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3000円台の低価格で注目の放射線測定器、開発は個人ボランティア、専門家・企業が「儲け抜き」で協力

東洋経済オンライン 3月8日(木)13時8分配信

3000円台の低価格で注目の放射線測定器、開発は個人ボランティア、専門家・企業が「儲け抜き」で協力
電池不要の小型放射線測定器
 福島第一原発事故による放射能汚染をきっかけに、急速に関心が高まった放射線測定器。とはいえ、従来からある放射線測定器は、数万円から数十万円と高価なうえ、そもそも一般家庭向けの製品ではないから、使い方も難しい。自宅や身の回りの放射線量が気になっても、そうそう手が出せるというものではない。

有料版アプリの画面、視覚的にわかりやすい

 そんな中、昨年夏に、わずか3500円(※、税込み、代引き手数料込み送料550円)という低価格で登場し、注目を集めているのが「ポケットガイガー(ポケガ)(Type1)」という放射線(ガンマ線)測定器だ(※その後、加工度を若干上げ、現在は3700円、3月3日より、福島・栃木・茨城・群馬・千葉・山形・新潟・宮城の8県は1850円)。

 製品は、半導体(フォトダイオード)を使った放射線センサー部分のみで構成され、iPhone(iPadやiPod Touchを含む)のイヤホン端子に接続し、専用のアプリで操作する(ポケガは、半導体式なので、ガイガー管を使う「ガイガー」ではないが、ガイガーカウンターが放射線測定器の通称になっているのでこう命名された)。

 計算機やインターフェース部分といったハードウエア費用がかかる部分を、すでに広く普及しているスマートフォンに担わせるという発想で、大幅なコストダウンを実現しているわけだ。

 それ以外にも、測定装置が付いた電子基板を、利用者が自分で清涼菓子「フリスク」のケースに納める方式にしてケース部分のコスト(金型代)を省くなど、細かなコスト削減もした。利用者側からすると、「フリスク」代や乾電池代、送料などがかかるので、実質5000円程度の出費と、ちょっとした工作の手間、ということになるが、それを考えても非常に安い価格設定だ。

 ポケガは、ネット通販のみの販売で、これといった宣伝もしていないにもかかわらず、すでに1万台を出荷した。

 今年2月上旬には、iPhoneから電源を取得するようにして外付け電池を省き、さらにケースも付けた完成品とした第2世代機「ポケガType2」」も発売した。Type2はケースの材料・加工代などがかさむため5250円と値上げしたが、ケース加工や電池が不要で、すぐ使えるのは便利だ。かさばる電池ケースもないので、デザイン的にもよりiPhoneに似合うようになった。

 アプリの出来栄えもなかなかだ。無料のライト版アプリでも空間線量率を見ることはできるが、600円のフル機能版アプリを使えば、積算線量やグラフ、ログの出力、地図へのマッピング機能など、他の安価な測定器にはないさまざまな機能が使える。ログはサーバーに集積され、ユーザーが許可すればデータの共有も可能だ。

 肝心かなめの精度だが、関東地方など、毎時0.1マイクロシーベルトを下回るような低線量率地域でも、20分程度の計測時間を取れば、高額な装置と同等の計測結果を出す。

 放射線測定は原理上、誤差が付きもので、線量率を表示するだけの装置では値が大きく変動することがあり、見方には注意が必要。その点、ポケガでは、(有料アプリなら)誤差を含む値が、計測時間の経過に伴って一定の値に収束していく様子がグラフで可視化されており、理解しやすい。

 ポケガはオランダ国立計量局による国際的な認証も得ており、個人が生活空間の線量率を測るなど、“日常的”に使うには十分な性能を備える。また、放射線について学ぶ必要を余儀なくされている一般の市民にとって、適当な教材とも言える。

■開発・運営主体はボランティア

 このポケガ、感心するのはその費用対効果の高さももちろんながら、開発販売を手掛けているのが、「radiation-watch.org」という、個人ベースのボランティア組織だということだ。組織といっても、都内在住のシステムエンジニア、Y氏ら数人で構成されている小さな非営利グループだ。

 活動資金は、一部をスタートアップ資金募集サイト「Kickstarter」を通じた内外からの出資で賄ったものの、大半はY氏らスタッフの個人資産が原資になっている。

 それだけでは費用的にはもちろん不可能。radiation-watch.orgの活動に賛同した研究者や企業ほかが、実質、“儲け”度外視で協力し、ひいては、ポケガの利用者までもがフェイスブックなどネットを通じて協力することによって、プロジェクトが成り立っているのだ。

 昨年3月、原発事故による放射能汚染が起こったものの、東京電力・政府らの混乱と情報隠しは深刻で、実際の状況はよくわからない。個人が放射線量を測ろうにも、もともと高価な放射線測定器はさらに高騰、加えて、粗悪な輸入品が出回るなど“原発悪徳商法"もはびこっていた。

