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【オピニオン】原発の真の危険性、見極めが肝要―有害とは限らない低線量被ばく

ウィリアム・タッカー

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 1980年代初め、台湾の鉄鋼会社が、誤って放射性元素コバルト60を鉄筋に混入させたことがあった。放射能を帯びた鉄筋は、1700ものアパートの建設に使用された。その結果、これらのアパートの住人は、最大で自然環境の30倍の放射線にさらされた。

 15年後、慌てた当局者によってこの途方もないミスが露呈し、癌患者の増加を念頭に、当時と過去のアパートの住人について健康調査が行われた。通常の発症率に基づくと、住人1万人に対し、癌患者は160人と見込まれていた。ところが意外なことに、癌の症例はわずか5件と、予想よりも97%少なかった。先天異常の割合も予想を94%下回る数字だった。これらの研究結果は、2004年の米医学誌ジャーナル・オブ・アメリカン・フィジシャン・アンド・サージョンズに発表された。ある研究者が言ったように、高いレベルのバックグラウンド被ばくが、住人に「癌に対する効果的な免疫」を与えたのである。

 このことは、放射線科学と、一般に知られている原子力の危険性の間に、大きなギャップがあることを示している。日本の福島原子力発電所の事故から1年、原子力のリスクは現代社会が背負うリスクとしては過大との理由から、世界の大半は脱原発に動いている。

 たとえばドイツは、2022年までにすべての原子炉を閉鎖する計画を再度決定した。大量の天然ガスをロシアから、原子力による電力をフランスとチェコから輸入することになったとしても、である。日本は、54基の原発のほぼすべてを停止し、今後再稼働しない可能性もある。その影響で、黒字続きだった日本の貿易収支は、記録的な赤字へと転落した。原油と天然ガスの輸入が急増し、電力不足で工場の稼働は鈍い。

 米国への影響は、現在のところ、さほど深刻ではない。原子力規制委員会(NRC)は、監視を強化。バーモント州南東部のバーモント・ヤンキー原発やニューヨーク市の北に位置するインディアン・ポイント原発など、老朽化した原子炉の閉鎖圧力にさらされている。しかし、NRCは、ジョージア州東部のボーグル原発について、ウェスチングハウス(WH)社製原子炉「AP1000」2基の稼働を許可した。これは、NRCによる30年ぶりの原発建設認可となる。同原発は間もなく建設が始まる見込みだ。それでもアメリカの「原発ルネサンス」の一環として、30~100の新たな原子炉計画が目白押しという1年前の状況からすれば、「復権」には程遠い。

 一方、米国では、水銀や二酸化炭素ガスの排出に関する懸念で、100カ所の石炭火力発電所が閉鎖に追い込まれた。また、次世代エネルギーとして有力視されていた太陽光や風力などの代替エネルギーも、予想されていたよりずっと難しく、広大な土地も必要になることがわかってきた。福島原発事故がもたらした経済的ダメージの大きさを考えると、世界は、原子力エネルギーの真の危険性とは何かを考えるべきなのかもしれない。

 日本の原発54基すべてが、日本の観測史上最大のマグニチュード9.0の地震を吸収した。地震の衝撃は設計上の規定を上回るものだったが、原子炉を包む鋼鉄製の容器とコンクリート製の格納構造は無傷だった。問題は、地震に続いて50フィートの津波が福島の原発を襲い、バックアップ電源を喪失させたことで起きた。冷却装置が作動せず、稼働中の4つの原子炉の過熱を招いたのだ。

 3つの原子炉で炉心溶融が起きたが、鋼鉄の容器とコンクリート構造が維持されていれば、大惨事にはならない。放出された放射性物質はすべて、汚染冷却水と、排出されたり環境に漏れ出たりした蒸気によるものだ。冷却水を失い、危険な状態であることがわかった使用済み燃料プールからも放射性物質が放出した。

 原子力エンジニアらは、以前からこうしたぜい弱さを認識していた。ジョージアで建設される「AP1000」は、「パッシブ型」の冷却システムを採用しており、電力ポンプではなく自然対流を利用するため、電源回復を待つ数日間、原子炉の冷却に自力で対応できる。また、既存の原子炉の使用済み燃料棒は、可能であれば格納構造内、もしくは冷却の必要のないドライ(乾式)キャスクに移される。こうしたことには時間も費用もかかるが、原子力の安全性を高めるうえで必要不可欠な措置だ。

 しかし、本当の問題は、低レベル放射性物質の被ばくに伴う危険を国民が過度に重く見ることだろう。世界の規制当局は、行政怠慢との批判を避けるために、「(浴びても大丈夫な)安全な基準などない」という、いわゆる「しきい値無し直線(LNT)仮説」の立場を取っている。

 これはつまり、仮に、使用済み燃料棒のある部屋に立っていれば、癌などの病気になり得るのだから、どんなに少ない被ばくでもそれなりの影響がある、という考え方である。それはまさに、10階建ての建物から飛び降りれば全身の骨が砕け散るのだから、30センチの歩道の縁石を踏み外しても小さな怪我をする、と言うのと同じだ。

 これまでのところ、福島の放射性被ばくによる死者や健康被害はゼロだ。半径20キロの区域から避難した10万人にみられるのは、「うつ」や絶望による体調不良、または自殺である。

 こうした人々の中には、放射能がうつるとのばかげた認識から、避難先の地域で避けられる人さえいる。しかし、第二次大戦中に米国で進められた原子爆弾開発・製造計画、「マンハッタン計画」に参加したテッド・ロックウェル氏は、世界の人々は、避難区域よりももっと高いレベルの放射線と共生しながら、病気を発症していないと指摘する。台湾のアパートの住人は、避難区域の10倍もの放射線を浴びていた。

 放射能と病気の因果関係の究明はおなじみだ。被ばくはDNAを傷つけるが、身体には修復作用がある。昨年12月、バークレーの科学者らは、その修復の様子を顕微画像に捉えた。「少ない電離放射線量では、DNAの修復メカニズムの働きが高線量の時よりもずっと良くなるということが、我々のデータで示された」と世界的に有名な乳がん研究者で論文の共同執筆者、ミナ・ビッセル氏は書いている。ビッセル氏は、「今回の非線形的なDNA修復反応は、どんな量の電離放射線も有害で相加的であるという一般的な推定に、疑問を投げ掛ける」としている。

 また、ワクチンが免疫システムを刺激するのと同じように、低レベル被ばくによって身体の修復メカニズムが活性化し、癌や先天異常に対する免疫を与える可能性を指摘する研究者もいる。このことで、台湾のアパート住人の癌発症率が低かったことが説明されるだろう。

 世界の政府機関が最小の被ばくでも有害との前提に立ち続ける限り、ドイツと日本は自らの経済力を削ぎ続けることになるだろう。一方で、米国のような国は、違法な石炭火力発電所と過度に期待された代替エネルギーの間で広がりつつあるギャップをひと足でまたごうとする。

 現状では、原子力エネルギーの実際の危険性をよく見極めることが、ずっと妥当な道ではないのだろうか。

(筆者のウィリアム・タッカー氏は、『Terrestrial Energy: How Nuclear Power Will Lead the Green Revolution and End America’s Energy Odyssey(地球エネルギー:原子力はいかにグリーン革命を主導し、アメリカのエネルギー追求を終わらせるか)』<バートルビープレス、2010年>の著者)

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