東日本大震災と外国人住民
佐藤信行（在日大韓基督教会・在日韓国人問題研究所）
１．３月11日の大震災と、10年前の国連勧告
地底から突き上げる激震、海底から押し寄せる真っ黒な大波。３月11日、東北と北関東の沿岸を襲った大地震と津波、そして原子力発電所の事故。未曾有の天災と人災によって、多くの人びとの命と生活が一瞬のうちに根こそぎ奪われた。それから４カ月、死者15,550人、行方不明者が5,344人に及ぶ。
震災直後から政府・自治体・関係機関をはじめ、キリスト教会や市民団体、「在日」民族組織（在日本大韓民国民団、在日本朝鮮人総連合会）、労働組合などが被災地に向かった。また韓国教会をはじめ、海外からも救援の手がさしのべられた。しかし支援の手は、高齢者や子ども、障がい者、外国人など「震災弱者」のところまで、まだ届いていない。
被災者への支援を阻んでいるのは、今なお収束しない原発事故によってである。
≪委員会は、原子力発電所で事故が生じているとの報告があること、そのような施設の安全性に関して透明性が欠けており、必要な情報公開が行なわれていないこと、原子力事故の防止とその対応に関して全国規模および地域規模の事前準備が行なわれていないことを、懸念する≫
≪委員会は、原子力発電施設の安全性に関わる問題について透明性を向上させ、関係住民に対してあらゆる必要な情報を公開することを勧告し、さらに締約国に対して、原子力事故の防止と事故に対する早期対応のための準備計画を改善するよう促す≫
これは、2011年の今のことではない。10年前の2001年８月31日、国連の社会権規約委員会が懸念し、日本政府に勧告した総括所見の一節である。つまり、日本政府はこの10年間、国際社会の懸念と勧告を無視し続けた結果が、今回の原子力発電所「崩壊事故」なのである。
２．大震災前・後の在日外国人
（１）多国籍化・多民族化の進行、基本的制度の未整備
いま日本に住む外国人は、2010年末現在、2,134,151人となる（この他に、超過滞在などの非正規滞在者が78,488人）。この在日外国人の出身国（地域）数は191カ国に及び、ほぼ全世界から来ていることになる。国籍（地域）別の数は、
中国（台湾と香港を含む）687,156人、
韓国・朝鮮565,989人、
ブラジル230,552人、
フィリピン210,181人、
ペルー54,636人、
米国50,667人…と続く。
また在留資格別の数は、
「永住者」（一般永住者）565,089人、「特別永住者」399,106人、
「留学」201,511人、
「日本人の配偶者等」196,248人、
「定住者」194,602人、
「家族滞在」118,865人……などとなる。
居住している都道府県別に見ると、
東京都418,012人、大阪府206,951人、
愛知県204,836人、神奈川県169,405人、埼玉県123,137人、千葉県114,254人、
兵庫県100,387人……と集中しているが、それ以外の日本全域の町・村において在日外国人が労働し生活している。
日本社会は1990年代以降、このように「多国籍化・多民族化」が進行している。しかし日本では、諸外国では設けられている基本的な人権法制度が未整備のままである。諸外国――たとえば韓国では、ここ10年、国内人権機関（2001年、国家人権委員会）、永住外国人の地方選挙権（2005年、公職選挙法改正）、外国人基本法（2007年、在韓外国人処遇基本法）、国際結婚家族への支援（2008年、多文化家族支援法）、重国籍の部分的容認（2010年、国籍法改正）を実現してきた。しかし日本では、いずれも実現していないのである。
（２）出国せざるをえなかった外国人
震災の翌日、３月12日から４月８日までの約１カ月間で、日本を出国した外国人――すなわち被災地の外国人だけではなく、被災地以外に住む外国人／たまたま日本を観光などで訪れていた外国人を含めて、日本を出国した外国人の数はじつに531,370人となる（そのうち再入国許可をとって出国した数は302,490人）。このことは、多言語による正確な情報を得られず、不安にかられて多数の外国人が出国したことを物語る。
いっぽう、この期間において「出国した外国人数⇒入国（再入国）した外国人数」を在留資格別で見ると、観光など「短期滞在」が出国187,246人となり、「永住者」は
