医療

文字サイズ変更

大震災1年:医師不足、抜本策なし 病院、満床状態に 「在宅」も手回らず--宮城・気仙沼

 東日本大震災では岩手、宮城、福島3県の医療機関も大きな被害を受けた。施設の復旧は進んでいるものの、震災前から医師不足が深刻な地域だけに、医療スタッフの確保は簡単ではない。在宅医療の受け皿確保など、課題も多い。各県はさまざまな対策を打っているが、「特効薬」はないのが実情だ。【永山悦子、佐々木洋】

 「どうかな。うん、悪くないですね」

 今月1日、宮城県気仙沼市で「村岡外科クリニック」を営む村岡正朗(まさあき)医師(50)が、雪の残る山道を走って、老衰で寝たきりの女性(97)の往診に訪れた。足のむくみなどを確認し、「来週また来ますね」と声をかけた。家族は「津波で施設が流され、入れなくなった。本当に助かります」と話した。

 村岡さんの診療所兼自宅は津波で全壊。市立気仙沼中の避難所に寝泊まりし、避難者約1500人の治療や健康管理にあたった。昨年3月下旬から8月末まではボランティアの医師と、自宅に残って療養する高齢者や患者の支援活動もした。薬がない人、病状や床ずれが悪化している人……。問題が次々と見つかった。

 村岡さんはその後、空き店舗で往診中心の診療所を再開した。現在は30~40人のがんや神経難病などの患者を抱える。

 気仙沼市によると、市内の6病院は全て復旧(1病院は入院未再開)し、診療所も28カ所のうち22カ所が再開した。だが、入院を受け入れられない病院があり、各病院は満床状態が続く。

 在宅医療を望む患者は増えたが、対応する診療所は村岡さんのところくらいだ。

 村岡さんは「数の上では復活しても、若い人が避難して高齢化が進んだり、在宅医療の需要が増えるなど医療全体のバランスは悪いままだ」と指摘する。

 仮設住宅に暮らす人の健康不安も高まっている。宮城県東松島市などで健康相談を続ける日本プライマリ・ケア連合学会の孫大輔医師(36)によると、最近はアルコール依存症や精神状態が不安定な人が目立つ。交通が不便な仮設住宅では、体調が悪くても受診をためらう人もいる。

 被災地での医療支援は、昨夏に大半が終了した。孫さんは「健康管理を担当する保健師の数が限られ、医療が必要な人へのケアは行き届いていない。被災地の医療を元のレベルに戻すだけでいいのか、質の高い医療を目指すのか、自立を目指す地域の思いを尊重しながら、今後も支援の継続が必要だ」と話す。

 一方、村岡さんの思いは複雑だ。「将来まで支援を受け続けることはできず、都会のような医療を望むのは現実的ではない。限られた資源の中、どこまで医療を高められるか。高齢化が進み、所得も低い地方都市も参考になる医療復興のモデルケースにしていかなければならない」と話す。

 ◇福島…常勤医派遣の講座/宮城…奨学金の返済免除/岩手…診療所建築を補助

 原発事故の影響で医療スタッフの流出が続く福島県。一部が警戒区域などに指定された南相馬市の高橋亨平・同市医師会長は「残った医師や看護師は必死にやっているが、みんな疲れ切っている」と話す。さらに、2~4週間単位で実施されている他県からの医師の派遣期間を1年程度に延ばし、継続的に患者を見守る体制を整える必要性を訴える。

 これに対し、福島県地域医療課は「期間の延長を打診してはいるが、全国的な医師不足の現状では無理も言えない」と説明する。12年度から、県立医大に被災地医療に特化した医師向け講座を設けて常勤医を継続的に派遣する体制を整備し、同大の医学部定員も15人増やすという。

 津波で大きな被害を受けた宮城県では震災前から、仙台医療圏とその他の地域の医師の偏在が課題だった。10年の人口10万人あたりの医師数は、仙台医療圏は269人で全国平均(230人)を上回るが、石巻医療圏は156人、気仙沼医療圏は121人と医師不足が著しい。

 県医療整備課は「もともと医師が足りない沿岸北東部でさらに医師が減り、病床数も不足している。巡回診療など在宅医療の支援をしながら、被災した病院の再建や医師確保対策を進めたい」。対策の一環として、医学生が卒業後、県が指定する医療機関で一定期間働いた場合に奨学金の返済を免除する制度を設けたという。

 岩手県では、沿岸12市町村の医療機関のうち29施設が休廃止に追い込まれ、42施設が仮設診療所での業務を強いられている。このため県は、有床診療所の建て替えに最大1億1250万円を補助する制度を設けるなど、医療機関再建に力を入れる。補助額が最大2000万円の宮城県と比べても手厚い制度だ。

 岩手県医療推進課は「地域医療を立て直すうえで、住民のかかりつけ医となる診療所の復旧は不可欠。被災した山田、大槌、高田の3県立病院の再建とあわせ早急に取り組む」と話す。

 ただ、問題の解決は簡単ではない。国が医師配置基準の緩和などを認めた復興特区にも「直接的な医師確保にはつながらない」と、被災地での期待はそれほど大きくない。岩手県医療推進課の小原勝医療担当課長は「国は医師の地方勤務を義務付けるなど、抜本的な対策を考えてほしい」と訴えている。

毎日新聞 2012年3月7日 東京朝刊

 

おすすめ情報

注目ブランド

特集企画

東海大学:東日本大震災から1年。地震はいつ来るのか。

難しいといわれる地震予知に挑む、

地震予知研究センター長、長尾教授に聞く。

知ってほしい 岩手・宮城のガレキのいま ~1日も早い復興を目指して~ 写真展

岩手県・宮城県に残る災害廃棄物の現状とそこで暮らす人々のいまを伝える写真展を開催中。

毎日jp共同企画