが取り込んでいきます。コレステロールをたくさん取り込んだマクロファージのことを「泡沫細胞」と呼んでいます。こうした泡沫細胞がどんどん内膜のところに溜まっていくことで,内皮細胞が血管内に向かって膨らんでいき,血管が狭くなるのです。コレステロールが血管の内側にこびりついて狭くなっていくのではないんです。
ところで,血液って出血すると固まりますね。基本的に血液は固まるものなんです。なのに血管の中ではなぜ固まらないかというと,内皮細胞が固まらないようにしているからなんです。この内皮細胞による「抗凝固作用」によって固まらないだけなので,血液は内皮細胞以外のものに触れると固まってしまいます。
さて,あるとき,泡沫細胞の周辺のもろくなった内皮細胞が剥がれてしまうと,どうなるでしょう。 もちろん血液が内膜に触れることになります。内膜には抗凝固作用がありませんから,血が固まってしまい,血栓ができます。これが心臓で起これば心筋梗塞,脳で起これば脳梗塞です。動脈硬化では,どこかから血栓が流れてきて詰まるのではなく,異常のある場所で血栓が作られるのです。
◇ 今回の論文はどのような位置づけになるのでしょうか。
今回の論文は,動脈硬化の治療法に関する新知見になります。
現在の動脈硬化治療の中心は,スタチンという薬を使って血中のコレステロールを減らすことです。
実はこのスタチンという薬は,遠藤章先生,今金沢大学の客員教授の方ですが,この方が開発され,さらに,金沢大学の馬渕宏先生が初めて患者さんに使用した薬なんです。
このスタチンは非常によい薬で,この薬が使用されるようになって初めて,血中コレステロールを下げることが可能になりました。しかし,コレステロールが溜まるのは老化の一種ですから,動脈硬化を100%止めることはできません。
最近の研究では,血管が狭くなること自体よりも,内皮細胞が剥がれてしまって血液が固まって血栓ができるのが問題だ,ということが定説になってきました。だから,血管が細くなっても内皮細胞が剥がれないようにできれば,心筋梗塞を減らせるはずなんです。
さて,突然ですが,S1P(スフィンゴシン-1-リン酸)というホルモン様の物質があります。ホルモンというのは,血液内を流れていて,細胞内にある特定の受容体と結合して,体にいろいろな反応を起こす物質ですが,1つのホルモンに対して複数の受容体が存在することがあります。私たちは,このS1Pに対応する新たな受容体 "S1PR2" を発見し,その受容体がどのようなはたらきを持つのか調べてきました。
その方法は,遺伝子操作でS1PR2受容体を持たないマウス(受容体欠損マウス)を作り,実験するものです。
今回,受容体欠損マウスを調べたところ,泡沫細胞の生成が抑制されていることを発見しました。内皮細胞の働きも,このマウスでは,よりよくなっていました。つまり,内皮細胞が健康で剥がれにくいマウスになっていたのです。
このことから,受容体欠損マウスは,そうでないマウスより動脈硬化になりにくいことが証明できました。
◇ ということは,動脈硬化を起こさない薬ができたということでしょうか。
ヒトに使える薬の開発にはまだ時間がかかります。まだ受容体欠損マウスでの話ですから。人間に遺伝子操作して,受容体欠損人間を作ることはできませんよね(笑)。
今回は,この受容体のはたらきを抑える化合物をマウスに投与して,良い結果を得ることができました。この化合物をさらに改良して,臨床実験をして,実際に使える薬を作ることができるでしょう。
これを,コレステロール自体を減らすスタチンと併用すれば,さらに動脈硬化の危険性を減らすことができるようになると思います。
◇ 論文を公開してなにか反応はありましたか。
この論文は,10/18にオンライン版が公開されたのですが,翌朝アメリカからメールが届きました。薬の開発に結びつく論文を紹介する事業をしている会社からで,いくつか質問に答えて欲しいと言ってきました。向こうは反応が早いですよね。
動脈硬化は老化が原因ですから,誰でも起こりうる病気です。まだ開発が始まったという話は聞いていませんが,今回の研究が薬につながるものかどうかを,製薬会社には検討していってもらいたいと思っています。
◇ こういう研究は製薬会社とどういう関係になるのでしょう。
大学は薬のもととなる基礎研究をし,製薬会社はそれを発展・応用して薬にする,という役割分担ではないでしょうか。大学だけで薬を完成させることは難しいですし,製薬会社は薬になるかどうかまだ判らない研究には手を出しにくいです。このあたりがもっとうまく流れるようなシステムがあると,日本の創薬環境は改善していくと思います。
◇ 今回の論文が掲載された電子ジャーナルは誰でも無料で読めるものですが,無料公開できるということでこの雑誌に投稿されたのでしょうか。
いやいや,そのことは全く考えませんでした(笑)。
やはり医学系研究者にとっては,研究が評価されて,しかもインパクトファクターが高い雑誌が好ましいですね。この2つの条件から,この雑誌に投稿することにしました。
◇ KURAなどで論文を無料公開することに対しては,どのようにお考えですか。
文系にとっては心強いのではないかと感じています。
理系は,特に医学系は情報サービス産業が発展していますし,金沢大学では電子ジャーナルがたくさん読めますから,まだ機関リポジトリがあることでのありがたみを感じることは少ないですね。最近は日本語雑誌の電子ジャーナルも増えてきましたしね。
そうそう,医学系はPubMedが非常に重要なツールですから,このデータベースから機関リポジトリへの連携が取れるともっとよいでしょうね。
(インタビュー: 2010/10/26)
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