出国73,460人⇒入国43,161人、
「留学」は出国70,170人⇒入国47,904人、「家族滞在」は
出国42,629人⇒入国14,207人、
「日本人の配偶者等」は
出国27,570人⇒入国14,262人、
「技能実習」「特定活動」は
出国23,395人⇒入国8,340人 となる。
つまり「永住者」「日本人の配偶者等」のほとんどは、日本に生活基盤をもっているが故に、いったん母国などに帰国して、短期間のうちに再入国したことを示している。彼ら彼女らは、被災地から離れていても、余震が続き、原子力発電所の崩壊による日本社会の混乱が続き、そのうえ多言語による正確な情報伝達がなされない中で、日本を出国する＝一時避難することを余儀なくされたのである。
３．被災した外国人の安否確認
被災した青森・岩手・宮城・福島・茨城の５県に住む外国人は、2011年３月現在、91,147人である（表１）。そのうち「災害救助法」が適用された市・町・村に住む外国人は75,281人となり、その内訳は中国27,755人、韓国・朝鮮12,199人、フィリピン9,617人、ブラジル7,270人、タイ3,859人……と続く。その居住地は、154の市・区・町・村の広範囲に及ぶ。
被災した５県には、外国人の集住地域がまったくない。留学生などが集中している盛岡市・仙台市・福島市・いわき市・水戸市・つくば市を除いて、在日外国人が５県にわたって広く散在して暮らしていた。したがって、まず安否確認が困難を極めた。
≪発生から１カ月半がたった今も、外国人犠牲者の全容を把握し切れずにいる。警察庁によると、14,000人を超える死者のうち、身元が確認された外国人は23人。死亡者の国籍は、韓国・朝鮮10人、中国８人、米国２人、カナダ、パキスタン、フィリピン各１人。発見場所は宮城県が最も多く14人、岩手県が５人、福島県と茨城県がそれぞれ２人だった。
犠牲者はさらに増えるとの見方もある。入国管理局関係者は「外国人全体の不明者は約50人」と指摘。中国の駐日大使館は、中国人約40人が行方不明としており、外務省を通じて警察に名簿を提出し、確認を急いでいる。韓国も「滞在人口を考えると、不明者がまだいてもおかしくない」（駐仙台総領事館）とみる。宮城県警の相談窓口には、少なくとも100人以上の外国人について、安否確認の相談が寄せられている≫（時事通信2011年４月25日）
４．外国人被災者の実相
（１）中国人などの「技能実習生」
被災した５県の中国人32,289人のうち約13,000人が、「研修」「特定活動」、「技能実習」（昨年７月から新設）という在留資格の外国人研修生・技能実習生である。彼ら彼女らのほとんどは、“時給300円”の低賃金で、水産加工場など地場産業を支えてきた。
震災後すぐに中国大使館などが安否確認と帰国の手配をしたこともあって、「被災地６県約21,000人の技能実習生のうち、約6,000人が帰国」という報告がある（『国際人流』2011年６月号）。しかし、残った15,000人に対しては、母国語相談ホットラインを設けること以上のことはなされていない。
また法務省資料から、岩手・宮城・福島の３県における「技能実習生」数の、震災を挟んだ１カ月間の推移を見ると、次のようになる。
（２月末現在数）4,758人⇒（３月末現在数）2,455人
確かに政府は、震災直後に約半数が帰国したことを把握できても、岩手・宮城・福島県下の３月末現在数2,455人の全員について安否を確認しているわけではない（厚生労働省と国際研修協力機構によると、外国人研修生・技能実習生の死亡は確認されておらず、宮城県東松島市のカキ養殖場で働いていた中国人技能実習生２人が行方不明であるという）。
（２）ブラジル人、ペルー人の「派遣労働者」とその子どもたち
被災した５県のブラジル人とペルー人は、ほぼ茨城県に集中し、その数は8,441人、2,007人となっている。在留資格は「定住者」（日系ブラジル人・ペルー人三世など）、「日本人の配偶者等」（日系二世など）、「永住者」が大半を占める。その多くは、派遣労働者として製造業の工場などで働いていた。しかし震災後、工場休業・閉鎖などで帰国したブラジル人はいたものの（３月12日〜４月８日の間に日本を出国したブラジル人は、約230,000人のうち7,472人）、その多くは日本に残った。しかし、被災地の彼ら彼女らの雇用状況が今どのようになっているのか、まったく把握されていない。