 放射能汚染を懸念していたY氏は、知人らと相談、「個人でも手が出る安価な放射線測定器が必要。なければ自分たちで作ろう。価格は3000円程度」と決意し、このradiation-watch.orgプロジェクトを開始した。みなボランティアベースのため、「これ以降、メンバーの土日休日はほとんどradiation-watch.orgの活動で潰れている」とY氏は笑う。

 Y氏らメンバーは、センサー機器の基本的な設計はできるものの、放射線測定の専門家ではもちろんない。論文や専門書をあさり勉強して作り上げたが、完成度を高めるうえで大きな力になったのが、専門家による協力だ。

■研究者・学者たちが自主的に協力

 その専門家たちの1人(1つ)が、大学共同利用機関法人・高エネルギー加速器研究機構(KEK)だ。KEKは研究所ではあるが、「大学のように研究者の自主性も重んじており、公共性が高く研究活動に役立つのであれば、研究者のボランティア活動も積極的に認め、組織としても協力している」と、森田洋平・KEK広報室長(准教授・博士)は言う。

 中心となって協力したのが、一宮亮・KEK素粒子原子核研究所研究員(博士)。一宮氏は震災後、ネットを使って原発事故関連情報のまとめサイトを運営しており、そのサイトを見たY氏らが、一宮氏にアドバイスを求めた。

 「半導体式放射線測定器の基本的な仕組みや設計上の注意点をアドバイスした。相談を受けた際、コンセプトや回路構成はよく研究され、バランスがとれていたのには驚いた」と一宮氏。さらに「簡易計測器ではそれ1台では値が正しいかどうかの判断が難しい。その点、ポケガはデータ共有機能で他のユーザーとデータが比較できることが大きな強みだ」と評価する。

 一宮氏らは、KEKの保有する特殊な装置なども用いながら、センサーのチェックなど、放射線の専門家の立場から協力をしている。

 東京大学大学院農学生命科学研究科の溝口勝教授も協力者の1人。溝口氏は土壌物理学の専門家で、震災を機に飯舘村の農地除染活動に取り組んでいる研究者だ。

 放射線測定の場合、同じセンサーを使っても、たとえば特定の点から放射線が出ている場合(研究室などの特定の条件下)と、空間のあちらこちらから放射線が出ている場合(現在の日本はこちら)とでは、検出のされ方が大きく異なる。このため、実験室だけで調整しても、実際の利用空間では適正な値を表示できるわけではなく、実地の確認が重要になる。

 溝口氏は土壌の放射線計測のために、ポケガで現地性能テストを実施、また一宮氏らとともに詳細な現地計測などにも協力した。それらの実測データがポケガの精度向上に役立っているのだ。

 溝口氏は現在、農地の放射線量を計測するために本格的にポケガを活用している。一口に農地の放射性物質汚染といっても地形や土質など条件によって、状況はまちまち。きめ細かな測定をしなければ効果的な除染はできないが、だからといって高価な放射線センサーを多数使うことはできない。その点、低価格のポケガならたくさん使える。

 「radiation-watch.orgは、放射能対策や震災復興をカネ儲けと結びつけずに、若い人が純粋なボランティア精神で開発している。それを粋に感じるからこそ応援したい」と溝口氏は語る。

 また、radiation-watch.orgでは、プロジェクト当初から、インターネット上のブログやフェイスブックに、プロジェクトの概要や回路図、進捗状況を公開しながら進めていた。

 「このような公開情報を見た内外の専門家たちから、多くのアドバイスを受けることができている」(Y氏)という。ポケガはオランダ国立計量局の正式認証を得ているが、これはポケガの情報に興味を持ったオランダの担当者のほうから連絡があり、正式な手順で確認をしてくれたものだ。このほかにも、ベルギーやフランスほか複数の当局者からもコンタクトがあり、性能確認などに協力を得ることができた。もっとも「日本の官公庁からはまったくコンタクトはありません」(Y氏)とのことだ。

■利益度外視で受注した部品商社やメーカー

 具体的な製品量産化には、短期的な採算を超えた企業の取り組みが貢献している。中心的な役割を果たしているのが、テクノアソシエ(本社・大阪市、東・大証2部上場)だ。住友電工系の中堅専門商社で、電子機器の設計・加工請負なども手掛けている。ポケガの量産設計と部材調達を引き受ける。

 試作は完成させ量産先を探していたY氏が、かつて取引したつてから、テクノアソシエの試作事業子会社で責任者をしていた小笠原正司氏に相談した。

 量産試作設計は小笠原氏の本業とはいえ、通常のビジネスベースでは、見積もりを出したり、具体的な設計を外注したり、部品手配をしたり、と時間もコストもかかる。それでは到底、プロジェクトの目標は実現できないと、小笠原氏は「設計は自分が土日に行って開発人件費は浮かせ、部材も余計なマージンが乗らないように調達した」と言う。もちろんこれはradiation-watch.orgの目的に賛同したからだ。