また、被災した５県では、ブラジル人の就学年齢の子どもの数は1,113人となり（2009年統計）、中国人の子ども891人や、韓国・朝鮮人の子ども784人を上回る。震災によって茨城県下のブラジル学校１校が休校となったが、ブラジル人の子ども全体の就学状況がどうなっているのか、調査がいまだなされていない。
（３）「在日韓国・朝鮮人」一世・二世・三世・四世
被災した５県の韓国・朝鮮人14,007人のうち、約6,500人が戦前から日本に住み日本で生まれ育った「特別永住者」の在日一世・二世・三世・四世である（台湾人の特別永住者は５県で30人以下）。
その多くが、民族差別のために就業領域を狭められてきたために、焼肉屋やパチンコ店などの自営業を営んできた（2005年の国勢調査によると、日本人の完全失業率が７％であるのに対し、在日韓国・朝鮮人の失業率は男性11％・女性12％にもなる）。その中小・零細な規模の自営業も、2008年の金融危機に続く今回の大震災で、壊滅的な打撃を受けた。
また特別永住者の居住地を、＜表２＞で見ると、八戸市204人、盛岡市316人、仙台市1,489人、福島市114人、会津若松市146人、郡山市394人、いわき市245人、水戸市674人、日立市218人、土浦市195人、取手市130人、つくば市327人と都市部に集中する一方、５県のほぼ全域の市・町・村に１人〜80人ずつ居住していたことがわかる。いわば、地域社会にひっそりと暮らしていたのであり、被災後さらに孤立していることが危惧される。そこには、「在日」民族組織の支援がまだ届いていない。
しかも、被災した５県に住んでいた在日韓国・朝鮮人の15％近くが、65歳以上の高齢者であり、彼ら彼女らのほとんどが「無年金」である。また、関西などの各自治体では、無年金の外国人高齢者・障がい者に対して「福祉給付金」として月額10,000〜20,000円を支給しているが、青森県では０、岩手県では１市・１村、宮城県では１市、福島県では０、茨城県では９市・２町が月額3,000〜10,000円を支給しているだけである。つまり、被災した在日韓国・朝鮮人の高齢者の多く――ほとんどが、無年金のまま放置されてきたである。いま被災地では、高齢者の自立生活と介護が大きな課題となってきているが、とりわけ在日韓国・朝鮮人の高齢者は、さらに深刻な問題とならざるをえない。
（４）フィリピン人、タイ人、中国人、韓国人の「日本人の配偶者」
震災５県でのフィリピン人は12,574人である。その在留資格別数字はないが、2009年統計の全国平均から推算すると、「永住者」約5,200人（40％）、「日本人の配偶者等」約2,800人（22％）、「定住者」約2,300人（18％）となる。その多くは、日本人と結婚して在留資格「日本人の配偶者等」となった人、次いで永住資格を取得した人、あるいは離婚して「定住者」の在留資格となっている人と考えられる。またタイ人5,242人も、同様に「日本人の配偶者等」「永住者」「定住者」が多いであろうと考えられる。
2009年統計では、中国人の「永住者」は震災５県で6,431人、「日本人の配偶者等」は2,887人となる。そして韓国人の「永住者」は2,320人、「日本人の配偶者等」は1,444人、「永住者の配偶者等」（特別永住者の在日韓国・朝鮮人と結婚した韓国人）は51人となる。これら中国人と韓国人の「永住者」の半数近くは、日本人と結婚して永住資格を取得した人と考えられる。
すなわち震災５県には、1990年代以降、日本人と結婚して暮らしていたフィリピン人、タイ人、中国人、韓国人の女性たちが多数いるということである。在留資格が「日本人の配偶者等」「永住者」「定住者」となっている外国人の居住地を、＜表２＞で見ると、八戸市や盛岡市、仙台市、福島市、水戸市など都市部に集中する一方、５県のほぼ全域の市・町・村に２人〜80人ずつ散在していることからも、そのことが推測できる。
彼女たちは、震災による過酷な現実を、どのように直面しなければならなかったのだろうか。
≪嫁不足に悩む農村や漁村に自治体や仲介業者のあっせんで嫁いだ外国人妻。東日本大震災で大津波に襲われた東北地方沿岸部ではこうした女性も数多く被災した。
宮城県石巻市に住むフィリピン国籍のＲさん（43歳）は漁港近くの自宅を津波で流された。漁業用品店を営む日本人の夫（59歳）と義父（91歳）の行方は今も分からない。自身はパート先から帰宅途中に津波に襲われ、電柱の上で濁流をやり過ごしたが、自宅は跡形もなく消えていた。がれきが散乱する町を３日間、何も食べずに捜し歩いた。携帯電話を落とし、外国人登録証やパスポートも紛失。母国の親族への連絡の取り方も分からない。不安で泣きながら、やっとたどり着いた避難所で炊き出しのかゆを食べ、初めて横になって寝た。
来日して９年になるが、友人は少なく、日本語の読み書きも十分ではない。「何をしたらいいか分からず、パニック状態だった」。途方に暮れているところを、 宮城県国際交流協会（仙台市）の職員に声を掛けられ、石巻市で日本語教室を開く男性の助けで見舞金10万円を受領。領事館で身分証明書を発行してもらい、被災証明書の申請なども済ませた。Ｒさんは「生活は楽ではなかったが、見合い結婚した夫とは仲が良く、義父との関係も良好だった」と振り返る。震災２日後の３月13日は９回目の結婚記念日。久しぶりに２人で外食する予定だった。夫の亡きがらを求め、今も遺体安置所に通う。「頑張るしかない」。自分に言い聞かせるようにつぶやいた。
同協会によると、県内の外国出身者の約４割は中国や韓国、フィリピンなどから来た外国人妻。沿岸部などに住み、横のつながりもなく、日本語ができない人も多い。
震災で夫が死亡し、日本人親族との折り合いが悪くなったりするなどのトラブルもあるといい、同協会の大村昌枝企画事業課長は「国際結婚家庭の脆弱な地盤が、震災で液状化している。サポート体制の構築が必要」と訴えている≫（時事通信2011年４月25日）
４．私たちの課題
≪われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する≫
私たちは、日本国憲法の前文で定めるこの「平和的生存」を、いま一度、確認したい。
私たちは1980年代から、「教会の宣教課題」として外国人の人権獲得をめざして取り組んできた。そして今、私たちは各教派・団体ごとに被災地支援、被災者支援に向かっている。しかしこの４カ月間、政府の混乱、現場での混乱の中で、日本人被災者も、外国人被災者も、ますます困難を極めている。その渦中にあって、外国人被災者に対する私たちの喫緊の課題について、考えてみたい。
＜緊急に取り組むべき課題＞
�ヽ姐饋揚鏈匱圓亡悗錣訃霾鵑魘ν�し、各教派・団体、各市民団体の取り組みと連携する
��被災した在日韓国・朝鮮人高齢者に対する調査を行ない、生活支援の具体的方策を追求する
�Ｆ�本人と結婚／死別した移住女性（外国人被災女性）に対する調査を行ない、精神的ケアと生活支援の具体的方策を追求する
�と鏈劼靴審姐饋佑了劼匹發紡个垢訥敢困鮃圓覆ぁ⊇�学支援の具体的方策を追求する
＜政府・自治体・関係機関に対する緊急要請＞
�＼�府・自治体が持っている外国人被災者に関する情報を開示・提供するよう求める
��外国人被災者への支援方策を市民団体・教会関係機関など民間団体と恒常的に協議するよう求める
�Ｈ鏈匱圓紡个垢襪△蕕罎觧抉臍蔀屬砲�いて、多言語による広報と、通訳を付けての説明を行なうよう求める
�と鏈劼靴審姐饋佑了劼匹發僚�学を確保すべく、あらゆる措置を講じるよう求める
�ト鏈卉呂砲△覲姐饋由惺察閉�鮮学校、ブラジル学校に対する緊急支援を行なうよう求める
以上
●この原稿は、下記のシンポジウムにて、佐藤信行氏がなさった講演をそのまま収録させていただきました。掲載を快諾くださった佐藤氏に心より感謝申し上げます。 編集担当者
第1５回外登法問題国際シンポジウム
主題：東日本大震災と外国人
――日・韓・在日教会の宣教課題
日程：2011年７月25日（月）
〜26日（火）
会場：在日本韓国ＹＭＣＡ
本文中に引用されている＜表＞は、割愛いたします。
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巻頭言-神の痛みの神学に照らした3.11 【 宣教研究所所長 濱野道雄 】 |
��85 2011年8月17日 |
無言のノア 【 金丸 真 】 |