 リスクも限定的(大半は自分の休日人件費)で、職場の上長の許可もあったからできたことだが、「ポケガ自体で会社に利益は出ない」(小笠原氏)。

 上長の高田昌浩・テクノアソシエ取締役は、「グループ全体で新しいビジネススタイルに積極的に取り組み、将来の糧を生み出そうとしている。ポケガ自身が育つ可能性もあり、また具体的な製品ができれば、こんなこともできる、という会社としてのアピールになる」と、短期的な利益はなくとも、会社にとってのメリットはあると強調する。

 テクノアソシエ内では、プロジェクトそのものは小笠原氏がすべて担当した。「Yさんたちを含めて少人数のプロジェクトだったので意思決定も速く、非常にスムーズで、やりがいもある仕事だ」(小笠原氏)。

 ポケガの組立加工を行うのは、宮城県石巻市で電子機器加工を手掛けるヤグチ電子工業だ。製造を多少でも被災地の復興支援につなげたいと考えたY氏に、テクノアソシエが紹介した。同社は地震の被害はかなり受けたが、内陸部にあるため津波の被害は免れていた。

 ヤグチ電子工業の佐藤雅俊取締役は、「加工依頼の話が来たときは、当時多かった震災便乗の案件かと思った。ただ、しっかりした試作を見、企画の説明を聞き、協力する価値があると判断した。実際、シンプルで組み立てやすいよい機器だ。部材支給で加工費のみのリスクでもあり、受注した」。

 ポケガには「Made in Ishinomaki」と刻印されている。Y氏らの思いが込められているのだが、「この刻印は初めはプレッシャーだった。だが、現在は従業員も“石巻製"に誇りを持って作業しているようだ。品質・コスト・納期で最大限のパフォーマンスを出していきたい」と佐藤氏は話す。

 「ポケガはモノづくりの新しいスタイルとしても注目できる」と語るのは、松本佳宣・慶応義塾大学理工学部教授だ。

 「構成する技術1つひとつは既存のもので、回路構成も標準的なものだが、製品としての完成度が高い。メーカーが普通に開発したら、開発費回収を含めて3万円程度の値段にしないと無理なレベル。それをこの価格で実現できているのは、ネットワークを通じて技術力のあるエンジニアがボランティアベースで直接かかわり開発を進めているからだ。さらに、大学や海外のユーザーの意見も柔軟に取り入れながら、速いペースで改良を進めている点にも感心させられる」と評価する。

■ビジネスとして成長する可能性も

 2月から発売しているType2も、radiation-watch.orgのスピード感や柔軟性が生かされているといえる。初期のモデル(Type1)は、外付けの9ボルト乾電池で駆動しているため、電池の消耗によって正常に動かなくなる。また、電池そのものがかさばる。フェイスブック上のサポートサイトなどで電池問題が報告されることが多かったため、電池不要型の開発を急いだ。Type2は、iPhoneから特殊な音を発生させその音をポケガ内で電気に変換、これを駆動電源としている。そのため電池の消耗による誤動作はなくなる。

 また、ケース加工もさほど難しくはないとはいえ、工作の良しあしの差による精度のバラツキが発生することもある。そこで値上がり要因にはなってしまうが、ケース加工も済ませた完成品とした。

 「スタートアップからこれまでの持ち出し費用は何とか回収でき、今後も開発に取り組めそうでホッとしている」とY氏。Type2はマイナーバージョンアップ版だが、これからもさまざまな展開を描いているという。

 すでに取り組んでいる大きなテーマの1つが、Androidやパソコンへの対応だ。iOS機器とは異なり、多種多様な機種やOSに合わせた調整が必要になるために手間がかかるが、ニーズは大きい。また、ポケガの最大の欠点である計測時間の長さ(感度の低さ)についても、シンチレーターを使うなどして、大幅に感度を向上させたタイプも研究中だ。

 このほか、これから問題が一段とクローズアップされてくる食品の放射能汚染に対応できないかも考えている。食品の計測の場合は、空間中の放射線の遮蔽が不可欠でハードルは非常に高いが、個人でも手が出せるような価格での提供ができないか検討中だ。

 「基本的には個人向けの機器は今までどおり非営利ベースで続けていきたい。一方、組み込み装置など法人向けには、ライセンス提供等のスタイルも含めてちゃんと利益を上げる仕組みも作りたい」とY氏。

 確かにこれまでの規模感であれば、個人ベースでも何とか回るだろう。しかし、継続的に活動を行うには、一定の利益を計上することは不可欠だ。

 実際、テクノアソシエでは、radiation-watch.orgの技術をベースにしながら、携帯電話会社向けのOEM供給や、産業用機器への応用ができないかなど、本格的な収益化を模索しているところだ。

 また、センサー開発会社・アイメジャー(本社長野県塩尻市、一ノ瀬修一社長)のように、ポケガを独自に改良した製品の発売や、放射線測定サービスにポケガを利用するといった、ベンチャー企業がビジネスに活用する動きも出ている。

 ボランティア発の活動が大きな事業に育つ可能性もありそうだ。

(丸山尚文=東洋経済オンライン)


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最終更新:3月8日(木)13時8分

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